scene1
東郷にも楽しみがあった。映画だ。21時から見るのが定番になっていた。毎週DVD屋で借りてそれを見るのだ。名作からB級や、それ以下までなんでも見る。その映画を見ている時は現実というノンフィクション映像作品からフィクションの世界に入れるからだ。東郷はいつか、自分の映画を作ってみたいという夢があった。頬杖をつきながら映画を見る。
東郷は学校に来ていた。部活の顧問をしなければならない。読書部だ。読書が好きな生徒たちが集まりただ読書をする。それだけだ。中には本を読まずスマホで動画を見ている生徒がいるが別に何か言う気はなかった。東郷もまた映画をスマホで見ていたからである。部活が終わりDVD屋に車を走らせる。DVD屋に着き、車を降り、棚に綺麗に並べられた、ときに雑に並べられたDVDを漁る。この時間が至高なのだ。これは確実にあの作品のパロディだなという作品やまだ見たことがない名作、多数の物が並んでいる。ふと左に視線を落とすと見覚えがある服を着た女の子がいた。東郷の学校の制服だった。よく見ると顔も見覚えがある。佐々木だった。ショートカットの髪で、そこまで明るい生徒ではなく、読書部の生徒だった。部活中はいつもスマホで何か見ていた。棚を物色している。東郷が見ていることに気づき佐々木が東郷を見た。
「東郷先生じゃないですか」
「佐々木、何してるんだ?ここで」
「見てわからないんですか?見る映画を決めてるんですよ」
「あ、そうか。佐々木、映画好きなのか?」
「ええ、まぁ人並みには好きですけど。先生だって好きですよね、映画」
「あぁ」
「先生いつも部活中に隠れてスマホで映画見てますよね」
「なんで知ってんだ?」
東郷は生徒にバレていることに気づかなかったのが少し恥ずかしかった。
「別に私が言えることじゃありませんよ。私も部活中スマホで映画見てますもん。でも私は映画館で見たほうが好きなんですけどね」
「そんなに映画好きなのか?」
「将来は自分の映画を撮りたいって思ってるんですよ」
「若いのはいいな。そういうこともできて、夢を持てて」
「夢を持つのに年齢は関係と思いますけどね」
「佐々木、、、いいこと言うね」
「先生はなんかあるんですか?」
「うーん、映画を撮ってみたい」
「いいですね。手伝いましょうか?共同制作って事で。11月には文化祭もありますし、そこで出すって言うのはどうですか?」
「じゃあ作るとしたら短編映画だな。でもストーリーが思いつかない」
「そこは任せてください。私が考えますから」
「俺がやることがなくないか?」
「先生は、総監督。私は脚本。これでどうですか?別に私が書いた脚本にいちゃもんつけてもいいですし」
「2人だけで人手は足りるか?」
「え?先生って本当に何も知らないんですね。読書部って誰も読書してませんよ」
「そうなのか?」
東郷には初耳だった。
「大体本の前にスマホ隠して映画見てたり、私みたいに堂々と映画見てたり、もう映画部ですよ」
「なんでみんなそんなに映画が好きなんだよ。それに今の子って映画がそんなに好きじゃないと思ってた」
「私が映画を見てたところからみんなもハマったみたいですけど、映画に好きって理由ってあるんですかね。先生も自分がなんで映画が好きか、ハッキリした理由がないんじゃないんですか?それも私たちみたいなタイプでは。例えば1つのシリーズが好きな人たちはその作品シリーズが面白いって言う理由がありますけど、私たちはすべての映画が好きなわけです。ジャンルもシリーズも関係なく、ただ好きだからみんなは隠れてみたり堂々と見たりしてるんですよ」
「深いな」
東郷は笑った。
「先生、もうこの際、読書部じゃなくて映画部にしてくださいよ」
「できたらな」
「じゃあ、先生。月曜日に話をしましょう。今日、明日で考えてきます。ネタ帳もありますし」
