第24話
翌日の夜。
帰還した三人と残った二人は、とあるテンポで今日の事を報告し合った。
「鐘の音はけっこう響いていた。雨だというのに、よく聞こえていた」
「雨じゃなかったら、もっと響くわね!」
「そっちは?」
「大きい鐘は、一つしかなかったよ」
「充分じゃない? 鐘って戦争の時に使われたから、価値は高いってハカセ言っていたし」
戦争に使う兵器で、材料が不足し、鐘や自転車といったものを回収されたらしいので、現存するそれらは残っていないのだ。
「それもそうだけどね…」
「ハカセがカクセイキを直してくれたら、いいんだが…」
「それまでに作戦を練り直して、より効果的な方法を探らなくちゃね。ねぇ、シオン」
アオイがシオンを呼ぶが、シオンは顎に手を添え、何やら考え込んでいた。
「シオン、どうしたんだい?」
「あぁ…最近、ドラゴンを見ていないな、と思ってな」
「たしかに…アタシたちが遭遇した後から、見ていないねぇ」
「巣にじっといるとか、どっかで倒れていたりとか?」
「やっぱ、どっかに行ったんじゃねぇの?」
「おるよ。奴は確実に」
そこで、ハカセがひょこっと姿を現し、テンポに入って行く。
「珍しいね。研究室に籠っていないなんて」
「わしだって、たまには外の空気吸いたいわい」
「ハカセ。その確信は何処から来るんだ?」
彼女は前にかかった白い髪を耳に引っ掻けて、片方の肩を柱に凭れかかせた。
「待っているんじゃよ。奴は」
「待っているって…なにを?」
凭れかかった肩を回転させ、両肩とも柱につかせ、外の上を見やる。
そこには、テンポがあるだけだが、ハカセはその向こうにある夜空を見ているようだった。
「己の運命の分岐点を、待っておるのじゃよ」
「分岐点…?」
それは、どういうことなのか。
ハカセは目を閉じて、薄く笑った。
どうして、笑うのだろうか。
「今日はもう遅い。早く寝るんじゃ」
肩を起き上がらせると、ハカセは背を向けたまま、ひらひらと手を振り去って行った。
「…何しに来たんだろうなぁ、あれ」
「息抜きだろ、多分」
「まぁ、ハカセの言う通り、今日は遅い。もう寝ようか」
アオイの言葉にぞろぞろと、テンポから出て行き、寝室へ向かおうとしT。
「そういえば、センリは?」
「さっき、ハカセと一緒にいなかったし…まさか一人でいるんじゃ…」
「おれ、探しに行ってくる」
「お願い! あたし、あっちを探すから!」
ランは頷き、ユリとは正反対のほうへ駆け出す。
しばらくして、思いの外すぐに見つかった。
センリは、初めてショウテンガイに入った時の強大な出入口の前にいた。
座って、星の散る夜空を眺めている。
ランはゆっくりと歩み寄り、センリの背後に近付く。
すると彼女は振り向かずに。
「ラン」
と、背後にいる人物を言い当てた。
ランは少し目を見開く。
「よく分かったな」
「黙って近付く人、ランとシオンとハカセだから」
たしかに、他の三人は話しかけながら来る。
「それでも、よく分かったな」
三人に絞られたというだけで、まだ自分だと断定されていない。
センリは振り向かないまま、返事をする。
「ランだったらいいなって、思ったから」
「そ、そうか」
それはそれで、気恥ずかしい。
「それはそうと、そこにいたらドラゴンに見つかるぞ」
「大丈夫だよ。来ないから」
「なんで?」
「大丈夫だから」
「…」
センリにしろ、ハカセにしろ、何処からそんな自信があるのだろうか。
訊きたい所だが、ハカセははぐらし、センリは沈黙するだろうから、訊かないでおく。
「ランも座って見る? きれいだよ」
センリを探しにここにきて、本当は連れて行かなければならないのだが、たまにはいいだろう。
ランはセンリの左横に、腰を下ろし、同じように星空を見上げる。
夜空には星の大河が流れていた。その周りの星々はまるで草や石のように見える。沢山の星たちが長くて幅の広い川を紡ぎ織りなすそれは、とても綺麗だった。
夜空の川岸だ。
「ハカセが言っていた。あれ、『天の川』っていうんだって。今しか見られないって」
「へぇ…アマノガワ、か」
しばらく、二人でアマノガワを眺める。
どれくらい時が経った頃か、センリがふと、口紡ぐ。
「ラン。ランはドラゴンの事をどう思ってる?」
あまりにも突然の質問に、ランは思わずセンリの横顔に視線を落とす。
センリは、ランに目を向かず、ただアマノガワを眺めながら、もう一度紡ぐ。
「ダイスケから聞いた。ラン、ドラゴンに両親を殺されたって…でも、前に可哀想って言っていたから…」
「両親が死んだときは、覚えていないし、客観的にそう思ったからな」
「うそ」
即答だった。
やや、強い口調で続けて募る。
「ほんとうは、覚えている。殺された時のことを」
ランは驚愕して、一瞬言葉が無くなった。
しばらく、センリを凝視して、おそるおそる口を開く。
