第25話

 昼頃。

 ランはしゃがんで、寝転がっているゴンベエの喉元を撫でながら、センリのことを考えていた。


 三人と一緒にアマノガワを見た翌日の朝から、センリは張り詰めた空気を一掃していて、いつも通り振る舞うようになった。


 悩みが吹っ切れたようで、安心したが。


(なんだ…この胸騒ぎは…)


 センリを見てざわざわする胸。


 それが気持ち悪かった。


 喉を鳴らし、気持ち良さそうに目を閉じるゴンベエに、ランは思わず口出す。


「おまえ…そういうのは、無縁そうでいいな」


 ゴンベエは、目を開き、普段は隠せている牙と歯茎を見せた。


「そんなことないって?」


 低く、喉を鳴らせる。


「悪かったよ。ごめん」


 そう言うと、口を戻して再び目を閉じて、気持ち良さそうに喉声を鳴らした。


「おまえって、賢いな」


 そう言ってやると、当たり前だろ、と言っているように尻尾をパタパタと、地面に二回叩く。


「賢いな、ホント」

「ラン。此処にいたか」


 振り向くと、そこにはシオンが居た。


 シオンはランとゴンベエを交互に見やり、腕を組む。


「随分、懐かれているな」


「少し下に見られていると、思うけどな」


 すると、ゴンベエが擦り寄る。そして、膝の上に頭を乗せてきた。


「…ゴンベエ、そんなことはなくはない、と言っているぞ」


「そうじゃないか…」


 なんて捻くれた奴だ。


「そういえばそろそろ時間だな。ゴンベエ、頭退けてくれ」


 ゴロゴロ、と名残惜しそうに、離れるゴンベエに少し罪悪感を覚えながらも、ランは立ち上がってシオンに向き直る。


「行くか。ドラゴンを探しに」


 昨晩、最近姿を現さないドラゴンを探しに行くことにしたのだ。


 ハカセの言葉を信じるにしても、静かすぎる。


 相手の動向を探る必要があった。


「あぁ、その事なんだが」

「…?」


「ドラゴンが現れた。山に止まっている」


 ランは愕然とした。

 そんな、「飯が出来た」と報せるように言われて。


「それを早く言ええぇぇぇぇぇ!!」


 自分でも普段は怒鳴らないと思うのに、この時は怒号を散らした。







「あ、来た」


 ショウテンガイの端のテンポの二階。


 ハカセとセンリを除いた三人は、もう既にいた。


 高い位置に付けられた窓の下に、瓦礫を積み重ねた即敵の踏み台の上に、アオイが立っていて外を覗き込んでいた。


 アオイは二人が来ると、そこから降りて、二人に顎を引いて見るようにと促す。


 高いので、シオンに脇を掴んで持ち上げてもらい、窓の外を凝視する。


 遺跡群の端よりも、離れた山々の頂上に、その姿があった。


「飛び立つ気配もない、か」


「これじゃ、外も容易に行けないねぇ」


「だが、都合が良い。探す手間が省けた」


「今のうちに見張り役と、ドラゴンが飛び立ったら追いかける役に分けよう」


「そうね…役割はどうする?」


 ランは一人一人を見渡して、考える。


 見張り役は忍耐を問われる。


 アオイとダイスケはじっとしていられないタイプで、ユリは体力がない。シオンは忍耐が強い。


 見張りは二人で十分だが、ソウかダイチに乗るということになると、追いかけ役は三人だと多いし、それにあまり多く人数で行くと、ドラゴンにバレる恐れもある。それに、もしもの時の為に、犠牲は少ない方がいい。


