プロローグ2 第4王女
「お名前はなんですか?」
最後に残しておいたターゲットの少女が僕に尋ねてくる。もらっていた資料では、20歳を越していると聞いていたが、その容姿は明らかに10代前半のものだった。無駄に装飾された車椅子に乗っていると言うのもそう見えている原因かもしれないが、それにしても幼い感じが否めない。僕は、子供は殺せない。
「申し訳ないです。日本の方だと思ったので。そうでしたら・・・」
「日本人だよ。そんなこと聞いてどうする?」
「何もしないです。何もできないです。せめて、私を殺しに来た人のお名前でもと思いまして。」
変なターゲットだと思った。今まで、いろいろな人間を始末してきたが、殺し屋と話そうとする人間はいなかった。そもそも、ターゲットと話す時間を持つこと自体なかった。暗殺というのはそういうものだと思っているから。
「ないよ。元々、孤児で拾われて、今使っている名前も全て、偽名だ。」
「そうなのですね。羨ましいです。偽名だとしても、お名前があるのは。」
「ないのか?次期女王候補なのに。」
「はい。女王しか名前を持ってはならないのがこの国の王族です。私は第4候補ですし、体も生まれつき弱い。車椅子で移動するのがやっとです。私は、外国の方に高値で売られる運命だったので。」
彼女の顔は、これから殺されるのにも関わらずスッキリした様子だった。安堵した様子も見られる。やっと解放されるといった感じで、死に向かうことが平気であるみたいだった。
「いいのか?僕は君を殺しに来たんだぞ?」
「はい。こんなに、私と話してくれた人が初めてだったので、最後に幸せな時間を過ごせました。お話しするってこんなに楽しいものなんですね。知らなかった。」
こんな状況の中、僕に感謝を彼女は述べた。さすがに、死への恐怖からか唇だけは震えていた。
「日本語を勉強していてよかったです。日本に売られる予定だったみたいなので。こうして、最後の瞬間、あなたとお話しすることができたのも、神様の導きかもしれないですね。」
神がもしいるのだとしたら、こんなことにはならないだろう。こんな境遇の少女を作ったり、こんな悲惨な光景を望んで作っているのだとしたら、飛んだサイコパスだ。
「この偶然は多分、お前が今まで耐えてきたこと、学んできたことへの褒美だよ。」
「そう言っていただけて嬉しいです。」
炎の足はすぐそこまできていた。この中、僕自身も生きて帰らなければならない。多分だが、始末しなかったとしても、彼女は炎に巻き込まれて死ぬ。逃げる手段がないから。わざわざ、僕が手を出す必要性もない。だが、本当にこのままにするのか?それは僕が殺したことに変わりないのでは?大体、子供を殺せないことを知っているくせに、子供殺しを依頼してきた向こうにも問題はないか?この業を一生背負って行くのか?普通の殺しとは違うんだ。子供だ。子供なんだ。
「僕と一緒に来ないか?」
思わず吐いてしまった言葉だった。本当になんとなくだが、彼女を救いたいと思った僕がいた。プロフェッショナルとして、あってはならないことだが、人殺しにプロフェッショナルもクソもないだろう。元々、クソみたいな仕事だから。
「そんなことしてもよろしいのですか?」
よくはない。仕事の信頼を失うことになる。でも、これまでの実績がなくなることもないし、僕がいないと日本が困る。
「問題ない。たかが子供1人。元々のターゲットであった君のお母さんはもうすでに始末たから。」
「そうですか。お母様を、、、」
「すまない。」
「いいえ。悲しさもありますが、少し残念というか。なんというか。どうせなら、私の手でとも思った時期もあったので。」
肉親を殺した人間が目の前にいるが、どこか冷静な顔で、僕の顔を見てくる。相当憎かったのかもしれない。
「で、どうする?くるか?」
彼女の表情は少し浮かない感じだった。覚悟を決めたにも関わらず、それを歪ませるような殺し屋からの提案。話の流れから生きることへの辛さをこの子は知っているみたいだった。もしかしたら、僕のこの言葉はそのまま殺すよりも罪深い発言だったのでは?
「はい。お願いします。私を、連れていってください。」
時間のないことを理解していた彼女は意外とあっさり答えを出した。僕に対して微笑む余裕すら見せた。少し不気味にも感じられた表情だったが、それ以上に何かに期待した表情だった。
「そうか。なら、一緒に行こうか。」
僕は、彼女を肩に担ぎ、元々用意しておいた逃走経路を使って、荷物を隠して置いた場所に向かった。彼女は、異常に軽かった。ろくに食事も与えてもらっていなかったことを、彼女を担ぐことで感じた。
「この中に入っていれば、バレないから。」
そういって彼女を、念のため持ってきていた不法入国の時に使う大きなアタッシュケースの中に入れた。大人1人は屈めば入る。空気孔も気圧調節もできる優れもの。もちろん、荷物検査にも引っかかることはない。内側から開けられるがそれにはパスワードがいるので、彼女が開くこともない。ただ問題なのが、移動中は外の様子がわからないのと、腰が辛いこと。
「少しだけ怖い思いをするが我慢できるか?」
「こんなこと何も怖くないです。」
彼女は無条件に僕のことを信頼しているみたいだった。僕は、彼女の頭を優しく撫でて、スーツケースを閉め、それを持って本陣へ帰還した。
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