あさのできごと

 急な手足の痙攣けいれんで夢が途切れ、目が覚める。体は肉と骨で重く、水晶体も一つの広い宿の天井だけを映していた。

 昨日、適当に着た寝巻と髪は、ゆがんだ形のまま汗で体に留まっていた。まるで細い手のように頬に張り付いた髪の不快感に、乱雑に顔をきむしる。細い手ではなく細いと思いかけたことに、自分でも顔が嫌悪に歪んだのがよく分かった。


 最初から最後まで、最悪な夢だった。明晰夢だったのがなおの事性質が悪い。思い出せてしまうほど映像は鮮明で、自分の意思そのものがぼうっとしていくあの感覚は、他に例えるものが見つからない。やったことはないが、いわゆるをやってる最中から快楽を抜き取ると、こんな感じだったりするのだろうか。

 やけに重い体で何とか起き上がると、乱れたTシャツの隙間から掻きむしられて真っ赤になった腹が見えた。身に覚えがなかったが、蚊に刺されている跡があったので、寝ている間に無意識にひっかいていたのだろう。

 蚊と認識した後に過ぎったのは、昨日の出来事ではなく夢の映像だった。不快の一言でひとくくりにしていた映像と思考が、急速に解像度を増し始めていく。



 重さに耐えかねて脱ぎ捨てていく物に、肉だの骨だのを選んで当然としていた思考は、今となっては全く理解できない。視界いっぱいにぐるぐると回る映像は、小学生の頃に見た複眼のイメージ画像そのままだった。そういえば、ふらふら動いていたのはわかるのだが、自分がも定かではない。

 ……理解しかけている。しかけてはいるのだ。ただ、明晰夢である以上、自分の意思でそんな存在に寄っていった事実のせいで答えを出すのをためらっていた。


 耐え切れずに己ではなく、状況について意識を飛ばす。自分が自分に凶行を働く前……呼ばれた集まりに行って延々と中でぐるぐる回り、自分がどうなったかわからなくなったころからまともな思考をしていなかった気がする。


 ……そうだ。あの時の俺にはああ見えたが、あの建物の性質はまるでだった。オスがメスと交尾をするために、わらわら道の上で飛び回っているアレだ。具体的には、オスが集まって回っている中にメスが飛び込み交尾をして出てくるらしい。



 ……間違いない。蚊柱は回っているのがオスで、出入りをするのがメスのはずだ。




 だから、あの夢の中の俺は。は、何になっていたかというと。





―――――“まれるなあ、まれるなあ”


 かゆみが残る己の赤い腹と、出したくなかった結論が一本拍子の幻聴と共に繋がる。その瞬間、腹、胸、食道が一斉に跳ねて喉を突く。どくり、と勢いをつけて、まずガスが、次いで酸味と苦みが口内に押し寄せてくちびるをこじ開け始めた。

 情けないうめき声と泡を漏らすのも構わずに、俺は備え付けのトイレに駆け出す。そして、宿のスタッフに介抱されるまでとめどなく胃液を吐き出し続け……そのまま意識を失った。



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