第44話 サメロアのお話 ③

……あれから、キヨト達の通訳のもと、お父様といろんなお話をした。


家族の事とか、楽しかった思い出話だとか。


幽霊になった後の話なんかもした。


アイナに拾われた話やキヨトと出会った話とか、色々。


お父様は親身になって……聞いてくれていた。


「……そうかい。そんな事があったんだね。……楽しく過ごせているようで良かった……。」


お父様は、嬉しそうにそう言うと……微笑んでくれた。


「……あと……君達も、サメロアと仲良くしてくれて……ありがとうね。」


「ええ。」


「サメロアとは、仲良くさせてもらってるよ。」


二人は、そう言いながら微笑んでいた。


「……わざわざこんな遠方の街にまでやって来てまで……サメロアの

望みを叶えようとしてくれた事も……本当に感謝しているよ。」


そう言って、お父様はわたしの方を見てきた。


その表情は、先程までとは違っていて……とても穏やかなものに変わっていた。


「……そういえば聞いてなかったんですけど……何で……貴方の住んでいたあの家を売ってまで、ここに引っ越して来たんですか?」


キヨトは、ふと思い出したようにそう聞いた。


すると、お父様は少し難し気な顔をして、口を開いた。


「ああ……それは……思い出の場所だけども……いつまでも……過去に引きずられてちゃいけない……と思ってね。……それに、あの場所にいたら……知り合いが多くて……目立つから。」


「……?目立つと何か問題でも……あるんですか?」


「……まあ、その……なんていうのか……ねえ……。」


「?」


「……実は…………癌……なんだよね。それも……末期の。」


「……え?」


「ふぇ?」


突然のカミングアウトに、呆然とする。わたしだけでなく、キヨトとエルラも同じ様に驚いているようだった。

そんなわたし達に苦笑いしながら、お父様は言葉を続けた。


「もう長くは生きられないだろうし……周りの人に……心配もされたくなかったからね。だから、思い切って、売ったんだよ。あの土地ごと。」


「そ、そうなんですか。」


「ああ。……私としても、良い機会だったんだ。そこまで長く生きたいとは思っていなかった。娘を救えなかった後悔で……医者を辞めてから、妻や娘がいない世界で生きるのは意味がないと……ずっとそう思っていたからね。」


