08
「――もう、サラちゃんが目を覚さなかったらどうするの」
「お前が憑依なんかするからだろう」
「あなたが魔力が入ったブレスレットなんか渡すから……って、そもそもあのムーンストーンどこで手に入れたの? あなたには渡したことはずよ」
「どこでだっていいだろう」
「……しずかにして……」
すぐ側で騒がれると頭に響く。
「サラちゃん?!」
「目が覚めたか」
重たいまぶたを開くと、女神とオリバーが私を覗き込んでいた。
「気分はどう?」
「……身体が重くて……気持ち悪い……」
「魔力酔いだな。魔力のない身体にモーネの力が流れ込んだから」
「ごめんねサラちゃん」
女神が私の手を握りしめた。
「どうしてもあの男に言ってやりたくて」
(……ああ、そうだ)
ぼんやりとした頭で思い出した。
舞踏会の最中、騒ぎが起きて……。
「……今は何時?」
「夕方だ」
「昨日の夜からずっと眠っていたのよ」
「昨日……」
そんなに?
そう言われれば、部屋の中が明るい。
窓へと視線を移すとその向こうは夕暮れ色に染まっていた。
「さっきまでお前の婚約者がずっと側についていたが、会議があるからと交代した」
「会議?」
「今回の件の確認と、関係者の処遇についてだな」
「……お父様は行かなくていいの?」
「私は政治とは関わらない。それにお前の方が大事だ」
くしゃりと頭を撫でられた。
「……ふふっ」
「何だ」
「子供の頃を思い出して……。よく熱を出すとこうやって二人で見守ってくれたから」
普段は研究第一な父親だけれど、私の具合が悪くなると研究を放置して。
いつの間にか現れた女神とあれこれ言い合いしながら、二人で熱が下がるまでずっと側にいてくれたのだ。
「半分人間のあなたの身体に魔力が馴染むまでは、身体が弱かったものね」
そう言って女神も私の頭を撫でた。
「何日も高熱が続いて……どの子もそうなってしまうのよね」
(……そうか、私だけじゃないのね)
過去存在した女神の娘たちも、そうやって強すぎる魔力と戦いながら成長し巫女となっていったのだろう。
「次に生まれる娘はそうはさせない」
オリバーが言った。
「……どういうこと?」
「サラに渡したそのブレスレットを上手く使えば、体内の魔力を調節することができるだろう」
私は手首を見た。
そこにはまだオリバーからもらった、私の魔力を込めたというブレスレットがはめられたままだ。
「まあ。あなたそんなこと考えていたの」
「娘に辛い思いをさせたくはないだろう」
「アダム……あなたって本当にいい父親ね」
女神はぎゅっとオリバーを抱きしめた。
「ねえ、別に五年も待たなくても子供はできるでしょう。サラちゃんだって早く妹が欲しいわよね」
「……まだ早い」
「どうして?」
「――身長がお前より高くなるまではダメだ」
耳を赤く染めながらオリバーは言った。
「もう……あなたって本当に」
女神はさらにオリバーを抱きしめた。
「そういう所が可愛いんだから」
「は? 可愛くなんかない」
「可愛いわよ、ねえサラちゃん」
「……ソウデスネ」
(本当に、両親の仲がいいのは良いことだけれど……)
体調が良くないときに目の前でイチャつかれても、それに付き合える気力はない。
ゆっくりと、私の意識はまた身体の奥底に沈んでいった。
*****
「あら、サラちゃん寝ちゃったの?」
女神は眠るサラの額にそっと手を触れた。
「まだ熱が高いのね」
ふわりとその手が光ると、銀色の光がサラを包み込んだ。
「――ねえアダム」
「何だ」
「どうしてサラちゃんの魂を転生させようとしたの?」
「私が転生する前に、上手くいくか試したかったからな」
「それだけ?」
女神はオリバーを見た。
「あなたが娘を実験台にするのかしら」
「……巫女は生まれた時から女神の言葉を伝えるだけの存在だ。サラも二百年以上そうやって生き続けてきた。少しくらい自由に生きさせたいと思うだろう」
「別世界に転生したのは?」
「あれはただの事故だ。……失敗したかもしれないと思ったときは本当に焦った」
「そう。次に生まれる巫女にもそうするの?」
「どうだろうな。『その時』に私が生きているかも分からないし」
「あら、あなたはまた転生するのでしょう」
「タイミングが合わなかったら難しいだろう。子供の身体は魔力が安定しない」
オリバーは自分の手を見つめた。
「今の身体では、サラをこの世界に戻すのがやっとだ」
「……サラちゃんは転生して人間になって、幸せなのかしら」
「自分が幸せだったかどうかなんて、死ぬ間際にならないと分からないな」
「そうなの?」
「人生この先、何があるか分からないだろう」
「――幸せになってねサラちゃん。たとえ巫女じゃなくても、ずっと見守っているから」
女神はそっとサラの額に口づけを落とした。
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