04

「え」

私以外を迎えるつもりはないって、それって……。


「成人したら君に求婚するつもりだった」

「求婚……って、私は巫女よ?!」

巫女は結婚や子を成すことを固く禁じられている。

その禁を破ったものは、たとえ王であっても神の手により厳罰を下されるのだ。


「分かっている。それでも求婚して、意思を伝えるつもりだった。私は君以外を娶るつもりはないと。君が結婚できないなら私も結婚しないだけだ」

「どうして……」

「君を愛しているからに決まっているだろう」


愛――?

その言葉に顔が熱くなるのを感じた。


そんな私の顔を見つめてフィンは小さく笑みを浮かべると、私の髪を一束手に取った。

「髪色が変わっただけで、瞳の色や顔立ちは同じなのだな。黒髪もよく似合っている」

「あ、愛って。私二百歳以上のおばあちゃんだったのに」

「そこまでいったらもう年齢など、どうでもいいだろう」

どうでもいいの……?


「サラ」

息がかかりそうなくらいフィンの顔が近づいた。

「まさか私の気持ちに気づいていなかったのか?」

「それは……」

気がつかなかったと言えば、嘘になる。

私を慕うフィンの態度や眼差しに、そういう空気を感じたことはある。


けれどそれは、母親を早くに無くした少年が身近にいた家族以外の女性に抱いた、母親代わりの愛情で……大人になれば忘れるものだと思っていた。

何より幼い頃から王太子としての立場を理解し、国を守るために戦場にも行った彼が、そんな個人的な……しかも叶わない感情を優先するとは思わなかった。

しかも、私が死んだあともずっと……?


「サラ。今の君は巫女か?」

「え? ……分からないけど、多分違うと思うわ」

この肉体は普通の人間だし、巫女の象徴である髪色も違う。

何より今の私は魔力がない。

「巫女でない、年齢差もちょうど良い。ならば問題ないな」

「問題?」


「結婚しよう、サラ」

射抜くような青い瞳が目の前にあった。



「……結婚って……それは……」

「まさか向こうの世界に夫がいるのか?」

戸惑っているとフィンは眉をひそめた。

「いないわ、そんな人」

「好きな相手は?」

「誰もいないわ。……そういうのに縁がなかったの」

前世は巫女として生きなければならないから、結婚や恋愛など関係がなかった。

今世でも、どうも私は『高嶺の花』と思われるらしく、恋愛といったものには無縁なのだ。


「では問題ないだろう」

「……でも……」

「私と結婚するのは嫌なのか?」

瞳の中に不安な色が混ざる。……そういう顔をされると揺らいでしまう。

けれど、昨日の夜この世界に帰って戻ってきたばかりで自分の状況がよく分かっていないのだ。

突然そんなことを言われても、返事ができるはずもない。


「――どうして私がまたこの世界に戻ってきたのか……理由が分からないの」

「理由?」

「ええ。誰かの意志によるものだとは思うけれど……それがどうしてなのか、誰なのかが分からないの」


「それは知らなければならないことか?」

「え?」

「君が生まれ変わり、またここに戻ってきた。それだけで十分ではないのか」

青い瞳が視界から消えると、頬に何かが触れた。


「理由など、私と生きるためにここに戻ってきた。それでいいだろう」

「それでって……」

「誰かの意図だったとしても、私は君を手放す気はない。もしも君を奪いに来るなら戦うだけだ」

そう言うと、フィンはもう一度頬に口づけを落とした。

「二度と会えないと思っていた君がこうして私の腕の中にいる。私は君を絶対に手放さない」

「フィン……」

「その名を呼ぶ者は君だけだ。――ずっと、聞きたかった」

フィンは私を抱き締めた。


彼のフルネームは『アーチボルド・フィン・カストルム』で、ミドルネームは家族など特に親しい人しか呼ぶことはできない。

二百年以上王宮で暮らしていた私にとって、王家の人たちは家族のようなものだった。


(変わったけれど……変わっていないところもあるのね)

前世で私が死んだ時、彼は十五歳だった。

既に立派な騎士だったけれど、少年らしい細さもあったその体格はすっかり大人になり、丸みの残っていた顔立ちも大人のそれになった。

そういう見た目は成長したけれど、頑固なほどの意志の固さは変わっていないようだ。


「フィン……あなたの気持ちは嬉しいわ。でもやっぱり、今結婚と言われても……」

「では婚約するのは?」

「婚約?」

「ああ」


「……それなら……」

いいのかな。

「では決まりだな」

私の前髪をかき上げると、フィンは額にキスを落とした。

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