【嘘泣き】スキルで成り上がり

サナギ雄也

第1話  嘘泣きスキル

「は、腹が減った……」


 旅人である兄妹が、とある平原の真ん中で倒れ伏していた。

 どちらも貧相な身なり。兄は艶のない髪にすすけた顔。妹も肌が砂まみれ。

 荷物も同じようなもの。妹はやつれた顔で言った。


「もう五日もろくな食べ物なし! 草の葉も、木の根とか、そういうの食べるの飽きた!」


 端正な顔を歪め妹が叫ぶ。


「判っている、だが耐えろ妹よ。もう少し歩けば都市カリドン――そこでは美味しいものや綺麗な宿屋に泊まれる。焦るな」

「でも兄さん! 今の状況判ってる!? わたし達、七日前は盗賊に襲われて無一文! 六日前には武器を商人に騙し取られて無装備! さらに五日前には水浴びしてる最中、野盗が服を盗まれた! ――衣装もなくてこの五日間――『葉っぱ』で作った服着てる! それで歩いてヘトヘトだよ!?」

「ああ……判っているとも妹よ。それでもだ」


 兄イシトは疲れたような顔で応じた。

 イシトとフローリカ。

 ライデンス兄妹と言えばこの辺りで有名だった。旅をすれば盗賊に襲われ、金品を盗まれる。河原で水浴びをすれば野盗に衣服を盗まれる。


『不幸続きのライデンス兄妹』


 巷の冒険者ギルド曰く、「あの兄妹には近づくな! 寄ると不幸が伝染るからな!」とまで言われる始末だ。

 二人は行き先々で冒険者に遭っては厄介者扱い。不運で嘆きたい心情だ。


「大体だよ、これも全て族長のせい! わたし達があの日、『祝福の儀式』、族長に悪い噂立てられたから……」

「そうだな。あの族長は……本当にろくでもなかった」


 イシトは回想する――それは二ヶ月前――まだ二人が希望を胸に、明日が輝かしいと信じていた、懐かしい頃だった。



†   †



「これより、イシトとフリーリカの『祝福の儀式』を行う」


 西側の巨大な大陸ウルシオラ。その辺境の森の集落にて。

 石や粘土などを組み合わせた古風な家々が立ち並ぶ里。

 通称『聖者の里』と呼ばれる場所で、イシトとフローリカ兄妹は、神殿前で族長の言葉に耳を傾けていた。


「我ら人間は、十六歳になると女神より『加護』を授かる種族! その加護の事を『恩恵ギフト』と呼び、様々な力を発現させられる。例を挙げよう」


 族長は長い白髭をなびかせながら右手を振るう。

 途端に、彼の右手から氷の槍が生み出され、大気に低温の風を吹き散らされる。


「私の『恩恵ギフト』は氷結! 大気中に氷を生み出すことが出来る力! このように、人類は誰もが女神より加護を授けられる。――そして!」


 族長の目がイシトと、フローリカに向けられる。そこは期待のこもった感情があった。


「イシトとフローリカ兄妹は、今日まで類稀なる才能を発揮してきた。剣術、体術、知識……様々な技能は一流。この里が出来て四百年、彼らほどの逸材はない。『恩恵ギフト』は、身体技能が高い者ほど強いものを得る。――さあ、我らは今日、新たな英雄の誕生を目にするのだ!」


 厳かにそう言い切る族長。

 弱い六十とは思えないはつらつとした声だ。

 里に住む人々が、神殿前の広場でイシト達に優しげに声をかけていく。


「イシトとフローリカ! 君たちなら必ず素晴らしい『恩恵ギフト』を授かるだろう!」

「ああ、そうだ! 《聖剣技》や《全魔術》、あるいは《時間》系のスキルを授かるかもしれないな!」

「イシト!」「イシト!」「イシト!」

「フローリカ!」「フローリカ!」「フローリカ!」


 皆の熱狂は凄まじかった。

 それほどイシトとフローリカの武術は同類たちの間でも話題で、もう尊敬の域になっているためだ。

 まさに期待の新星。


「イシト。これより儀式を始めるが、何か言いたいことはあるかね?」

「はい族長。必ずや俺は、最高位の『恩恵ギフト』を授かり、皆のために貢献します」


 族長が小さく頷く。


「よろしい。ではフローリカ、お前の方はどうだ?」

「はい! わたしも兄さんの妹として、素晴らしい力を得るつもりです!」


 族長は頼もしげな目を向け、頷き、大仰な外套を翻して宣言を行う。


「ではこれより儀式を行う! 二人は神殿に入り、祈りを捧げよ! そして神殿の奥にある女神像に祈りを捧げしとき、お前たちは最高位の恩恵ギフトを授かるだろう!」

「「はい! 族長さま!」」


 

 ――そして十分後。


「何だと? スキル……【嘘泣き】を手に入れた? ……なんだそれは。聞いたことがないな」


 期待に胸を躍らせていた族長が、硬直したまま呆然と呟いた。


「あの族長さま。これは……そんなにいけない力なのですか?」

「そ、そうだな。イシトの方も……なんだこれは? 【光輝剣】スキル……? 名前だけは凄そうだが……これはまさか……」


 族長が、持っていた杖で彼らの恩恵ギフトを確認を行う。

 『鑑定』の能力が込められた杖だ。これで物の詳細な情報を得ることが出来る。

 それを用い、族長はやがて信じられないような表情を浮かべ、その効力を口にした。


「やはりだ。フローリカ、貴様の恩恵ギフトは、【嘘泣き】スキル。――効果は『嘘泣きが上手くなる』? ……馬鹿な。嘘泣きが上手くなる、だと? そんな効果は聞いた事がない。とんだゴミスキルではないか」


 フローリカがその言葉に青くなって固まった。


「え……」

「それにイシト。お前の恩恵ギフトもひどい。――【光輝剣】スキル。これは、『眩しい光を発することが出来る』……それだけだ。うーむ、これも史上稀に見る外れスキルではないか」

