13
「お父様。どうして王宮に来たの?」
確かエレンが、師に紹介されて王宮に招くと言っていた。
つまり王宮魔術師になるということだ。権力は嫌いだといつも言っていたのに。
「王宮にいた方がお前を探しやすいかと思ったからな」
「私を探す?」
「お前をこの世界に戻したはいいが、魔力を持っていないせいで見失ったんだ」
「……どうして私を戻そうと?」
「そもそも転生させた時に異世界に行ってしまったのが失敗だった。それにお前だってこの世界に戻ってきた方が良かっただろう?」
「それは……」
確かに、この世界で懐かしい人たちに再会できたのは嬉しいけれど。
向こうでの生活も、両親が死んだのはとても辛いことだったけれど。仕事も充実していたし、楽しいことも多かった。
「違うのか」
「……どちらの世界も大切よ」
二十三年、私は『広田サラ』という向こうの世界の人間として生きてきたのだ。
その時間と経験は私の中に大きな存在としてあるのだから。
「そうか」
「ところでお父様。さっき一歳しか離れていないと言っていたのは?」
「お前が死んで一年後に私も転生したんだ。お前が失敗して別の世界に飛ばしてしまったと知った時は焦ったが、異なる世界だと時間の流れが違うというのは面白いな。上手く利用すれば肉体の劣化を防げるかもしれない」
「……そんなに不老長寿になりたいの?」
「まだ世界には未知のものが多いからな。研究したいものは沢山あるし、それに……」
「それに?」
「――いや、何でもない」
何故か少し顔を赤らめてオリバーは言った。
「時にサラ。さっきの元王太子が婚約者とはどういうことだ」
「あ……私がこの世界に戻ってきたのはハンゲイト公爵領で。彼に保護されて、ええと……ずっと好きだったから結婚して欲しいって言われて」
「お前はあの男が好きなのか?」
「……ええ」
口にすると、少し恥ずかしいけれど。
「好き合っているならいいが。だがお前は結婚できないはずではないのか」
「今の、この身体なら問題ないとお母様が……そうだ、お母様がお父様を探していたわ」
「モーネに会ったのか」
「ええ」
「探すって何の用で」
「文句を言うためよ」
ふいに女神の声が聞こえた。
「……モーネ」
「アダム。あなた勝手にサラちゃんの魂を横取りしないでちょうだい」
腰に手を当てた女神がオリバーを睨みつけた。
「サラちゃんは私の巫女なのよ」
「私の娘だ」
「だからってあなたの実験台にしないでよ」
「お前だってサラの魂を精霊にするつもりだったんだろう。個性も意志もない、ただの魂の塊に」
「仕方ないでしょう、巫女の魂は永遠だし記憶も消せないのだもの。それにあなただって失敗してサラちゃんの魂を異世界に飛ばしたくせに」
「お前が邪魔をしたからだろう」
「何ですって」
「はいはい、二人とも」
ヒートアップしてきた二人に割って入ろうと、私はオリバーの両肩を掴んで自分へと引き寄せた。
「久しぶりの家族の再会なのだから、ほどほどにね」
この二人は『喧嘩するほど仲がいい』というか、互いに心置きなく言えるから口論になりがちなのよね。
「……まあ、そうだな」
「あらやだ。あなたたちそうやっていると親子じゃなくて姉弟ね」
私たちを見て女神は楽しそうに声を上げた。
「あなた子供の時は可愛いのねえ。ぷにぷにだわ」
「触るな」
オリバーは頬をつついた女神の手を払った。
「子供扱いするな」
「子供なんだからいいじゃない」
「見た目だけだ。あと五年……いや四年もすれば大人だし父親にもなれるからな」
「あら、まあ。そうなの」
女神は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「そうね、あなたの魔力なら問題ないものね。ふふっ」
笑顔のまま、女神はオリバーの頬に軽く口付けた。
