14
「公爵様!」
天候にも恵まれて旅は順調に進み、五日目の夜。
夕食後のお茶を飲んでいると、護衛の騎士が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「どうした」
「それが、サラ様の馬が……ここまで追ってきたようで」
「ルナが?」
私とフィンは慌てて立ち上がった。
「ルナ?!」
宿の厩舎へと向かうと、鞍もつけていないルナがこちらへと駆け寄ってきた。
「ひとりでここまで来たの?!」
嬉しそうに身体を擦り寄せるルナの首筋を撫でながら尋ねた。
一体、いつから追ってきたのだろう。
馬車よりも速く走れるだろうが、私たちがどこにいるかも分からないだろうに。
それに食事などはどうしたのだろう。
「サラ」
フィンが近づいた。
「……ルナから強い魔力を感じる」
「え?」
「前は感じなかったが……今はよく分かる。それに、その目の色……」
言われて、ルナの瞳を見た。
「……紫色?」
確かルナの目は黒いはずだ。
けれど今のルナの目は深い紫色を帯びていて、それは私や女神の目の色とよく似ていた。
「――もしかして……」
「どうした」
「女神の加護を受けたんじゃ……」
「加護を?」
「神獣にも色々いて、より女神の加護を受けるとその瞳が女神と同じ、紫色になるの」
昔、父に聞いたことがあったし、女神も『紫の目を持つ神獣は、巫女と同じで私にとって子供のようなものよ』と言っていた。
「つまり、この五日の間にルナは女神から加護を受けたというのか」
「その可能性は……高いわ」
私はルナの目を覗き込んだ。
「あなた、女神に会ったの?」
私の問いに答えず、ルナは顔を私の頬に擦り付けてきた。
「フィン……どうしよう」
「帰したところでまた追ってくるだろうな」
フィンはため息をついた。
「仕方ない、連れていくか。――馬具の予備はあったな」
護衛騎士に確認をすると、フィンは私を見た。
「ルナによく言い聞かせておいてくれ」
「ええ。……ルナ、ちゃんと皆の言うことを聞いていい子にするのよ」
撫でながら言うと、ルナは大きく尻尾を振って答えた。
「ふう」
部屋に戻り、ソファに座るとため息が出た。
ルナが加護を得たのは間違いないだろう。でも……。
「どうしてお母様は、ルナに加護を与えたのかしら」
「だってあの子私に訴えるんだもの、あなたに会いたいって」
耳元で女神の声が聞こえた。
バッと振り向くと、いつの間にか女神が隣に座っていた。
「お母様……」
「あのルナちゃん、あなたのことが大好きなのね。三ヶ月も離れるの嫌なんですって」
「……だから加護を与えたのですか」
「そうよ。あなたの居場所ならどこにいても分かるし行かれるわ。護衛にちょうどいいわね」
「護衛って……」
「今のサラちゃん、非力だから心配なの。魔力が全然ないから魔法も使えないでしょう」
「……それが普通でしょう」
この世界に魔法はあるけれど、使えるのはごく一部の人間だけだ。
「そうよ、普通の身体に巫女の魂。危険だわ。あの坊やは頑張ってあなたを守ろうとしているけれど」
「坊やって……」
女神からすればどんな人間も子供だろうけど。
「ねえサラちゃん。あなたフィン坊やと結婚したいの?」
紫の瞳が私を見つめた。
「……それは……まあ」
「ふふ、あなたあの子のこと気に入っていたものね」
「……でも私は……」
「結婚したり子供が生まれるのはいいのよ。魂は半神でも肉体は人間なのだから、生まれる子供はただの人間なのだし」
「……そうですか」
「でも、巫女がいなくて困っているのも実情なのよ」
「それは、女王を降ろそうとする勢力がいることですか」
「ええ。エレンちゃんは一生懸命頑張っているのにね」
女神はため息をついた。
「頑張りすぎるから身体に負担がかかって子供が生まれないのよ」
それは……ストレスから不妊になっているということだろうか。
「じゃあ、その負担を減らせば子供もできるのですね」
「ええ」
「それなら……女神の言葉としてはなくて、助言できそうです」
経験はないけれど、向こうの世界で得た知識なら色々あるから。
「じゃあお願いね。生まれる子が男の子なら、巫女の父親になれるかもしれないわ」
「え?」
「エレンちゃんの魔力はそれだけ強大なの。でも問題は子供が出来ないことだけじゃないのよ」
「はい……」
「巫女がいるのが当たり前になってしまうのもダメね。本来なら戦争みたいな非常時だけいればいいのに」
女神は立ち上がった。
「それじゃあまたね」
光に溶けるように女神の姿が消えた。
「――結婚、してもいいんだ」
ひとりになった部屋に、自分の声だけが響いた。
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