「え」


 イシトが愕然と石像のように固まっていく。


「あ、え……族長? ――その、何かの間違いではないですか? ええと……嘘泣き? 眩しいだけの剣? ……そんな、嘘ですよね? 俺達……そんな外れスキル、授かるはずわけないですよね……?」


 族長は数秒の間、目を閉じて天を仰いだ。

 そして深々と息を吐き、こう告げた。


「いや、紛れもなく外れスキルだな。はっきり言ってゴミだよ、ゴミ。……なんてことだ、我らは期待を重ねた兄妹にとんだ敬意を払っていたということか……」

「そ、そんな! 族長さま! それはあんまりな言い草です!」

「そうです、俺たちは今日まで、一生懸命修行に励んできました。それを……」


 族長は杖を振り上げ、激昂した。


「ええい黙れ! 口を慎め、ゴミ兄妹どもが! ――いいか!? 我ら『聖者の里』は、英雄の里! 『かつて魔王を倒した英傑たちの末裔が住まう』――聖なる里だ! いずれも一騎当千の才覚を備えた、逸材揃い! これまで世間に何人もの《剣聖》、《聖女》、《聖騎士》などを排出してきた! ――それなのに【嘘泣き】スキル? 【光輝剣スキル】? そんなものはいらんわ! 即刻、里を出ていけ!」

「「そ、そんな……」」


 呆然とし、それ以上二の句も告げられない兄妹に、周りの人間達も囃し立てる。


「そうだそうだ! お前たちは出ていけ!」

「とんだ恥さらし!」

「これまで持ち上げてきたのは何のためだったのかしら!」

「あいつら、じつはその辺の捨て子だったんじゃねえの?」「そうだよ、貧民街とかで捨てられた子供を、間違って拾ってきちゃったんだ!」


 彼らは口々に主張する。

 あの兄妹はクソだゴミだと。痛烈な罵倒を繰り返す。

 力こそが正義――英傑たちの末裔として、当然と言える反応だ。


「あ、あの……族長さま……」

「いいか『ハズレ兄妹』! 貴様らはこれより聖者の里とは無関係! まぐれでこの里に紛れ込んでしまった雑魚の子供だ! そのような者を、里に留める理由はない! すぐに出ていけ!」


 そうしてろくな弁明も考察もなく、イシトとフローリカは里を追い出された。


 

†   †



「あの族長! ほんと腹が立つ!」


 フローリカは当時のことを思い出して憤慨する。


「わたし達の噂は皆に流すし、ろくな旅の資金も寄越さない! もう最悪だよね!」

「そうだな。おまけに周辺の街や村に、『イシトとフローリカという、英傑の末裔を名乗る虚言者がいるから気をつけろ』と喧伝した。無駄に上手すぎる似顔絵で腹立つ」


 イシトは嘆息をもらす。


「なんだあの似顔絵は。凄く似ていたぞ。俺が写った鏡かと思った。――族長、無駄な才能ありすぎだろう」

「そうだよね兄さん! どうせならイケメンな兄さんと、超可愛いわたしの絵も描いてほしかった!」

「そうだな……いや違う。そんなこと言ってる場合ではない。族長のせいで俺たちは宿無し、金無し、信頼無しの三重苦だ。ろくな旅が出来ていない。どうすればいいか考えねば」

「兄さん……っ! わたし、何だか大きな川が視えてきた……っ」

「妹よ。それは視えてはいけないやつだ。渡ったら帰ってこれなくなるやつだからな。目を覚ませ、おい、フローリカ。フローリカ!」


 ぺしぺしと、イシトは妹の頬を叩き、かろうじて意識を保たせる。

 葉っぱだけの奇特な衣装のまま、悲しげな表情を浮かべる。


「兄さん……生まれ変わったらわたし、植物になりたい……」

「待て。今から諦めてどうする。もうすぐ街だぞ、持ちこたえろ」

「兄さん……最後は……お姫様抱っこで、運んで……」

「どさくさ紛れにお前は何を言っているんだ。それに、そんな体力あったらとっくに街着いてる」


 いよいよ二人の体力も尽きてくる。イシトも叫ぶ体力もなくなってきた。

 二人とも、呻くだけの時間が過ぎていく。

 そして一時間が過ぎていき――。


「――どうしたんだい、二人とも」


 通りすがりの商人が、馬車に乗ったまま二人に語りかけてきた。


「見ての通り、旅人です。でも、もうお金も食料もなくて……」

「それは悲しいことだね。でももうすぐ街に着くから、そこで頑張りなさい」


 商人はあごに手を添えて言葉を続けた。


「でも、そうだね……お金や食料がなくとも、『手段』を選ばなければなんとかなると思うけどね」


 商人は『フローリカ』の方を見てそう語った。

 確かにフローリカは美しい娘だ。金髪に青の瞳、今は薄汚れているが緩やかな髪は絹のよう。肌もよく見れば瑞々しい。体型も少女らしく、曲線美に溢れていて、豊かな胸の谷間は男ならほとんどが唾を飲むだろう。


 『それ系』の店に行けば大金を得ることも難しくない。

 しかし。


「……ふざけるな。俺は、妹をそんな目に遭わせない。そんな事をさせるくらいなら、俺達はここで……っ」

「そうかい。それじゃあお幸せに。なに、兄妹で二人仲良くさよならというのもなかなかの美談だろう。(まあ妹の方は、気絶したら私がそのまま街に運んで、奴隷商に売ればいいかな)」


 商人は人好きのする笑みのまま、助ける気はまるでない様子でそう思う。

 イシトは歯噛みする。


 ――くそ! こんなところで終わりなのか? 二人で毎日毎日、厳しい修行に耐えてきた。それでも全ては『恩恵ギフト』を授かるため。皆の役に立つ力を得るためだった。

 それなのに、外れスキルだからといって捨てられ、宿も金も服もないまま終えるだと?

