第43話 サメロアのお話 ② (サメロア視点)
グロッタの街に来てから、懐かしさを感じていた。
記憶はないはずなのに脳裏に、断片的な映像が流れてくるのだ。
誰かと、この街を歩いたり一緒にご飯を食べたり……。
記憶の映像は、モヤがありハッキリとはしない。
自分がここに住んでいたんじゃないか……となんとなく考えていた。
……そして、レーゼルという人が住んでいた家に来た時、それが確信に変わった。
ここが、自分の故郷なのだと。
ハッキリと思い出してきた。
この家は、お父さんと一緒に暮らしていた家だ。
今は、誰も住んでいなくて……埃をかぶっているが……ここは、間違いなく自分が住んでいた家。
沢山の思い出が詰まった、大切な我が家。
……今まで忘れていた事が嘘の様に、どんどんと自分の記憶が溢れてきて、気が付いたら涙を流してしまっていた。
________
「サメロア……大丈夫か?」
「……。」
……あの家を離れて、今は皆でベンチに座っている。外はもう、暮れている。
キヨトが声をかけてきてくれたので、俯いていた顔を上げて、彼の方を見る。
「……なぁ、お前……なんか、思い出せたんだろ?あの家の中で。」
「……はい。」
「そっか。」
「……嬉しい気持ちと……悲しい気持ちで……ちょっと今、心の中がごちゃごちゃしてますの……。色々な事が、一気に頭の中に押し寄せてきて……まだ、収拾がつかないんです……。」
「……ま、そうだよな。」
それだけ言うと、キヨトは夜空を見上げてボーッとし始めた。
エルラは、今日の移動で疲れたのか、少しウトウトしてしまっている。
そんな二人の間で、自分は小さく体育座りをする。
「……。」
自分は、サメロア。
グロッタの街で医者をやっていた……レーゼルの娘。
12歳の時に、新種の感染病にかかって死んだ。
その後、何処かの集団墓地で目覚めて……気が付いたら、幽霊になってて……大切だった思い出が失くなってて……。
自分が、何処の誰なのかを知る為に……その墓地を出て、色んな場所を巡って……。
一人が寂しかったから、人に話しかけてみたけども……そもそも見えてなかったり……見えてても怖がられたり……。
そんな状況が3年位続いて、もう……自分がなんで存在しているかなんてどうでもよくなっていた時に……アイナと出会った。
アイナは、初めて自分に気づいて話しかけてくれた人だった……。
それから、アイナについて行って10年くらい一緒にいて……キヨトに出会って……それから自分が見える人が周りに増えていって……。
そして……今に至る。
自分が、何処の誰なのか、何が未練で現世に留まったかなんて、アイナと出会ってからは、もうどうでも良くなっていた。
ずっと、幸せだったから。
でも、今日の事があって……全部思い出して……自分が何を求めてこの世界に留まったかが分かった。
それは……お父様の笑顔をもう一度見る事。
心の底から笑っている……あの笑顔を。
病気になってから、お父様は、毎日、焦った様に薬の開発に没頭して……わたしの顔を見る度に心配そうで辛そうな顔をしていた。
それから……お父様から笑顔が段々と消えていった。
わたしが死ぬ直前の時だって……苦しそうな顔しか……してなかったから。
だから、もう一度……笑ってほしい。
あんな……見ている側も苦しくなってしまう様な顔じゃなくて……いつもしてくれていた、あの優しい笑顔を見たい。
「……。」
会って、話したい。
……嬉しかった事や楽しかった事……今まであった沢山の事を。
「ねぇ、キヨト。」
「……ん?なんだ?」
空を見上げていた彼は、こちらに顔を向けてきた。
「わたくし……お父様に会いたい。会って、ありがとうって言いたい。笑顔を見たい……。」
「そっか。……うん、分かった。」
それだけ呟くと、キヨトは立ち上がった。
