02

「遅かったわね」

ティーサロンへ着くと、エレンとブレイクが待っていた。


「ごめんなさい、ちょっとトラブルが」

「トラブル?」

「アーベラインの娘がサラに魔法薬を使おうとした」


「何ですって?!」

ガタン、と音を立ててエレンが立ち上がった。

「魔法薬って……何の?」

「これだ」

オリバーはテーブルの上に小瓶を置いた。

「……嫌な魔力ね。これって……もしかして媚薬?」

「ああ」

「媚薬って……発情するとか、そういうやつ?」

そういうものがあるのは知っていたけれど、実物は初めて見たわ。

「ああ、これは自身だけでなく周囲にも影響を与えるものだ」

「何でそんなものを……?」


「そうね……貴族令嬢にとって貞節は大事だから。お兄様と結婚できなくしようとしたんじゃないかしら」

小瓶を見つめながらエレンが言った。

そういえばこの世界は婚前交渉とかダメなんだっけ。

「……でも、そんなことしてもイザベラ嬢が義兄上と結婚できるわけじゃないだろう」

ブレイクが言った。

「激怒した義兄上に一族もろとも殺されるんじゃないかな」

「そうね。そこまで考えていないか、それでもサラを汚したいと恨んでいるか……どちらにしても浅はかよね」

ふう、とため息をついてエレンはオリバーを見た。


「それで、イザベラはどこに?」

「一緒にいた男と共に捕えて送ってある」

「送った?」

「私が住んでいた塔の地下牢だ。あらゆる魔法も効かず、どんな強い魔獣も逃げられない」

「そんな所に入れたの?!」

イザベラ嬢は普通の令嬢なのに?!


「一緒にいた男が魔術師だったからな。どれほどの力を持っているか分からない。念のためだ」

「魔術師……?」

「あれはこの国の人間じゃない。媚薬から感じる魔力の質が違う」

「――サザーランド?」

「その可能性は高いな」


「……アーベライン侯爵もサザーランド王国と繋がっていたってことなのね」

エレンは深くため息をついた。

「まだ断定はできない。娘だけの可能性もある。そのあたりはこれから尋問して分かるだろう」

「じゃあイザベラと魔術師をここへ……」

「いや、この尋問は私が行う。二人を捕えていることは極秘にしておいた方がいい」

オリバーはそう言って小瓶を手に取った。

「この媚薬の効果を二人で試してみるのも面白いな」

「……それはやめてあげて」

さすがにそれは可哀想だわ。


「お前を陥れようとしたやつを庇うのか?」

「そういうわけではないけど……気分が悪いもの」

イザベラはずっと、自分がフィンと結婚するのだと――自身で望んだのか父親から言われたのかは分からないけれど、そう思っていたのだろう。

それを、突然現れた貴族でもない私に横取りされたのだ。恨みたくなる気持ちも分からなくはない。

「それに、こういうことでしか私に対抗できる手段がない人なんだと思うと可哀想だなって」

――だからといって、人を陥れるのはダメだけれど。


「でも何も罰を与えないわけにはいかないわ」

エレンが眉をひそめて言った。

「それは分かっているわ。でも詳細を調べてからよ、それまでは手を出さないで」

私はオリバーを見た。

この人は平気で人間を実験台にするから心配だ。

「……お前がそう言うなら」

不服そうな顔でオリバーは答えた。




「何だと」

お茶会に合流したフィンにイザベラの件を伝えると、その顔に怒りの色を滲ませた。

「それで、二人は」

「今オリバーが尋問しているわ」

お茶どころではないと、さっさと――笑みを浮かべていたけれどその目は笑っていない、明らかに怒った状態で行ってしまった。

手加減してくれるかとても不安だ。


「警告だけでなく侮辱罪で捕えておけば良かったな」

舌打ちとともにフィンは言った。

「そこまでしなくても……未遂だったのだし」

「未遂じゃなかったらどうする。オリバー殿がいたから防げただけだ」

「それは……そうだけど」

「私も離れなければ良かったな」

フィンはため息をついた。


「そういえばお兄様はどこに行っていたの」

「アーキン男爵を捕らえたと知らせが入った」

「男爵を?」

「パレードを混乱させるために魔術師と接触したことは認めたが、暗殺計画までは知らなかったと言っている。真っ青になって震えていた様子を見ても本当に知らなかったのだろう」

国王の暗殺に関与していたとなれば、本人の処刑はもちろん爵位剥奪や一族への処分も免れないだろう。


「それで、侯爵の関わりは?」

「それは今尋問中だ」

「正直に話すかしら」

「真実を洗いざらい話せば罪を軽くすると伝えた。商人として損得勘定で動く男だ、どちらがましか考えるまでもないだろう」

ふっとその口元に小さく笑みを浮かべてフィンは言った。

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