 冗談じゃない。

 それだけは嫌だ。自分だけならいい。しかし妹まで同じ状況で終わるのだけは許せない。

 けれど、イシトの力ではどうにも出来ない。商人の見ている前で、彼の意識が徐々に薄れてき――やがて全てが終わりかけた時。


 

「――ぐすん」


 

 フローリカが、突然目元を押さえて泣き始めた。


「え!?」

「な……」


 イシトも商人も仰天する。

 いつの間にか、起き上がったフローリカが両手で顔を覆い、さめざめと涙をこぼしていたのだ。

 美しい青い瞳は涙で溢れ、葉っぱのみの衣服もどきが哀れさを誘っている。洗えば見事なはずの金髪が、ときおり風になびき、儚さと妖しさ、それらを両立させて魅力さを醸し出している。

 彼女は儚げな表情で続ける。

 

「もういつかも、まともなものをたべてないんです」 


「うぐ……!?」


 商人がびくり、と全身を震わせた。

 思わずたじろいでその場を一歩下がる。

 

「わたしたち、おかねは盗賊にぬすまれ、ふくは野盗にうばわれ……のこっているのは兄さんだけ」


「ううう……っ!?」

 商人は冷や汗を出しながら震えだした。額から次々と脂汗が流れていく。



「おねがいです、わたしたちに、なにか恵んではもらえないでしょうか?」


 

「――わ、判ったよ。わたしの商品をいくつかあげよう」

 商人は溜息を吐いてそう言った。


「食料は干し肉がいくつかあるから持っていくといい。……ああそれから、『銀貨十枚』と『銅の装備一式』をあげよう。それで当座はしのぐといい」


 商人は複雑な顔をしつつも、そう言って馬車へと向かった。

 幌の中からいくつかの物品を取り出し、兄妹の目の前に置いていく。


「やれるところまでやってみるといい。……はぁまったく。女の子の涙には敵わないな」


 商人は苦笑を浮かべると、馬に鞭を入れ、そのまま去っていった。

 後に残されたのは呆然とするイシト。そして涙のあとを拭くフローリカ。いくつかの物品が平原で日光に晒されている。


「……あの、兄さん」

「なんだ妹よ」

「なんか【嘘泣き】したら、色々貰っちゃったね」

「ああそうだな。……え、凄いなお前。あの商人、ろくでなしだったのに、よくお前貰ったな……」


 イシトは思わず『鑑定』の魔術を発動させた。

 彼の目が淡く発光し、その視界にいくつかの情報を映し出す。


 一定以上の修行を経れば、誰でも使う事の出来る初歩の魔術だ。

 似たものを族長が使っていたが、肉親である兄のイシトなら、より詳しく見れる。

 それを用い、フローリカの状態を見てみたが――。


 

【フローリカ  性別:女  年齢:十六歳 イシトの妹(義理)

 体力:低  魔力:低  頑強:中  幸運:中

 腕力:中  敏捷:低  知性:中  精神力:中


 ・保有能力

 《嘘泣き》スキル:嘘泣きすることで対象の同情心や庇護欲を800倍に増幅させ、何らかの物品を貰えるようにするスキル。

  現在Lv1

  有効種族:人間 有効性別:異性 有効範囲:1メートル 

  取得物:銀貨三十枚分まで 

  発動限界数:一日に一回まで

  ※使用回数を重ねることで効力が高まる。

   また貰える物品が増える。有効種族が増える。有効性別が増える。貰える金額数が増える。有効範囲が広がる。発動限界数が増える。

   最大Lv、99まで上昇可能)】



 ――詳しく見るととんでもなかった。

 

「……妹よ。俺は思ったんだが」

「なに? どうしたの兄さん?」

「お前のスキル、とんでもないぞ。これだけで俺達、凄い金持ちになれるかもしれん」


 イシトは戦慄しながら言った。



†   †



 数日後。

「いらっしゃい! いらっしゃい、武具屋ノクレスの館、安売りだよ!」

「良質の防具、ミスリルアーマー十、追加! 買うなら今!」

「ドラゴンスレイヤー《黒銀のマクベス》! 彼が使ったとされる魔剣ゲルム競売中!」

「上薬草がなんと銀貨一枚! お買い得! お買い得だよ!」


 オステリア大陸、中枢である都市カリドンでは、賑やかな商店が立ち並んでいた。行き交う冒険者、探索者、旅人など人並みが凄まじい。皆がそれぞれ武具を、あるいは道具を、あるいは見物のために闊歩していた。

 

 ――そんな中、イシトとフローレンス兄妹は、それらをガン無視して路地裏の片隅で震えていた。

 

「ま、まずいよ兄さん! わたしのスキル、【嘘泣き】で金品がいくらでも手に入るなんて! これ人生の勝ち組じゃない!? もう苦労しなくても良いよね!?」

「そうだな妹よ。だが慌てるな。美味しい話には裏がある。何事もそんな上手くいくはずない」


 興奮する妹とは裏腹に、兄のイシトはいたって冷静である。

 威厳に満ちた顔つきで彼は言葉を続ける。


「まずは豪邸を買おう。そしてその次はメイドを買うんだ。可愛いメイドさんに囲まれて、『おはようございますご主人様!』と言われて」

「ちょっと兄さんしっかりして! 馬鹿な夢見ないで!」


 ちっとも冷静ではなかった兄イシト。

 フローリカが呆れて嘆息する。


「もう兄さん! わたしともあろう者がいながらメイドなんて! もう、そんなの駄目だよ! ……どうせならイケメンの執事にしよう?」

「……おい。お前も俺と同レベルの思考回路じゃねえか」


 一瞬で渋面を浮かべるイシトに、若干フローリカがたじろぐ。

 しかし彼女はふふっ、と大きな胸を張って言った。


「それはともかく兄さん! 【嘘泣き】スキルを手に入れたから、もうわたし達は無敵だね! なにせ不親切な商人から、お金や服や武器まで貰えたからし。もう怖いものなんてない!」

