追放聖女は隣国の魔貴族に拾われる〜聖女の私がいなくなると王国が滅びるそうですがよろしいのですか?〜

ギッシー

第1話

「スフレ・ハーベスト公爵令嬢、君との婚約は破棄させてもらう! 君との婚約は王が決めたこと、私の意思ではない。私は真実の愛に目覚めたのだ!」


 とある夜会のパーティー会場にて、私の婚約者であるアルス・プディング殿下はそう宣言した。

 確かにアルス殿下から私に対する愛情を感じたことはない。

 でも、私たちの婚約は家同士が決めたこと。

 王侯貴族に政略結婚はつきものなのに、今更何を言っているんだこの人は?


「ごめんなさいお姉様、アルス殿下は私と婚約することになりましたの」


 ざわつくパーティー会場を見慣れた少女がツカツカと歩いてくる。

 異母妹のショコラだ。

 ショコラはアルス殿下の腕を取り、その豊満で形の良い胸を押しつけ、ニヤリと私に邪悪な笑みを向ける。

 ニチャアって擬音が今にも聞こえてきそうだわ。


 そういえばこの間ショコラが……。

 その言葉と邪悪な笑みを見て、先日のショコラのセリフを思い出した――



◇◇◇



『私、お姉様の婚約者のアルス殿下が欲しいわ』

(また妹の欲しがりが始まった。でも、今回ばかりは貴方の思い通りにはいかないわよ。だって、アルス殿下との婚約は王家から正式に認められたものだもの)



◇◇◇



 妹のそのセリフを聞いた時、私はそう軽く考えてしまったのだ。

 これほど早く話しが進むということは、妹が両親にお願いしたのだろう。

 両親は黒髪黒目で地味な見た目の私より、金髪碧眼で美しい人形のような見た目の妹を溺愛している。


 なぜ私と妹の見た目がこれほど違うのかと言うと、妹は父の再婚相手の連れ子だからだ。

 女好きの父は外で遊んで家に帰らないことが多く、それが原因で私の生みの親である母との関係は冷え切っていた。

 その後母が病に倒れ病死すると、すぐに今の母である継母と再婚したのだ。


 あまりに早い再婚だったため、二人は以前から不倫関係だったのでは? そんな噂が流れたほどだ。

 死んだ母と同じ黒髪黒目の私に対してショコラの金髪碧眼は父と同じだもの。

 もしかしたら噂は本当なのかもしれない。

 それなら仲の悪かった母の娘の私を嫌い、実の娘でもあるショコラを溺愛するのも頷けるわ。


 両親からしたら前妻の娘である私より、ショコラが殿下の婚約者になった方が嬉しいものね。

 だからって「はい、そうですか。殿下はお譲りしますね」なんてなると思うなよ!


 別にアルス殿下を愛している訳でも妃になりない訳でもないが、私は一度決めたことを曲げたくない。

 だって婚約って結婚の約束でしょう?

 私は約束を破るなんてダサいマネをしたくないんだ!


「アルス殿下、私たちの婚約は家同士が決めた事です。どうせ私の家はショコラの味方をするでしょう。ですが、陛下やお妃様はこの婚約破棄をお認めになったのですか?」

「フンッ、もちろんだ。君の悪行の調べはついている! 何が王国の聖女だ! よくも今まで我々を騙してくれたな!」


 アルス殿下に婚約破棄について問い正すと、逆に怒り出してしまった。

 確かに私は癒しの力を持って生まれたため、王国の聖女とされている。

 でも、騙したって何?

 この癒しの力で散々国民を救ってきたじゃない!


 ふと悪意ある視線を感じそちらを見ると、ショコラが嫌らしく見下した顔で私を見ていた。

 そう……貴方の仕業なのね。

 何を吹き込んだのか知らないけどこの喧嘩、買わせてもらうわよ!


「しかしながら殿下、王家と聖女の婚姻は陛下の望みだったはず、なぜいきなり婚約破棄など? それに、ショコラは聖女ではないのですよ?」

「ショコラが聖女ではないだと? 君は姉でありながら妹の力も知らないのか? ショコラには君と同じ癒しの聖女の力がある。そして、君は聖女の力を利用し、癒した民から多額の金銭を請求しているそうではないか? 我々王家が知らないとでも思ったか? 君の悪行は全てショコラとハーベスト公爵から聞いているのだぞ!」


 えっ!? 貴方に聖女の力があるなんて聞いたことがないわよ! どんな手品を使ったのよ!

 それに、私は聖女の力を使うのにお金を要求したことなんてないわ!


「失望したよ。君がそんなに金に汚い人間だとは思わなかった。それに比べ、妹のショコラは君が金をむしり取った民に施しを与えていたのだ。君は……姉として恥ずかしくないのか!」


 失望の色を覗かせる瞳で私を叱責するアルス殿下。

 その様子を歪んだ笑みで楽しそうに見ていたショコラが、一瞬で目に涙を溜めてアルス殿下にしなだれかかる。


「アルス殿下、それ以上姉を悪く言わないでください。例えお金に意地汚い人でも、私にとってはたった一人の姉なのですから……」

「ショコラ……君はなんて優しい心の持ち主なんだ。私はそんな君の優しさに惚れたのだろうな」

「嬉しいです。アルス殿下……」


 そして、二人の世界に入り強く抱きしめ合うと、会場から歓声や拍手が沸き起こった。

 なんだこの茶番は? 私を悪役に仕立てて勝手に盛り上がってるわ。

 でも、どうやらこの茶番劇は周到に準備されていたようね。

 誰か私に味方してくれる人はいないの?


 そう思い周囲を見渡すが、お友達だと思っていた令嬢も、私に告白してきた令息も、視線を向けると皆一様に俯き顔をそらした。

 根回し済みってことか……どうやらここまでのようね。


「私が何を言っても無駄なようですね。わかりました。婚約は破棄しましょう」

「ふふふっ、お姉様、まさかこれで終わりだと思っていますの?」


 私は両手を上げて降参を認めるが、ショコラは鼻で笑う。

 何? まだ何かあるって言うの?

 私は負けを認めたんだから、後は若い二人でイチャコラしたら良いじゃないの。


「スフレ・ハーベスト、君を聖女の力を悪用した罪で国外追放とする!」


 アルス殿下は高らかに宣言した。

 あまりの重い罪に愕然とする私にショコラが寄ってきて、


「本当にバカねスフレ、とっとと殿下を譲れば国外追放じゃなく百叩きくらいですましてあげたのに、意地を張るからよ。まあ、殿下も私がちょっと色目を使ったらイチコロだったけどね。貴方のことなんてちっとも愛してないって言ってたわよ」


 耳元で囁いた。

 完全にハメられた。

 そう理解したと同時に怒りが湧いてきた。


「ショコラー! 貴方よくも!」

「スフレ嬢が乱心したぞ! 取り押さえろ!」


 言いたいことだけ言って去って行くショコラに掴みかかろうとするが、寸前で兵士に拘束されてしまう。

 こうして暴行の現行犯まで加わり、私は裁判にかけられることもなくその場で兵士に連行され、国外に追放されることになったのだ。






「何が殿下を譲れば百叩きくらいですましてあげたよ! 国外追放も百叩きも、どっちも処刑みたいなものじゃない! はぁ……これからどうしようかしら?」


 隣国で放り出された私はショコラに悪態を吐くが、悪口を言ったところで状況が好転するわけもなく途方に暮れていた。


「お母様、私は貴方のような立派な聖女にはなれなかったわ……」


 聖女の力は血に宿る。母の家系は必ず第一子に女子が生まれ聖女となる一族だった。

 癒しの力で国民を救い慕われるその姿を見て、私も母のような立派な聖女になりたかったのに……ごめんねお母様。

 私、王国を追放されちゃったよ。


 でもショコラの奴、お母様の家系でもないのにどうやって聖女の力を手に入れたの?

 それより今はこれからどうするかを考えないと、ここまでの道のりからするとここはおそらく魔族領かな?

 魔族は人間が好物だって聞くし、ショコラは魔族に私を殺させるつもりのようね。

 それとも私を殺したのを口実に魔族と戦争でもしたいのかしら?


「ガルルㇽㇽルルッ」


 ――獣型の魔物!?

 そうだ、魔族領は魔物も多いんだったわ!


 私は必死に逃げるが徐々に傷を負い追い詰められてしまう。

 こんな所で死にたくない、私にはまだやり残したことがあるんだから!


「キャウンッ」


 決死の覚悟で戦うと決めた私が相対していると、突然発生した衝撃波によって魔物が吹き飛んでいった。


「ほう……珍しい魔力を感じて出てきてみれば、もしや王国の聖女か?」


 誰だろう? 低く重く威厳のある声、誰かが助けてくれたの?

 声のした方を見ると背の高い以上に整った顔立ちの男が立っていた。

 綺麗な顔……だけど、冷たそうと言うか、ちょっと恐い雰囲気の人だな。

 ――って、頭に二本の角が! この人魔族だ!?


 王国で魔族は人間を食べる人食いの鬼だって言われる。

 けど、この人を見ると本当に? って、疑問を覚えるな。

 それに、なんで私が聖女だと知っているの? この人は信用できるの?

 とりあえず助けてもらったんだし、まずはお礼を言わなきゃ。


「助けていただきありがとうございます。それで、なぜ私が聖女だとわかったのですか?」

「その即座に再生を始める傷口を見れば誰でもわかる。今代の聖女の噂は聞いていたがこれ程とはな」


 男に言われて傷口を見ると、先ほど獣型の魔物に切り裂かれた傷がブクブクと泡を立てて治っていく途中だった。

 聖女の力で回復してるんだけど、自分のことながらちょっと気持ち悪いな。

 普通の聖女ならここまでの回復力はないが、歴代聖女の中でも特に強い力を持つ私はこんな気持ち悪いほど回復しちゃうんだよね。


「これはお見苦しいところを……」

「何を言う、素晴らしい力ではないか」


 男はそう言うと身につけていた外套を渡してきた。

 これで隠せってことかな?

 私が傷の再生を見せたくないことを察してくれるあたり、見た目に反して優しい人なのかな?


「だが、聖女は王国の重要人物、それがこんな危険な場所で一人何をしているのだ?」

「はい、実は――」


 私はこれまでの経緯を助けてくれた男に話した。

 なぜだろう。ちょっと恐い雰囲気の人なのに、不思議と話しやすい。

 普段の私なら初めて会った人に身の上話なんてしないのに、辛いことがありすぎて、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 しかもこの人は人間を食べると噂される恐ろしい魔族なのに、おかしいよね。


「そうか、やはり人間は邪悪だな。己の欲望のために、これほどの力を持つ聖女を陥れるとは……。私はブールドネージュ・ザッハトルテだ。君さえ良ければ私の国に来ないか? こう見えても魔族領の魔貴族だ。君を客人として迎えよう」

「私はスフレ・ハーベストです。行く当てのない身、迎え入れてくれるとおっしゃるのでしたら、是非ともお願いいたします」


 こう見えてもなんて可笑しな人、どう見ても威厳たっぷりでただものではないオーラがあるのに。

 見た目はちょっと恐いけど、やっぱり優しい人みたいだ。


 こうして私は隣国の魔貴族ブールドネージュ様に拾われ、魔族領の客人として暮らすことになった。

 そこでわかったことは魔族は王国で噂されていたような人食いなどではなく、見た目こそ様々な獣や魔物の特徴を持つ人が多いが、その暮らしは人間と変わりないものだった。

 魔族が恐い生き物だって噂は王国が流した嘘だったってことね。

 だって魔族は獣や魔物の肉は食べるけど、人間の肉なんて食べないもの。

 気になってブールドネージュ様に聞いたら「確かに我ら魔族は肉を好むが獣や魔物肉の方が美味いからな。それに姿が近いため忌避感もある。人間など食わぬよ」とのことだ。


 だったら少し見た目が違うだけで人間と変わらないじゃないか。

 まあ自分と違う見た目をした人が恐いのはちょっとわかるけどね。

 でも、私が魔族領で出会った人は良い人たちだった。

 少なくとも私を陥れて追放した王国の人たちよりはよっぽどね。


 魔族領では仕事も与えられた。

 私の仕事はポーションを作ることだ。

 王国でも作ってたんだけど私の作るポーションは聖女印の特別製、市販ポーションの比じゃない回復力があるのだ。

 作り方は企業秘密、気恥ずかしくて教えられないなあ。


 そんな感じで充実した魔族領生活を送っていたら、王国の陛下から私を追放したのはショコラとアルス殿下の独断で、私のあずかり知らぬ事だから戻ってきてほしいって書状が届いた。

 そんなこと言われても、家族に売られた私には帰る家もないし今さらだよ。

 今の生活はとっても充実しているし、私は魔族領で生きていきたい。

 少なくとも、私を拾ってくれたネージュ様に恩返しできるまでは。




 魔族領で暮らすようになったある日、ブールドネージュ様の執務室に呼び出された。


「失礼します。お呼びでしょうかブールドネージュ様」

「ああ、呼び出してすまない。ところでスフレよ、ブールドネージュでは長くて呼びにくいだろう? ネージュで構わない」

「では、ネージュ様と呼ばせていただきます」


 私が答えるとネージュ様は笑顔を見せてくれた。

 魔族領で暮らすようになって数ヵ月、愛称で呼ばせてもらえるぐらいの仲になれたみたいだ。


「君が作るポーションはとんでもない効果だと魔族領でも評判になっている。貴重な聖女のポーションを卸してくれて助かるよ。どんな調合をしているんだ?」

「ありがとうございます。ですが、調合に関しては聖女の秘伝ですので教えるわけにはいかないのです」


 ネージュ様は魔族の間でも有名な魔貴族らしい。

 そんな人に認めてもらえるのは嬉しいな。

 でも聖女印のポーションについては助けてくれた恩があるとはいえ、聖女の秘密に関わるから教えられないんだ。


「そうか、残念だがしょうがないな。さて、今日きてもらったのは君の耳に入れてほしい情報が入ったからだ。王国の現状についてだ」


 そう前置きして、ネージュ様は少し言いづらそうに話し始めた。

 聖女の力で王国に封印されていた悪魔が復活したのだと。

 悪魔の名前はベルゼブブ、ハエの王と謳われる大悪魔だ。

 歴代聖女が王国に留まり魔力を発することでこの悪魔を封印していたのだが、今代の聖女である私が長期間王国を離れたことで復活してしまったとのことだ。


「聖女にそんな役割があったなんて知りませんでした」

「人間の寿命は短いからな。おそらく永い年月が流れたことで忘れ去られたのだろう。人間より遥かに寿命の長い我ら魔族の間では伝承が残っている」


 何度も代替わりするうちに大事なことも抜け落ちてしまったってことか。

 でも、今代は私の他にもショコラが聖女の力を持っているって話だったじゃない。

 ショコラは何をしていたの?


「君を嵌めた異母妹のショコラ嬢についてだが、聖女の力があると言うのはおそらく嘘だな。どんな手を使ったかはわからんが、聖女の力はその家系の長女だけにしか宿らない。それは君も母から聞いているだろう?」


 ネージュ様の言葉に頷きで返す。

 母からも聖女の力についてそう聞いているし、間違いはないだろう。


「問題は偽聖女のショコラ嬢ではベルゼブブを再封印できないということだ。君を追放するなどとバカなことをした報いだな。ベルゼブブは封印された恨みで王国を滅ぼすだろう。君の溜飲も下がるのではないか?」


 王国が亡びる……そう聞いても私の留飲は下がらなかった。

 私を嵌めて追放したショコラたちは憎いけど、王国の民全てが悪いわけではない。

 だったら私は――、


「偽物がダメなら、本物の聖女ならベルゼブブを封印することができるのでしょうか?」

「できるかもしれんが、まさか王国を助けるつもりなのか?」

「はい。聖女の役目だからというだけでなく、私の意思で王国を救いたいのです」


 ネージュ様は私の話しを聞くと、しばらく目をつむって考え込んでから口を開いた。


「そうか、聖女としての能力だけでなく、君のその優しさこそが聖女たらしめているのかもな……。私も手を貸そう」

「ありがとうございます! ですが、よろしいのですか?」

「君がそれを望むなら、私はできる限り叶えてやりたい」


 ネージュ様はそう言って優しく微笑んだ。

 ずるいなぁ、そんなに優しくされたら好きになっちゃうよ。

 ありがとう……ネージュ様。


「それに、ベルゼブブの奴とは私も因縁があるからな」


 そうつぶやきニヤリと笑うネージュ様は少し恐かった。

 魔族は長寿だって言われるけど、王国で忘れ去られるほど昔に封印されたベルゼブブと因縁があるって、ネージュ様は何歳なのかな?

 この件はあまり詮索しない方が良さそうね。

 こうしてベルゼブブを封印するため、私とネージュ様は王国へ向かうことになった。






 私が王国で見た光景は酷いものだった。

 倒壊した家屋、蔓延する疫病により道に転がる死体、まさにこの世の地獄だった。

 ここまでの道中で王国の現状は聞かされていたけどここまで酷いとは……。


 ネージュ様の話によると、ベルゼブブは単騎で王国を滅ぼす力を持ちながら眷族を召喚し、手下に攻めさせている。

 封印された恨みを晴らすために真綿で首を締めるかのごとく、じっくりと攻める戦略を取っているとのことだ。


 王都にたどり着くまでの間に眷族とも戦闘になった。

 ハエの王の異名通り、小型から大型までのハエ型の魔物なんだけど、大悪魔の眷族だけありかなり強い。

 もっとも、その強い眷族をネージュ様はあっさりと倒してのけてしまったんだけどね。

 魔族領の魔貴族ってこんなに強いの?

 それともネージュ様が特別なのかな?

 ともあれ私たちは王国を救うべく、王都までやってきたのだ。


 王都にやってきた私たちが見たのは壊滅した町に、王城に群がるハエの軍勢と戦う王国軍の姿だった。


「どうやら王国は徹底抗戦の構えのようだな」

「王国はベルゼブブに勝てるのでしょうか?」

「無理だな。頭数をそろえたところで普通の人間には眷族ならともかく、ベルゼブブは倒せんよ。奴に勝てるのは奴以上の力を持った存在、それと聖女だけだ」


 ネージュ様に聞いた話によると、ベルゼブブに魔力を帯びない通常の攻撃は通用せず、ダメージを与えるにはベルゼブブの耐久性を破る魔力を持った攻撃、または悪魔の弱点である聖女の魔力が必要らしい。


「何、安心しろ。そのために私たちがやってきたのだ。奴以上に強い私と、真の聖女である君がいれば、ベルゼブブを滅ぼすことができるさ」


 そう語るネージュ様を見ていると、不思議と何とかなるような気がしてくる。

 まったく、人を安心させるのが上手いなぁ。

 たった一体で一国を相手に戦争できるベルゼブブと戦うのは簡単なことでないだろうに、不安な私に気を使ってくれるなんて、本当に優しい人だ。


 ベルゼブブが聖女の力に弱いなら、私を追放した元凶で、聖女の力があるって言うショコラは何をやってるのよ。

 貴方が私を追放したんだから、貴方が王国を守りなさいよね!


