プロローグ3 帰還
本部に戻ると、僕と一緒に運ばれてきた殺し屋が既に集合していた。
「大物は、時間にルーズですね。」
僕に話しかけてきたや彼は、全身が血まみれで、完全に目がイッていた。人を殺すとドーパミンが出る人間がいるらしく、こいつはその中毒者だと思う。こんな社会に身をおく僕だからこそ、こういった人間の話はよく聞くが、どんな薬よりも気持ちいいらしい。常人だと理解できない感覚かもしれないが、これが僕にとって普通の世界。
「集合時間は守ってる。それより、さっさと返り血を拭いたらどうだ?」
「そんなの勿体無い。せっかく、殺しの実感を得ている時なのに。最近は、なかなか派手に殺すことができないのでさっぱりしましたよ。せっかく合法的に殺しができるのに、コソコソしなきゃいけないのは苦痛でして。悲鳴や返り血、それを見る人間の眼。最高でした。」
彼は、服についた血を手につけ、それを頬に拭った。口調が丁寧だからか、余計にサイコパス感が増す。礼儀はしっかり弁えているみたいだ。
「そういえば、全然返り血浴びてないじゃないですか?そのスーツケースの中、気になってたのですが、着替えだったみたいですね。」
切れ味が良すぎて血が噴き出なかったため、僕の服装は綺麗だった。もちろん、着替えてなんて入ってない。中を見せないために、彼の話に乗ることにした。
「ああ。血の匂いは苦手でね。」
「よくこの仕事やってられますね。」
「仕事だからな。」
「もしかして、快感は隠す方ですか?」
「殺しを気持ちいいなんて思ったことはない。」
彼は、まっすぐ僕の目を見て疑問を持つような素振りを見せる。
「そういうものですかね?気持ちいいと思いますけど?」
暗殺の仕事、殺しの仕事をやっている人間には、2種類いる。そうなるように育てられた人間と国に協力する形で自由を手に入れた人間の2パターン。後者は、日本では犯罪者くらいしかいないが。他の国ではそうでは無いらしいが。おそらく彼は、僕と同じ前者だと思う。殺し屋の育成のマニュアルに沿って、小さい頃から教育を受けてきた側の人間。閉鎖的な環境で、心を壊し、再構築する中で殺しに快感を感じるように教育し直す。人を殺すと、脳が死んでいくらしい。特に記憶に関係する海馬と感情や我慢に関する前頭葉に大きなダメージがある。戦争で帰ってきた人間がその後自殺をしてしまうのは、脳が再生して人を殺したという罪を認識するかららしい。そのダメージを抑えるため、影響させないために小さい頃からの教育が必要になるらしい。彼は、その完成形だろう。しっかり、殺しに快感を得ることができている。その障害なのか、少し子供っぽいところが見受けられる。
「君は成功した側の人間なんだな。」
「あなたほど、成功している殺し屋はいないですよ。」
何を冗談をという感じで彼は返答するが、僕は彼みたいになりたかった。こんな仕事をする上で、これほど羨ましいと思うアドバンテージはない。僕は、殺しに快感を得ることができない。普通の人間だった。特殊な教育を受けたとしても、その人の枠から外れることができなかった。だからこそ、殺しに苦痛を感じながら仕事だと割り切り、依頼をこなす。逃げ出すこともできたし、その選択肢を提示してもらえなかったわけではない。でも、僕には殺しの才能があった。活かす他、選択肢がなかった。
直に集合がかかり、国に分かれて、飛行機に乗る。僕の他に、日本から来ているのは3人。僕を含めて男2人と女1人。その中には彼もいた。日本語で話していたから当然か。人のいる前で、彼女を外に出すわけにはいかない。みつかりでもしたら、結果は見えてる。この2人から守れなくもないが、そのあと、世界中から狙われるものきつい。飛行機の中は基本無言だった。話すこともないし、干渉しないのがこの世界の暗黙のルール。
「このあと、あの国どうなるか知ってます?」
沈黙を破ったのは、彼だった。暗黙のルールなんて見向きもせずに、気楽に話しかけてくる。フレンドリーというべきか、無神経と言うべきか。
「知らないです。」
小さな声で女は答える。
「・・・。」
彼の質問に対して、無言を貫いていると、
「あなたは知ってるみたいですね。教えてもらえません?」
「知ってどうする?」