「まあな。もうこれで葉っぱ一枚で野宿とか……食料木の根の水とか……人としてやばい状況は脱した。ふふ、後は嘘泣きしまくるだけだな」


 嘘泣きスキル。

 それは嘘泣きすることで、相手の同情心や庇護欲を800倍にまで高め。物品などを得やすくするスキル。

 これさえあれば一攫千金どころか億万長者になることも夢ではなく、もはや二人が人生勝ち組と言っても過言ではないだろう。


「さてフローリカ。早速行動に移そう。これから【嘘泣き】する場所と相手を吟味していくんだ」

「そうだね兄さん。――じゃあこの都市の長さんのところに行こう? そして【嘘泣き】してお金をたんまりもらうよ」

「よし、では早速。金持ちの家に。そこに行けば俺達は」

 その時だった。 



「おいてめえら! 命が惜しかったら金を出しな!」


 

 路地裏で相談をしていた兄妹に、粗野な声が響いた。

 兄妹が振り返れば、そこには野卑な顔つきの浅黒い肌の男達がニタニタと笑っていた。

 野卑な男たちだ。全員が頭にバンダナを巻き、「我こそは盗賊だ!」とばかりに蛮刀や鎖鎌など物騒な武器を掲げている。

 フローリカが飛び上がって悦びをあらわにする。


「兄さん! 出た! カモが出たよ! カモがネギを背負ってやってきた!」

「よし。ちょうど良い機会だ妹よ。旅の疲れがあるから、今は戦えない俺達だが、最高の力がある。――さあ【嘘泣き】スキルで金品を巻き上げろ!」


 フローリカは可憐な表情を、くしゃくしゃにして盗賊たちに近づいた。

 商人から貰った絹製の服に、櫛でとかした見事な金髪である。

 風呂こそまだ入ってないが、香水から香る匂いも合わさって美貌の少女と言うに相応しかった。

 そんな少女が。

 

「ぐすん……わたしたち、たびからたびでもうろくなものたべてないんです……」

「う!?」

「このままじゃ飢え死にしちゃう……どうか、どうかたべものを、めぐんでください……」


 

 しなを作り、潤んだ瞳で盗賊たちに懇願するフローリカ。

 盗賊たちは困惑する。路地裏で出会った美少女。予想外の可憐で、発育もとても良い。そんな思わぬ少女を目の前に、無視出来るか? いや出来ない。彼らは思わず目を見開き、動揺し、何事かと互いに見合わせて――。


 

「ひゃっはーっ! これは上玉だ! アジトに連れ去って、俺らの夜遊びに付き合ってもらおう!」



「……あれ?」

 

 好奇の表情に変わった盗賊たちが、わらわらとフローリカに迫っていく。


「え? あれ? 思ったのと違う反応……?」


 フローリカは抵抗する間もなく、盗賊たちに手足を縛られた。

 そのままズタ袋に入れられ、そのまま盗賊たちに担がれてどこかに連れ去られてしまう。

 イシトは呆然と固まった後、ふと思い出した。


「……そうか。【嘘泣き】スキルは一日一回までと書かれていたな。つまり、今日はもう嘘泣きが通用しないということか? だからフローリカは盗賊どもに連れ去られたのか」


 なるほど、と合点がいき、ぽんと大きく手を叩くイシト。

 そして気づいた。


 ――あれ? これ詰んでいないか?

 要の妹が早速連れ去られてしまったぞ?

 イシトは表情は変えないまま、冷や汗を垂らしていく。


「まずいな……フローリカ、このままでは野蛮な盗賊どもにさらわれて夜の相手をさせられる。急がないと」


 イシトは慌てて走り出した。



†   †



 ―― 一方その頃。盗賊たちのアジト内では。


「ひゃああ~~~~! この人さらい――――――ッ!」

「痛ってぇ!? この女、蹴り飛ばしやがった!」

「囲め、囲め! 物量で攻めろ!」

「ぐっ、この女、上質な縄でも引き千切るとかどういう馬鹿力だ!?」


 盗賊たちは困惑の表情を浮かべる。

 彼女は『聖者の里』出身だ。さすがに一般人にそうそう遅れは取らない。

 動揺して誘拐まではされてしまったが、その先は許さない。

 かつて魔王を倒した英雄たちの末裔の力は、手足を拘束していた縄を引き千切り、盗賊たち八人を相手に抵抗する。


「ちくしょう!? 腕が変な方向に曲げられた!」

「こいつ強いぞ!? 冒険者か!?」

「並の女じゃねえ! 押し倒せ! 回復と防御の魔術で追い詰めろ!」


 魔術をかけ包囲し、闇雲に襲ってくる盗賊たち。

 それに拳や足で対抗するフローリカだが、多勢に無勢、どう考えても盗賊たちには敵わない。

 やがてフローリカの体力も減り、息が荒れていく。


「はあ……はあ……はあ……っ」

「おい! 息切れしてきたぞ! もう少しだ!」

「そうだ、いくら強くても旅疲れなのは変わらねえ! 催眠や麻痺で魔術で無力化しろ!」


 体の自由を奪う魔術が立て続けにフローリカに放たれる。

 それをかわすことも出来ず、フローリカは何度も直撃をもらってしまう。


「く……! 眠気と痺れが一度に……卑怯者!」

「ふははははははは! 俺たちは泣く子も黙る盗賊団! 女一人無力化するなどわけねえ!」

「そうだ、動けなくなったら、俺らが幸せを教えてやるよ! 寝床でひいひい言わせてやるぜ!」


 盗賊たちは揃って高笑いする。


「ああ……兄さん……、兄さん……助けて……っ」


 フローリカは悔しい。こんなところでゲスな男たちにいいようにされるなんて。

 全力で力を込めるがもう盗賊たちを振りほどけない。


 あとはもう兄に頼るしかない。

 兄イシトは、何だかんだでいつも助けてくれる。

 彼だけは最後まで、自分を救ってくれる。

 そうきっと、こんな状況でも、物語の英雄のように、必ず救ってくれる。


 だから、フローリカは最後の最後まで絶対に諦めず信じ続ける。


「(兄さん! 助けに来ることを信じるよ! わたしだから最後まであきらめ――)」


 

