第18話
一方その頃。
シオンとユリは、ショウテンガイの近くにあった遺跡(かつては、すーぱーと呼んでいた建物らしい)で何か使えるものがないが、物色していた。
「大体、探したのだが…」
「あら? 見落とした物があるかもしれないわよ?」
背中に傘(ハカセに教えてもらった)を背負って、遺跡の中の瓦礫を乗り越えながら、奥に進んでいく。
その背中を見つめながら、シオンはユリに気付かれないように、溜息をついた。
あらかじめ、ショウテンガイを含め、周辺の遺跡の物色を終えていたのだ。
だが、ユリはそれでも納得していないようで、シオンは半ば強引に連れて来られたわけなのだが。
主にユリを見守るだけで、手伝っていない。
手伝え、とも言われていない。
ただ。
『手伝わなくてもいいわよ。ただ保険としてついてきて』
つまり、そういうことだ。
自分にしても、一人で行動されるよりかは、着いていったほうがいい。
それにしても。
シオンは思う。
(この子は、すごい行動力があるな…)
お転婆娘なのは、行動力がある子のこというものではないか、とシオンは考えている。
それだと、自分の姉もお転婆だが、この子はさらに上を行く。
(決定的な違いと言えば…)
姉は、自分からの報告ならそれを信用して、自分の目で確かめには行かない。
対するユリは、自分の報告を信じているが疑っていないとは言わず、自分の目で確かめないと納得しないタイプだ。そして、自分の目で隅々まで見て、納得する。そんな少女だ。
一緒にいた時間が短いのもあるかもしれないが、ユリの場合、ランとダイスケが言っても実際に見て確認しないと気が進まないようだから、おそらくそういうタイプなのだろう。
そんなユリは、自分の姉を尊敬しているようだ。
口には出さないが、姉の事を「アオイお姉さん」と他の人と呼び方が差別化して、呼んでいるし、アオイには多大な信用を寄せているみたいだ。
助けられた恩義からかもしれないが、姉のその男らしさに、惹かれているのかもしれない。
ハカセ曰く、『男性も言えたことだが、女性は男らしさに惹かれるものがある』という。
本能的に、ユリは姉に惹かれているかもしれないな、と推測する。
シオンはユリから目を離し、辺りに視線を走らす。
ユリだけではなく、周りの警戒も怠ってはならない。
いつ崩壊しても、おかしくないのだ。遺跡というものは。
「シオンってさぁ、あまりアオイお姉さんと、あまり似てないわよねぇ」
唐突に、ユリが口走ったことにシオンは目を瞬かせ、思わず再びユリの方に視線を走らせた。
ユリはこちらに背中を向けたまま、棚を物色している。
「確かにシオンは、アオイお姉さんと同じ、赤茶色の髪で目が青いし、見た目的には姉弟って感じだけど、中身がねぇ」
「まぁ、確かに似ていないな」
それはシオン自身、そしてアオイもそう思っていることだ。
見た目は似ている所もあるが、中身は似ていない。
だが、シオンはその事に関しては、気にしたことなんか一度もない。むしろそれは、当たり前だと思っている。
だって、そうだ。
自分は消極的で、姉は積極的。
自分は物静かで、姉は活発。
そして。
自分は運動があまり得意ではなく、姉は運動が得意で。
自分は頭が良いが、姉は頭が良いとは言えない。
性格的にも、能力的にも。
真逆であれば、その分だけ補える。
だから、ある意味似ていない方がいいかもしれない。
補える分だけ、得しているように思っている。
「どちらかといえば…シオンはね、ランと兄弟って言った方が、しっくりくるわ」
「ランと?」
「だって、喋り方も考え方も雰囲気も、ランと似ているもの」
「…そうか?」
確かに、ランとはよく意見が合っているが、似ているだろうか。
「そうよ」
ゆりはぴしゃりと言いつける。
「すごく似ている」
「そんなにか…?」
「えぇ。今でも」
「?」
「私の背中を見守って、周りに警戒しているもの」
シオンは驚く。
後ろを向いていたというのに、己が警戒していた事を気付いたのかと。
「ランもそうよ。あたしって、一つの事に集中すると、周りが見えなくなるんだけどね。だから、ランが私の分も一緒に、周りを見張ってくれるの。何も言わないでね。だから、安心するの」
「…俺を連れてきたのは、俺もそうすると、思ったからか?」
「実際にそうでしょう? さっきもそうしたし」
「なんで分かったんだ?」
「ん~? なんとなく、かしら。なんか、ランと同じ気配がするから。まぁ、直感、かしら」
「なるほどな…」
シオンはそれだけ言って、沈黙する。
ユリは気にした風でもなく、次々と棚や瓦礫の下などを確認していった。
それから、しばらく経った頃。
「そういえば…」
沈黙していたシオンが、不意に口を開いた。
ユリは一旦、手を止めて、シオンのほうに顧みる。
「なにかしら?」
「ドラゴン退治に名乗りを挙げた時、どうして挙げたんだ?」
「だって、誰かがやらなきゃいけないんでしょ? そういうのって」
「普通は、ダイスケのような反応をすると思うが…もしかして、ドラゴンに何か恨みがあるのか?」
「あるわね。襲われた恨みが」
「むしろ怯えて、もう遭遇したくないと思いそうなのだが」
