第22話
中々起きない、シオンとダイスケをアオイとユリと一緒に起こし、寝ぼけている二人を引っ張り、研究室まで連れて行くと、ハカセは呆れた様子で溜息をつかせた。
「昨日も早く寝たというのに…本当、朝に弱い奴らじゃのう」
「シオンは、大人しかったからまだ良かったけど、ダイスケが暴れて大変だったのよ!」
シオンとダイスケは、朝にとても弱い。
朝になっても中々起きないし、放っておけば昼まで寝ていたりする。
シオンは無理矢理起こしても、ボーっとするだけで楽なのだが、ダイスケはそうはいかない。無理矢理起こすと、不機嫌最高潮で、暴れて蹴ったり殴ったりするのだ。一番厄介なのが、彼にその記憶がないということだ。
怒るにも、どうやって起こればいいか分からない。
だから最近は縄で縛り、被害が出さないようにしていたが、今回はすっかり忘れて、暴れてしまったのだ。
アオイがすぐ取り押さえてくれたので、被害は最小で治まったが、困ったものである。
「まだ二人は夢半分だのぅ…立った儘寝そうじゃ。この状態のまま説明して、また説明するのめんどいのじゃが」
「…後で、おれが説明する」
「かたじけないのう。さて、本題に入るか」
初めからそれが狙いだったのか、さっさっと話を進めようとするハカセに、ランは呆れ半分の目で見やった。
「さて、諸君。これを見てもらえるかのう」
そう言ってハカセが取り出したのは、紅色で染め上げている丸い物体だった。
厚みはそこそこある。その形は、魚の鱗と似ておりそれを大きくしたもののようだ。
それは橙色の光に浴びて、鈍く光る。
「ハカセ、それは?」
「三日前に、三人に取って来て貰った箱の中にあった物じゃ」
「それが…?」
「言った通り、これはわしの父が埋めたものなのじゃが…これが何なのか分かるかの?」
「形的には、鱗みたいだけど…」
「半分正解じゃ。センリ、これが何なのか分かるかの?」
ハカセに話を振られ、センリは眉根を顰めながら答えた。
「それ、ドラゴンの…鱗」
「そう、ドラゴンの鱗じゃ」
「ドラゴンの鱗!? それが!?」
左様、とハカセは頷きながら、しゃがんで床に鱗を床に置いた。
意味が分からない行動に、センリを除いた一同は胡乱げにハカセを見やる。
「この鱗、太陽光電気変換器と言ってな、太陽の光を電気に換えるという装置なのじゃが…分かりやすく言えば、ラン達が持ってきたランプと同じということじゃな」
「だが、違う点があるんだろ?」
「あぁ。この太陽光電気変換器…もう鱗でよいか。これにも『マウムル・ハンダ』が組み込まれておる」
「心を宿らせるって言っていたけど、その鱗にも使ったのかい? なんで?」
「それを今から証明する」
そして、何処から取り出したのか、ハンマーを取り出し。
「とう!」
振り下ろして、粉砕してしまった。
突然の事で言葉を失う。
一番最初に言葉が帰ってきたアオイが、ハカセに怒号した。
「ハカセ! 貴重な資料をこんなにしてしまって…!」
「まぁ、見とれ。ほら」
そうハカセが発した後、粉々に砕け散った欠片が淡い青の光を帯び始めた。
それは浮遊して、まるで親に集まって行くひよこのように集結して、固まる。その光は、まるで蛍のようだった。
そして光が治まったころ、鱗は何事のなかったかのように、修復されていた。
「これは…」
「ちゃんと見たかの。『マウムル・ハンダ』は機械に心を宿すだけじゃない。驚異的な再生能力を兼ね揃えているということじゃ」
「つまり、ドラゴンにいくら攻撃をしたって、再生されるから意味がない、ということか」
「だから古代人は、勝てなかったのじゃ。いくら平気で攻撃しても歯が立たんかったのは、この為じゃ」
「なら、どうやってドラゴンに対抗するのよ!? こうなれば、出る足もないじゃない!」
ユリの悲痛な叫びが研究室に響く。
ハカセは至って冷静で、まぁまぁ、と手を押して引く動作をする。
「おぬし、ドラゴンは弱点がないと思っておるのか? なら、とんだ勘違いじゃ」
「言っているようなもんでしょ」
「これこれ、早とちりをするんじゃない。ランよ、わしが言いたいことが分かるか?」
ランはこめかみに手をとんとんと刺す。
たしかに、兵器の攻撃では歯が立たない。それ以前にドラゴンに攻撃できる兵器がない。
それ以外、ドラゴンを攻めそうな所といえば。
「あぁ、なるほど。光か」
「そういうことじゃ」
「どういうことだい?」
「ドラゴンは、光を餌にする。つまり光がないと、ドラゴンは死ぬということだ」
低く掠めた声がした。
一同は、その声を発した主に振り返る。
「シオン、目が覚めていたのかい?」
「ついさっき。あぁ、頭はぼんやりとしていたが、耳には聞こえいたから、説明はいらん」
