縁の家

 縁の家らしいところに着いた。ボロいアパートだけど、多分俺が昔住んでたところより良いところだ。玄関先に座ったら、俺はもう動けなくなってしまった。完全に、電池切れだ。

「何か食べたいものはあるかい? 大体のものは作ってやれるよ」

「食べたいもの……」

 正直、疲れ過ぎて何も浮かばない。あそこにいた時は何も感じなかったけど、やっぱり俺疲れてたんだな。

 ぼんやりと浮かぶのは、やっぱり思い出の味だ。

「……鯖の」

「ん?」

「……鯖の味噌煮が、食いたい」

「味噌煮? あの、味噌煮かい」

 聞き返されてちょっとムッとした。そっちが聞いたのに何で聞き返すんだよ。

「悪いかよ」

「いや、悪くはないさ。ただ驚いてねぇ……。今までの奴は皆、高級料理を頼んできたから」

 今までの奴って……どういうことだ? 俺みたいな奴がいっぱいいたってことか?

「あんた、味噌煮が好きなのかい?」

「……。……小さい頃、親しい誰かに作ってもらった」

 あれは誰だったっけ。柔らかい手と、穏やかな声。全部の記憶が曖昧で、ぼんやりしている。

「……。……誰だったんだろう」

 縁は俺をじっと見た後、ぽつりと言った。

「明って物覚え悪いタイプかい?」

「は? いやそんなことねえし」

 そんなことないはずだ、多分。ちょっと疑わしいけど。……あ、いや、でも。

「でも、人の顔覚えんのは……ちょっと、苦手」

「そうかい。……」

 何か考えている縁。ぼんやり眺めていたら腹が鳴った。……あー、そうだ。俺腹減ってんだった……。

 腹の音を聞いたらしい縁が笑い出す。

「ふふっ……そうだ、味噌煮だ。ちょっとの辛抱だよ、すぐ作ってやるからね」

 縁は軽く俺の頭を撫でて、家の奥に消えた。


 段々と、良い匂いが漂ってくる。あーもう駄目だ、今すぐ食べたい。腹がさっきから鳴りっ放しだ。

「はい、できた」

 縁がお盆を持って俺のところに来た。白いご飯に温かそうな味噌汁、そして鯖の味噌煮。……短時間だったのに、こんなに作ったのかよ。すごいな、縁。

「熱い内にどうぞ」

 喉が鳴る。他はそんなに綺麗じゃないけど、手は洗ったからすぐに箸を取る。

「いただきます」

 とりあえず、味噌汁。味噌の匂いがすごい。豆腐に、わかめに……具の一つ一つが食べやすいし、美味しい。味噌汁と白米だけでも箸が進みそうだ。

 でも俺が気になるのは、やっぱ味噌煮。柔らかい。とろけそう、っていうのはこういうことを言うんだろうか。

「どうだい?」

「めっちゃ旨い……」

 語彙がないせいでこれしか言えない。

「魚も柔らかいし、味噌の味がすごくついてて、すごく……旨い」

 食べる手が止まらない。縁って本当に何者なんだろう。こんな俺を拾って、本当に旨いもん食わせてくれるなんて。

「口に合ったなら良かったよ」

 縁はただ、笑って俺を見ていた。

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