「衛兵さん、こっちです。俺の妹がこっちに連れ去られました。おそらくこの辺りに賊たちがいます」


 

 よく知った声が、窓の外から聴こえてきた。

 直後、大仰な鎧を着た何人もの兵士たちが、入り口の扉をぶち破って突撃してくる。


「盗賊たちを発見。これより制圧します」

「うおおおおお!? なんだ!? なんだ!? 衛兵か!?」

「馬鹿な! この短時間で見つけるなんてあり得ない!」

「だが現実に何人も――くそっ! せっかくの上玉をみすみす逃がすかよ――ぐあ!?」


 抵抗をし始めた盗賊たちだが、衛兵たちに容易く制圧させる。

 数分も経たずに武器も防具も壊され、全身鎧の衛兵に八人全員が拘束された。


 

「無事か。我が妹よ」


 イシトが盗賊たちによって、半裸にまで服を脱がされていたフローリカに近づく。


「兄さん! ……た、助かった」


 そしてきょろきょろと周りを伺う。


「えっと……これどういうこと?」

「衛兵の詰め所に行って、応援を呼んできた。少し時間は掛かったが、無事に間に合って良かったな」


 フローリカは喜びかけて、固まった。


「え……あの……例えば正義の騎士みたいに、兄さんが一人でわたしを救うとか、そういう展開は……」

「は? お前は何を言っているんだ? 俺だけで盗賊8人に勝てるわけないだろう? 衛兵呼んだ方が早かったろ?」


 フローリカは口元をむにむにさせた。


「あの……そうなんだけど。そうなんだけどぉ……何か、釈然としない……」


 白馬の王子様が――救援の勇者が――などとわけのわからないことを呟いているフローリカに、イシトは小さく笑みを作った。


「まあともかく無事で良かったな妹よ。ところでフローリカ、服が破られて大変なことになっているが、それ大丈夫か?」

「え? ……ひゃああああああ!」


 イシトは目を逸らしながら外套をかけてあげた。



 

「ひどい目に遭った……」


 十分後。すっかり疲れた様子のフローリカに、イシトは軽く笑いかける。


「まあ大事に至らなくて良かったな。しかし妹よ、これで考えるべき事が出来たな」

「うん。わたしの兄さんは、わたしが窮地に至っても、颯爽と助けてはくれないことがね」

「それじゃない。いやそれも大事かもしれないが、それよりお前の【嘘泣き】スキルだ。あれは『一日に一回しか使えない』から、今日はもう無理だ。明日また試してみよう」

「ねえ! いやそれ先に言ってほしかったな! わたし、脱がされ損じゃない!?」


 イシトが渋面を作る。


「いや、お前も忘れていただろうが」


 ひとまず明日【嘘泣き】する相手を決めることに決まった。

 盗賊検挙に協力したお礼として衛兵に銀貨十枚を貰ったのもあって、服を買い相談を続ける。

 それなりに丈夫な麻の衣服だ。


「兄さん、それでどうするの? 嘘泣きして略奪する相手は誰にする?」

「言葉には気をつけろ妹よ。俺達は物品を譲ってもらうんだ、略奪ではない」

「あ、そうだね、ぶん取るの方が柔らかい表現だった」

「……なんか……俺の妹の将来が心配だ……」


 若干不安じみた声で呟くイシト。

 そんな時、聴こえてきた声があった。


 

「まったく! 貴様はだらしのないメイドだな! 儂の命令も満足にこなせないとは!」


 

 路上、馬車に乗りながら侍女を罵倒する貴族らしき横暴な男性がいた。


「ねえ兄さん」

「なんだ我が妹よ」

「次のターゲット、あの貴族さまでいいんじゃない?」

「さすがは俺の妹だ。俺も同じことを考えていた」

 そして兄妹は次の計画に移行することとなった。



†   †



 翌日。

 まだ朝靄の飛び交う早朝。貴族のいる屋敷を突き止めた二人は、早くから物陰で様子を伺っていた。


「準備はいいな妹よ。お前はあのランドス伯爵とかいう貴族の屋敷に忍び込み、【嘘泣き】スキルを発動させる。そして財産の一部を得た後、俺達は逃走する」

「任せて兄さん! 相手は悪名高きランドス・エルバ伯爵! 年若い綺麗な娘をさらっては、自分の屋敷に連れ込み、メイドとして働かせる――そして飽きたら貧民街へ売り飛ばす。貴族の風上にも置けない奴だよ! こらしめなくっちゃね!」


 イシトは大きく頷く。


「その通りだ。ふ、これで野宿や葉っぱ一枚での生活とはおさらばだな」

「そうだね!」


 軽く手を合わせる兄妹。まずイシトが見張り役として屋敷を伺い、そしてフローリカに頷いた。


「よし今だ……行け、フローリカ!」

「了解!」


 フローリカはランドス伯爵家の大きな門の前まで行き、番兵に話しかける。


「あの……兵士さん……頼み事があるのですが」

「なんだ貴様は。ここは栄誉あるランドス・エルバ伯爵の屋敷である。身分なき人間は即刻立ち去るがいい」


 フローリカは柔らかな笑顔を浮かべた。

 薄っすらと艶やかに口元を緩める。


「わたし、街でランドス伯爵さまのお姿をお見かけしたんです。それで……メイドに志願したくてここに来て……。あの、わたしが伯爵さまのお屋敷で働く事は出来ませんか?」

「な、なんだと?」


 金髪に宝石のような青い瞳。ウェーブ掛かった髪は見事な艶やかさなフローリカ。事前に公衆浴場で体も洗って肌もツヤツヤ、女性としての曲線も優美な彼女は誰がどう見ても魅惑的な少女である。


