第二章

01

「お久しぶりです義兄上。結婚式以来ですね」

馬車を降りると爽やかそうな青年が出迎えた。


「お前に兄上と呼ばれるのは違和感があるな」

「俺もですよ」

フィンと握手を交わすと青年は私へ向いた。

「こちらが婚約者の方ですね」

「ああ。サラだ」

「初めまして」

「ブレイク・カストルム・アスカムと申します」

人好きのする笑顔でブレイクは私に手を差し伸べた。


「王都は義兄上の噂で持ちきりですよ。あの死神がついに結婚するらしいと」

ブレイクはフィンに向いた。

「エレンも早く会いたいと言っていまして。会議が終わり次第こちらへ来る予定です」

「わざわざ来なくてもいいだろう」

「彼女も息抜きが必要なんですよ。こんな機会がないと外に出られませんから」

少し寂しげな笑顔でブレイクは言った。


一ヶ月の旅を終えて、私たちは王都を囲む城壁を出てすぐの場所に建つ屋敷に到着した。

元々は戦争中に作られた軍の施設で司令室があったが、今は王家が管理しており、王都にいる間私たちはここに滞在する。

フィン曰く『無骨な屋敷だがここが一番安全』なのだそうだ。

ブレイクはエレンの夫で二十七歳。

私は会ったことがなかったが、話にはよく聞かされていた。フィンたちとは幼馴染だ。


「ところで……」

室内に入るとブレイクは声をひそめた。

「こちらの方が巫女のサラ様というのは本当ですか」

「エレンが言ったのか」

「ええ。それ以外あり得ないと」

「……確かに同一人物だが、今は巫女ではない」

「どうしてですか」

「魔力がないからな。女神の声が聞こえない、ただの人間だ」


「そうですか……」

ブレイクは残念そうな顔を見せた。

「そんなに巫女が必要なのか」

「同じ王の言葉でも、後ろに巫女がいるのといないのとでは重みが違いますから」

フィンの問いにブレイクはそう答えた。

「あいつら、エレンが女で若いからって舐めているんです」

「若かろうと女だろうと、王は王だろう」

「エレンもそれを受け入れてしまってるんですよ、自分はまだまだだからって」

ブレイクは深くため息をついた。

「――せめて、子供ができればまた違うんでしょうけれど」


「あの……その子供のことだけど。女神の言葉がなくても助言できると思うわ」

そう口にすると、ブレイクが目を見開いて私を見た。

「本当ですか」

「サラ、どういう意味だ」

「私がいた世界はここより医学が発達していて、不妊に関する知識も多いの」

「サラ様がいた世界?」

「あ、ええと……」

その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「陛下がご到着に……」

声が終わるより早く扉が開かれた。



「……サラ……」

記憶の中の彼女は、まだ幼い可愛らしい少女だった。

けれど今扉の向こうに立つ彼女は、ずっと大人びて。美しく気品に溢れていた。

「エレン」

その名を呼ぶと、綺麗な顔がくしゃりと歪んだ。


「サラ!」

部屋に駆け込むと、その勢いのままエレンは私に抱きついた。

「サラ――」

「エレン……すっかり大人になったね」

泣き虫なところは変わらないけれど。

私は大きくなった背中を抱きしめかえした。


辛いことがあると、いつも私の所に来て泣いていたエレン。

母親を知らなかったエレンは、泣きながら『サラがお母様だったらよかったのに』とよく言っていた。


「……サラは……全然変わらないのね」

涙で滲んだ目尻を拭ってエレンは言った。

「そう? でも少し若返ったのよ」

「若返った……」

「二十三歳なの。エレンより年下ね」

身体を離すと、エレンは私をまじまじと見た。

「……髪色だけ変わったのかと思ったけど……そういえば魔力が……」


「まずは皆様、お茶にいたしませんか」

隅に控えていたアーネストが口を開いた。




ソファに座り、アーネストが入れたお茶を飲みながら、私はエレンとブレイクにこの世界に戻ってきた経緯を説明した。

「そう……」

話を聞いたエレンは少し考え込んだ。

「――戻ってきた理由は分からないのよね」

「ええ」

「理由などどうでもいいだろう」

隣に座ったフィンが私の手を握りしめた。

「こうしてサラが存在している。それが全てだ」

「お兄様はそれでいいかもしれないけど」

「何だ」


「王宮には巫女が必要なの」

フィンを見つめてエレンは言った。

「サラはもう巫女ではない」

「それはお兄様が決めることではないでしょう」

「サラは私の妻となるために戻ってきた。王宮とは関係ない」

「国益よりも自分を優先すると?」

「当然だろう。それに今のサラは魔力がないから巫女ではない」

「魔力を手に入れる方法があるかもしれないじゃない」


「あー、二人とも」

ブレイクが口を開いた。

「久しぶりなんだから兄弟喧嘩はしないでください」

そう言ってブレイクは私を見た。

「サラ様。さっき言いかけた、子供ができるための助言とは……」

「助言?」

エレンが首を傾げた。

「そう、私がいた国では、妊娠するためにはまず心身共に健康でいることと、生理周期が安定しているのが大事だと言われているわ」

「生理周期……」

「そういうのって記録している?」


「侍女に聞けば分かると思うけど……そういえば、まちまちなように思うわ」

エレンはそう答えた。

「じゃあ妊娠しにくい状態なのかもしれないわ。まずは周期を安定させるのが大事よ」

「どうすればいいの?」

「そうね、多分忙しかったり精神的な負担が大きいのも原因だろうから。少し肩の力を抜いて休む時間を作ったり、負担を減らすのが大事ね」

女神も頑張りすぎるのが不妊の原因だと言っていたし。

「そういうものなの?」

「ええ。あと、周期が分かると妊娠しやすい日も分かるから。それは後で教えるわ」


「すごいわサラ」

エレンは目を輝かせた。

「巫女じゃなくてもいいから、このまま王都に残って相談相手になって欲しいわ」

「それはダメだ」

すかさずフィンが答えた。

「建国祭が終わればすぐに領地に帰るからな」

「お兄様も一緒に王都で暮らせばいいじゃない。ハンゲイト領もだいぶ回復したでしょう」

「王都など住みたくもない」

「サラは?」

エレンは私を見た。

「王都の方が賑やかでいいでしょう」

「……そうね、どちらにも良さがあると思うけれど」

まだ王都の中へは入っていないけれど、牧歌的だったハンゲイト領に比べればずっと人も多いし、都会なのだろう。


「しばらくは王都にいるのですから、それは後で考えればよろしいのでは」

お茶のおかわりを注ぎながらアーネストが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る