「どうして…」
その声は心なしか、震えているように聞こえた。
「分かったんだ…?」
ダイスケにもユリにも言っていない。
自分の胸の内だけに、閉まっていたことなのに。
「わかるよ。なんとなくだけど」
「…おまえってすごいな…」
参った、と言わんばかりにランは手を挙げる。
「たしかに、覚えている。父さんがまだ小さかった俺とダイスケ、それからばあさんを、小さい洞窟に入れて、囮になってくれた時のことを」
「……」
「ばあさんは、おれとダイスケの目を手で隠そうと見えないようにしていたけど、指の隙間から見えていたよ。父さんと母さんが、ドラゴンの炎に襲われて、一瞬で消えたのを」
本当に一瞬だった。
祖母が力強く自分たちを抱きしめるから、息苦しくてもぞもぞとしていたら、見えてしまったのだ。
走る両親。そこにドラゴンの火柱が通り、両親がそれに包まれた瞬間を。
「何も残っていなかったよ。骨も残っていなかった。ただ、どちらのものか分からない消し炭が残っただけだった」
でも、それすらもすぐにドラゴンが作った風で吹き飛ばされた。
「けど、だからと言って、ドラゴンを恨んだことはない。これが本音だ。ただ」
「…?」
「ばあさんは、そうじゃなかっただろうなって思う。ドラゴンに恨み言を言った事なかったけど、憎んでいたと思う」
何せ、目の前で家族を殺されたんだ。
その気持ちは良く分かる。
「でももし、ユリやダイスケ…センリ達がドラゴンに殺されたら」
もし、そのような事があったら。
「おれはドラゴンを憎むし、許さない」
それは断定した言い方だった。
その答えにセンリは、一瞬顔を歪めたが、すぐに元の表情に戻した。
と、そこへ。
「あ、いた!」
ダイスケの大声が響く。
「ちょ、馬鹿! 大声だしてどうするのよ!」
「あ、しまった」
その後にユリの声が聞こえ、二人は顔を振り向かせた。
二人と目を合わせると、何故か二人は気まずそうに笑みを引き攣る。
「シオンとアオイは?」
「え、あ、あぁ! 二人とも、先に寝るって!」
「そうか…二人もこっちに来るか?」
「え!? あ、いや、オレたちは」
「みんなで一緒に見たら、楽しいよ」
「あー…わかった」
もう、どうにもなれや、というオーラを漂わせながら、二人はこっちに歩くが、空を見て雰囲気は一変する。
「うわ、すごい! きれい!」
「おぉ! 空に川が流れている!」
そういえば、夏の夜に家から出たことなかったな、と二人の反応を見て、思い出す。
こういうのを見ていると、二人は本当に似たもの同士だな、と思う。
「ちょっと、ラン。今、失礼な事思わなかった?」
「てか、絶対に思っただろ」
「…思っていない」
こういう所もそうである。
しばらく二人はじと目で、ランを睨めつけ、ランは視線を逸らした。
そこにセンリが横入りする。
「ねぇ、みんなは、おとうさんとおかあさんがいなくて、寂しい?」
三人は目を白黒させ、センリを見やる。星の光で照らされた、白い肌は眩しい。
センリの目はとても穏やかそうだった。
「わたし、おとうさんもおかあさんもいないから、分からない。寂しい?」
その問う声と表情からは、センリの考えていることが読めない。
「もしも、おとうさんやおかあさん…人がたくさんいたら、嬉しい?」
センリは更に言う。
「わたし、おとうさんとおかあさんいないから、わからない」
三人はうーんと考え始めた。
最初に返答したのは、ラン。
「あまり…もしもという話は好きじゃないが…でも、遺跡群を見ると、物悲しくはなるな」
続けて、ユリ。
「お父さんとお母さんがいてくれたら…たしかに嬉しいかな」
最後にダイスケが、声高らかに言う。
「楽しそうだよな! たらふく美味いもん食えて、好きなだけ寝てもいいし、一日中ボーっとしたって死なない…最高だな!」
三人の応えに、センリは笑って、そうか、と返事する。
「それがなんだ?」
「うーん…なんとなく、かな?」
「なんじゃそりゃ」
素っ頓狂な声を出して、ダイスケはわざとらしい溜息をつかせた。
「それにセンリは、親がいない、じゃなくて、いるかも、だろ?」
「…うん。そうだね」
センリは、少し影のある笑みを浮かべ、そう答えた。
「さぁて! 明日からまた頑張るわよ!」
「人類の栄光を再び!」
「ダイスケ…その言葉、似合わないわ」
「なんだとぉ!」
「まぁまぁ」
二人の口げんかを諌めるその後ろで、センリは切なそうな表情で俯く。
「わたしには…親、いないよ」
その言葉は夜風によって、掻き消される。
「センリ? 行くぞ」
ランの呼び声に、それを引っ込めて代わりに笑みを張り付けて、センリはラン達の後を追った。
そう、いない。
センリには、親がいないのだ。
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