誰かが死ななきゃ感動できないから 〜または映画は手の中に〜

睡眠欲求

ライツカメラアクション

パソコンのブルーライトが目を刺激する。やけに眩しい。外を見るともう真っ暗になっていた。教室の電気はついておらず、それが原因だった。クーラーがないからやけに暑いし、クーラーがある職員室は、今は老朽化の補修工事で使えない。

なぜ補修工事が夏にあるのだろうか、暑くて倒れそうだ。老朽化が進んでいるとはいえ、冬とか夏休みとかにやればいい話だ。そうだ、長期休暇の時にやればいいのに、なぜ今やるのだろうか。全ては校長が補修工事を頼んだのが悪い。愚痴だけが頭の中をよぎった。咳が出る。少し胸が痛い。仕事のしすぎだろうか。東郷は椅子から立ち上がる。少しふらついて立ち上がる。一瞬転びそうになるがなんとか持ち堪える。窓から入ってくる風がカーテンを靡かせた。窓に近づき、カーテンを手で集めまとめる。机の上のパソコンを手に取り、千鳥足で教室を出た。酔ってるわけではない。学校で酒を飲んでいたらそれは大問題だ。職を失ってしまう。

長いこと座っていたためフラフラするのだ。ロッカーから荷物を取り出し帰る準備をする。リュックを背中に背負い玄関に向かった。前から誰かが歩いてくる、少し大きいシルエットでいわゆる中年だ。東郷も年はそこそことっていたため、人に言えるわけではなかった。前から歩いてきたのは校長だった。


「東郷先生、明後日は健康診断だから忘れないように」


「わかりました」


「では、良い週末を」


「はい。お先に失礼します」


東郷は、校長に背を向け、靴を履き外に出た。ああいう丁寧な口調は好きではなかった。車に乗り込みエンジンをかける。かからない。もう一回かけようとする。かからない。3回目でやっとかかった。良い週末をと校長は言っていたが、そんな週末過ごしたことがない。

土曜日は、部活の顧問に行かなければならないし、次の日曜日なんて、健康診断だ。別に健康診断前だからって酒をやめるつもりはないし、走ったり、運動したりするわけでもない。それをしてしまったら健康診断の意味がない。それに新学期が始まったばっかりで次の最初の授業をどう進めようかの考えばかり頭に浮かぶ。東郷の頭には不満、不安以外の他の感情はなかった。車で家路を急いだ。帰っても家族はいるが、そこに愛というものは存在しなかった。妻は、不倫しているし、娘との関係もまちまちだった。家に着き、玄関から家に入る。たまに玄関の鍵が閉まっていて、鍵も忘れていると窓から入るハメになる。それはごめんだ。そんなことを思いながら扉を開け、中に入った。


「ただいま」


リビングに入ると家族は机の上に置かれた食事を食べていた。妻の奈緒が座っている正面に座った。左側には娘の真央が座っていた。


「おかえり」


「ただいま」


奈緒は料理の横に置かれたワインを手に取り一口飲む。グラスの中が空になった。東郷はそれに気づくと立ち上がり、ワインボトルを手に奈緒の横まで行き、ワイン注ぐ。


「ありがと」


注ぎ終わり、東郷はまた席へと戻った。料理に手をつける。


「少しいい?」


真央が言った。言い方はラフだったが面持ちは真剣だった。


「なんだ?」

「なに?」


東郷と奈緒が同時に言った。真央は少しの沈黙を置くと唾を飲み込み言った。


「私ね、同性愛者なの」


「同性愛者?」


「レズビアンなの」


「そうか」

東郷が言った。奈緒は黙っていたがしばらくして笑い出した。真央は困惑した表情をした。


「なんか文句あるの?ママ?」


「いえ、そんなわけないわ。真央は同性愛者じゃない。それは一時的なものよ。思い込み、何かそういう映画か漫画見たでしょ。ほらあれよ、あれ、名前が出てこない。2017年ぐらいにやった映画よ」


「〈君の名前で僕を呼んで〉か?」


東郷が言った。奈緒は東郷を指差し言った。


「そうそう、それよ。それ」


「おい、今の状況であの映画を出すのか?例え違いだろ。同性愛の映画なんかそれ一つじゃないだろ」


「その映画私見たことない。何?私の気持ちが思い込みって言いたいの?」


「だってあなたは私の子よ?私が違うんだからあなたが同性愛者なわけない」


奈緒は終始笑っていた。真央は机を叩き立ち上がりリビングから出ていった。


「おい、真央」


東郷は呼び止めようとするが無視して自分の部屋に戻っていった。


「おいおい、あれはないだろ?」


「だからあれは一時的なものなの」


東郷は肩を落とした。


「じゃあ、私からも1ついいかしら?私、不倫してるの」


言い終わる前に奈緒は爆笑している。


「おいおい、どれだけ酔ってるんだよ」


「私が不倫してるって知ってた?」


「あぁ知ってた」


「勘がいいわね。探偵にでもなれるんじゃない?ポアロみたいな」


「でも相手は知らない」


「いいわ、教えてあげる。校長よ」


「俺の学校の?」


「ええ」


「おい、マジかよ。不倫するならもっとマシなやつとやれよ。あんな爺さんのどこがいいんだよ?」


「そう言うけどまだあの人50よ?」


「俺と10も違うんだぞ?年下の相手はいなかったのか?」


「そんな、こんなおばさんと不倫しないわよ。若い子なんて」


「ミスマープルみたいだもんな」


「なんですって?ミスマープルを馬鹿にしたわね?あの貴婦人を。私の憧れよ。でも若い頃はミア・ウォレスみたいだったでしょ?」


「〈パルプ・フィクション〉の?じゃあ俺はヴィンセントか?俺はただの暇潰しの相手か?笑わせるなよ。俺も奈緒も違うだろ」


「そうかしら」


奈緒はそう言いながらポケットからタバコを出し火をつけた。そのまま足を組む。


「どう?見えるでしょ?」


「見えん」


そういうと奈緒は高笑いをした。笑いが止まらないらしかった東郷は立ち上がりワインボトルを手に奈緒に近づく、ワインをグラスに注ぎまた席に戻った。

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