「やられたら、やり返す! それがあたしの流儀よ」
「そうか…」
シオンはそう一言だけ言った。
姉も以前、そう公言していたのを思い出し、あらぬ方向を見やる。
先程の言葉を返すのなら、ユリは姉さんの妹みたいだ。しかも、手のかかる姉妹。
「それに、ドラゴンに恨みがあるのは、多分だけどランじゃないかしら?」
「なんでだ?」
そういう素振りは見せていなかったが。
「ランはね、両親をドラゴンに殺されたらしいの。目の前でね」
シオンは目を剥く。
さらにユリは続けて言った。
「ランのおばあちゃんから、聞いた話なんだけどね。ランは覚えていないって言ったけど。でもね、おばあちゃんも、その場にいたって聞いたから、おばあちゃんの無念とかそういうのを晴らしたいと思っているかもしれないわ」
自分の子供を目の前で殺された、恨み、悲しみ。
ユリには分からないが、予想はつく。
きっと身を引き裂かれるような、痛みだったのだろう。
自分も身内が死んだから、分かる。
あの痛みは、耐えられるものでも、癒されるものでもない。
ずっと、自分の心を苛み、いとも簡単に大であれ章であれ、傷を付けて、血を流していくのだ。
そして、心に穴が空き、到底埋められるものではない。
一人になって、しばらくは何もする気も起らなかった。
出来れば、もう体験したくない痛みだ。
(でも、おばあちゃんは、それを何回も体験しているのよね…)
自分の両親。夫。そして、子供夫婦。おばあちゃんは、沢山の大切な人たちを失った。
『子供よりも長生きするなんて、なーんにもありゃせん』
いつの日か、悲哀と悲痛を混じり合わせた声でそう言っていたのを思い出す。
ランがいない時だ。
ランがいる時は、弱気を吐かなかったが、ランが居ない時は弱気を吐いていたおばあちゃん。
その弱気な発言は、いつも…先立たれた子供夫婦のことだった。
『親の事や夫の事は、別にいいんだよ。子よりも親が死ぬのは仕方ないことだし、妻が夫に先立たれるのは、いつの時代も同じさ。男は女を置いてささっと往ってしまうものさ』
でもねぇ。
『子供が先に死んじまうこと…これは、耐えられるものじゃないよ…自分の方が先に死ぬ不安と安心、信用があるから、余計にね…早く死にたいよ、ほんと』
ユリは血が繋がらなくても、おばあちゃんが好きだった。
だから、死んでほしくなかった。
けど、何も言えなかった。
死を心の底から望んでいる、おばあちゃんに、生きて、と言うのは、すごい酷なことだと思ったからだ。
そして、一年前におばあちゃんが死んだ。
望んでいた死が訪れた、おばあちゃんの死に顔はとても穏やかだった。
悲しかったけど、これでおばあちゃんは楽になったんだと、安心したのを今でも覚えている。
(最低だな、あたし…)
望んでいなかったのに、心の中では望んでいたんだなんて。おばあちゃんの死を。
皺くちゃの手が、自分の頭を撫でるが大好きだった。
大きく笑う、枯れて暖かみのある声が大好きだった。
それなのに。
「別に身内が殺されたからじゃ、ないんだな」
ユリは思考の淵から起き上がった。
「あぁ、うん。あたしの親、別にドラゴンに殺されたわけじゃないし」
そう、殺されたわけではないのだ。
「お父さんは猪に殺されて、お母さんはお父さんが死んだから、食料を調達しに行った川で足を滑らせて、溺れ死んだの。だから、直接的にドラゴンに殺されたっていうわけじゃないのよね。自然の摂理。けど」
「けど?」
「間接的には繋がっているのかしら?」
古代人は山や川に食材を調達しなくても、食材を手に入れていたという。
父は山で猪に殺され、母は川で溺れて事故で死んだ。
そもそも、そういう状況がなければ、死ななかったかもしれない。
ドラゴンが現れなかったら。
親も死ぬこともなく、きっとランとダイスケの家族も生きていたかもしれない。
「まぁ、ドラゴンを今更倒したって、何も戻ってこないんだけどね」
「そう思っているのに、何で?」
「このままだと、人間は皆死んじゃうんでしょ? 人は一人で生きられない生き物だし。けど、集まって文化を築いても、ドラゴンが邪魔しちゃう。生き残る為に血を残す為に、子孫を栄えさせないと。だったら、ドラゴンは邪魔よ」
「現実的だな」
「妄想でお腹満たせるわけじゃないしね」
「ドラゴンを倒そうとしている時点で、妄想しているように見えるが」
「妄想じゃないわ。希望に賭けているのよ。それに妄想だったら、こんな行動していないわよ」
それに。
ユリは、にっこりと笑って見せる。
「弱肉強食だろうが、弱いものはね、強いものに対抗したくなるものよ」
さて、続きを再開しますか、と無いはずの袖を捲る振りをするユリに、シオンは薄く笑う。
なるほど。なんて芯の強い子だ。ユリという少女を、軽々しく見ていたかおもしれない。
「そういえば」
ユリがふっと、思いついたように呟き、シオンは笑みを引っ込めた。
「ハカセ、センリを傍に置きたがっていたみたいだったけど、なんでかしら?」
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