そう言うと佐々木は数本DVDを持って去っていった。東郷はゆっくりと棚を端から見ていく、気になったものを手に取りカゴに入れていく、東郷は少しニヤリとしてしまった。それは純粋な映画を作れると言う嬉しさから来たものだった。
「東郷健太さーん」
看護師が東郷を呼ぶ。今日は健康診断の日だった。部屋に入っていき、問診を受ける。
「じゃあ、今日は健康診断だけど、どっか痛いとかあります?」
医者が聞いた。東郷はどうも胸がずっと痛かった。疲れだと思っていたがいつになっても治らなかった。
「胸が痛いですね。肺のあたりが痛い感じがします」
「じゃあちょっとそこをしっかり調べてみましょうね」
「わかりました」
東郷は検査が一通り終わり待っていた。2時間ほど経ったがまだ呼ばれない。そんなことを思っているとまた看護師に呼ばれた。
「東郷さん。今回の検査の結果で伝えなければならないことがあります」
医者は真剣な顔をしていた。
「なんですか?」
「東郷さん、あなたは末期の肺がんです」
「肺がんですか?そんな、、」
「余命は半年です。奥さまなどにもお話をしておいてください。今後の治療法は、次の診療でお話し合いをしましょう」
東郷は何も言わずに病院から出た。車に乗り込む。しばらく一点だけを見つめハンドルを叩いた。
「くっそ」
東郷はうなだれながら家に着いた。家の中に入っていく。
「健康診断どうだったの?」
奈緒が言った。
「まぁそれなりだよ」
「あら、そう」
東郷は自分の部屋へ入っていった。デスクの椅子に腰をおろし背中を背もたれに任せる。これからどうするべきだろうか、どうせはいつか死ぬ。それがただ早くなるだけだ。だが娘はどうしようか、悲しんでくれるだろうか。昨日、佐々木と約束してしまった映画制作はどうすべきか。ここから半年、国語を教科書通りに生徒たちに教えていくのだろうか。本当にそれで良いのだろうか。もっと大事なもの。国語で得られる人生の価値。それを考えて教えなければいけない気がする。別に問題になっても関係はない。どうせ半年後には死ぬのだから。授業は火曜日から今年で卒業の3年生へ。
放課後、読書部の部室に向かった。扉を開け中へ入ると部員全員がこちらを見ている。
「なにしてる?」
「先生、映画を作りますよ」
佐々木が言った。
「あれ、本気だったのか?」
東郷は、本気にしていたが生徒たちが本気だとは思っていなかった。
「先生が言ったんですから。みんなも作りたかったらしいですし。みんなにはカメラや小道具などを手伝ってもらいます」
「そうか、脚本は?」
「私が作ってきました」
「あぁ」
「先生どうしたの?」
イスに座っていた小守が言った。
「あぁ、いいか、お前ら。これはここだけの話だ。学校の先生にも俺の家族にも誰一人も話してないことだ。誰にも口外するなよ」
「先生、わかったから、言ってくださいよ」
「俺は末期の肺がんだ。余命は半年。生きられて今年の10月までだ」
「そんな、、」
「そんなに哀れまなくても大丈夫だ。先生はそう言うのが苦手だ」
部室に重い空気がのしかかった。1分経っても誰も喋らない。その空気を佐々木が切り裂いた。
「先生、映画を撮りましょう。病気なんか関係ない。先生の生涯最初で最後の作品を作りましょう。それで一つ提案なのですが、、」
「なんだ?」
「脚本も先生がやりませんか?」
「でも、佐々木。お前、もう作ってきたんだろ?」
「そんな、これから何回も作れますし、自分の脚本の映画も作れます。でも、先生は今しか作れないんですよ?」
「まぁそれはそうだけど」
「先生、脚本か、何か書いたことはありますか?」
「ほとんどない」
「じゃあちょっと待ってくださいね」