「じゃ、明日、レーゼルさんが移住したっつう町に行こうか。今日はもう遅いし……エルラがこれだからよ。そこら辺りの宿にでも泊まるぞ。」
「……はい。」
……キヨトがエルラの事を背負って歩き始めた。
その後を付いていった。
__________
翌日、キヨト達が目覚め次第……この街を出発する事にした。
目的地は、お父様の移住した町。
馬車で行っても数日はかかるらしい。……それを聞いた瞬間、エルラが自分に掴まって移動した方が早いと言い出し始めた。
「ね、ねぇ……エルラ?別にこの距離をムリして移動する必要はないんですのよ?いくら、速く走れるからって……流石に体力がキツいのではなくて?馬車でゆっくり行った方が……」
「馬車に揺られて酔う方が辛いよ。昨日は、それで散々な目にあったんだもん……。」
「……そ、そうですの……。」
結局、エルラにキヨトとわたしが掴まって……移動する事になった。
途中で休憩を挟みつつ移動をした。
その結果、8時間程度で移動する事が出来た。
「……ここかぁ。」
「ここが……お父様が移住した町……。」
到着した頃には、午後二時くらいになっていた。
……人通りが少なく、あまり栄えている感じではない印象を受ける。
物静かで、どことなく寂しさを感じる場所だ。
「……なんか、寂しい町だな。」
「そうですわね……。」
「ま、とりあえずレーゼルさんの家を探してみるとするか。」
「は、はい。」
「うん。」
それから、三人でレーゼルさんの家を探す事にした。
道行く人に、キヨト達がお父様の名前を尋ねてくれているが……いい情報は中々出てこない。
この町には、もう住んでいないんじゃないか……そんな考えが頭を過るが、それでも、諦めずに聞き込みを続けた。
そして……三時間後……
「んー……いい情報は出てこんな……。」
「……そうですわね。」
「もっと、人が集まる様な場所で聞いてみない?……酒場とか。」
「酒場……?……まぁ、そうだな……一回行ってみるか?」
「ええ……そうしてみましょう。」
そう言って、今度は酒場に行く事に決まった。
______その後、町の中心にあるという大きな酒場に到着した。
夕暮れ時の為か、人がかなり多い。
そんな店内に入ってみると……ガヤガヤと騒がしくて、皆楽しそうな表情を浮かべながら会話をしている。
「なんか、ギルドに来てるみたいな感覚だ……。」
「確かに……。」
「こんな感じですものね。」
……とりあえず、ここにいる人に話を聞きに行ってみる事になった。
カウンターで、グラスを拭いている男の人にキヨトな話しかけた。
「あの、すいません。ちょっとお話を伺いたいのですが……。」
「ん?なんだい、兄ちゃん達。」
「この辺りに、レーゼルって人が住んでいる家があるって聞いたんですけど……ご存知ありませんかね?」
「レーゼル?……もしかして、あの白髪の痩せた人の事かい?昔、何処かの街で、医者やってたって言ってたけど…。」
「あ!知ってるんですか!?その人の家が何処にあるのかって分かったりします!?」
キヨトの言葉を聞いて、男の人は少し考えた後にこう答えた。
「んー、あの人なら、東側の住宅地に住んでるって言ってたな。詳しい場所までは知らんが。」
それを聞くと、キヨトは男の人に礼を言った。
ここから早速、東側に向かった。
_____それから30分程経った頃だろうか……。
住宅街らしき場所に辿り着いた。
だが、そこには閑散とした雰囲気が漂っている。
ここら辺りにある建物自体もボロくて……全体的に薄暗い感じがする。
「……こりゃまた随分と寂れた所だな……。」
「……なんで、こんな場所にお父様は越してきたのでしょうか?」
お父様は、一体何を考えているのだろう。
……わざわざ我が家を手放してまでここに越してきた理由は……?
