第42話 サメロアのお話

なんて事のない1日。


今日も、俺の部屋に皆が集まって

他愛もない話で、盛り上がっていた。


……そんな日常の一時に……あの話題は出た……。


「ねぇ……そういえば知ってる?この街で…ペイン・アロット病にかかった人が出たんだって……。」


メルマが、全員にそう聞いてきた。


「ああ、うん知ってるよ。かかった人、早く治ると良いよね。」


「何?ペイン・アロット病って……?」


「……なんですかそれは?」


「僕も知らない。……何、それ?」


「……知らない?14年前に初めて発症が確認された……感染病だよ。」


メルマが、俺達に向かって説明してくれた。


なんでも、全身に痛みを感じて高熱がでたり、頭痛が起きたり……最悪の場合、死に至る事もあるらしい。

今は、特効薬が出来ているらしく、それですぐに治まるとのこと……。


「ふ~ん。そんな病気があるんだ……。」


「……。」


「うん。……この感染病のせいで大勢の人が亡くなったんだよ。」


エルラは、関心深そうに話を聞いていた。


逆に、サメロアは、何だか訝しげな顔をしてる。


「そんな病気が流行ってたんだなぁ……。知らんかった。」


「てかキヨト、本当に知らなかったんだな。世間を脅かした、感染病だってのによ。」


「まあ……うん。……色々あったからな。そこん所は、ちょっと気にしないでくれ。」


ジラウスの問いに、苦笑しながら答える。

「そうか。」……とだけ言って、


それ以上追求してはこなかった。


「……そういえばさ、さっき特効薬があるって言ってたよね。それって、誰が作ったの?」


エルラが、疑問を口にする。

確かに、気になる話だな。


すると、今度はジラウスが話し始めた。


「ああ、確か……『レーゼル』っていう人が作ったらしいぜ。」


「レーゼル……ですか?」


「そう。レーゼル。ここから、ずーーっと東に行ったグロッタっていう街のでかい病院に勤めてた、凄腕の医者だったらしい。」


「へぇ~……」


「……。」


「その人の作った、ペイン・アロット病の特効薬のおかげで、なんとかなったんだとさ。」


「……その人は……今、何処にいるんですの?」


「ん?……んー、そこまでは知らないな。でも、今、医者はやってないらしいな。どうも、やめちまったんだとか。」


「……そ、そうですか……。」


サメロアは、黙ったまま俯いている。


「どした?」


「……いや……何処かで聞いた事のある名前だな……と思いまして。……なんていうか……懐かしい……。そんな気が……したんですわ。」


「懐かしい?」


「はい。……どうしてか、分かりませんけども……そう、感じたんですわ。」


そう言って、サメロアは首を傾げていた。


「それってさ、お前の生きてる頃の記憶なんじゃないか?」


「……生きてる頃のですか?」


「そう。お前、記憶がないんだろ?だったらさ、生きてる頃の知り合いの名前を聞いた時に、そういう感情が、湧くんじゃねーのかなって思ったんだけど。」


「……なるほど……言われてみれば、そうなのかもしれませんわ。……その……レーゼルという方が勤めていた……という街は、なんという名前でしたっけ?」


「グロッタっていう街さ。」


「……そうですか。ありがとうございます。」



……それだけ言うと、サメロアは黙って考え込んだ後……おもむろに口を開いた。


「ねぇ、キヨト……わたくし、ちょっと行きたい場所ができましたの。……グロッタの街に、一緒に付いてきて頂いてもよろしいでしょうか……?」


「え?あ、うん。別にいいけど……。」


突然の頼みだった。

だけど、特に断る理由もないから承諾をした。


「ありがとうございますの。」


「お、なんだお前ら、あの街に行くのか?だったら、一週間後に来る定期馬車がおすすめだぜ。確か、定期馬車の創設40周年だかなんだかで、利用料が50%オフになってるはずだからよ、それ乗ってきゃ良いハズだ。」


