第一章 3 出会い

「……見た事のない天井だ」

「やぁ、少年、起きたか?」


 僕が寝ているベッドの横で武器の手入れをしている緑髪黄眼のサイドテールの女性が目に入った。


「……あなたは? ここは、何処ですか?」

「自己紹介は自分から、基本だろ?」

「そう、ですね。僕はポラリスです」

「ポラリス、良い名前ね。私の名前はアウストラリス。そうねぇ、アストラ、とでも呼んで」

「分かりました。アストラさん」


 アストラさんは手入れしていた大剣を壁に立てかけ立ち上がった。辺りを見渡して紫色の液体が入った透明のポットを手に取った。

 それを近くの白いカップに移して僕の目の前に持ってきた。


「これでも飲んで」

「え、これを飲むんですか?」

「嫌か?」

「う、えっと……その……」


 アストラさんは僕が色を見て飲みづらいことに気が付いて自分で飲んで見せてから、横目で見て飲むように促した。

 それを見て飲むことを決意してカップに口を付けて勢いを付けてカップを傾けた。


「お、いい飲みっぷりだね!」


 紫色の液体を飲み込んだ僕は、その美味しさに目を見開いた。


「え、美味しい」

「そうだろ、そうだろ!! まだまだあるぞ、魔物の死体から抽出したお茶は」


 僕はアストラさんに渡されて口に含んだそのお茶をアストラ向けて噴き出した。噴き出されたお茶は霧状になりアストラさんの全身に万遍無く降りかかった。

 噴き出されると思っていなかったアストラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「な、なんてものを飲ませてくれたんですか!?!?」


 謝ることなく僕はアストラさんに向かって食って掛かったがアストラさんは気に留めることなく吹き出すように笑った。


「っぷ、アハハ、ハハハハハ! バカだ! こいつバカだ!! まさか、本当に飲むと思わなかったぞ!!」

「え、は? え、何言って、だって、アストラさんが飲んだから……」

「飲むわけないだろう、こんなゲテモノ、やば、こいつおもろすぎ……」


 アストラさんは肩を震わせながら手に持っていたカップの中を僕に見せた。


「……減ってない」

「いや~、私のいつも飲んでるような演技も中々なものだったでしょ?」


 笑い過ぎて出て来た涙を左手で拭って意地悪な笑みではなく心の奥からの笑みを浮かべていた。それを見た僕は怒ることが出来ずに大きなため息を付いた。


「それで、ここは何処なんですか?」

「ここは、ダンジョンの中だよ」

「え、ここがダンジョンの中!?」


 改めて部屋の中を見渡すが、生活感のあるその部屋がダンジョンの中だとは想像がつかない。


「ダンジョンの中にこんな部屋を作って問題ないんですか?」

「? 別にダンジョンの所有者がいるわけじゃないし、ダンジョンも異物があったら排除するはずで、排除されてないってことはこの部屋は異物と認識されてないってことだから問題ないよ」


 ポットに入っていた液体を捨てようとしたアストラさんは手を止めて僕に視線を送った。


「ねぇ、ポラリス。さっき、これを飲んで美味しいって言ってたよね? まじ?」

「え、はい、普通に美味しかったですよ、まぁ、僕は二度と飲みたくないですけどね」


 アストラさんは捨てようとする手を止めてポットを置いてカップに入れていた液体を恐る恐る口に運んだ。小さな嚥下えんか音がポラリスの耳に届いた。


「あ、美味しい、え、なんで!? それじゃ、魔物の肉って美味しいの? ごめん、ポラリスちょっとここで待ってて、魔物倒してくる」

「え、は? アストラさん!?」


 アストラさんは僕の静止の声を無視して大剣を持たずにダンジョンに出て行ってしまった。

 流石に武器も持たずに出て行ったアストラさんを心配して追いかけようとしたが体が動かずベッドから出ることが出来ず、ただ待っていることしか出来なかった。だが、僕のは杞憂だった。アストラさんは右手に【バエル】に出てくるネコの魔物を持って直ぐに帰ってきた。


「ちょっと待ってな。今作るから」

「え、僕も食べるんですか?」

「当たり前でしょ」


 アストラさんの料理の手際はとても良く、初めてネコを捌くとは思えない程だった。

 出て来た料理からは香ばしい匂いが漂ってきた。排気口のないこの部屋に匂いは充満する。

 フォークとナイフを渡され僕の目の前には魔物のステーキが乗ったお皿が出て来た。確かに匂いはとてもいいが、アストラの料理の腕があるからであって決して魔物本来の匂いではないはずだ。きっとそうに違いない。


「そうそう、今回は魔物の肉を味わうために香草は全く使ってないよ」


 僕の願いは届かなかった。これは、魔物本来の匂いらしい。なんでこんなに香ばしい匂いが出てくるのか不思議でならない。

 僕が食べることに躊躇しているのを見たアストラさんはフォークをステーキに刺してナイフを入れた。目玉焼きにナイフを入れるが如く力を入れずにステーキを切った。


「……!? う、美味い。な、なにこれ、ヤバすぎ。お店開けるよ。ポラリスもほら、食べて」


 アストラさんが食べたことを確認し、僕もステーキを一切れ口に運んだ。

 口に入れた魔物の肉を一噛みすると肉汁が口内を満たし立った一噛みで十分な満足感を与えてきた。


 ポラリスとアストラは一言も会話することなくダンジョンから生まれたネコの魔物の肉を堪能した。

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