「……とりあえず、まずは探してみよう。」
「はい。」
それから、キヨト達はレーゼルさんの家を探して歩き始めた。
歩いている人に尋ねて……お父様の家の場所を割り出していき……遂に……。
「ここが……お父様の住んでいる家……。」
それは、住宅街から少し外れた場所にあり……ひっそりと佇む小さな一軒家だった。
「じゃあ、行こうぜ。」
「……はい。」
玄関に立つとキヨトはドアをコンコンと叩いた。
「ごめんくださ~い……。」
キヨトは恐る恐るといった様子で、玄関の扉を開けると中に向かって声をかけた。
すると、奥の方から誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
「……はい……。……どちらさまで……。」
出てきたのは、ボサボサの白髪をした痩せ細った一人の男性。
年齢は、50代くらいに見えて……顔にあまり生気が感じられない。
心なしか、体調も悪そうに見える。
……昔の……姿とは違う。
でも、間違いない。この人は……自分の……たった一人の……大切なお父様。
「お父様……?」
そんな事を呟くも……聞こえているはずもなく、首を傾げている。
それから、キヨト達に視線を向けた。
「……君達は、誰だい?」
「突然申し訳ありません。俺は、キヨ____
「………おや?」
キヨトが自分の名前を言い終わる前に、お父様の視線がエルラに向かった。
エルラの事を見るなり目を丸くさせて、驚いた表情を浮かべていた。
「……?」
そう呟いて……
エルラを見つめたまま固まってしまった。
エルラはそんなお父様を見て、ゆっくりと口を開いた。
「……なに……?」
「……あ、ああ……と……すまない。……よく見てみれば……人違いだった……格好が……娘によく似ていたものだったから……ね。」
「……。」
咳払いをしながら彼はそう言う。
そんなお父様の姿を見つめる。
……お父様の瞳は……虚ろで、どこか悲しげな色を帯びていて……それが、わたくしの胸を強く締め付けた。
何か言わなければと思い……「お父様……!!」……と声を出すも反応はない。
……当たり前だ。
お父様には、幽霊が見えていない。
この瞬間、今、目の前にいても……気付いてもらえない。
「……ああと……それで?私の家に何か用かな?……何か用があってたずねてきたんだろう?……違うかい?」
「えっと、その……実は……」
「……まぁ、立ち話もなんだし……とりあえず中に入って……ね?」
「ありがとうございます……。」
キヨトが礼を言うと、お父様は家の中に入っていき、手招きで二人を招き入れた。
……二人の後に続いて家の中に入ると、そこは質素な部屋で必要最低限のものしか置いていない印象を受けた。
……そして、部屋の中央に置かれたテーブルを囲むように座ると、話が再開された。
「……それで……何の用……なのかな?」
「……ええと……単刀直入に言いますね。サメロアが、貴方に会いたがってるんです。」
「……?」
お父様が、不思議そうな顔をする。
まるで、意味が分からないという風に……。
「……サメロアが……会いたい?……どういうことだい?……というか……何故……娘の名前を……?」
「それは……」
キヨトが言葉を続けようとした時、それを遮るようにしてエルラが喋り出した。
「サメロアは、幽霊としてまだこの世に留まってるんだ。僕達は、そのサメロアの……望みを叶える為にここに来てるんだよ。」
「……。」
お父様は、突然そんな事を言い出すエルラの姿を見て呆然としていた。
「ああっと……信じてもらえないかもしれませんが……俺達には、霊感があるんですよ。だから、……幽霊の言っている事とか分かるんです。……それで、サメロアが、貴方に会いたいって言うから……探してここまで来たんです。ここに、彼女もいるんですよ。」
「……はぁ……そうなのかい…?」
あまり信じた様子を見せずに、お父様は首を傾げた。
それから、エルラの方を見た。
すると、お父様の視線に気付いたエルラが、こちらの方を向いた。
