第4話 橙

「スタンフォード監獄実験ってしっとる?

あの〜アメリカのさ!オレンジの囚人服の!

立場や権力によってその人のすべてが

変わってしまうことがあるって。


看守役と囚人役、最初は職務を全うし、

最終的には職務以上に痛めつけてしまう。

そりゃ〜もうぼっこぼこよ!!」


彼女の口からスラスラとそんな言葉が

出てきたものだからぼくは驚愕した。


「権力とか、職務とか知ってるんだね…」

「ばかにしとっちゃろ!??!?!」


普段温和でどちらかと言うと頭の弱そうな

彼女がそんな事話すものだから、

ぼくも少し驚いてしまった。


「でもなんで急にそんな話…」


「うちがそうだから!」

ぼくは一瞬理解が出来なかった。


「殺して欲しい理由!話して欲しいって

言っとったっちゃろ?」


「うちね、最初はしつけでママがね、

そしたらパパも、妹も、おばあちゃんも

痛いのなんのってさあ〜」


ぼくは口をあけたまま話を聞いていた


「そんなのがね、5年、10年、15年って

長いっちゃね!!流石に限界ってか、」


「痛いし、なんでこんな事されないかんかな〜って、ようよう考えたんね!!

んでわかったん!! 」


「理由ってさ、無いんね」


ぼくの胸にその言葉は大変突き刺さる物で、


「ないんよ、別にあるんはきっかけだけ

なんかもう、いいかな〜って、」


正直もうこの話をぼくはして欲しくなかった


相槌を打とうとした僕から出たのは言葉

では無く、吐瀉物だった。

いきなり吐き出したぼくを転校生は支え、

ハンカチで口元を拭ってくれた。


「ごめんね、何かしんどかったかね…」

しんどいのは確実に彼女だ。

実際1番初めにあった頃より少しわかる場所に

痣が増えている。


彼女は悪くない。理由なんてない

でも続く毎日に耐えているのは彼女で


「やしろくんもなんかあるんよねきっと」

ぼくの名前を知ってた事に驚きつつ

彼女の行動にぼくはもっと驚いた。


吐瀉物がシャツにこぼれたままのぼくを

彼女は抱きしめたのだ。


痛めつけられているのは彼女で、

今のぼくはただ話を聞いて吐いて泣いた男、

「よしよし、よしよし」


ぼくは女の人が苦手だった、柔らかさや

暖かさ、全てが気持ち悪かった。

だけど

ぼくは初めて声を出して泣いてしまった。


ぼくは泣きながら、彼女の親族の人数と

家の戸棚の包丁の数を頭の中で数えていた。

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漂白 @jyoutyo_9643

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