「興味深いじゃないですか。もともと地図にも載らない場所で、資源が豊富な国。存在がある以上、各国が黙ってるわけない。その資源を求めて戦争が起こるなんて目に見えてます。」
彼の言う通り、このままここを放置する訳にはいかない。独裁者がいなくなったが、その資源は戦争の引き金になりかねない。
「知ってるなら教えてもらえます?別に聞かれて困ることでもないでしょ?1番大きなターゲットを任されたあなたが知らないわけないですしね。」
「活火山に戦艦からミサイルを落とす。たまたま、この国はプレートの間にあって、火山を刺激したら大きな地震が起こり、噴火。地盤が下がり、そのまま海の下。太平洋の諸国にも噴火の影響はあるだろうが、いくらでも情報の隠蔽はできる。海底火山が噴火したとでも報道すればいい。と言う感じだ。」
死体も街も、何も残らない。残酷な結末。名実ともに、歴史、地図、この地上から姿を消す。
「その資金は?」
「1番、利益を得ていた国が全負担らしい。僕たちの金もそこから来ている。」
「そうなんですね。今回えらく、気前がいいなと思ったんですよ。」
今回の作戦に協力した人間に、各それぞれに束10。こんなに多額の依頼料は誰もが初めてだった。それも、一つの大国から出ていると聞いたら納得できるだろう。彼以外にも、報酬の額を不思議に思っている人間もいるかもしれない。他言無用にするためにも、多額の金を積んだのだろう。僕は、話してしまったが、知ったこっちゃない。
飛行機に乗ること、数時間。その国は日本の結構近くにある。無事に着陸すると同時に、大きな揺れに襲われた。震度だと4から5くらい。
「落としたみたいですね。」
「ああ。そうなんだろう。」
数時間前に自分がいた場所が、消えているのには少し変な感覚を覚える。決して気持ちいいものではない。ケースの中にいるこの子は、今話をどういった心情で聞いているのだろうか。いわば、自分の故郷が、存在が完全に消えて、2度といけなくなり、今度他言することのできなくなったと言うこと。これからの話にはなるが、国籍も個人情報も何もかも偽装しなければならなくなる。存在自体が嘘になり、嘘を常に吐きながら、生きていかなければいけない。本当に連れてきてよかったのか?
「お疲れ様。」
軍用ジェットの着陸場に降り立った僕らを乗せた飛行機を出迎えたのは、左目を失って眼帯をつけている僕の依頼主だった。
「こんなところにいていいのですか?警視総監?」
「今回は、無理難題を押し付けてしまったからね。直接感謝を述べたくてな。難しく、危険な仕事を受けてくれてありがとう。」
本来、裏家業の人間が、この国が誇る正義の象徴のような人に感謝されることなんてあってはならない。僕に依頼を送ってくるたびに思う。正義なんてどこにもないって。
「では。」
警視総監は僕たちに感謝を述べてすぐに、次の現場に向かった。去り際に、僕のスーツケースを注視しているように感じた。
「私たちに頭を下げても構わないのでしょうか?」
ほとんど口の利かなかった彼女が口を開く。
「気にすることない。トップに立つとはそういうことだと言っていた。」
「あなたは、警視総監から直接依頼を受けているのですよね?どんな方なのですか?」
「目的のためなら、なんでも利用し、仕事を遂行するプロだよ。そうでなければ、僕らに依頼はしないだろ?真っ先に捕まえて、断罪しなければならない人種をも目的のために利用する人だよ。」
「そうですか?私はどこか人間味があって、優しさを感じましたけど。」
「申し訳ないですが、すぐに空港内に入ってくれませんか?あまり、血のついた方が外にいられると困るので。」
僕らは、そこで別れた。僕はすぐに帰宅。彼は着替え。彼女はどこかに連絡をしにお手洗いに。早めに帰らないと、スーツケースの中の者がきつそうだったから。もうすでに、5時間以上スーツケースの中にいる。僕なら、確実に閉所恐怖症になってしまう。空港の駐車場に停めておいた、大きめのワゴン車にスーツケースを開けずに乗り込んだ。盗聴器、発信機などの機械がついてないか念入りに確認して、急いで家路についた。
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