「ランドス伯爵の、メイドになりに来た? ……本当に? あの、二十歳以上はババアとぬかして、いたいけな少女ばかり侍らせる変態伯爵のメイドに? ……あ、いや、メイド志望か。ならばこちらに来るがいい。(もったいないなぁ、俺がもらいたいな……)」


 番兵が理性を総動員させ職務を全うする。


「はい! 楽しみです、ありがとうございます!」


 満面の笑みで、嬉しそうに胸の前で手を合わせるフローリカ。

 番兵が「マジか……」「この娘が伯爵のメイドか……マジ俺が欲しいわ……」という目つきをしていたが、職務に忠実に門を開け、庭へ案内する。

 

 フローリカは、番兵からは視えないよう、後ろで見守るイシトへ「ぐっ」と親指を立ててみせた。


「ふむ、さすがは俺の妹。第一段階は難なく突破したな」


 妹の猫かぶりに感心してイシトは呟く。

 そうして、彼は念の為高い木に登り、そこから屋敷の様子を伺った。



 

 数分後。屋敷の内部にて。


「ほう? 儂のメイドになりたいと言うか。良き娘だな」


 屋敷の最上部にある私室にて。

 豪奢で広大な部屋に案内されたフローリカは、ランドス伯爵と面会を果たしていた。


「はい。街でお見かけしたんです。ランドス伯爵さま、とても素敵でした。わたし、以前から貴族さまの屋敷で働くことを夢見て……。それでそうしても働きたいんです」


 きらきらとした瞳を向けるフローリカ。


「どうかお願いします、貴方様のメイドにさせてください! このとおりです!」

「はっはっは!」


 ランドス伯爵は機嫌良さそうに自分の膝を叩いていく。


「なるほど、この儂に魅力を感じたと申すか! なかなかに見所のある娘だな!」

「はい! お褒め頂き、光栄です!」


「だが!」


 ランドス伯爵は突然大声を上げる。

 でっぷりと太った体、指輪だらけの手に、いかにも尊大そうな肥満貴族は、楽しげに笑った。


「儂は、他人からの『評判』というものを心得ている。見た目も強欲そう、体も肥満な悪名高い貴族。それが『儂』への評価と知っておる。そんな儂の所に、突然『あなたのメイドになりたいです!』と言われて、本気にすると思うかね?」

「え」


 フローリカは冷や汗をかき出した。


「……あの、それは、えっと……」

「はっはっは! ――この愚か者めが! 貴様が儂の財産を狙う者なのは紹介された時から察していたわ! よくもまあ、ぬけぬけと大嘘をついたものよ! おい、この小娘をひっ捕らえい!」

「「はっ!」」


 いつの間にか待機していたのか、出入り口の扉付近で待機していた屈強な体の兵士五人が、フローリカの腕を掴み上げた。


「え、ちょっと待って! また拘束!? ま、待って! 待ってはくしゃ――むぐぐ~~~~っ!?」


 【嘘泣き】スキルを発動させる間もなく、フローリカは縄で縛られ、さるぐつわを噛まされ、何も言えなくなったまま連れて行かれてしまう。

 ランドス伯爵が大笑を浮かべた。


「ふははは! 可憐な少女が縄で縛られさる様はじつにいい! ――第三牢獄に入れておけ! 後でたっぷりと可愛がってやろう!」

「もがが~~~~~~!?」


 騎士たちがフローリカを運んでいく。

 そうしてフローリカは伯爵家の地下の『牢獄』へ連れていかれた。



 

 一方、その頃。屋敷の外の木の上で見張っているイシトは。


「ふむ。伯爵の姿、窓から見えるかと思ったが、まるで見えないな。カーテンが邪魔だ」


 壮麗な模様のカーテンが屋敷のほぼ全ての窓を覆っている。彼の視界からは中の様子はまるで伺えない。


「まあしかし、俺の妹のことだ。きっと【嘘泣き】を成功させて、すぐ大金を貰って来るだろうな」


 ふふ、とイシトは上機嫌に笑い出す。

 まさか妹が見透かされて捕まって牢獄送りにされたことなど夢にも思わず、余裕そうにいつまでも呟いていた。



 

 そして三時間後。


「――え、遅くないか?」


 そろそろ太陽も上がり、街に活気が出てきた頃。

 高い木の上で暇を持て余していたイシトは堪えきれず呟いた。


「もうあれから三時間だぞ? 応接の準備があるにしても遅い。まさか伯爵、外に出かけている? だとしても遅くないか……?」


 朝から様子を見る限り、伯爵が出ていった様子はない。昨夜のうちに外出した可能性はないとは言い切れないが、あまり考えづらいだろう。


「ふむ……メイドをきつく躾るような貴族が真面目に公務を行うわけないか。屋敷にはいると思うからそのうち成功するだろう」


 他のメイドの躾でもしているのだろう、イシトはしばらく様子を見るため、待機を選択した。



 

 ――そして『三日後』。


「いくらなんでも遅すぎる! これは何かあったか!」


 あれからちっとも進展がない。さすがに事態の緊急さを察するイシト。


「あれからもう三日経った。すでに妹は伯爵と会っているはず。それでも戻ってないということは、つまり……」


 何かが理由で失敗したのだろう。


「くっ、抜かった。待っていろ妹よ、いま俺が助けに行く」


 イシトは木を降り屋敷の門へと走った。屋敷の障壁のわずかな窪みに手をかけると、壁の縁へと跳躍し、侵入する。



 

