13
ドレスや荷物の用意にダンスやマナーの練習、それにルナとの乗馬訓練。
目まぐるしく日々が過ぎて、あっという間に王都へ出発する日を迎えた。
「公爵様!」
全ての準備を終え、屋敷の外に出ようとすると焦った様子の騎士たちが駆け込んできた。
「どうした」
「サラ様の馬が……」
「ルナがどうした」
「厩舎を抜け出して、ここまでついてきてしまったんです」
フィンと顔を見合わせた。
ルナは屋敷ではなく、牧場の厩舎にいる。
人見知りが激しいため、屋敷の厩舎の使用人たちに世話をされるのを嫌がるのだ。
「ルナ」
外へ出ると、ルナが駆け寄ってきた。
「どうしたの? お見送りにきてくれたの?」
二日前に乗った時、王都へ行くからしばらく会えないと伝えたのだが、それで挨拶にきてくれたのだろうか。
首筋を撫でながら話しかけると、ルナは出発の準備を終えた馬車へと向かいその側に立った。
「……もしかして一緒に行きたいの?」
尋ねるとルナは首を縦に振った。
「ごめんね、王都はずっと遠い場所なの。いい子だから待っていて」
ルナは拒否するように唸り声を上げた。
「フィン……」
困ってフィンを見上げた。
「よほどサラに懐いたようだな。だが王都まで君を馬で行かせるわけにはいかないな」
ようやく速歩に慣れてきたところだ。私以外を決して乗せないルナに、王都まで乗り続けるだけの力はないし、防犯的にも難しいだろう。
「お土産を買ってくるわ。素敵な鞍がいいかしら。だからいい子にしていてね」
なんとか宥めすかして、ようやくルナが騎士に曳かれて牧場へ戻っていくのを見送ると、私たちは屋敷を出発した。
「ルナは大丈夫かしら……」
馬車が走り出すと、思わずため息がでた。
「三ヶ月も我慢できるかしら」
王都まで往復で約二ヶ月かかる。
向こうでは行事やら色々あるので一ヶ月は滞在することになるという。
「それをルナに伝えたのか」
「ええ」
「だから付いて行こうとしたのか。ルナは人間の言葉を全て理解しているようだが、神獣とはそういうものなのか?」
「そうね……幼い時、家に神獣の猫がいたけれど。完全に理解していたし人間の言葉を話すことも出来たわ」
「猫が喋る?」
「神獣は色々な能力を持っているんですって。個体によってその能力は違うらしくて、父が研究をしていたの」
「父?」
不思議そうな顔を見せたフィンに私も首を傾げた。
「……そうか、父親がいるのか」
「そうよ、私だって両親がいるわ」
ふふっと思わず笑みがもれる。
「父親とは、どういう者だったんだ」
「魔術師でいつも何かの研究をしていたの。森に住んでいて、その猫は家に住み着いていたけれど、他にも色々な神獣が来て賑やかだったわ」
「神獣というのは多くいるものなのか」
「場所によるみたい。その森は特に多いから、父はそこに住んでいたんですって」
幼い頃、父と一緒に住んでいた森は女神の加護が篤い森だった。
その森へ住む許しを得る代わりに巫女の父になったのだと父親は言っていたけれど――あの父親のことだ、巫女もまた研究対象だったのだろうと思っている。
彼にとっては魔術に関わるあらゆることが研究対象だったから。
「父親が魔術師……それで君は魔力が多かったのか」
納得したようにフィンは頷いた。
「母親は?」
「……明るくて優しい人よ。たまにしか会えなかったけれど、可愛がってくれたわ」
「巫女というのは特殊な存在だと思っていたが。そうやって家族もいるのだな」
「そうね、特殊といえば特殊な家族だったけれど」
大魔術師と女神が両親なのだ、普通ではない。
それでも、三人で過ごす時間は転生後のそれと変わらない、普通の温かな家族の時間だった。
「……君はいつから巫女になったのだ」
「私が王宮に入ったのは十二歳の頃よ。それまでは父と暮らしていて、時々王宮や教会からやってきた使者に女神の言葉を伝えていたの」
「幼い時から女神の言葉は聞こえるものなのか」
「生まれた時からよ」
「それは他の巫女も?」
「ええ、巫女は生まれた時から巫女なの」
「――では君は、誰かに恋をしたことはあったのか?」
「え?」
突然の問いにフィンの顔を凝視してしまう。
「二百年以上も巫女として生きていて、何人もの王族や周囲の人間と会ってきたのだろう。……その中には、そういう相手も」
「いないわ。誰かを好きになるなんてあり得ないことだと思っていたもの」
「あり得ないか」
フィンは私の手を握りしめた。
「では、私のことは?」
「え?」
「サラは、私のことが好きではないのか?」
すぐ目の前の青い瞳が射抜くように見つめる。
「この二月あまり一緒に暮らして、君も私を好いてくれているように思えたが」
「それは……」
かあっと顔に熱が集まる。
この世界に帰ってきて、フィンと同じ家で暮らして。
周囲からはフィンの婚約者というより、既に妻のような扱いをされている、そういう環境のせいもあるのかもしれないけれど。
彼との生活は心地の良いものだった。
昼間はフィンは公爵としての公務、私は様々な勉強や準備などで別行動だけれど、夜はなるべく一緒に過ごすようにしている。
そうやって一緒にいると、胸を焦がすような恋情はないけれど、穏やかな、幸せな気持ちになれる。これもまた恋なのだろう。
だからこのまま、フィンと結婚できればいいと……そうなって欲しいと思っている。
「……それは、フィンのことは好きよ」
「好きというのはどういう『好き』だ?」
「どういうって……」
さらに顔に血が集まる。
「……あなたと結婚したいと思う『好き』よ」
口にするのが恥ずかしくて俯いた頬に大きな手が触れた。
サラ。
促されて顔を上げる。
「愛しているよ、サラ」
すぐ目の前まで青い瞳が近づいたかと思うと、柔らかなものが唇に触れた。
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