第20話
それから、四日後の夕暮れ。
ショウテンガイの前にて、ラン、ダイスケ、アオイの三人が無事、帰還した。
黒い箱と共に。
「もうホントによぉ! 夜中にドラゴンが出るから、コウソクドウロ使えないわ、古道も使えなくて、それだけでも時間掛かったというのに! 鳥居がある遺跡なんて沢山あって、たくさん掘りまくって、さらに時間がかかってよぉ!!」
「あぁ。ご苦労さん」
ダイスケの汗と苦労の話を、一言でバッサリ切って、例の物をランから受け取るハカセに、ダイスケは不満げに顔を歪ませた。
「ところでハカセ。その中には、何が入っているんだい?」
「まぁ、後で見せる。とりあえず、おかえり」
「おかえりなさい!」
「おかえり、なさい」
「おかえり」
「あぁ、ただいま」
「………おう」
「ただいま」
各々、挨拶を済ませると、センリはランの許に駆け寄った。
「ラン、ラン」
「ん? なんだ?」
「おかえりなさい」
「? た、ただいま?」
そう返すと、センリは背中に手を組み、腰を回しながら、へへへ、とはにかむ。
訝しげに首を傾げたが、まぁ可愛いので良いか、と流すことにした。
「さぁ、ドラゴンに見つかるまでに、移動するぞ」
ハカセの言葉に従い、一同は研究室に移動することにした。
「ソウもダイチもゴンベエも、元気そうで何よりだよ」
「姉さんたちの顔を見たら、さらに元気になった気がする」
そんな会話を挟みつつ、研究室に着くと、さて、とハカセは数歩先を歩いて、振り返った。
「改めて、ご苦労じゃったな。ラン、アオイ、ダイスケ」
「マジで大変だったぞ、あぁ!?」
「…さて、三人には御褒美として、いつもより食料を分け与えようかのう」
「許す!」
なんて単純で現金な奴じゃ、と心の中で呆れつつ、ハカセは一つ咳払いをする。
「さて、ご飯の前に報せたいことがある」
「報せたいこと?」
「ドラゴンが何者か、判明した」
一瞬で空気が張り詰めた空気に変わる。
「ドラゴンが何者か…?」
弱点でも習性でもなく、何者か…?
「この古代ファイルには、ドラゴンの生い立ちと、生まれてきた意味が書かれておった」
「生い立ちと、生まれてきた意味…」
「いいか、落ち着いて聞け」
いつもより、真摯な瞳をするハカセ。
一同は息を呑んで、頷く。ただ一人、センリは浮かない顔をして。
ハカセの口がゆっくりと開かれる。
「ドラゴンは、古代人によって開発された、人工生命体じゃ」
ランはその言葉を脳内で反芻した。
聞き覚えのない、単語だ。
「人工…せいめいたい…?」
「母体もなく、人によって造られた生き物のことじゃ」
ざわめきが起こる。
センリは黙したまま、それを見守る。
「ちょっと待てよ! 古代人は生き物も造れたってことか!?」
「完全に造れたわけじゃない。その時代、人工生命体は、まだ研究の段階で、古代人にとって人工生命体はロマンの詰まった夢だったのじゃ」
「じゃあ、ドラゴンは何なのよ。完全に造れなかったって言ったけど、ドラゴンは確かにいるのよ?」
「あぁ、ドラゴンはいる。だが、完全じゃない」
「?」
「考えてみぃ。どうして、古代人はあんなでかい人工生命体を作ったんじゃ? まだ、実際に成功したことないのに?」
たしかに。
そこは普通、小さいモノから作るはずだ。
「しかも、あんな炎の吐くわ、人間に牙を向けるような奴、普通は作らんじゃろう。あんな危険な奴、造る前から分かっていたはずなのに、造ったのじゃ。それを承知で、古代人は製造した。それは何故じゃ?」
シオンはこめかみに人差し指を添えながら、思考する。
たしかに、ドラゴンのような大きくて、危険なモノ、普通なら造ろうともしない。
そう、普通なら。
その普通じゃない状況が、その時代あったということで。
「!」
ランは、顔を上げて、目を瞠り、ハカセを凝視する。
心臓が冷たくなるのを感じる。
まさか、ドラゴンは。
「戦争の為に、造られた兵器だったというのか…?」
古代ファイルが発見した場所。
それは政府が極秘に造った研究所だという。
もし、そこで造られていたとなれば。
「正解」
ハカセは、きっぱりとした口調でそう告げた。
唖然とする一同を無視し、ハカセは言い続ける。
「ドラゴンは、第三次世界大戦の折、とある国が極秘開発された、人工生命体にして、最強最悪の秘密兵器じゃった。どうしても勝利し、世界の支配権を手にしたかったのじゃろうな。その国は、研究施設に無理な注文を押付けた」
「無理な注文…?」
「まだ、未開発である未知の技術で、安全性も保障されておらん技術だというのに、人工生命体の兵器を造る事を強制されたのじゃ」
ハカセは机に歩み寄り、古代ファイルのページを捲る。
「一部の研究員は反対したらしい。まだ、安全性が保障されていない技術を使うのは、大変危険だ。この実験は取り下げた方がいい、とな。じゃが、政府はそんなの知るかと言わんばかりに、反対した研究員を惨殺し、反逆因子を黙らせたという」
「ひどい…なんで、そんなことをしてまで…」
