第一章 バエル

第一章 1 師匠への報告

「黄色、きちゃああああああぁ!!」


 僕の声は冒険者ギルド全体に響き渡り、仲間同士で話していた冒険者たちは声の発生源である僕がいる儀式の間に向いた。

 次の瞬間にはポラリスの声ではなく、ポラリスをバカにする笑いがギルド全体を包んだ。


「おい、今の聞いたか? 黄色だってよ」

「っぷ、黄色って、なにも出来なクズじゃない」

「よくそんな色であんなに喜べたな」


 黄色の魔力は世間一般的に見れば最底辺の色だ。そんな色で喜んでいる僕は異常と言って間違い無いだろう。

 ポラリスの《女神の吐息》の儀式を見ていたクルスは、ポラリスの喜び様に首を傾げていた。


「ね、ねぇ、ポラリス。変なことを聞くけど、黄色がどんな色か知ってる?」


 その時の僕は知らなかったが色の付いた魔力にはそれぞれ意味があるらしい。赤色が近接攻撃職、青色が遠距離攻撃職、白色が回復職、黒色が生産職、このように分けることができる。そして、黄色は――


「? どう言うことですか?」

「ほ、ほら、魔力が黄色ってことは『ダンジョンに入る事すら許されていない』って言われてる色でしょ? それなのに、何で喜べるの? ダンジョンを攻略するために冒険者になりたいんじゃないの?」


 そう、黄色はダンジョンに入ることすら出来ない。何もできない最低色と言われている。だけど、僕はそう思わない。


「クルスさん。神様はそんな意味のない色を神具に込めますかね? 僕は思いません。何かしら意味のある色なんだと僕は思います。って事で、クルスさん他にやる事はありますか!? 早く師匠に報告に行きたいんですけど!」

「ちょっ、勝手に部屋から出て行くな! まだ、やる事あるんだから〜!!」


 走って部屋を出て行くポラリスを追いかけてクルスさんもその部屋の扉を開け、その直後、扉の向こうから何かが強打した様な鈍い音と共に「いったああああぁ」とまた別の声がギルドに響いた。


「クルスさん、痛いですよ! なんで、そんなに勢いつけて扉を開けるんですか〜! たんこぶできましたよ!」

「え、あ、え? な、何で扉の前に立ってるのよ!? 走って出て行ったじゃない!!」

「え? クルスさんが呼び止めたんじゃないですか」

「いや、まぁ、そうだけど……あぁ、もう! ほら、行くわよ!」


 クルスさんは僕に手を伸ばして立ち上がらせるとその手を握ったままギルドの外へ向かったが、クルスさんの足は速くて僕は躓きながら引っ張られるようにしてついていった。

 手を引かれながらギルドを出ようとすると、冒険者から軽蔑の視線を独り占めしていた。そんな視線を向けられているのに気が付いていたが気にすることなく冒険者たちの視線から外れた。


 そのまま、付いていくと直ぐにクルスさんは足を止めた。

 僕の目の前には僕の夢の目的地であるダンジョンの目の前だった。


 ダンジョンの入り口はギルドの横にある。怪我人をすぐにギルドに運んだり、ダンジョンから帰ってきた人が休むための配慮がそこにはある。


 ダンジョンは真っ白な神殿の奥に存在している。入り口から入って右側には換金所があり魔石とお金を交換してくれる場所がある。

 左側はダンジョンの入り口がある。その扉の前には椅子一つ置いてなく唯の広間になっている。


「クルスさん、なんで、あそこには何も置いてないんですか?」

「ん? あぁ、あれは、もし魔物がダンジョンから出てきた時に椅子とか机とかあると冒険者たちが戦いづらくなるのよ」

「そんな事あったんですか?」

「ないない。千年間無いからこれからも無いと思うけど一応ね。さて、換金所こ使い方を教えるわね」


 換金所はそれぞれ席が用意してある。その席に座り、目の前にある箱に魔石を入れる。その蓋を閉じると数秒後にはそれがお金に変わる。どの様な原理でそんな風に変わるのか、この世界の誰も知らない。文字通り神のみぞ知る。


「さて、使い方は分かったわね。最後に、ダンジョンはとても恐ろしい場所なの。今の君を見てるとダンジョンが楽しみで仕方ないって見えるけど、大事なのはプライドじゃない。死なない努力それだけよ」


 クルスさんは僕の肩を掴み、力を込めてそう告げた。


 私はもう、専属の子の死体なんて見たくないの、だからお願い――


「死なないでね」


 今までと打って変わった雰囲気に僕も力を込めて返事をした。


「はい!」

「……うん、ありがとう。それじゃ、今日はこれで終わるわ。何か気になる事があったら私の所に来るんだよ。例えば、私のスリーサイズとか……」

「それじゃ、僕師匠のところに行くからまたね! クルスさん!!」


 クルスさんの言葉が終わる前に僕は既に走ってその場を去っていた。残されたクルスさんは周りにいた冒険者たちにクスクスと笑われて顔を真っ赤にしていた。


「ポ、ポラリスのバカあぁ!!!」


 そんな罵倒を受けているとは微塵も思っていない僕は師匠の元に急いで帰っていた。


「師匠~! ただいま帰りました~!!」

「ポラリス、お帰り。《女神の吐息》はどうだった?」

「ふっふっふっ、聞いて驚け! なんと、師匠と同じ黄色でした!!

「おおぉ! 流石私の一人弟子だ!!」


 師匠は僕のことを抱きしめ胸に顔を押し付けて、後ろ髪をわしゃわしゃと撫でまわした。

 良い匂いと女性特有の母性にボーっとしていたが、師匠の胸に口を塞がれて息が出来ないことに危機感を覚えた。


「う、く、くるし……し、ししょ、い、息が……」

「おっと、すまない。だが、ポラリス。お前にはお仕置きが必要だな。この私にタメ口を使ったな?」

「え? いや、それは、その……ちょっとしたおちゃめ心というか……何と言うか、お仕置きは辞めませんか?」

「う~ん、ダ☆メ☆」

「は、ははは、終わった……」


 その日、ダンジョン都市ギラクスに僕の叫び声が響き渡った。

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