「……なんだよそれ。割引率半端ねぇじゃん。それはそうと……お前らはどうする?どうせなら来てみるか?」


三人に聞いてみる。


「私は……遠慮しとくよ。」


「あたしもいっかな。」


「俺も今回はパス!!ちと、用事があるんでな!」


三人とも、来れないらしい。


「そっか。分かった。」


俺とエルラとサメロアの三人で行くことになった。



____________


そして……出発当日。


朝から定期の馬車に乗り込み、グロッタの街へと向かった。


馬車に乗るのは、これで二回目。

前のやつより揺れが激しいし速い…。


「うぉ……気持ち悪い……。」


「ううっ……なんだか吐き気が……」


「皆さん……ちょっと酔いすぎですわよ……大丈夫ですか?」


なんか、サメロア以外、皆が酔っていた。


他の人も中々にキツいらしく、顔色が良くない人が多い。

それを見ていたら……何だか体調が……


「うっ……」


「ちょっ、キヨト!!?」


……今回の馬車での移動は……色々と大変だった……。


_______________



あれからかなりの時間が経った頃にようやく、目的地のグロッタの街に到着した。


「やっと着いたぁぁぁぁぁ!!!」


「長かったよぉ……。」


みんな、グロッタの街に着いて

ホッとした様子。


この後、少し休憩して街を観光しがてら、レーゼルという人が勤めていた病院に向かってみる事にした。


その病院までは、街の人に聞きながら向かっているのだが……なかなかに距離があるらしい。


移動中、サメロアは街の様子をチラチラと見ていた。

本人曰く、なんだかソワソワして落ち着かないとのこと。


途中で買い物したり、ご飯を食べたりしながら向かったため、着く頃には日が落ちかけていた。

そして、とうとう到着をする。


目の前には、大きな建物があった。


その建物の表札を見ると、そこには確かに 〈グロッタ市民病院〉 と書かれている。

ここ……なのかな?

入ってみる事にした。


中にはそれなりの数の患者さんがいた。


受付らしき所に行ってみると、看護師のおばさんが声をかけてきた。


「こんにちは~。今日はどうされましたか?」


「あの……すみません。ここに勤めてたっていう医者の方の事を聞きたくて…来たんですけど……。」


「ああそうですか。医師の名前は分かりますか…?」


「えっと……レーゼルっていう名前の方なんですけども……ご存知ありませんか?」


「ああ……レーゼル先生ですか?あの方なら……10年ほど前にここを辞めてしまわれましたからね。……でも、ごめんなさいね。今、あの方が何処で何をしているのかは、私達にも分からないんですよ。」


「そ、そうですか……。」


「あっ、でも……ディロ院長なら何か知っているかもしれませんね。ちょうど、院長なら時間も空いてるハズですし、お話を聞いてみたらどうでしょう?許可が得られるかどうか、聞いてきますね。」


そう言って、おばさんは奥に消えていった。

しばらくして戻ってきたおばさんに案内されて、待合室の椅子に座って待つように言われたので、それにしたがって座って待っていた。


「……。」


相変わらず、サメロアは辺りを見回しながら、ソワソワしていた。


「……なぁ、お前……さっきからソワソワしてるけど……なんか、感じてんのか?」


「えぇ……まぁ。……なんだか、懐かしい感覚といいますか……なんと言いましょうか……。」


「ふーん……。」


……やっぱり、こいつこの街に住んでたんじゃないかな。

分かんないけども……そんな気がする。


そんな事を考えているうちに、待ち時間は終わったようだ。


数分後、別の看護師さんに連れられて、白髪混じりのお爺ちゃんが出てきた。


この人が、きっとディロという人だろう。


「どうも……ディロと申します。レーゼルの事を聞きたいというのは、あなた達ですかな?」


「あ、はい。そうです。」


俺に合わせて、二人も軽く会釈をした。


その人はソファーに腰かけて、俺たちに話しかけてくる。


話し方はゆっくりで、どこか温かみのあるような口調だった。


「あなた方は、何故、レーゼルの事をお知りになりたいのですか?」


「えっと……実は……。」


俺は事情を話した。


記憶が無いサメロアが、レーゼルという名前に反応したこと。


それで気になってここまでやってきたこと。


そして、その人がサメロアの事を知っているかもしれないということを伝えた。


まぁ、あくまでもサメロアの事は伏せて知り合いという形にしておいた。


だって、この人には幽霊が見えてないっぽいから。


「なるほど……記憶喪失の方がレーゼルの事を……。……そういう事ですか……。」


すると、ディロさんは目を閉じてしばらく黙り込んだ。

そして、ゆっくりと口を開く。


「……一つだけ言わせて頂くとするならば……彼は、とても優秀な人間でした。」


「……優秀……ですか。」


「はい。彼は、ここで働いている時はいつも患者さんの事を考えていた。彼のおかげで、救われたという人も沢山いる。」


「……へぇ……。」


「彼が医師を退職してからも、文を交わしていたんですが……去年のある日を境にパタリと連絡が途絶えてしまって……。彼が今何処で何をしているのかは、分からんのですよ。この街に……住んでいたはずなんですが……いつの間にか、彼の住居が空き家になっていた……。……それ以来、彼の事を見かけた事がないんです。」


ディロさんは、そこで一度話を区切った。


そして、またゆっくりと口を開く。



「一応……彼の住んでいた場所をお教えしましょう。何か、手がかりが掴めるかもしれませんし。」



そう言って、地図に詳細な場所を描いてくれた。


それを頼りに、そこに向かってみる事にした。


____________


「……なぁ、ここでいいんだよな?」


「……多分。」


「……。」


俺達は、地図に書かれていた場所にたどり着いた。


そこは、街外れの一軒家の前。


その家は、なんだか少し寂しげな雰囲気を漂わせている。


「……そうだね。」


ここに、本当にレーゼルさんが暮らしていたのだろうか?


