07

「はて、何のことでしょう」

エレンの視線を受けながらアーベライン侯爵は答えた。

「シラを切るか」

パン、とエレンが両手を叩くと、閉ざされていた扉が開いた。


入ってきた騎士たちが、引きずるように縄に縛られた男たちを連れてきた。

「この者たちを知っているであろう」

「――いいえ、知りませんな」

「そうか、ではこれは」

エレンが目で合図をすると、扉の向こうから両手を縛られた男が一人、入ってきた。


「あれは……アーキン男爵か」

「なぜ捕まって……」

周囲がざわついた。

「アーベライン侯爵。そなたはこのアーキン男爵を偽り、その暗殺者たちを紹介させたそうだな」

「何のことだかさっぱり分かりませんな」

全く動揺することも、顔色を変えることもなく侯爵は答えた。

「そのアーキン男爵は私の派閥の者ですが。最近加わったばかりで挨拶くらいしか関わったことはありませんが」

「そう侯爵は言っているが」

エレンは男爵を見た。


「……いえ、確かに私は侯爵から直接指示を受けました」

アーキン男爵は口を開いた。

「仕事の取引先を通じて、サザーランド王国の魔術師を紹介するようにと」

「サザーランド王国だと?」

周囲の貴族たちがざわめいた。

「そのサザーランドの魔術師たちが私の暗殺計画を立てていたことは知っていたか」

「いいえ! そのような恐ろしいこと……」

男爵は声を震わせた。

「……知っていたら……紹介などいたしません。侯爵が、パレードで騒ぎを起こして陛下を失脚させたいのだと……そうして代わりに公爵閣下が王に立てば……商会がより発展するよう便宜を図ると言われ……」

男爵は床に座り込むと、頭を地面に擦り付けた。

「……戦争が終わり、商会の売り上げが下降していて……焦っていたとはいえ、浅はかでした。まさか陛下を……お命を奪おうなど……」


「男爵はこう言っているが」

エレナは侯爵を見た。

「全く覚えがありませんな」

侯爵は答えた。

「商人というのはいくらでも出まかせを言うことができる。その男も身の保全のために人に罪をなすりつけようとしているのでしょう」

「ならば、こっちはどうだ」

オリバーの声が聞こえた。


振り返ると、いつの間にかオリバーが立っていた。

その足元には後ろ手に縛られ床に座り込んだイザベラがいる。

「これはお前の娘だろう」

「イザベラ?!」

侯爵の側にいた夫人が声を上げた。

「あなたどこにいたの?!」


「この娘は、そこにいる公爵の婚約者サラを陥れようとしていた。サザーランドの魔術師と共にな」

冷たい眼差しでオリバーはイザベラを見下ろした。

「なぜそんなことをした」


「……だって……お父様が言ったんだもの……」

イザベラは顔を上げた。

その髪は乱れ、寝ていないのか……恐ろしいことでもあったのか、顔色も酷く悪かった。

「アーチボルド様が王になるって……そうしたら、王妃になるのは私が一番相応しいって……なのに、その素性も分からない女が婚約者になんかなっているから。邪魔だから排除しようとしたのよ」

「排除だと」

フィンの低い声が聞こえた。

「お父様が言ったのよ、邪魔なものは排除していいって。相応しくない者はいらないのよ」

「ろくな育て方をしていないな」

オリバーは侯爵を見た。

「これでもまだしらを切るか」



「娘は錯乱しているようですな」

侯爵はそう言った。

「よほど公爵に拒否されたことがショックだったのでしょう」

(この人は……)

娘があんなボロボロの姿を人前に晒させられても、表情ひとつ変えずに冷たく突き放すなんて。

ふつりと怒りが湧き上がるとともに、手首に熱を感じた。


(サラちゃん、ちょっと身体貸して)

頭の中に女神の声が響いた。


(え……?)

『あなたは、この件に自分は全く関係ないと言うのね』

勝手に自分の口が動くと声が出た。

侯爵が私を見ると不快そうに眉をひそめた。

「ああ。全く知らないことだ」

『それを女神に誓えるかしら』


「何だと」

『本当に知らないならば、女神に誓って潔白だと言えるでしょう?』

侯爵の顔色がわずかに変わった。

女神に誓いを立てて口にした言葉が偽りだった場合、天罰が下るといわれている。

そうして女神に偽り、欺いた者はもうこの国にはいられなくなるのだと。

――つまり、自白するならこれが最後のチャンスだという女神からの警告だ。


「ああ。私は潔白だ」

けれど侯爵はそう答えた。

「女神でも何でも誓おう」


『そう。残念だわ』

視界が銀色の光に染まると、懐かしい感覚が――身体に魔力が流れてくるのを感じた。

(え、まさか……)

「何だこの光は……!」

「髪が銀色に……」

「……まさか……巫女か?!」

周囲から驚きと驚嘆の声が聞こえる。

『アーベライン侯爵。あなた子供の頃は小さな女神像をいつも抱き抱えていて。寝る時も一緒だったくらい慕ってくれていたのに』


「……な、なぜそれを……」

侯爵の顔色がはっきりと変わった。

『夫人のことも、その女神像に似ているという理由で選んだんじゃなかったかしら』

ふう、とため息が口からもれる。

『その女神を裏切るなんて。本当に残念ね』

私の右手が高く上がった。


『王殺しは神殺しと同罪。王を裏切り、女神をも裏切った者には罰を与えなければ』

強い光が手のひらから放たれると侯爵を包み込んだ。



「あなた……!」

夫人の悲鳴が響いた。


「……う……」

光が消えると、そこにはうずくまった侯爵の姿があった。

駆け寄った夫人が上体を起こそうとした。

まだ五十歳くらいだったはずのその身体も、肌も、まるで老人のように老いていた。

「これは……」

『あなたは女神の庇護を失った。豊穣と生命力を司る女神の庇護がない者は、この国では朽ちてゆくのみ』

自分とは思えない冷たい声が聞こえる。


「これが……女神の天罰……」

周囲がざわついた。

女神の天罰を実際に受けた者を見るのは、私も含めて皆初めてだろう。

生命力を奪われた侯爵は……おそらく、その寿命も残り少ないだろう。



「アーベライン侯爵」

エレンが口を開いた。

「……父からの信頼も厚かったそなたがどうして」


「――女の……王など……」

シワがれた声が聞こえた。

「王太子が……いるのに……なぜ女などが王に……」

『愚かね。王になるのに性別など関係ないのに。ガブリエラ・エレンは立派に王の務めを果たしているわ』

呆れたようにそう言うと、頭を巡らせエレンが視界に入った。


『あと五年待てば、新たな巫女が生まれるわ』

「え」

『新たな巫女は、あなたや、あなたの子らの良い相談相手になるでしょう。それまでは、周囲の者たちに助けてもらいなさい』

「……はい」

『巫女がいなくとも、女神はこの国を見守っている。だから何も心配しないで』


急激に身体から力が抜けていくのを感じた。

「サラ!」

フィンの声が響くのを感じながら、私は意識を手放した。

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