第一章 5 シグマ前編
お腹を下してトイレの住人になった翌日、僕はギルドを訪れていた。
師匠に言われて担当ギルド職員に報告に行ってこいと言われたのだ。
「こんにちわ、クルスさん」
仕事中で大量の紙を持ったクルスに声を掛けると、仕事で疲れていたのか少しやつれた表情をしていた。しかし、ポラリスのことを見た瞬間にぱぁっと笑顔に変わった。
「ポラリス!!」
笑顔のクルスさんは持っていた書類を空中に投げ出し書類の雨が降っている中僕に抱き着いてきた。
「ダンジョンに行ってから戻ってこないから死んじゃったと思ったんだよ!!」
良かったと安堵して落ち着いてから話があるからと僕の手を握って奥の部屋に連れて行こうとした。
「クルス」
「なんですか!? 今私は大事な用が……」
クルスさんの名前が呼ばれ、少しの苛立ちが混じった声で振り向きながら返答していた。だけど、自分の名前を呼んだ相手の顔を見て言葉を止めた。
「……あ、ミモザ、先輩」
ミモザと呼ばれた女性は
けれど、クルスを呼び止めた今の彼女は身長なんて関係ない。彼女の凄味が身長を何倍もの大きさにしている。
ミモザはクルスの目を凝視しながら足元に散りばめられている書類に指を指した。
「あ、えっと……」
「片付けなさい」
ミモザは笑顔のまま首を傾けさせてクルスに命令した。クルスは背筋を伸ばし敬礼して答えた。
「直ちに、片付けさせていただきます!!」
クルスの行動はとても早く擬音が目に見える世界だったら「シュバババッ!」っと書いてあっただろう。まぁ、持っていた書類が多かったためそれなりの時間が掛るのは明白だ。
「ポラリスくん、少し良いかな?」
丁度いいといった感じにミモザさんは僕に声を掛けた。僕も断る理由もないので快く了承しクルスさんが連れて行こうとしていた部屋にミモザさんと一緒に移動した。
「改めて自己紹介をしたいと思うよ。初めましてポラリスくん。私はギルド所属のミモザ、これからよろしくね」
「ご存じの通りポラリスです。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介を終え、本題に入る事になった。
「それで、なんでこの部屋に通されたんですか?」
「君、シグマは何処に所属しているんだい?」
「シグマ? 何ですかそれ?」
「え、知らないのかい? 一応、冒険者は必ず所属するようになっているんだが、説明を受けなかったかい?」
思い出してみるが、クルスさんにそんなことを言われた記憶が浮かんでこない。僕は首を横に振って説明を受けていないと否定した。
「はぁ、そうか……まぁいい、説明を始めるからよく聞くんだよ。シグマとは、謂わば家族だね」
「……家族」
「家族とチームを組みそれぞれの役割を持ってダンジョンに挑戦する。それが、シグマ。シグマ内同士だったらギルドにパーティの申請を出さなくて済むし、その中に鍛治士がいるんだったら、格安で装備の点検が出来るんだ。シグマは申請を出してくれたら誰だって作れるけど、初めて入るならどこか、大所帯のシグマに申請することをオススメするよ。君はどうする?」
「僕は……」
シグマは家族、そう言われた時パッと思い浮かんだのは師匠のことだった。師匠は物心つく前に無くした両親の代わりにポラリスを育てた。僕にとっては親代わりと言って過言ではない。
今更、誰かの元で家族になろうとは到底思えない。
「一旦、師匠と話して来て良いですか? 僕にとって、家族は師匠以外にあり得ないので……」
「うん、分かった。その報告は明日来てくれたら良いよ。それで、今日はダンジョンに行くのかい?」
「いえ、この間は死にかけましたから、心の整理も兼ねて今日は師匠の元で鍛錬してもらおうと思ってます」
椅子から立ち上がり、ミモザさんに一礼して部屋を出ようと扉を開けたら何かが扉に強打した鈍い音が扉を伝って部屋に響いた。
恐る恐る扉を開けると、頭を押さえて屈んでいるクルスさんが僕の事を涙目と上目遣いで睨みつけた。
「う、うぅ……これは、この間の仕返しですか……?」
この間の? 何だっけ? と思い返した。数日前に逆の立場で同じような事をされた覚えがあった。
だが、そんな事をやろうと思ってやった訳じゃない。完全な誤解である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます