エピローグ〜gift〜

「自分に?」


「おう!京都の棗、お前知ってんだろ?なんか渡して欲しいって言われて、荷物預かってんだ。結構デカいからさ、送ってやるから住所教えろよ!」


「あ、はい…恐縮です。じゃあ、仙台市…」


「ふんふん…」


酒井にそう言われて住所を渡し、赴任して初めて仙台での冬を迎えた藤司の元に届いたのは、棗藤次の宛名のクール便。


「にーーにーー」


「ニャーン…」


「あかんて、アヤにオト。ワシの荷物や。段ボール欲しいんか?中身出したらやるさかい、待ってぇな。」 


愛らしい赤と青の鈴付きの首輪をつけた白と黒の子猫を拾ったのは、人肌が恋しかった秋の夕暮れ時。


転勤や残業でペットなんてと思っていたが、小さな身体と大きな瞳が絢音に思えてきて、神様がせめてもの慰めにと与えてくれたのかと思い、白猫のメスに絢音の「絢(アヤ)」黒猫のオスに絢音の「音(オト)」と名付け、慣れない土地での慣れない生活に、僅かな癒しを感じていた。


「っちゅうかあのオッサン、ホンマ何送ってきよったんやろ?結構重量もあるし、酒か?飲めるようになったら相手したるとかほざいとったし…あ。でもせやったら、わざわざクール便なんて使わんか。んー?」


送り主が送り主だけに、油断がならない。


オトとアヤと3人で段ボールと睨めっこすること15分。いよいよ腹を括って、藤司は段ボールを開ける。


「えっ………」


中に入っていたのは、揃いの藍色の毛糸で丁寧に編まれた、マフラーと手袋の他に、レモンなどの柑橘類のシロップ漬け。そして、旬の京野菜がぎっしり詰められていた。更に…


「お惣菜…て言うかこれ、おせち?」


真空パックされた、黒豆ときんとんと田作りとだし巻き卵と昆布巻き。


どこの店のだろうと思案していたら、底にあったのは、数枚の便箋。


-お久しぶりです。仙台も寒いと聞いてます。暖かくして、風邪など引かないでね?下手だけど、マフラーと手袋編みました。使ってくれると嬉しいわ。独りだからって外食ばかりはダメよ?お野菜送るから、ちゃんと作って食べてね。おせちは、真空保存だから大丈夫だと思うけど、早めに食べてね。あと…


「あ……」


一際大きな真空パックの袋にぎっしり入っていたのは、愛しい絢音の手料理の中で、自分が一番大好きな、キツネ色の…鶏の唐揚げ。


-唐揚げ、沢山送ります。揚げるの大変だったんだからね。腐らせたりしたら、許さないんだから。あと、住所…教えてちょうだい?会いには行けないけど、お手紙や…こう言った荷物のやりとりなら良いって、藤次さん言ってくれたから。-


「またあのオッサン…敵に塩送るような真似…」


苦虫を噛み締めながらも、藤司は最後の便箋を捲る。


-だから、嫌なこと辛いことあったら、遠慮なく甘えてきなさいな。藤次さんには内緒にしとくから。一応家の電話番号書いとくわね?…ホントは電話の方が直ぐに話せて楽だけど、あなたのことだもの。きっと私を迎えに来るって日まで、話さないつもりでしょ?だから、期待しないで待ってるけど、本当に辛かったら、迷わず連絡ちょうだいね?魂になって迎えに来られても困るから。…じゃあ、お仕事頑張ってね。京都に帰ってくるの、楽しみにしてます。棗絢音-


そうして余白に書かれていたのは、固定電話らしき番号。


本当なら、今すぐかけて声を聞きたい。


好きやと言いたい。


けど、だけど…


しばらく思案した後、藤司は震える指でスマホをタップして、耳に充てる。


すると、暫時のコール音の後、もしもし棗ですと、絢音の声がしたので、藤司の心臓は跳ね上がる。


「もしもし?どちら様ですか?」


訝しむ声。


言わなきゃ。何か言わないと、切られてしまう。


でも、数年ぶりに聞く愛しい人の声に、心臓は破裂しそうなくらい高鳴り、喉が詰まって声が出ない。


そうしてもがいていると、何かを悟ったかのように、絢音が徐に口を開く。


「…ひょっとして、相原君?」


「…………ッッ!!!」


プッと、通話終了ボタンをタップし、電話を切ると、会って間もない時にこっそり盗み撮りした、雑踏の中…肉屋の店員と楽しく話す絢音の写真を見やる。


「決めたんやろ?会うのも声聞くんも、堂々と好きやと言える時までやて。情けないで、そんな半端な決意やないやろ?なあ…」


「ニャーン…」


「なーおー…」


涙を堪えて必死に気持ちを整理していると、アヤとオトが自分に擦り寄ってきたので、取り敢えず、2匹に餌をやり、自分は久しぶりの絢音の手料理に舌鼓を打とうと唐揚げの袋の入った段ボールに手を伸ばした時だった。


「手紙?まだ何かあるのか?」


あったのは、先程の華やかな冬の花のレターセットで書かれたものではなく、素っ気ないが、なにやら厚みのある茶封筒。


裏を見ると、これまた素っ気ない字で「武士の情けや。とっておき分けたる。お菜にでも肴にでもせえ」と訛り口調で書かれていたので、藤次からかと悟りつつ、なにかのギフト券かと中身を開いた瞬間…


「なあっ……!!」


真っ赤になる藤司の目の前に広がったのは、ベッドのシーツに裸一枚で包まり眠る絢音や、恥ずかしそうにカメラに手を向け隠そうとする下着姿。泡風呂の中で、背中をしならせ背後から行為をしているのか、艶めかしく悶える絢音の姿などなど…


最早犯罪や倫理観スレスレの際どい絢音の写真ばかりで言葉を失っていると、またもや手紙が1枚。


-お前も、絢音やないと出来んなったって聞いたから、せめてもの慰めや。精々本物抱けるように、頑張って土俵上がってき。あと、最後…とっておき一枚、やる。ワシは一切見とらん。絢音が、お前だけのために撮った1枚や。悔しいけど、お前だけの絢音や。待ち受けにでもし。藤次-


「とっ、とっておき?」


動揺する心をなんとか落ち着かせて、写真屋らしき店名の書かれた名刺状の紙に印刷されたQRコードを読み取ると、画面に現れたのは、自分に向かって優しく微笑みかける…あの高級ホテルで過ごした時と同じ着物姿の美しい絢音。


-頑張って-


そんな声が聞こえたような気がして、藤司の頬に涙が伝う。


「あかんやん。泣かんて、決めたのに…こんな…」


確実に歳を取っているはずなのに、出会った頃と変わらない、寧ろそれ以上に美しい絢音に胸を高鳴らせながら、藤司は写真を保存して、すぐさま待ち受けにすると、泣きじゃくるアヤとオトを引き連れて、台所へと消えた。



「あ。」


年が明け元日。


ポストを開いて年賀状を見ていた絢音の手が止まる。


「どないした?」


問う藤次に、絢音は一枚の年賀状を差し出す。


「もう1人のトウジから、リクエストきちゃった。豆腐ハンバーグなんて、うまく真空パックできるかしら?あと、藤次さんからお年玉欲しいんですって。去年よりもっと凄いお菜と肴が良いって書いてあるけど、どこの飲み屋教えてあげたの?リストだったんでしょ?仙台のオススメ居酒屋の。」


「あ、いや…まあ、な。その内なと伝えといてくれ。それよりほら、中で雑煮食お?腹減った。」


「う、うん…」


不思議そうに自分を見やる絢音を家に押し込めると、藤次は晴れた冬空に向かってチッと舌打ちする。


「……ホンマに、アレで満足せえへんどころか、更に凄いの要求してくるやなんて、なんちゅう分厚い面の皮やねん。益々愉しみになってきたわ。京都赴任決まったら、覚悟しとけよあのクソエロガキ。絢音の前で、見るも無惨にコテンパンに伸してやるからな?」


「藤次さん?」


「んん?なんでもあらへん。それよりほら、折角住所分かってん。お雑煮食ったら初詣がてら、御守りでも買いに行ったろや。ワシがいっつも勝運守もろとる御社のなら、きっとアイツのショボイ勝率も、爆上がりやで?」


「ホント?!じゃあ、早速用意するわね!」


「ああ…」


そうして届いた何枚かの便箋の他に、必勝と言う刺繍の施された緋色の御守りを大事に鞄の内ポケットに終い、藤司は待ち受けの中の絢音にそっとキスをして、アヤとオトに見送られて、仕事へと出かけて行った。





初恋-エピローグ〜gift〜-  了
























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