自嘲気味に笑うと、お父様は天井を仰ぎ見た。


「……治療する事は……出来ないんですか?」


「……無理だよ。なんとなく分かるんだ。もうそこまで長くないってね。多分……半年も生きれないと思う……。急に倒れて……そのまま息を引き取るかもしれない。」


「そうですか……。」


キヨトがそう呟き、俯いた後……しばらく沈黙が続いた。


「……生きる意味がないと思って、癌を放置し続けた。……なのに、こうして今サメロアが……見えはしないけども……こうして目の前にいるなんて……ね。」


お父様は、優しく笑みを浮かべた。

その表情は、どこか儚げだ。


…お父様に会えたのに……もうすぐ……癌でもう長くないだないって……そんなの…………あんまりじゃないか。


「せっかく、会えたのに……そんなのって……ないじゃないですかっ……!!」


思わず声が荒ぶってしまう。


……涙が……勝手に溢れ出てくる。


……どうしようもないぐらいのぐちゃぐちゃの感情が胸の奥底から湧き出てくる。


その感情に任せて、お父様の胸に顔を埋めて、泣きじゃくる。


キヨト達は、何も言わずにその様子を見ている。


わたしが落ち着くまで、みんな黙っていてくれた……。


「……。」


しばらくして、ようやく落ち着いてきた。……まだ、心の中にモヤがかかったような感覚はあるけども……。


「落ち着いたか?」


キヨトがそう聞いてきた。

その問いにコクずっと頷いて返す。


「……。」


「……。」


「……。」


三人共、無言のままだ。……そのまま、またしばらくの間、誰も喋らない時間が続く。


「……わたくし、一緒にいますわ。」


「……ん?」


「……長くない……というのなら、せめて……その時間だけでもお父様と一緒にいさせてくださいまし。」


「……ああ…分かったよ。」


キヨトに向かってそう言うと、彼は静かにそう答えた……。


_______________


それから……この町に滞在する事にした。


家事をしたり、買い物に行ったり、たまに、外を出歩いてみたり。


直接、自分の口から発した言葉でお話が出来ないのは、残念だけども……それはしょうがない。


キヨト達の通訳を介して会話をした。


お父様は、わたしの話を聞いてくれて、微笑んでくれていた。



そんなある日お父様が、わたしと二人きりで……お母様のお墓に行きたいとお願いしてきた。


だから、今日は二人でお出かけ。


……お父様は、とぼとぼと弱々しく歩いている。

そんなお父様を支えながら、ゆっくりと向かった。


馬車に乗り……揺られて四時間程。


お母様のお墓がある、集団墓地へとやって来た。

……ついでに言うと……自分の死体が埋められている場所でもある……らしい。


お父様は、慣れた手つきでお花を買ってきて、お母様の眠っている場所へと向かう。

そして、持ってきた花束を置いて、しゃがみ込んだ後に目を瞑る。

わたしも真似をして、同じようにする。


……しばらくそうしていると、お父様が口を開いて、喋り始めた。


「……サメロア……?覚えているかい?……君が生きていた頃……何度か、一緒にお墓参りにも来たよね。」


そう言いながらも、お父様は優しい表情をしている。


「……こうして……お花を供えて……母さんの冥福を祈って……。」


……うんと頷く。


「サメロア……君がいなくなってしまった後は……君の分も……冥福をたくさん祈るようにしていたんだよ。」


そう言って、こちらの方を見て、微笑んだ。


「……いつもね、こうやって……長い長い時間を祈りを捧げたんだ。」


懐かしむようにそう言った後、寂し気な声で言葉を続けた。


「……ここに来る度に……何度も思うんだ。……なんで、もっと早く特効薬を完成させられなかったんだって。そうすれば……君は……苦しんまずに……死ななくてすんだかもしれない。」