佐々木はポケットからシャープペンシルを取り出し机に向かってペン先を走らせた。佐々木は、手を止めメモ用紙を東郷に渡した。
「これに従って作ってください」
「これ通りに作れば面白い脚本が書けるのか?」
「ハリウッドの制作論ですよ?信じられないんですか?」
「あぁわかった。これで作ってくるよ」
「お願いします。で、どうするんですか?」
「どうするってなにが?」
「ここの読書部を映画部にするのかどうか」
後ろの生徒達も期待の目で東郷を見つめる。
「さすがに映画部にするのはすぐにはできない。だから読書部としてまず映画を作っていこう」
生徒達は歓喜の雄叫びをあげた。
「じゃあ明日か明後日までに起承転結だけ書いて持ってくるよ」
「じゃあ先生。面白いの持ってきてくださいよ」
東郷は頭を抱えていた。今までの人生の中で一番悩んでいた。悩んでいた。脚本が思い浮かばないのだ。メモに書いてあることはやったが自分が納得できるような、みんなが面白いと思えるような、何かメッセージを残せるような、そんな物語が浮かばない。
「パパなにやってるの?」
「映画の脚本を作ってるんだ」
「へー、いいのできたの?」
「全然」
「何にも?」
「何にも思いつかない」
「パパさー、難しく考えすぎなんじゃない?」
真央がお風呂上がりの牛乳を飲みながら言った。
「そんな難しく考えてるか?」
「だって小学校に入学する時だって、ランドセルを買いに行って、私はあの時色は黒が良かったの、だけどパパは、今後のことを考えると。とかすごい言ってきたじゃん」
「そうだったっけ」
「だから、パパは思ったことを書けばいいの、一回自分の気持ちのまま書いてみれば?」
「そうか、、、あ、そうだ。真央、話がある。そこに座ってくれ」
東郷は椅子を指差した。それを目で確認した後真央は椅子に腰を下ろした。
「何?」
「俺は、真央が誰を好きになってもいいと思う。相手が男の子だろうが女の子だろうが。ましてや怪物だろうが、宇宙人だろうが」
「怪物?宇宙人?」
真央は微笑みながら言った。
「あぁ怪物で言ったら、〈シェイプオブウオーター〉に出てくる半魚人とか」
「宇宙人は?」
「〈パーティーで女の子に話しかけるには〉とかの宇宙人か?あれは傑作だった。とにかく、好きに恋をしろ」
「わかった。パパが宇宙人みたいね」
「なんでだ?」
「うーん。なんでだろう。まぁがんばってねー」
真央はそう言うと自分の部屋へ入っていった。気持ちのまま書く、書いてみるか。東郷はペンを走らせた。
学校は8時30分からだがこの日は7時と早めに来ていた。夜に小守から呼び出しの電話があったからだ。朝は7時集合だそうだ。
「先生、考えてきました?」
小守が壁に寄りかかりながら言った。
「うーん、ちょっと考えてきた」
「聞かせてよ、先生」
「まず主人公は先生だ。先生はがんになってしまう、そして余命は半年。人生の崖っぷちだ。だがそこで映画を一緒に映画を撮ろうと言われる。撮る映画は社会風刺のような映画を撮るんだ。主人公は教師をやっているのだが、がんになってからの授業は、はちゃめちゃ。だがそれは、生徒たちに大切な事を伝えようとするためにやっている事なんだ。でも段々死期が近づいてくる。で、最後は謎にしたいんだ。死んだのか死んでないのか、わからないようなどうだ?」
生徒たちは手に顎を乗せ考えていた。そして口を揃えてこう言った。
「まぁ、普通の映画ですね。もしくはクソ」
「え?そうか?」
「まぁ先生がそれが良いって言うなら良いですけど。最後は好きですよ、謎にするのは」
佐々木が言った。続けて、
「じゃあ、明後日から撮影しましょう。朝と昼休みと放課後でいきましょう」
周りを見ながら言った。
生徒たちは頷いた。
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