「この辺に、プカプカ浮いてるよ。ちょっと、寂しそうな顔してる。」
「……。」
……と、エルラはそんな事を言いながら、指をこちらに指してきた。
そんなエルラを見つめながら、お父様は……しばらく考える様に黙り込んでから、口を動かした。
「……本当に、娘が見えていて……声が聞こえるなら……今から言う幾つかの質問に答えてくれないかな?……一つ目は……あの子は……食べ物の中で特に何が好きだった?」
その質問に二人は顔を合わせると……無言で小さく頷いて、こちらの方を向いてきた。
好きな食べ物……今じゃ、味を感じられない身体になってしまったし……記憶まで、失ってしまっていた。
でも、今は違う。
ちゃんと、思い出す事が出来る。
「お母様がたまに作ってくれた……ちょっぴり塩辛いけど……美味しいオムライスが好きです。」
そう答えると、キヨト達はお父様に今言った事を伝えた。
「…………サメロアは……亡き妻の作る……あのオムライスが大好きだったよ……。」
そう言って微笑むお父様。……それから、キヨト達に視線を向けると、次の質問を投げかけてきた。
「……では、二つ目だ。サメロアは……何を夢見ていた……?」
……再び、二人の視線が集まる。
夢見ていた事。
それは……目一杯外で元気に走り回って遊ぶ事。
……わたしは、生まれつき身体が弱かった。
少しはしゃぎすぎても、咳が出るし、酷い時は、高熱を出して寝込む
事もあった。
だから、いつも家か病院のベッドで横になっていた気がする。
そんな自分が嫌で、外に出たいと願った事は何度もあった。
だけど、結局叶うことはなかった。
ただただ、窓の外を見て……羨ましく思っていただけ。
外を自由に駆け回る子供達の姿を見ていると……胸の奥底にある何かが締め付けられるような感覚になった記憶がある。
「……。」
キヨト達に、夢見ていた事を伝えて……それをお父様に言った。
「うん…………サメロアは……妻と同じく病弱な子だった。……いつも……外を見て……悲しそうな顔をしていた……よ。」
お父様はそう呟くと俯き加減になって、何かを考えるように押し黙ってしまった。……しばらくして、お父様はゆっくりと顔を上げた。
その表情はどこか、穏やかで……優しげなものだった。
……そんな問答を続けて……十分ぐらい経った頃だろうか……。
「……私の家族しか知り得ない事を君達が知っているという事は……本当みたいだね。」
…お父様は、納得した様子でそう言うと、ふぅと息をつくように小さく笑みを浮かべた。
「……それで……サメロアは……そこにいるのかい?」
「ええ、いますよ。」
「……。」
キヨトが、その問い掛けに応えると、お父様は恐る恐るといった感じで、口を動かした。
「……サメロア、久しぶりだね。14年ぶりになるのかな……?」
……なんとも言えない表情で、お父様はわたしの方を見ながらそう呟いた。
「……すまない。……君が……生きている間に……特効薬を完成させられなくて。……もっと……早く……完成させられる事が出来ていたのなら………。」
「……。」
「助けてやれなくて…………不甲斐ない父さんで……ごめんな……。」
お父様の瞳には、いつの間にか涙が溜まっていた。
その雫が、頬を伝って流れ落ちていく。
「……お父様。」
……笑顔とは真逆の……後悔と悲しみに満ちた顔。
そんな顔……しないで。
もっと、あの時みたいに……優しい笑顔でいてほしい。
「……え?」
……わたしは、実体化してお父様を抱き締めていた。
何でかは……分からないけど体が動いていた。
……お父様は、見えない何かに抱きつかれて、驚いている様だった。
「サメロア……なのかい?」
「……そうですよ。」
キヨトが、わたしの代わりに答えてくれる。
「……そうかい……ああ……そう……なんだね。」
お父様も……ゆっくりと、わたしを抱きしめてくれた。
そして、優しく頭を撫でてくれている……。
……そのまましばらくの間、抱き合っていた。
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