 ――その頃、地下の牢獄にて。

「ぜー、はーっ! ぜー、はーっ!」

「ぬぐ、おのれ! この小娘が!」「いつまでも抵抗しやがって!」


 開け放たれた牢獄の扉では床に伸びている何人もの兵士たち。

 牢獄の奥では目隠しして鎖に繋がれたフローリカが必死に蹴りで抵抗している。


「はあ……はあ……わたしに、手をかけることは、誰にも許さない!」

「おのれ! もう三日も抵抗を! いい加減、諦めて儂のものになったらどうだ!? 五十の兵士と日夜格闘しても倒れんのは立派だが、そろそろ限界だろう!」


 フローリカは牢獄に入れられるなり魔術の鎖で拘束されてしまった。

 魔術による目隠しで何も出来ない状態にされ、万事休す。

 しかし仮にも英雄の子孫、自由だった足を使い、兵士たちを片っ端から蹴り飛ばしていた。


「まさか三日三晩、何も食わず休まず抵抗し続けるとはな! 貴様さては『聖者の里』の出身だな?」

「ぜー、はーっ!」


 フローリカの額から汗が流れ落ちる。息も荒くなっている。衣服も汗で肌に張り付いて曲線があらわになっていた。


「だが無駄だ! さすがの英雄の子孫も疲弊の極みだろう! 儂のところに来たのが運の尽きだ! 大人しく儂のものとなるがいい!」

「ぜー、はーっ! ……断る! わたしは、抗う! わたしの純潔を奪っていいのは、兄さんだけだと固く誓っている!」

「ふはははは! 強がりを! 兄さんだけが純潔を奪っていいだと……純潔を……ん? 待て。いま兄だけがと言ったか? なん……それって近親そ……いや待て。英雄の子孫というのは、頭もどうかしているのか?」


 さすがに軽く引いた様子のランドス伯爵。

 だが、その欲望が潰えたわけではない。


「ふはは! ならば兄の前でお前を蹂躙するだけよ! 愛する兄の前で女としての悦びに目覚めるがいい!」


 フローリカは気丈に叫んだ。


「わたしはそんなものに屈しない! やれるものならやってみるがいい!」

「強がりを! ――おい、こいつの兄と思しき奴を連れてこい! おそらくこの屋敷の近くで見守っているはず。周囲で監視している者がいたら、この場に連れて儂の前に連れてこい!」

「「はっ! 仰せのままに!」」


 温存させていた予備十人の兵士たちが急ぎ、駆け出していく。

 それを見てランドス伯爵は歪な笑みを浮かべた。


「ふはは! お前の兄とやらの命運もここまでだ! ――予言しよう! お前の兄は、『五分』で捕まる! お前たちは仲良くここを出られるとは思うな!」



 

 ――そして、四時間後。


「駄目です伯爵! 兄と思しき者はいません! 屋敷の外を必死で探しましたが、影も形も見当たらず……」

「変装を疑い、魔術で看破も試しましたがどれも外れでした!」

「そんな馬鹿な!? 必ずいるはずだ、なんとしても探せ!」

「しかし……どこへ向かっても見当たらず……」


 兵士たちは疲弊したまま説明する。


「西も東も北も南も全て探しました! 後は空の上くらいです」

「これは……あれではないですか? すでに屋敷の内部に侵入していて、見つからないとか……」

「それか、衛兵に連絡して救助を待っている可能性も」


 ランドス伯爵はこめかみに筋を立てて怒鳴り散らす。


「ええい! 衛兵は儂が賄賂を送りつけたから言いなりだ! ここへは来ない! ――内部に侵入しているのなら……もう三日と七時間だぞ!? それだけの時間があって、儂のもとへたどり着けないなら……それは相当な馬鹿か、方向オンチだけだ!」

「ですよね……」

「確かに。いくらなんでもそんな馬鹿、いるわけがないですよね」

「その通り! ゆえに奴はきっと外にいる! 探せ! 探すのだ! 草の根分けても探し出せ!」

「「はっ、了解っ!」」


 まさかそんな馬鹿で方向オンチがいるとは思わず、彼らは徒労な時間を過ごしていった。



 

 ――過去に遡る。三日と七時間前。


「やばいな、迷った」


 広大な敷地と複雑な構造の屋敷の廊下で、イシトは迷子となっていた。


「そもそもこの屋敷広すぎる! 通路もややこしくて区別がつかん。戻ろうにも角を曲がりすぎて未知分からない。くっ、どうすればいい? 早くしないと妹が……っ」


 兵士たちは伯爵の命令で見張りを外れているため、誰もいない廊下。

 そこをうろつきながらイシトは困惑する。

 使用人が時々通り掛かるが、物陰に隠れてやり過ごしていた。


「だが諦めない。待っていろフローリカ、俺が必ずお前を救ってやるからな」


 


 ――伯爵の部下が捜索を再開して、三時間後。


「伯爵! いくらなんでももう無理ですよ! 探し尽くせる場所は全て探しました!」

「はあ……はあ……もう……どこにもいない……」

「蟻の一匹這い出る隙もないほど、探しましたよ!」

「馬鹿な……嘘だろ……?」


 精強の兵士たちも、さすがに疲弊して半泣きしながら訴える様子に、ランドス伯爵は狼狽する。


「これだけ探しても見つからないとは……馬鹿な……おい娘よ。お前の兄、本当に実在しているのか? まさか妄想の産物とか言わないだろうな?」

「そんなわけない! 兄さんはわたしを放っておかない! 今もわたしを探しているはず!」


 牢屋に入れられたまま、フローリカは気丈に言った。


「うーむ。では考えられるとしたら……そいつの兄はかなりの策略家で、儂らの疲弊を待っている可能性か?」

「え、伯爵……?」

「あえて儂たちに時間を与え、捜索に負担をいかけさせているのだ。そして、我らが疲弊したとき、奇襲するつもりなのかもしれん」


 兵士たちが思わず顔を引きつらせた。


「いや伯爵……それだけはないと思いますが」

「もう三日と十時間ですよ? あり得ないですよ」

「単純に、方向オンチなだけでは……?」

「むう」


 さすがに皆にそこまで言われると、伯爵としても自信がなくなってくる。


「そうかもしれんが……しかし、万が一、策略という可能性も」

「ないですよ」

「それだけはないです」

「いいや! 兄さんは凄い! いつだってわたしのために行動してくれるんだから!」

「……う、うむ。そうだな。――ほらみろ、娘の言う通りだ! こいつの兄はやって来る! 必ずな! さあ捜索せよ!」

「「(本当かなぁ……絶対迷ってるだけだと思うけどなぁ……)」」


 いい加減うんざりな兵士たちだったが、伯爵には逆らえない。

 彼らは、死んだ魚のような目つきで捜索を再開した。



 