「待ってるわね、ダーリン。じゃあ人が来るから帰るわね」
フワリと女神の姿はかき消えた。
「――お父様。もしかして不老長寿の研究をしていたのって、お母様とまた結婚するため……?」
さっきの赤い顔を思い出して尋ねると、オリバーはまたその顔を少し赤くして睨むように私を見た。
「……巫女の父親に選ばれるというのは当代一の魔術師の証だ。それは誰にも譲らない」
「そうなの」
譲らないのは当代一の魔術師ではなくて、女神の夫だと思うけれど。そういうことにしておこう。
「……そういう笑い方は母親そっくりだな」
オリバーが眉をひそめていると、バタンとドアが開かれた。
「お帰りなさい」
「事態は思ったより面倒だ」
部屋に入ってきたフィンがそう言ってため息をついた。
「……尋問のこと?」
「ああ。オリバー殿」
フィンはオリバーに向いた。
「捕えた者たちが自白後死んだのは、あなたが何かしたのか?」
「あいつら、失敗したり捕まった時は自白する前に自死するよう術をかけられていたからな、その術を書き換えておいた」
オリバーはフィンを見上げた。
「真実を自白してから死ぬように」
「……死なせてしまったの?」
「死ななければ術を書き換えたことがバレるだろう。どのみち失敗すれば殺されるんだ」
私を見てそう答えて、オリバーは再びフィンを見た。
「あれはサザーランドの術だったろう」
「ああ」
サザーランド王国は、隣国であり戦争の相手国だった国だ。
戦争に負けた後クーデターが起き、今は王も代わりこの国とは友好的な関係を築いてきていると、この世界に戻ってきてから教わった。
「そのサザーランドの前王派の残党が、この国の反女王派の一部と手を組んで今回の件を引き起こした」
そう言ってフィンは息を吐いた。
「反女王派は儀式の妨害のみを依頼したが、旧サザーランド派は女王の暗殺を目論んでいたようだ」
「エレンを?! でも大した攻撃じゃなかったって……」
「一度馬を興奮させる程度の魔法攻撃を仕掛けて、そのどさくさに紛れ暗殺しようとしたのをルナが邪魔したんだ」
「ルナが?」
まあ、あとでたくさん褒めてあげなくちゃ。
「それで、女神を暗殺し『死神』の私が王になることで、サザーランド国民の、この国への憎しみを引き出し前王派の復権を目論んだようだ」
「そうだったの……」
そんな恐ろしいことを計画していたなんて。
「で、依頼した反女王派とやらは」
「捕えた者たちと直接関わっていたのはアーキン男爵だ」
オリバーの問いにフィンが答えた。
「アーキン……聞いたことのない家名ね」
「最近爵位を授かった者で元々商人だ。戦争中木材の取引で大儲けをしていて、サザーランドとも親しい」
「動機はあるか。内政の乱れや戦争が始まれば儲けが出る」
「ああ。だが厄介なのは、アーキン男爵はアーベライン侯爵の派閥なんだ」
アーベライン侯爵……って、夜会の時に娘がフィンに接触してきて、その後フィンが激怒した相手の?
「調査はこれから始めるが、侯爵がこの件に関わっているなら大問題だ。意図していなかったとはいえ女王暗殺計画に加担することになったのだからな」
フィンは大きくため息をついた。
「建国祭は、あとは市民の祭りが中心で王が参加するのは三日後の舞踏会のみだ。それまでに片が付けば良いが、最悪サラにも被害が出る可能性がある」
「私?」
「私を王位に望む者からすれば、婚約者のサラは王妃となる可能性が出てくるだろう」
貴族でもない私を王妃にするなんてとか、自分の娘を王妃にしたい者たちがいるとか、そういうことだろうか。
「権力争いはどうでも良いが。娘のためだ、協力してやろう」
オリバーは私たちを見上げると、にっと笑みを浮かべた。
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