09

(……朝……?)

窓の外から鳥の声が聞こえる。

目を閉じていても、明るくなっているのが分かる。


(ダルさは……取れたかな)

魔力酔いによる不快感はすっかり消えたようだ。

目を開いてふと隣を見ると、すぐ目の前に私を見つめるフィンの顔があった。


「……え?!」

慌てて飛び起きようとした私の腕をフィンの腕が掴み、そこまま引き寄せられた。

「おはよう、サラ」

「……おはよう……って……」

どうして一緒に寝ているの?!


「サラが心配で眠れないからな。ならば一緒のベッドで寝た方がまだ安心できる」

「安心って……」

「体調はどうだ?」

フィンの手が私の腰に伸びると抱き寄せられ……抱きしめられる形になった。

「もう大丈夫……だから」

抱きしめられることは何度もあるとはいえ、ベッドの中でというのはさすがに恥ずかしい。

「良かった」

心からほっとしたようなフィンの声が聞こえた。




「サラは舞踏会でのことを覚えているか」

体調は良くなったとはいえ、一日半眠り続けた。まだ無理はしないようにと、スープと果物だけの朝食を終えるとフィンが尋ねた。

「……ええ。身体と口が勝手に動いて……変な気分だったわ」

「あの後、サラは巫女ではないのかと大騒ぎになった。皆の前で髪が銀色に変わったからな」

銀色の髪は女神と巫女のみが持つとされている。

「……それで?」

「オリバー殿が、それはサラがルナを従えているからだろうと説明していた」

「ルナ?」

「ルナは女神の使者として女王に祝福を与えた。そのルナが、主人であるサラを通じて女神の言葉を届けたのだと。馬は喋れないからな」

「皆それで納得したの?」

「実際にルナがエレンたちを乗せて降りてきたのを見ていたし、サラが倒れた時、黒髪に戻ると同時にルナが光った。あれを見ればそれが真実だと皆思うだろう」

ルナが光ったのは……女神がオリバーか、どちらかの仕業だろうか。

いずれにしても、オリバーの機転で誤魔化せたということだろう。


「それで、実際はどうなのだ」

「え?」

「どうして君の髪が銀色になり、あんなことを語ったのだ」

「……あれは……このブレスレットのせいだと思うわ」

私は手首をブレスレットを撫でた。

「エレンにも渡したけれど、ムーンストーンは女神からの贈り物。この石にお父様が、私の魔力を込めていたらしいの」

「サラの魔力?」

「ええ。多分、その魔力を使って女神が私に憑依したのだと思うわ」

聞きそびれたけれど、おそらくそうやったのだろう。


「そうか……」

フィンの手が私の手を握りしめた。

「つまり、このブレスレットがあれば、サラはまた巫女に戻るのか?」

「……どうかしら。でも、多分このブレスレットにもう魔力は残っていないと思うわ」

ブレスレットは明らかに艶が悪くなっている。

きっと中の魔力を使い切ったのだろう。


「――だが、まだ他にも同じブレスレットがあるかもしれない」

「フィン」

私はフィンの手に空いていた方の手を重ねた。

彼はきっと、私がまた巫女に戻るのではないかと不安なのだ。――本当にフィンは、私のことになると心配症になってしまう。


「女神も言っていたでしょう、あと五年も経てば新しい巫女が生まれるって。もう私の、巫女としての役目は終わったのよ」

「しかし……」

「それよりも。暗殺計画の犯人たちはどうなったの?」

すぐ不安になってしまうフィンの気を逸らそうと話題を変えた。


「……ああ。サザーランドの連中への調査は継続中だ。アーベライン侯爵は家に帰した」

「帰した?」

「老化の進行が早くて、もう歩くことも話すこともろくにできない。それで、屋敷の中を自由に捜索させることと引き換えに、家に帰して欲しいと夫人が訴えたのだ」

「……そう」

「確かにエレンを暗殺しようとはしたが、元々は父の忠臣だ。最後の情けというやつだ。侯爵家の処遇はこれから決まるが、今回の件に無関係の縁者がいれば家門を残せるだろう。娘は療養院に送られることが決まった」

「療養院?」

「――オリバー殿の尋問がよほど堪えたらしく、心身ともに衰弱している」

「お父様……手加減してって言ったのに」

本当に、あの父親は身内以外には厳しいから。


「まだ今回の件に関与した国内の貴族たちの背後関係は調べきれていないが、エレンが女神の加護を受けた王だと皆に周知することはできたな」

「それは良かったわ」

「それからサラも、神獣を従え巫女の代わりに女神の言葉を宿すことのできる、特別な人間だということが知れ渡った」

「それは……どうなのかしら」

「私の結婚相手として、君以上の者はいないということだ」

フィンは私を抱き寄せると、頬に口付けた。

「エレンの立場も安泰、君に不満を言う者もいないだろう。これで安心して領地に帰れる」

「そうね」

「帰ったらまずは結婚式の準備に取り掛からないとな」

「……そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」

懸念はなくなるのでしょう?



「――この二晩、君に添い寝をして思ったのだ」

つと視線を逸らせてフィンは言った。

「早く毎晩、こうして同じベッドで眠れるようになりたいと」

(……それって)

顔に熱を帯びるのを感じた。


「それに、早く子供も欲しいからな」

「……そうね」

久しぶりに両親と三人の時間を過ごして、家族のありがたみや幸せといったものを改めて感じた。

今世での両親を早くに亡くしてしまったから……余計にそう思う。


私とフィンも……やがては親となり、新たな家族を作れるだろうか。

「だから、一日も早く結婚しよう」

「……ええ」

視線を重ねて。

私たちはゆっくりと唇を重ねた。

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