第三章

01

「街はこの馬の話題でもちきりですよ」

パレードの翌日、王宮の厩舎で預かってもらっているルナに会いに行くと、護衛の騎士がそう言った。

「そうなの?」

「はい、女神から遣わされた神獣が祝福を授けにきたと」


パレードでの襲撃は魔法のみだったことと、その直後のルナの活躍が目立ったため、市民は女王が襲われたとは思わず、翼を生やした馬が女王に祝福を授けに現れたのだと受け止められているという。


「凄いわね、ルナ」

私はルナの首筋を撫でた。

「ご褒美も貰えるんですって。素敵な馬具を作ってくれるそうよ」

エレンから助けてくれたお礼に、ルナに馬具を贈られることになっている。

王家御用達職人がルナに似合うものを作ってくれるとのことだ。

けれどそう言うと、ルナは不満そうに首を横に振った。


「馬具よりも葡萄が欲しいと言っている」

オリバーの声が聞こえた。

「葡萄?」

「山に生える葡萄が落ちて、乾燥したものが好物だそうだ」

「干し葡萄が好きなの?」

ルナが大きく尻尾を振った。

「そうだったの……ごめんね知らなくて。あとで沢山貰ってくるわね」

「……神獣の言葉が分かるのか?」

フィンが不思議そうにオリバーを見た。


「魔力を合わせれば意思を通じることができる」

「おと……オリバーは魔獣に詳しいの」

他の者がいる前で外見が子供なのに『お父様』と呼ぶのはおかしいので、慌てて言い換えた。

「ああ、そんなことを言っていたな」

「そうだ、ルナは男性が苦手なのか聞いてくれる?」

私はオリバーに頼んだ。

「男が苦手?」

「誰にも懐かなくて。エレンには触らせたり助けたりしているから、女性だったらいいのかなと思って」

「――そういう訳ではない」

ルナと目を合わせてオリバーは言った。

「女王から女神の魔力を感じたから守ったんだ」

「女神の……? あ、もしかしてムーンストーン?」

女神から貰った石をエレンが身につけていたから?

「この神獣は特に女神からの加護が篤い。女神に認められた者を守ろうとするのは当然だ」

「そうだったのね。ありがとうルナ」

ルナを撫でると、ルナは得意げに尻尾を上げた。



「閣下」

ブルーノがやってきた。

「昨日のことで……少しよろしいですか」

「ああ」

「サラ様と魔術師殿は、陛下がお茶を用意したので来て欲しいと」

「分かったわ。それじゃあルナ、干し葡萄を頼んでおくからね」

フィンと別れると、私とオリバーは宮殿の中へ入った。


建国祭期間は宮殿の中も人が多いが、今日明日は特に行事もなく静かだ。

コツコツと足音の響く廊下を歩いていくと、その先に人影が見えた。

(あれは……イザベラ・アーベライン嬢)

行手を阻むように廊下の中央に立っているのは、確かにイザベラだ。


「何か御用でしょうか」

護衛の騎士が私たちの前に出た。

「そこの女に用があるの。どきなさい」

「お二人は陛下に呼ばれて急いでおりますので」

「誰だ」

オリバーが小声で尋ねた。

「イザベラ・アーベライン侯爵令嬢よ」

「――ああ、あの。話しかけるなと言われていたんじゃないのか」

「それはアーチボルド様のことでしょう。その女のことは言われていないわ」

声が聞こえたのか、イザベラはそう言って眉を吊り上げた。


「屁理屈だな」

「何ですって」

イザベラはオリバーを睨みつけた。

「子供のくせに、この私に口答えするなんて」

「随分と偉そうな小娘だな」

「オリバー」

イザベラの顔が赤く染まるのを見て私は慌ててオリバーの肩に手を乗せた。

こういう相手はまともに相手をしない方がいい。

「ほら、早く行きましょう」


「待ちなさい」

護衛を促して歩こうとするとイザベラの声が聞こえた。

「用があると言っているでしょう」

「……それは、陛下よりも優先すべきことでしょうか」

そう返すと、イザベラはぐっと唇を噛み締めた。


「何で……あんたみたいな貴族ですらない女が。アーチボルド様や陛下に気に入られているのよ」

「身分で相手を判断することほどくだらないものはないな」

オリバーが言った。

「まあ、どのみちサラは身分以上の価値がある。お前など足元にも及ばない」

「何ですって。そもそもお前は何なのよ。私は侯爵令嬢よ、それを偉そうに」

「侯爵令嬢というのはそんな物騒なものを持っているのか」

オリバーが言い終えると同時にイザベラの身体が崩れ落ちた。


「う……身体が……?」

「その服の中に何を隠している」

オリバーはイザベラの前に立った。

「なんの……」

「私は魔術師だ。そのスカートの隠しポケットに入っている小瓶から魔力を感じるぞ、随分と邪な気配だ」

イザベラの顔色がさっと変わった。


オリバーの手が光ると、その指先から光の糸が伸びてイザベラの身体を縛り上げた。

それから膝をつき、ドレスのスカートに手を入れた。

「やめ……」

「これだな」

イザベラから離れた手に小さなガラス瓶が握られていた。

「毒か……いや、違うな」

瓶をじっと見つめると、オリバーはその蓋に手をかけイザベラを見下ろした。

「よく分からないな。お前で試してみるか」

「ひっ」

顔をひきつらせたイザベラを見てオリバーはにっと笑った。

(あれは……楽しんでるわ)

きっと中身が何なのか、分かっているだろうに。

本当に、お父様は百年以上会わなくても生まれ変わっても、中身は変わっていないのね。


「オリバー。エレンを待たせたら悪いわ」

「そうか」

振り返ったオリバーが手を振ると、イザベラを縛っていた光の糸が強く光り、イザベラと共に消えていった。


「……え、イザベラ嬢は?」

「送った。あとでじっくり尋問するからな」

そう言うと、オリバーは廊下の奥を見た。

「ついでに、あの柱の影に隠れていた者も一緒に送った」

「そんな者が? いつの間に……って、どこへ送ったの?!」

「ほら急いでるんだろ」

例のにっとした笑みを浮かべると、オリバーは歩き出した。

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