夜縺ョ蜃コ譚・莠(夜の出来事)

 気が付くと、俺は暗がりを進んでいた。独特の浮遊感に、単に黒いはずの場所に色が混ざる、直感的に非現実だとわかる視界にぼんやりとくるまれていた。……ああ、これは夢だ。現実ではないとはっきりわかる。どうも自覚した所で夢から覚めるわけではないらしいが、今日はそういうタイプの夢らしい。



 何処どこに行こうとしていたのかとぼんやり思った目線の先に、何やら黒くそびえたつ一つの建物らしき場所がある。遠くからでも四方八方から多くの影が出たり入ったりを繰り返しているのが見えるほどには、活気がある場所なんだろう。

 ……パーティ……そうだ、なんか誘われてパーティーにいくことになっていた気がしている。どうせ夢なので理由など虚無きょむから沸く以外にないのだが、行く事になっていたことだけは妙に理解できていた。


 他にめぼしい場所もないので、俺もその大勢のうちに紛れていく。中に入っても景色が黒いままなあたり、さすが夢と言ったところか。入ってすぐの螺旋らせん階段を上っていく間、遠くで何やら声がしている。


“……れるなあ、……まれるなあ”


 低い一本拍子で唱えられる、念仏のような言葉の羅列られつ。これから行くのはパーティーであって、新興宗教の集まりではなかったような気はする。本来BGMが流れているつもりが、夢だから変な記憶が混在しているのかもしれない。耳を澄ましてようやく聞こえるかどうかの音量なので、俺は気にせずに建物をひたすら登っていった。




 ……ああ、それにしても。建物に入ってからようやく自覚したが、体が重い。ものすごく、重い。

 特に荷物を持っていないのだが、一体何が重いのか。登っている事にはたいして疲れを感じないのに、体が重いという一点だけで俺はどんどん疲弊ひへいし始めていた。


 のぼれば、楽になるのだろうか。








**********


 登っていく。のぼっていく。


 これだけ回っているのだからたぶんのぼっているのだが、おれにはまるで広いホールをただぐるぐる回っているような感覚だった。おれいがいにも、たくさんおれのようなだれかがまわっている。おれ以外のみんなは、なんで回っているのだろうか。おれが回っているりゆうは、もうよくわからない。


 めのまえを、みりょくてきなだれかが通りすぎる。話が聞きたい。ひきとめたい。ふれたい。……ふれたい?ふれられたい?どっちだ?あまりに体が重くて、あたまが回っていないきがする。

 これまで回っているあいだに触れたのか、ふれていないのか、じつはよくわからない。ふれられてだいじにされたきもするし、しっかりと抱き着いたかもしれない。どちらかわからないのは、からだがおもいせいだ。まわりはからだがかるくみえるのに、おれだけが、からだがおもい。


“……まれるなあ、うまれるなあ”


 こえがきこえる。うまれるというのは、なんだかとてもだいじなことのようにきこえた。だいじだから、こんなにつかれるほどからだがおもいのは、こまる。



 ……そうだ、みんなのようにからだをかるくしよう。

 あしもおもい。あたまもおもい。ないぞうだってこんなにいらない。

 みんなとおなじになろう。そうしよう。


 おもいてあしは、かんたんにはずれた。ないぞうも、ひつようなぶんだけそのままにして、あとはそのばにおいていった。かるくなったてあしが、うれしそうにひらひらとかぜをうける。そのあいだに、だれかがおれをだいじにしてくれたのがわかった。おれもうれしい。



 ……ああ、とてもかるい。もっとかぜをうけよう。むこうにいってみよう。ここからはなれて、おれはさらにとおくにいこうとする。さっきまでつかれていたので、どうしてもふらふらしてしまう。


“いまれるなあ、うまれるなあ。いまれるなあ、うまれるなあ”


 おなじおとでこえがきこえる。どんどんおおきくなっていく。おれはみんなとぐるぐるまわっていたときをおもいだしていた。めのまえに、みんながまだたくさんみえているきがする。


“いまれるなあ、うまれるなあ。いまれるなあ、うまれるなあ”

“いまれるなあ、うまれるなあ。いまれるなあ、うまれるなあ”


 たくさん。たくさん。たくさん。みんながひとりひとりめのまえにうつって、みんなでめのまえがいっぱいになって……





(……あれ。今、俺は何を考えているんだ?)





―――――パァン。



 乾いた音がして、完全に目の前が黒一色になった代わりに急に意識が引き戻される。それと同時に、今の自分に起きた惨状の感覚を余すことなく感じることになってしまった。

 音もなく、首が斜め上方向に捻じれる。あるのかないのかわからないような手足が、そのまま平面に押しつぶされていくのがわかる。さらにそのまま、横に強く圧力をかけられて首が少し横にずれていった。


 ありえないことが起きているのに、なぜか痛みだけは感じなかった。もがく事も出来ず、俺は顔が捻じれるままに明後日の方向を向いていた。


「だから言ったじゃないですか、そう違いはなかったでしょう?」


 やけに通る声と共に、視界が明るくなっていく。気が付けば、網代笠あじろがさが俺の頭上いっぱいに広がっていた。眼球だけ何とか動かすと、肌色の平面の上に俺は乗っていたらしい。



 動けない俺をよそに、傘がゆっくり上にあげられる。その下の顔は、口元だけニヤリと笑う、目をつぶった俺自身だった。


 こちらをじっと見たが、突如目を見開く。視界いっぱいに広がった俺の目には、複眼がぎっしり詰まっていて――――――――――――

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