その言葉をただ黙って聞く。


「それに……医者を辞めた後も……毎日、サメロアの事ばかり考えて…………後悔の念に駆られ続けていた。」


悲痛な面持ちで……そんな事を呟き続けるお父様。

わたしの事を想って……苦しんでいる。……こんなわたしの事で……悩ませてしまった事が……辛い。


お父様に近付いて、その頬を両手で包み込む。



そうすると、わたしの手に重ねるようにして、お父様の手が重なる。

そして、ゆっくりとお父様は立ち上がる。


お父様の目から……涙が流れ落ちていた。


わたしはその涙を指で拭う。

その後、ぎゅっと抱き締められた。


その力は、弱いものだったけども……確かに温もりを感じた。


「……すまない……母さんの墓参りに来たはずなのに……、私の話に付き合わせてしまったね……。」


しばらくして、落ち着きを取り戻したお父様が、申し訳なさそうな顔をしながらも、笑顔を浮かべた。


そんな事ないよ……と首を横に振る。見えてないから……伝わらないけれども。


「……そろそろ、行こうか。」


「……はい。」


お父様と手を繋いで、ゆっくり歩いていく。


そして……このまま馬車に乗って帰宅した。



____________


お父様の所に滞在してから、しばらくが経った。


毎日、家事をしたり……キヨト達の通訳を通じて会話をしたり……。


たまに、町に出かけてみたりした。

キヨト達には、感謝してもしきれない。わざわざ、わたしのわがままに付き合ってくれているのだから。


本当に……頭が上がらない……。


お父様は、調子が良い時もあれば、そうでない日もあった。それでも、穏やかに過ごしていた。


……でも、ある日を境に……お父様は少しずつ元気を無くしていった。


多分、もう時間がないのだろう。


……流石に病院に行くことをキヨトが勧めていたが、それを断っていた。


どうせ死ぬなら……自分の家で過ごしたいと言う。


どれだけ言ってもお父様は聞いてくれなかった。

キヨト達は、どうにか説得しようとしていたけども、結局は無駄だった。


お父様の願い通り、家に残り続けた。


今日も……ベッドの上で横になっているお父様のそばにいる。


弱々しい表情で、天井のことを見つめている。


呼吸の仕方が、少し不規則で荒い気がする。


癌の侵食が進んでいる……というのは、誰が見ても明らかだ。


少し前まで、体調は悪そうにしていたけども……普通に歩いたり、家事をしたり出来ていた。


だけど、今は歩くどころか、立つことすらもあまり満足に出来ない……。


……お父様の手をきゅっと握る。


「……心配してくれているのかい?……ありがとう……サメロア。」


わたしのそんな行動にお父様は、そう答える。


少し掠れてはいるものの、はっきり喋れているし、弱々しくはあるけれど、微笑みも浮かべている。


自分の名前以外、全てを忘れて……お父様の事すら忘れてしまっていたけれど。


また、こうして一緒に過ごせてよかったと思っている。


________


話しかけても返事が返ってくる事はほとんどなく、荒く不規則な呼吸を

している。


もう……そこまで長くはない。

いつこの世界から旅立ってしまうか分からない。


こうなってしまったら……後はもう見守る事しか出来ない。


そんな日が続いている。


「お父様。」


そう呼びかけると、反応するかの様にお父様はこちらの方を見た。


その目は虚ろで、焦点があっていない。


お父様の手を握る力を強めると、握り返してくれた。


そして、わたしの頬に手を当てる。

その手は、氷のように冷たい。

わたしは、そんなお父様の手の上に、自分の頬を重ねるようにして擦り寄せた。

すると、お父様の口元が微かに動く。


何かを呟いているみたい。


耳を澄まして、聞き取ろうとすると……。


___ありがとう。


……と私が生きていた頃と同じ様に……優しさに満ち溢れた笑顔で……。


涙が頬を伝って流れ落ちていく。

わたしは、その涙を拭うことなく、ただただ涙を流し続けていた。

わたしは、ずっとお父様の傍にいた。








そして、その最期を看取った。


________



レーゼルさんが亡くなって……しばらく経った。


彼が亡くなってからは色々とドタバタがあった。


……色々と手続きをして、葬式をして…遺体を彼の奥さんの隣の墓に埋葬をした。


……そして落ち着いた今、皆でレーゼルさんとサメロアのお母さんのお墓参りをしている。


「ありがとうございます。キヨト、エルラ。」


ポツリとサメロアが、そんな事を呟いた。


「なんだよ、急に。」


「急にどうしたの?」


「……二人にはわたくしの我が儘に付き合ってもらったのに、まだお礼すら言ってませんでしたから。貴方達のおかげで……わたくしは……お父様に再会出来て……最期を看取る事ができました。……本当にありがとうございました。」


そう言って、サメロアは俺達に向き直り、頭を下げて来た。


「お、おいおい……頭なんか、下げんなよ。なんか、調子狂うじゃねーか。それに……俺達は、大したことしてねーよ……。な、エルラ。」


「うん。」


俺達が、そう言うと……サメロアはゆっくりと顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。

そして……お墓の方に向き直った。


「わたくしは……幸せですわ。こんなにも素敵な人達が、周りにいるんですもの。……だから、お父様、お母様。……安心して、ゆっくりと休んで下さいまし。」


彼女は、目を閉じながら両手を合わせて……しばらく黙祷をしていた。


「……そろそろ……行きましょうか。」


「ああ。」


「そうだね。」


夕暮れ時に、墓地を出て……馬車に揺られながら……帰路につく事にした。


そして……馬車内にて。


「この事を……アイナにも会って話したいですわ。……というか、思い返してみれば、もう2ヶ月もアイナと会ってませんの。」


「そうだな。……あいつ、今頃……どうしてんのかな?」


王女様の魔法の教育を頼まれたとかで、王都に行ったけども……。


「……なんだか、アイナの事を考えてたら……無性に会いたくなってきましたわ。……この頃……アイナ成分が足りてなかったですからね。」


「な、なんだよ……アイナ成分って……。」


「アイナからしか得られない成分ですわ。」


「いや、意味分かんないんだけども。」


そう突っ込みを入れるもサメロアはそれを無視して……ぶつぶつと続ける。


「最近……心の負担になることばっかりでしたからね……癒しの成分が不足しがちでしたわ。……ああ、愛しきわたくしのアイナ。貴女の9本あるもふもふ尻尾が恋しいですわ。」


「……なんか、一人の世界に入りこんでやがる。」


「楽しそうだね。」


「……楽しそうって言うのか……あれ。」


そんな会話をしながらエルラとサメロアの事を眺める。

そして、しばらくぶつぶつと言っているサメロアの事を眺めていたら……


「……ああ、もう、我慢出来ませんの!!ちょっくら、会いに行ってきやがりますわ!!」


……と、いきなりそんな事を言い出して……止める間もなく、馬車をすり抜けて行ってしまって。


「……行っちまった。」


「……サメロアらしいね。」


……まぁ、元気ならいいか……なんて、思うのだった。

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