第23話
「そういえば、センリの様子、変じゃねぇか?」
ハカセから、鱗について聞かされて、二日後。
その日は、早朝から雨が降っていた。小雨というわけでもなく、滝のようなでもなく、ごく普通の雨だった。
ダイスケ、ユリ、シオンはドラゴンの体力を減らすべく、朝早く行動を開始していた。
ランが言っていた、鐘を鳴らすために、隣の遺跡群に続く古道を歩く。
その道中で、呟いたダイスケの言葉に、呆れた、と言いながら、ユリは大仰な溜息をついた。
「今更? 前から変だったわよ」
「マジで?」
「マジよ。たく、鈍いんだから」
そう、ぷりぷりと怒りながら、差していた傘の柄をくるくると回す。ちなみにシオンとダイスケは、水色の合羽を着ていた。
「ユリに同感だ。鈍いぞ、お前」
「なんだよ! なら、ランは気付いているのかよ!」
「気付いていないわけないでしょ。ダイスケじゃあるまいし」
「なにをぉ!」
「まぁまぁ。それにしても、どうしたんだろうな、センリ」
最近のセンリは、何か思い詰めているみたいだった。
今までした事もなかった険しい顔をするし、話しかけても気付かない、名前を呼んでもだ。
「いや、話しかけても反応ないのは、前からだったと思うけど」
「六回」
「は?」
「今朝、センリを呼んで、気付くまでの回数よ。これ、異常じゃない?」
ていうか数えていたのかよ、という言葉を飲み込む。
「今までは二、三回で気付いていたのに、その倍よ? これは異常よ」
繰り返しそう言って、ユリは力説する。
「センリは何かを隠している。絶対に!」
「蜜柑の盗み食いとか?」
「それならすぐに分かるわよ。あの子、証拠隠すの下手だし。それに他の人に釣られてだったらするけど、自分からは盗み食いをしないわ」
「でも、アイツが隠している嘘ってなんだ? 追い詰めるくらいの嘘、アイツが持っているなんて思わねぇけど」
「嘘はついていないわ」
ユリがぴしゃり、と言い当てる。
「隠しているだけよ」
ただ、言わないだけだ。
「追い詰めるくらいってことは、分からないことがあるってことか? 今まで分からない事があれば、すぐに訊いてきたぜ?」
「そうね。きっと、分かっている事だから訊きに来ないんだわ」
「分かっている事? なんだそれ?」
「あたしに訊かないでよ。分かるはずないでしょ」
不機嫌そうに言葉を走らせるユリに、ダイスケは溜息をついた。
面白くないのだろう。センリが自分に隠し事をしているのが。
ユリはセンリの事を、妹みたいに可愛がっているから、余計に。
「なら、無理矢理訊くのか?」
「訊かない」
「なんでよ?」
「センリが言ってくれるまで、待ってあげるのよ」
なんて、上から目線。
シオンは上の空を仰ぐ。
視界は悪いが、ドラゴンはいないようだ。
だが、山に囲まれている場所。死角がたくさんある。何処からか、ひゅっと出るかもしれない。
「なぁ、シオンはどう思う?」
いきなり話しかけられ、シオンは呆気に取られた。
「どう思う、とは?」
「決まっているだろ! センリの事!」
あぁ、確かに考えてみれば分かる事か。
シオンはしばし考える素振りをして、ゆっくりと口を開く。
「お前たちと比べて、一緒にいた時期が長くないからな…あまり強く言えないが」
「が?」
「可笑しくなったのは、ドラゴンと接触した日から」
「それは分かっているわよ」
「追い詰めるような空気になったのは、姉さんたちが鱗を取りに行っていた間…ハカセとセンリが研究室の整理をした直後だな」
「言われてみれば…そうね…あ! もしかしてセンリ、ハカセに何か気に障るような事を言われたとか!?」
「気に障るようなこと?」
「例えば、つるぺただとか、ぼんやりしすぎとか!」
「いや、つるぺたなのは、おめぇの方じゃん」
ぴしっとユリの額に青筋が立てられる。
あ、やべ、と表情を引き攣らせ、ダイスケは一歩ずつ下がる。
が。
肩をガシッと掴まれ、逃げられなくなった。
あまりにも強い力に、悲痛の声を上げそうになったが、それを我慢してユリから視線を逸らす。
見ないでも分かっていた。