「…助かる」
後は一番厄介なダイスケである。
「たしかに、光がなかったらドラゴンは死ぬだろうけどね」
「けど、ドラゴンはいつも雨が降る前日にはここから離れるし…そんな都合よく、ドラゴンがずっと此処にいて夜みたいな状況…作れるわけがないでしょ」
「いる」
ハカセはやけに強い口調で、断言する。
「ドラゴンは必ず、この地に留まるはずじゃ」
「…なんで?」
「それは言えん。じゃが、わしの言葉を信じてほしい」
「それで納得できると思っている? あたしが納得する説明をしなさいよ!」
「…信じるとして、どうやって光を遮断させるんだ?」
「ラン!!」
「諦めろ、ユリ。こうなったら、ハカセは意地でも言わない」
ランに宥められて、少し大人しくなったが、その目は明らかに、不満と怒りを含んでいた。
「光を遮断させるのではない」
「?」
「自然を利用するんじゃ」
「自然?」
「雨じゃよ」
「…雨雲に、光を遮断してもらうってことかい」
「その通り」
「だが、雨雲の上には太陽がある。もし、雨雲の上に行かれたら…」
「問題はそこじゃな」
うーん、と一同は唸り声を上げ、頭を巡らせたが、ランだけがとあることを閃いていた。
「カネ…」
「金?」
「遺跡にあったカネ…あれを鳴らせば、ドラゴンを誘き寄せることが出来るんじゃないか?」
アオイとシオンと始めて会った際、合流場所として、使った遺跡。そこに、たしかカネがあったはず。
「あぁ、鐘のほうか。たしかにあれを鳴らせるのは人間だけじゃし音もよう響くから、ドラゴンもほいほい来るじゃろう。で、誘き寄せてどうするんじゃ?」
誘き寄せることなら、簡単だ。
だが、何の為に誘き寄せる?
まずはそこから、説明してもらわないと。
「ドラゴンはプログラムによって、人間を殺すことが最優先事項…そう言ったな?」
「最優先事項は言っておらぬが、まぁ正解じゃ。それが?」
「それを利用する」
ほう、とハカセの片方の口角が上がる。
で、どうするんじゃ、と続きを促され、ランは提案する。
「あの夜、餌である光がなくてフラフラしていようが、おれたちを襲った。つまり、自分の体の事さえも二の次で人間を襲う」
「そうじゃな」
「つまり、誘き寄せまくれば、上に行く暇もないし、これなら夜にでも決行できる」
「つまり…複数のグループに分かれる。各々ドラゴンを誘き寄せて、ドラゴンの体力を奪う作戦、ということじゃな」
「そうだ。ただ、鐘はおれが知っている中ではあそこだけだ…」
「大声を出せば良い」
「声だって限界がある」
「ちょっと、待っておれ…」
ハカセは部屋の隅にある残骸の山に行き、何かを掘り出そうとする。
やがて、とある同じ形をした機械を、取り出した。
「それは?」
「これは拡声器といってな。通常よりも数倍近くの大声が出せるという物じゃ」
「それを使えば!」
「そういうことじゃ。まぁ、壊れておるが、この程度の破損なら、パーツがあれば直せるじゃろう」
「パーツはあるのか?」
「そこら辺探したらあるんじゃないかのう…整理しとらんし、それを踏まえて、一週間はかかるじゃろうて」
「一週間か…それまで、こっちで話し合って作戦を直しておく。それから徐々にドラゴンの体力を減らしておく」
「くれぐれも無理はするんじゃないぞ。あぁ、それから、センリは此処に残っておくれ」
整理整頓するからのう、と言うハカセの言葉に複雑そうに頷き、センリはパタパタとハカセの許に駆け寄った。
「ではラン、ダイスケに説明、よろしく頼むぞ」
敬礼するハカセを見て、センリも真似してみた。
「…了解」
まだ半分寝たままのダイスケを引っ張り、四人は階段を登って行く、
完全に足音が消えた頃、ハカセは、さて、とセンリに向き直った。
「一週間の猶予が出来たぞ」
「?」
「まだ、迷っているんじゃろ?」
「!」
「一週間じゃ。その頃にちゃんと、どうするか決めなさい」
そう言って、ハカセはセンリに背中を向けた。
その背中をじっと、見つめ口を開く。
「ハカセ」
「ん?」
「前に気にしないって、言った」
「んあ? あぁ、確かに言ったのう」
「どうして?」
「わしは、若いもんが決めた事にとよかく言うつもりなない。行きたい道を行けばいい」
「行きたい、道…」
前に手を組んで、俯くセンリ。
「まぁ、でも」
ハカセはガサガサ、ゴトゴト、と物音を立てながら言い続ける。
「わしは気にせんけど、他の奴らが気にするじゃろうて」
センリは組んでいた手を、ギュッと握り締め、顔を歪める。
それを視界の隅で確認しながらも、ハカセはそれ以上何も言わなかった。
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