「先ほども言った通り、どうしても勝ちかったんじゃろうて。勝てば、各国を植民地に出来るからのう。前にも言ったが、当時の政府は屑の集まりだったという。戦争と未知の技術とやらを甘く見たんじゃろう」
「その技術の事については?」
「詳しい事は分からん。この古代ファイルには『機械に心を宿らせることが可能になる』と書かれているのじゃが、この技術の名前は『マウムル・ハンダ』と呼ばれていたみたいじゃ。内容は詳しく書かれていない。多分、他の資料に書かれてあったんじゃろうな」
「言いにくいねぇ」
「そう言われてものう。他の国の言葉じゃから、言いにくいのは当たり前じゃ」
他の国は言葉も文化も違ったらしいからのう、とハカセは頭を掻く。
「でも、戦争で使われたにしたって、どうしてあぁなるのよ! 聞いた話じゃ、戦場にいた人間全部、焼き殺したっていうじゃない」
「…ドラゴンは完成し、戦場で実用実験を行ったらしいのじゃが」
「失敗、したんだな」
ランの言葉に、ハカセは頷く。
「あまりにも、ドラゴンの力が強大だったのじゃ。研究員が、遠隔操作でドラゴンを制御していたらしいのじゃが、その制御装置が壊れて、ドラゴンが暴走したらしい」
「暴走…」
「敵を殲滅させる…そういうプログラムが組み込んだのじゃが、制御装置が破壊されたことにより、そのプログラムが狂って、置き換えられた」
一旦、ハカセの言葉が止まる。
その先は、誰でも想像できた。
「人類の殲滅。そう置き換えられたらしい」
元々、人を殺戮するために造られた兵器。
そして、その対象を敵から、人類へと塗り替えてしまわれたのだ。
「古代人…研究員はこの事で罪の意識を感じ、新しい制御装置を造ったり、ドラゴンに対抗するための兵器も造ったのじゃが…どれもダメじゃった」
「政府はどうしたのよ」
「政府は知らぬ顔をしたらしい。自分たちは知らん、研究員が勝手にやったことだ、とな」
「うわ、それ、マジありえねぇ…屑以上だな、そいつら」
嫌悪感丸出しで吐き捨てたダイスケの言葉に、一同は心の中で首肯した。
「真実か分からぬが、ドラゴンが古代人の遺産であることには、変わりないのう」
「たく、厄介なものを遺してくれたわね! 古代人は!」
「そうだそうだ! おかげでこっちは、迷惑しているんだぞ!」
ユリとダイスケが憤って、足をバタバタさせる。アオイも行動こそ移さなかったが、顔に「怒っている」と書かれていた。
その部屋の隅で、センリは壁に寄りかかり俯いている。
その中で、ランだけが考え込むように黙っていた。
それに気付いたシオンが、訊ねてくる。
「どうした? 何か引っかかる事でもあるのか?」
「いや…ただ」
「ただ?」
「ドラゴンが可哀想だな、と思って」
「可哀想?」
ランの言葉で弾かれたように、バッっとセンリは顔を上げた。
他の皆も一斉に、ランに視線を走らせる。
「可哀想って、ドラゴンがよ?」
「だってそうだろ? 人間に都合よく造られて、危険と分かったら、生みの親に殺されそうになって」
それが、人を殺すために造られたというのに。
自分たちまで及ぶとなると、ドラゴンは間違った生き物だと、とんでもないものを造ってしまったのだと、そう嘆いて、被害者のような振る舞いをする。
生みの親は、ドラゴンに恐れを抱き、破壊しようと躍起になった。
それをドラゴンは、どう思っていたのだろうか。
想像するだけで、心が苦しくなる。
「人間が無責任で罪を擦り付けただけで、ドラゴンが一番の被害者だと、俺は思う」
沈黙が流れる。
しばしの沈黙の後。それを破ったのは、アオイだった。
「確かに…ランの言う事も一理あるけどね」
「けど…可哀想でも、倒さなきゃ」
ユリはスカートをぎゅっと掴む。
「いつかは、楽にさせないといけないわ」
また、しばらく静寂が包む。
その中で、あぁもう! と、ダイスケが苛立ちを孕んだ大声を出しながら、頭を掻き毟った。
「難しい話は止めだ! それより飯! 色々と聞かされて、頭がパンクしようだし腹減った!」
子供のように駄々こねるダイスケに、そうだね、とアオイは笑う。
「頭がこんがらってきたしね! 一旦、落ち着くためにご飯を食べようじゃないか! 腹減っては戦はできぬっていうしね!」
さて、行った行った、とダイスケとユリの背中を押し、階段を登って行く。シオンとハカセがそれに続く。
ランもそれに続こうとしたら。
「ラン」
センリに呼び止められた。
ランはきょとん、としながらセンリに振り向いた。
「なんだ?」
センリは笑っていた。
とても、嬉しそうに。
「ラン、ありがとう」
覚えのないお礼を言われ、ますます呆然とするラン。
「あ、ごめん。何のお礼か分からないんだが」
「いいの、分からなくても。ご飯、食べに行こう?」
そう進言しながら、センリは上機嫌でランの手首を取って、階段を登る。
その手と背中を交互に見つめながら、ランは、まぁいっか、と考えるのを止めた。
考えたら、ダメなんだ、と言い聞かせた。
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