 私とネージュ様は激しく戦闘が行われている王城に向かう。

 ベルゼブブの眷族よりも王国兵の死体の方が圧倒的に多い、戦況は不利のようね。

 向かってくる眷族を蹴散らしつつ強大な魔力反応を感じる場所に急ぐと、謁見の間にたどり着いた。


「あれがベルゼブブ……?」


 謁見の間にはショコラ、アルス殿下、陛下の三人、それを守るように数人の兵士がベルゼブブと向かい合っていた。

 体はそれほど大きくないけど凄い魔力を感じる……これがベルゼブブ……!?


「おお! 其方は聖女スフレ!? 帰ってきてくれたのか!」


 陛下が私を見つけて叫ぶとみんなの視線がこっちを向いた。

 なんかショコラがすんごい目で睨みつけてくるんですけど!?

 そんなに私が憎いのか?


 睨み合う私とショコラをよそに、ネージュ様が前に出た。


「久しいなベルゼブブ、借りを返しにきたぞ」

「貴様はブールドネージュ!? なぜ貴様がここに!? まあいい、昔我に殺されかけたことを忘れたか? 今度こそ始末してくれるわ」

「ふん、いつの話をしている? 以前の私と同じと思うなよ」


 えっ! ネージュ様って本当にベルゼブブと知り合いだったの!?

 因縁があるとは聞いていたけど、ご先祖様がとかそういう感じだと思っていたわ。


「スフレ、私が奴の動きを封じる。動けなくなったところにこの短剣を突き立てるのだ」


 ネージュ様は私の方を見ずに話し、後ろ手に短剣を渡してきた。

 これは銀製の短剣? 魔を祓う力がある銀製の武器はベルゼブブにも効果的ってことか。


 私に銀の短剣を渡すと、ネージュ様とベルゼブブの戦いが始まった。

 初めは一進一退の攻防だった二人の戦いも、時がたつにつれてネージュ様が劣勢になっていく。

 そして、ベルゼブブの攻撃がネージュ様の腹を貫いた……。

 それを見た私の身体に激しい怒りが突き抜け、銀の短剣を握りしめるとベルゼブブに向かって走り出した。


「くっ……よせ、きちゃだめだ……!」


 ネージュ様……私を気遣っての言葉なのはわかります。

 ですが私は!


「私は助けられてばかりでお飾りの令嬢などごめんです。私にも手助けさせてください!」

「スフレ、君と言う人は……ならば私も諦めるわけにはいかんな!」


 ネージュ様はそう言うと、自分の腹を貫いた腕を掴む。


「な、貴様……!? 放せ! 放さぬか!」

「放さぬよ。貴様はここで滅びるのだ」

「今代の聖女といえど、こんな小娘にやられてたまるか!」


 ネージュ様に腕を掴まれ身動きの取れないはずのベルゼブブだったが、私の突撃に気づくと攻撃を放ってきた。


「おおおぉぉおおおっ!」

「なぜだ……なぜ死なん!? ぐおおおぉぉおおおっ!」


 ベルゼブブ攻撃で私の腹に風穴が開くが、聖女の魔力を高めることで瞬時に回復する。

 歴代聖女の中でも特に強い力を持つ私を殺したかったら、身体を一瞬で消滅させるくらいの攻撃をしてきなさい!

 攻撃に耐えた私は、ベルゼブブの胸に聖女の魔力を込めて銀の短剣を突き立てた。


「くそおおう、また我は聖女に封印されてしまうのか!?」


 封印? 何ぬるいこと言ってるの!?

 貴方はここで滅びるのよ!!


「こ……これは、以前我を封印した忌々しい聖女以上の力!? バカな!? この我がこんな小娘にいいいぃぃいいっ!!」


 私が聖女魔力を流し込むと突き立てた銀の短剣から光が溢れ、ベルゼブブの身体はボロボロと崩れていき、やがて灰になって消え去った。

 やった……のかしら? ――ネージュ様っ!

 ベルゼブブが灰になると、腹を貫かれていたネージュ様が地面に倒れ込んだ。

 倒れたネージュ様に駆け寄り傷を見るが、


「酷い傷……。なぜ命を懸けてまで私を助けるのですか?

「遥か昔……私はベルゼブブに敗れ瀕死のところを聖女に救われた事がある。その時の恩をずっと返したいと思っていた……」


 私だからではなく聖女だからか……と、こんな時なのに少し寂しく思う自分が嫌になるわ。

 顔を伏せる私を見たネージュ様は言葉を続ける。


「だが今は、君が好きだから護りたい……それは私にとって命を懸けるだけの価値あることなのだ。この傷では私は助からないだろう。どうか君は幸せに生きてくれ……」

「ネージュ様! 目を開けてください!」


 言い終えるとネージュ様は意識を失った。

 ……この人を死なせたくない! 今度は私が護るんだ!!


 私は手首を銀の短剣で切り聖女の魔力を低めて回復を遅らせる。

 そして流れ出る赤い鮮血を口に含み、ネージュ様に口移しで流し込んだ。


 聖女の力は血に宿る。

 聖女の血には傷ついた体を治す力がある。聖女とは所謂生きたポーションやエリクサーってことね。

 その歴代聖女の中でも特に強い力を持つ私の血なら、ネージュ様を助けられるはず!

 私の血を飲んだネージュ様はゆっくりと目を開いた。


「……う……スフ、レ……無事で良かった……ベルゼブブは……?」

「はい……! 私は大丈夫です! ベルゼブブは聖女の力で滅びました」

「そうか、やったのだなスフレ。どうやら、君を守るつもりが守られてしまったようだ」


 ネージュ様は悔やむように顔を伏せた。

 違うよネージュ様、私一人じゃベルゼブブを倒せなかった。


「いえ、ネージュ様が動きを封じてくれたから倒すことができたのです」

「そう言ってもらえると救われるよ。私も君の役に立てたようだな」


 私が首を横に振り気持ちを伝えると、ネージュ様は胸のつかえが取れたように笑顔を見せた。

 ベルゼブブを倒して眷族の反応もなくなったし、これで王国を救えたかな?


「ありがとう聖女スフレよ。其方の活躍で王国は救われた。そちらは魔貴族ブールドネージュ卿ですな? 王国に伝わる伝承は聞いております。私の力不足で魔族の悪評を取り除けず申し訳ありません……」

「国民全員の意思を纏めるのは難しい、それに仮想敵がいた方が人心は纏まる。気にするな」


 タイミングを見計らって陛下が話しかけてきた。

 陛下は魔族が人食いの恐い種族じゃないって知ってたみたい。


 その後私たちは民や兵士の治療に当たったんだけど、聖女の力を持っているはずのショコラの様子が何かおかしい。

 回復量は市販のポーション並みだし、やたら疲れたと休憩を取りたがるんだ。


「ショコラ、貴方は聖女の力を持っているのでしょう? 疲れているのはわかるけど頑張って」

「あら? 誰かと思えば元お姉様じゃない。ちょっと休憩していただけじゃないの。王国の救世主だか何だか知らないけど、上から目線で指図するのは止めていただけます?」


 この子はこの期に及んでまだそんなことを?

 私のことが嫌いなのはわかる。

 でも今は、そんなこと言ってる場合じゃないはずでしょ?


「私が憎いのは残念だけど非常時です。確執は捨て、今は協力しましょう」

「ふんっ! わかっていますわ!」


 悪態を吐きながら回復に戻ったショコラを見ると、回復のために翳したドレスの袖口から何かが見えた。

 何あれ? 何かの瓶?


「ちょっとショコラ、袖に何を隠してるの?」

「――なっ、何でもありませんわ!」

「……怪しいわね。ちょっと見せなさい!」


 嫌がるショコラから無理やり袖に隠した物を奪い取る。

 これは……ポーションの瓶? まさかこの子、ポーションを隠し持って、聖女の力に見せかけて回復してたってこと!?

 なんて器用な子、貴方は手品師か! どうりで回復量が少ないわけだわ。

 ネージュ様の言われた通り、偽物の聖女だったのね。


「いやーーーー! 放してーーーー!」


 喚くショコラを陛下の所に引きずって行き、今までの罪を洗いざらい吐かせた。

 その結果、偽聖女ショコラと、それを知りながら偽聖女を演じさせたハーベスト公爵夫妻は国外追放の刑、アルス殿下はしばらくの間地下牢に幽閉となった。

 一緒に生活した家族に次期国王とはいえ、私も散々酷い仕打ちを受けたし、悪い事をしたら償わなければならない。

 大変だとは思うけど、心を入れ替えて更生してほしいと思う。






 その後、王国の民の回復を終えた私が魔族領に帰る日がやってきた。

 復興に関してはネージュ様が魔族領から人員を呼んでくれて急ピッチで進んでいる。

 もう私がいなくても王国はやっていけるだろう。


「行ってしまうのか聖女スフレよ。もう其方を迫害する家族はおらん、王国に留まってはどうだ?」

「申し出はありがたいのですが、私は魔族領で充実した生活を送らせてもらいました。これからは魔族領でその恩返しをしたいと思っております」

「そうか、ブールドネージュ卿にも大変世話になったし、残念だが仕方がないのお」


 陛下には引き留められたけど、私は魔族領での生活を気に入っている。

 それも全てネージュ様が私を拾ってくれたからだ。

 王国での義理は果たしたつもりだし、これからは私の好きなように生きても良いと思うんだ。






 魔族領に帰ってきた私は聖女印のポーション店を続けている。

 聖女印のポーションの回復量がなぜ市販品よりも高いかと言えば、それは私の血を数滴加えているからだ。

 人の血が入ったポーションなんて飲むのに忌避感があると思うからみんなには言えないんだけど、ベルゼブブとの戦いで直接私の血を飲んだネージュ様にはバレてる気がする。

 何も言わないでくれているから販売しても良いってことだよね。


 今日はネージュ様にお茶会に誘われている。

 魔族領に帰ってからはお互いに忙しくて、今日は久しぶりに会えるからちょっと緊張しちゃうな。


 ネージュ様の館にやってくると、庭園のガゼボにお茶会の準備が整えられていた。

 先にきていたネージュ様は私に気がつくと笑顔を見せる。


「ごきげんようネージュ様、本日はお呼びいただきありがとうございます」

「良くきてくれたスフレ。今日は楽しんで行ってくれ」


 挨拶を交わして席に着き、二人で談笑を始めた。

 ひとしきり話をした後、ネージュ様が真剣な表情で話しだした。


「スフレよ。魔族領にいてくれるのはありがたいのだが、今なら王国に帰れるだろう。本当に帰らなくて良かったのか?」


 とても寂しそうな顔で話すネージュ様を見て思う。

 長生きしているのに、本当に鈍感な人だ。

 私の気持ちに気づいていないのかしら?


「私はネージュ様に大きな恩があります。それをお返しするまでは帰れません」

「では、それが終われば帰ってしまうのか? ……スフレ、私と共に暮らさぬか? 前にも言ったが、私は君を愛している。君の返事を聞かせてほしい」


 嬉しい……私の答えは、


「はい、喜んで。私は貴方と共に生きて行きたいです」


 王国で家族に捨てられた追放聖女の私も、隣国の魔貴族に拾われて、新しい家族になれたようです。

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