そんな事を考えている時だった。


後ろの方で足音が聞こえた。

振り向くと、見知らぬおばあさんがいた。


「そこの空き家を見てたみたいだけど……もしかして興味でもあるのかい?」


「まぁ、はい。ここに住んでたっていうレーゼルさんの情報を得て来てみたんですけども……。」


「レーゼル先生の事を捜してるのかい?どんな理由があって捜してるかは知らないが、先生ならもうこの街にはいないよ。」


「そうなんですか?」


「ああ。一年前に、この土地と家の所有権をあたしゃがやってる不動産屋に売り渡して、別の街に越してったよ。」


「そうですか……。」


「あんたら、レーゼル先生に会いたいんだろ?もしよかったら、何処の町に行ったかを教えてあげようかね。まぁ、今もそこに住んでるかまでは分からんが。」


そう言って、おばあさんはメモ用紙を取り出して、それに何かを書くとこちらに寄ってきた。


「ほら、これを持ってきな。口で伝えるより、メモ書きの方が忘れた時に見返せるからいいだろう?」


渡された紙には、レーゼルさんが行ったであろう町の名前や方角に行き方などが書き込まれていた。


それを受け取って、お礼を言う。


「ありがとうございます!」


「あいよ。」


そして、おばあさんがじゃあね。と言い、去ろうとした時に……サメロアが俺に声をかけてきた。


「キヨト、わたくし、この家に入ってみたいですの。」


「ここにか?……分かった。」


立ち去ろうとするおばあさんを引き止めて、中に入ってみてもいいか?という旨を伝えると、了承してくれた。


おばあさんが鍵を使ってドアを開けた。


中に入ると、薄暗く埃っぽい臭いが鼻についた。


「ああ……そういえば、しばらく掃除すらしてなかったからねぇ。」


そう言いながら、部屋の明かりをつけてくれた。


「……で、あんたら、中に入ってみたはいいものの……どうするつもりなんだい?」


「えっと……特に目的とかは無いんですけども……。ただ、なんとなく入ってみたかったといいますか……。……な?エルラ?」


「え、ああ……うん…そう……だね。」


……俺達の言葉を聞いた途端に、おばあさんは首を傾げる。


「よく分からん子達だね。」


「……アハハハ……。」


苦笑いをしつつ、サメロアの方を見る。

外にいた時よりもソワソワしていて、部屋の事をジーーッと見渡している……


「……それにしても……そっちの白髪の子……顔は似てないが……格好があの子にそっくりだねぇ。」


「……僕?」


「え?」


サメロアの事を見ていたら、突然おばあさんがエルラの事を見て、そんな事を言い出した。


「あの子って誰の事ですか?」


「ん?ああ……レーゼルさんの娘さんだよ。」


「娘さんですか?」


「ああ。十年以上前に見たきりだがね。」


「その人は今どこにいるんですの?」


「……亡くなったよ。丁度、ペイン・アロット病が流行ってる時期にそれにかかっちまってね。まだ先生が特効薬を作る前だったし、元々病弱な子だったから……ねぇ。」


「……その子の名前って何なんですか?」


「サメロアちゃんだよ。」


「……そう……ですか。」


「……え?」


レーゼルさんの娘さんの名前が……サメロア。

そして、格好も……話を聞く限りほぼ同じ。


サメロアの方を見る。


しかし、先程までいたはずの所にはいなかった。


キョロキョロと周りを見回すが、彼女の姿が何処にもない。


「……どうしたんだい?急に周りを見渡して。」


「……いえ……なんでもないですよ。」



俺は、おばあさんにそう答えた。

……別の部屋にでも行ったのだろうか?


「あの……他の部屋も見ても良いですか?折角なので……色々と見て回りたいですし。」


「ああ、別に構わないよ。」


おばあさんの許しを得て、俺達は家の中にある色々な場所を見て回った。


そして、とある一室で……プカプカと浮いているサメロアの姿があった。


「…………。」


……声をかけようとしたが、かける前にこちらに気が付いて、こちらに振り返ってくる。

その顔には、大粒の涙がいくつも流れ落ちていた。





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