 それに見張りの窓はシオンかアオイでなければ届かない。だが、馬を操れるのは、二人だけだ。


 馬を使った方が、楽になる。


「…見張り役をシオンとおれ、追いかけ役はアオイとダイスケ。ユリは見張り役と、ハカセたちの世話を兼用する。これでどうだ?」


「その間、オレたちはどうするんだよ」


「いつでも出撃できるよう、準備をしてくれ。それが出来たら、下の階か隣のテンポで待機してくれ」


「分かったよ。それでいこう」


「皆もそれでいいか?」


 反論する者はいなかった。


「よし、それで行こう」


「よし! アタシらは、ダイチの体調を確かめに行くか!」


「おう!」


「あたしも行く!」


「じゃ、ここは頼んだよ」


 突き破れた壁の間を通り、隣のテンポへ移動しそこから下に降りていく三人を見送って、ランはその辺にあった椅子の強度を確かめて腰を下ろす。


「シオン、悪い。ずっと見張らせることになって」


「いいさ。その分、ドラゴンが動いた時は、連絡役よろしくな」


「もちろん、そのつもりだ」


 この時、ランは先程の胸騒ぎの事を忘れていた。


 そして、思い出すのは、案外すぐのことだった。








「ダイチの体調管理もばっちりだね! 後は水と…念のために合羽持っていこうか」


 動物達に少し早い夕食を食べさせ、三人は一息ついた所だった。


「食料はどうする?」


「そうだねぇ…一応、お願いするよ」


「わかったわ! じゃあ、携帯用に包んでくるから待ってて!」


 くるりと方向転換してテンポの中に入り、食糧を保管している棚に向かっていると、地下からセンリが現れた。


「あら、センリ。どうかした?」


「ちょっと…いつもより、ご飯早いけど、どうかしたの?」


 目敏く、三頭が夕食を食べているのに気が付き、センリは首を傾げる。


「すぐ近くの山にドラゴン止まってね、それで準備中なの」


「?」


「最近、ドラゴン見ていなかったから、動向を探るために、見張りをつけることになったのよ。で、ドラゴンが動いたら、追いかけ役が出動する。そういう感じ」


「…ランとシオンが見張り役…?」


「えぇ。ダイスケとアオイが追いかけ役で、あたしはハカセたちの世話を頼まれたの」


「そうなんだ…」


 センリは少しだけ元気のない声音で、そう返す。


「それはそうと、もう一週間だけど、カクセイキ、修理できたかしら?」


「今日中には、完成って、言っていたよ…」


「そう…作戦、上手く行けばいいけど」


 センリから目を逸らし、センリの下にある入り口に覗き込むように見る。

 だから、気付かなかった。


 センリが俯き、翳りのある表情をしていたことに。


「…ランはどこ?」


「向かって右の一番端っこのテンポの二階よ。向かって左側のね」


「ありがとう…ランの所に行ってくる」


「入るには、隣のテンポから行ってね」


「わかった」


 センリは出入口の方に歩み、ユリは食料棚に再び向かう。

 そして、擦れ違い様に。


「ユリ」


 呼び止められて、ユリは顧みる。

 センリは背を向けたままだった。


「なにかしら?」


「……ううん。やっぱりなんでもない」


「…? そう?」


 センリはそのまま、テンポを出て行く。


 ユリはその背中をただ、不思議そうに眺めていた。





 空は紅色から藍色の服へと変えようとしていた。

 シオンとランはずっと閉じ籠っていたのだが。


「…全く動かないな」


「今日は、そこに寝泊まるつもりか…?」


「なんか変だな」


「変?」


 ランはシオンに目を向ける。


「奴は大体、太陽が真上より少し傾いた時からあそこにいる。こんな長くいた事なんてないし、あそこはいつも奴が止まる場所ではない」


 たしかに。こんな長く、一つの場所に留まるのは初めてだ。


「ここにおれたちがいるのが、バレて…それはないか。だったら、あちこち探し回っているな」


「もしかしたら…」


 シオンは腕を組む。視線は、ドラゴンから離さず、口にする。


「ハカセが言った通り、待っているのかもな。自分の運命の分岐点とやらを」


 その時、隣のテンポから、足音が聞こえてきた。


「ドラゴン、まだ動いてないの? ダイスケが煩いんだけど」


 苛立ちを隠さず、ユリが入ってきた。


「おれたちに言われても…」


「だって、本当にうるさ…あら?」


 ユリから苛立った表情が消え、怪訝そうにキョロキョロと辺りを見渡す。


「センリは?」


「センリ? センリがどうかしたか?」


「センリ、ここに行くって言ってたんだけど…」


「? センリ、来てないよな?」


「あぁ。あれ以降、ここに入ってきたのはお前だけだ」


 途端、三人の顔が青褪める。

 まさか。


「センリに、何かあったのかしら!?」


「ドラゴンの監視は後回しだ! どうせチャンスはまた来る!」


「分かった!」


「ユリ! 二人にも声を掛けてくれ! 皆でセンリを探すぞ!」


「了解よ!」


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