閃光
七々瀬霖雨
閃光
恋をした。
鮮やかに光る花火のような、光のほとばしる恋を。
その人は私を見て、ゆっくりと口を開いたんだ。
「君に会ったことが、ある」
「私に会ったって、どこで?」
「憶えてないなら、それでいい」
「でもさ、君、泣いてるよ?」
私が言った途端、彼は顎から滴る涙を慌てて拭ったんだっけ。
彼は苺が好きで、特に酸っぱいのが好きだから、私も付き合って酸っぱいのばかり食べた。私の本音は甘党だけど、どっちにしろ私の方こそ一目惚れだったんだから仕方ない。
けど、一度彼がパフェを買ってくれたことがあったっけ。思いっきり甘いの。もしかしたら彼の手作りだったかもな。彼、ああ見えて料理上手なんだ。
パフェには苺チョコで出来た鳥が乗っていた。どうも人見知りな私に、って、すごく嬉しかった。唯一酸っぱいのは苺ソースくらいだったし。
「嬉しい、ありがとう」
パフェを挟んで向かいに座った彼はにこりと笑った。
「どういたしまして。君が言えば、いつでもまた作るよ」
思い出してまた嬉しくなるけど、どうにも少しだけ胸がきゅんと切なくなる。これだけ好きだって話をしてるけど、実はまだ、私は気持ちを伝えてすらいないのだ。
閃光は、瞬くあいまに消えていく。
それが怖くて、私は何も言えないままなんだ。
会ったことがあってもなくても、既に大切なのは君だけなのに。
好きでも好きじゃなくても同じ。ただまっすぐに、私は彼の影を追いかけている。
あるとき、彼が泣いていたのを見たことがあった。
一瞬またたく閃光よりも弱々しく、暗闇の中で、ひとり静かに泣いていた。
何があったのか聞きたくて、訊けなくて、気休めだって言えないのが不甲斐なくて、逃げ出してしまった。
それも全部自分を否定してるみたいで、苦しくて苦しくて仕方なかった。
私には何もない。一つ言うなら、貴方と違って甘党なだけで、本当に言うなら私には貴方のとなりにいる資格もない。
だけど実際、みんなそんなものなんだろうな。実態のない資格に振り回されて、迷いに、迷ってしまう。
だから……、そうだな、私は逃げ道の途中で、たった今逃げてきた彼に会いたいと願ってしまったんだ。
今私は日暮れ時の中、駅の待合室に座っている。
もちろん、彼を待っている。ホームの上のガラスの中で。
外はあまりにも綺麗なオレンジ色に染められていて、一人ぼっちの私はどうも淋しくなってしまう。
誰もいない静かなホームに、電車の到着を告げるアナウンスが響き渡った。直後、夕陽を窓に反射させた電車がなめらかに入ってくる。あんまり綺麗だから、私は暫くガラスに張り付いてその様子を眺めていた。
と、待合室に靴音が響く。アナウンスとは違う、優しい音で、私の前に歩いてくる。
振り返ると、彼は私の前にしゃがみこんだ。
「お誕生日、おめでとう」
彼はそう言って、ふわりと笑った。
今日は私の誕生日。
そうか、……こんなに嬉しいのか。
私も笑い返した。実は、こんなにも私を喜ばせてくれる彼に、私もささやかなプレゼントを持ってきているんだ。
それは酸っぱい苺。あんまり得意じゃないけど、貴方にだけしてあげたいこと。
あのね。
「好き」
彼が目を見開いた。大好きな人。なんだってできるような力をくれる人。私は彼を全部は知らないからこそ言えるんだ。――この一言を。
「一緒に逃げない?」
彼は笑う。そして、答えるように、私に手を差し出してくれた。その手をとって立ち上がり、そのまま待合室を出て、来た電車に飛び乗った。
やっぱりこれは閃光だ。
閃くようにめくるめく光の中へ私を連れて行く。
もとに戻る方法なんて知らないから、今はただ、大好きな人のそばで寄り添っていようと思う。
「どこへ行こうか」
「どこまでだって」
もう二度と、貴方をひとりで泣かせることなんてないように。
閃光 七々瀬霖雨 @tamayura-murasaki-0310
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