 ――そして三時間後。


「伯爵……もう無理です……見つかりません……」

「どこを探してもいませんよ……もう精魂尽き果てました……」


 夜中の三時である。

 精強だった兵士たちが、ぐったりとして戻ってくる。もはや話すのも億劫なほど疲弊している。中には戻ってきてすぐぶっ倒れる者も。


「……さすがに儂も思ったぞ。これ、ひょっとして本当に迷子なのでは? もうそれしか考えられん。娘よ。お前の兄、ひょっとして馬鹿だろ。屋敷内で迷っているだけだろう?」

「そんなわけない! 兄さんは……必勝の隙を伺っている! 見くびらないで!」

「……いや、それならとっくに姿を現しているだろう。もう迷子、確定なのでは……?」


 さすがにこの時点でランドス伯爵すら疲弊して呟いている。

 もはや全て目算が誤っていたとわかる。目の前の娘の兄は方向オンチだ。そうだ、間違いない。

 兵士の一人が伯爵へ尋ねる。


「あの、伯爵……その娘どうします? 確か『女の悦びを教えてやる!』とか何とか言っていましたが……」

「もうそんな気も体力も失せたわ! 儂はもう寝る。何かあったら報告せよ」

「(えええ……ここで寝ずの番かよ……)」


 兵士たちはうんざりしたが、逆らうことは出来ない。じぶしぶ「了解」と伯爵の言う通りにした。

 ランドス伯爵は、眠気と疲れに苛まれながら、自分の寝室へと歩いていった。

 ――そして、一時間後。



「待たせたな、妹よ」



「遅いよ兄さん! どこで道草食ってたの兄さん!?」


 フローリカは現れた兄に悲鳴を上げた。


「魔窟たる迷宮の如き屋敷で、惑いの魔術にかけられてな」

「さすがのわたしでも嘘だと分かるよ! 格好良く言い訳しても遅いからね!? さすがのわたしでも悟ったよ、これ迷ってるパターンだ! でも伯爵たちの手前、信じてるフリするしかなかったの!」


 イシトは真面目に語った。


「何を知っているのだ妹よ。俺は策略家だ。こうして伯爵や兵士たちは疲労させ、救出出来る機会を作っていた。事実、お前はこうして無事に俺と会えただろう?」

「それは偶然だし! あと惑いの魔術云々って迷ってたって認めてるじゃん! わたし数時間もケダモノたちから身を守ったんだけど! いい加減、兄さん現れたら張り倒そうと思ってた!」

「それはマジすまん」


 イシトは気まずそうに目を逸らした。


「一応、お前に危害が及べば発動する護身魔術具は保たせていたのだが……まあこうして無事に会えたのだから良しとしよう。――【光輝剣】スキルの明かりで、夜中でもお前のいる牢屋を見つけられたからな」

「うわー、今さらだけど【光輝剣】スキル、微妙ー! 夜中に妹の姿を見つけるためだけとか! 微妙! 意味ねー! ……兄さん、それ、完全にハズレスキルだと思う」

「ち、違う!」


 イシトは狼狽えたが言い返す。


「こ、これは以外と便利なんだ。なぜなら牢屋は暗すぎて中の人間分からないだろう? だがこれを使えば問題なくお前を探しだせる」

「それはもういいよ! そんなことより早く鎖を壊してよ……。わたしもう、三日も何も食べてないんだよ。寝てないし、とても疲れた……」

「待っていろ。いま、俺がお前の鎖を、壊して……ん。壊して……?」

「あの……兄さん?」


 フローリカは、嫌な予感がして兄の顔を見た。

 こころなしか、イシトの顔が引きつっているような気がする。


「あの……何か、問題あったの?」

「まずいな。俺の【光輝剣】は、ただ明るい光が出せるだけのスキルだ。つまり、魔術の『鎖を壊せるほどの破壊力を持ってない』」

「え。……つまり、ということは……」


 かたかたと、徐々に大きく体を震わせていくフローリカ。


「わたし……この鎖を壊せるまで出られないの? 兄さんが、強い武器を探してここへ戻るまで、帰れないってこと?」

「そういうことになるな」

「……きゅう」


 疲労と絶望でフローリカは気を失った。

 それをかろうじて受け止め、イシトは呟いた。


「やばいな。屋敷で迷わずに、鎖を壊せる武器を探すだと……? 無理だろ。おそらく三日もあれば出来るだろうか……?」




 そしてその後――『五日後』。

 イシトは無事に武器を発見し、フローリカを戒めている鎖を破壊した。 


 そしてそのままフローリカ共々、ランドス伯爵の部屋へ直行。

 伯爵を【嘘泣き】スキルで陥落させた。狙い通り、多くの金銀財宝を得ることにも成功する。

 


 その後、フローリカとイシトは、数々の金持ちから、【嘘泣き】スキルで金品を貰い、その果てに皇帝の座に就くこととなる。

 それはまさしく伝説的な偉業であり、後世の歴史化が見れば驚くべきことだっが――しかしランドス伯爵への【嘘泣き】をした日。


『もう兄さんほんと馬鹿! もう兄さんの本当ばかぁぁ~~~~~!』


 その日だけは、嘘泣きどころか、『マジ泣き』をフローリカがしていた事を、多くの人は知らない。



******

あとがき


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


本作はこれまでと違う作風を書いたらどうなるか、という趣旨のもと書いてみました。

楽しんでもらえば嬉しいです。


もし「面白い!」、「楽しかった」と思って頂けましたら、下部の『評価』から☆をクリックお願い致します。


今後もまた別の作風の短編などを投稿していこうと思っております。

最後に、本作を読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

 

                                           

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【嘘泣き】スキルで成り上がり サナギ雄也 @sanagi_yuuya

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