第一章 2 初めてのダンジョン

 師匠のお仕置きにズタボロにされ、気絶するように眠った翌朝目を覚ますと、何かが僕の身体に巻き付いていて動かせないことにぼやけた頭で理解した。


 ん、ん? う、動けない。な、なんだ、目の前に柔らかい何かが……


 目の前の柔らかい物体をどうにか退かそうと手を伸ばし、伸ばした手がそれに触れた瞬間まるで自分が海の底に沈んでいくかのような感覚を味わった。

 そんな柔らかいものに手を沈めて、何に触れているのか確認するために指を無造作に動かした。


「んぁっ、あぁん、ポラリ……そこ、だめ……」


 何故か目の前の柔らかいものから艶めかな声が漏れるように僕の脳を刺激した。眠っていた脳が刺激され何を触っていたのか、何をしていたのかそれを瞬時に理解した。

 それと同時に疑問が僕の脳を埋め尽くした。


「な、ななな、なんで師匠が僕のベッドにいるんですか!?!?」

「ぁあん、もうぅ、ポラリスぅ、うるさいぃ」


 師匠は寝ぼけているのか、ポラリスの背中に回していた腕に力を込め、僕の口を封じるように胸に顔を押し付けた。


「ん、んん!! ふぃ、ふぃひょう、く、くるふぃい……」


 僕は師匠の胸から離れて新鮮な空気で肺を満たすために腕を動かし足をばたつかせ逃げようとしたが、動いたことにより酸素がどんどん無くなり眠る様に意識を手放した。


 ポラリスのことを抱きしめながら寝ていた師匠が目を覚まし身体を起こすために色っぽい声を出しながら背中を伸ばした。


「あれ? なんで、私の部屋にポラリスがいるんだ?」


 師匠は辺りを見渡してその部屋が自分の部屋では無いことを思い出し、自分の胸にもたれかかって寝ているポラリスの頭を撫でながらもう一度ベッドの中に潜った。

 頭を撫でていると自分の素直な気持ちが自然と口から零れだした。


「君がダンジョンに行ったら私は寂しくなるな。どうか、死なないでくれよ」


 師匠はポラリスの温もりを内に秘める様に優しく抱きしめ、可愛らしく出ているおでこにキスをした。


 2人が目を覚ましたのはそれから30分後だった。


「起きたか、ポラリス」

「し、師匠? どうしてここに?」

「なに、いつも私より早く起きる君がいつまでも寝ているから起こしに来たんだよ」

「――え? 僕が師匠よりも起きるのが遅かった……? 嘘でしょ?」

「本当だよ。朝ご飯も作ってあげたから、それ食べて初めてのダンジョンに行ってきな」

「はい!」


 師匠の用意してくれた卵焼きとパンといった、至って普通の朝食をお腹に詰め込み、軽装備を身に纏い武器を手にして玄関の扉を開けた。

 ポラリスのメインウェポンは槍だ。

 戦いにとって間合いはとても重要だ。一歩踏み出して攻撃が届くのか、その逆も然りちゃんと避けることが出来る間合いなのか、ナイフなどのリーチが短い武器ではそれが難しい。

 槍の柄は長く、それ自体でも攻撃する事が出来る。そして、槍が届く範囲全てが槍のリーチだ。

 そして、槍を構えるとき大抵刃先を相手に向けて構える。すると、相手との距離感が掴みやすくなり、間合いを測りやすい。


 ダンジョンに入る前、クルスさんに声をかけるために一度ギルドに赴いた。


「クルスさん、今日初めてのダンジョンに行って来ます」

「はい、分かったわ。行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 ダンジョンに向かって走って行くポラリスを眺めながら仕事に戻ろうとした時自分の名前を呼ぶ声に振り向いた。


「ねぇ、クルス。あの子、どのシグマに入ってるの?」

「――あ」

「え、「あ」って何? もしかして、聞くの忘れてたの?」

「……はい。忘れてました」

「クルスは、仕事できるのにそういったところ抜けてるよね」

「うぅ、返す言葉もない」

「まぁ、あの子が戻って来たら聞いてみたら」

「はい、そうします」


 初めてのダンジョンに高揚感を抑えきれずにスキップしながらダンジョンの中に入った。

 それを見ていた周りの冒険者は顔を見合わせて少し心配する様な顔をしながらポラリスを見送った。


 ダンジョン【ソロモン】にはそれぞれの階層に名前がついている。

 第一層【バエル】それが、今ポラリスが挑もうとしているダンジョンの名前だ。

 バエルの中は足元が悪く湿地と洞窟が合体した様な地形になっている。

 【ソロモン】が最恐と恐れられている理由の一つに、一階層から敵が強いといったことがある。ダンジョンだからと言って下層に行けば敵が強くなるなどない。ダンジョンに一歩踏み入れた瞬間からダンジョンに命を狙われている。


「これが、ダンジョン。四方八方から敵意を向けれらている感じだ」


 ダンジョンに入ってから浴び続けているその敵意にポラリスは気を張り詰めっぱなしだった。

 だから、気が付かなかった。ダンジョンから産まれてくる魔物に……。


 それは、ポラリスの姿を瞳に移すと姿を眩ました。


 ダンジョンに入ってからまだ一度も魔物と遭遇していない。それなのに、心身は物凄い速さで披露していく。


「はぁ、はぁ、ダメだ、足がもう動かない……」


 初めてのダンジョン、初めてのぬかるんだ道、その全ての初めてにポラリスは今、殺された。

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