彼女は最上級の笑顔を浮かべているが、目が笑っていないことを。
「ダ、イ、ス、ケ~? 何て言ったかな? ん?」
「い、いやぁ…その…今日は天気がすこぶる悪くて、ユリの声がよく聞こえないなぁ、と」
「変ね? あたしが聞こえたのは、一七文字だった気がするんだけど~?」
「数えてたのかよ! あ」
「ダイスケ~!!」
まるで金剛力士像みたいな…いや、背後に召喚し、ユリはダイスケを片手で殴り始めた。
渇いた笑みを浮かべながら、シオンはあさっての方向に視線を向けていた。
「もう、ハカセめぇ! センリにそんなことを言って~!」
「だからって、オレに八つ当たりするなよ!」
「…」
何か、まだ確定もしてなければ、証拠も掴んでいないのに、ハカセに免罪が掛けられている。
別にハカセを弁解させる気もなく、とりあえず先に古道を進むことにした。
今日の目的は、鐘はどれだけ響くか確かめることだ。
無駄な時間を潰したくない。
そういえば。
シオンは再び、空を見上げる。
「最近、ドラゴンを見ていないんだが…本当にいるのか?」
「確かに、センリの様子がおかしいのは気付いている」
「何もしないのかい?」
「センリも悩むときくらいある。人間だしな。センリも隠したいみたいだし、しばらくは気付かない振りをする。けど」
「けど?」
「もし、見ていられないほど追い詰めているようだったら、無理にでも訊く」
一方その頃、ランとアオイは、本拠地のある遺跡群の中に鐘がないかを探していた。
食料は昨日、大量に収穫した。
今日一日くらい、してなくてもいいだろう。
かつては住宅街だったという、道を歩く。長い年月で凹んだ地面には、水溜りが溜まっていた、
二人はその途中、最近のセンリの事について話していた。
「なるほどねぇ。なぁ、ラン」
「なんだ?」
「アンタ、センリのことどう思っているんだい?」
「どうって…」
質問の意味が分からなかった。
センリは大事な仲間だ。
大事な…。
(…?)
大事な、なんだろう?
「その様子だと、自覚するのはまだまだだねぇ」
「自覚?」
「いや、こっちの話さ」
何故かにやにや笑うアオイに、半眼になりながらも、とりあえず無視することにした。
「なぁ、ラン」
「なんだ」
「他のやつ等とセンリへの気持ち、比べたことあるかい?」
「いきなり、なんだ?」
「ただの雑談さ。で、どうだい?」
「ないし、これからもしないと思う」
だって、命を比べることなんて出来ないから。
皆、ランにとっては大事な存在だから。
そこに差別なんてない。
「ラン、アンタ。その内後悔するかもよ?」
なんで、と言い掛けてランは言葉を飲み込む。
それは、アオイの目があまりにも真剣だったからだ。
「後悔するって…」
その視線にたじろぎながらも、なんとか絞り出して、訊く。
すると、アオイは目を細め笑ったかと思えば、そのままランの頭を撫で回した。
「な、なんだ」
「いやぁ。昔はね、こうやって弟の頭を撫で回したもんだなぁって」
「シオンの頭を?」
「あぁ。小さい頃はアタシの方が背高くてね、だから撫でていたもんだよ。今じゃ抜かれて、出来ないけどね」
ちらり、とアオイの目を見る。
その目は情景が浮かび上がっていて、少し寂しそうな色合いをしていた。
「ランって、ほんと、小さかった頃の弟に似ているからさ、ついつい構ってあげたくなってねぇ」
「つまり、おれは弟に見られていると」
「アンタだけじゃないさ。ダイスケに対してもそう思っているさ。あ、ユリとセンリは妹だ」
シオンと似ている。
そう言われたのは初めてだ。
だから、自分の事を少し違った目で見ている、ということか。
「だからね、少し説教染みた事を言っちゃうんだよね。でも、真面目な話。たしかに命は平等さ。けど、大事なものに差別付けるのは当り前さ。一応、大事な人たちを比べたらどうだい?」
ランは言われた通り、比べようとして。
すぐに止めた。
やっぱり分からなかった。
分かろうともしなかった。
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