第16話

「ちょっとのレベルじゃねぇだろ、これ!!」


「気持ちは分かるが、叫ぶな。煩い」


 ランの言葉に、不満たらたらで唇を尖らしたダイスケは、あさっての方向を見やった。


 ラン、ダイスケ、アオイは夜のコウソクドウロを歩いていた。


 センリ、ユリ、シオンは、ドラゴンの偵察とハカセのサポートなどを含め、残っている。


 ソウもダイチも連れて来なかった。


「それにしても、またここを通るとはね」


 コウソクドウロは、多々の遺跡群に繋がっている。無論、ラン達がいた土地にも行けるしそれ以外も行ける。


 だが、一同が向かっているのは、ラン達がいた土地なのだ。


 ハカセのおつかいとは、実に簡単で面倒なおつかいだった。


『おぬしたちがいた遺跡街まで行って、とある物を掘り出して欲しいのじゃ』


『とある物?』


『わしの父親が埋めたものなのじゃが…』


 何でも、ハカセの父は昔、ドラゴンに関するある物を、ラン達が住んでいた土地の遺跡群に埋めたという。


『詳しい場所は、訊き出す前に死んでしまったから、分からんのじゃ。少し手間が掛かるが、探してくれ。それじゃ、ラン、ダイスケ、アオイ。よろしく頼むぞ』


 と、話し合いも承知か否かも訊かず、半ば押付けでこの三人が選ばれてしまったのだ。


「だいたい、こーいうのは、話し合って決めるものじゃねぇか!?」


「と言って、話し合って、お前の意見が通った事なんてないだろ」


「そもそも、なんていったけ? 『鳥居』? っていう石造りの門がある遺跡の下に埋めたって…そういう建物がいくつあると思ってんだ!!」


「…」


 どうやら、聞く耳は持っていないらしい。

 ランは思わず嘆息した。


 夜風が気持ちいい。昼間の熱風とは大違いだ。汗で服がびっちゃりと張り付いた肌を優しく撫でてくれる。この夜風は、心にも吹いてくれぬものか。


「お、蝉が鳴き始めたよ。そういう時期かぁ」


 アオイが感慨深そうに、セミの鳴き声に耳を傾けた。


 たしかに、蝉の鳴き声が聞こえてくる。


 だが、一匹分しか聞こえない。


「早く出てしまったのか?」


「どうだろうねぇ。詳しくないから、何とも言えないけど、一匹だけだし離れている分、耳に優しいね」


「…そうだな」


 これから夏の本番になると、昼には耳に響く蝉の鳴き声が重なりまくって、自分にとっては騒音な上に、暑さを増長するだけのものへ変わる。


 だから、蝉の鳴き声は好きじゃないが、これくらいだったら、良いかもしれない。


「なんだい? 夏は嫌いかい?」


「…嫌いだ。暑いのが嫌いだし、煩いし」


 ランは夏よりも、冬のほうが好きだ。


 冬は寒いし、食材が少なく、腹を空かす日々が続いたりするが、暑くて煩い夏よりかはマシだと思っている。


「ハカセから聞いたんだけどね…」


 アオイがランの頭を撫でながら、優しげな声で語りかける。


「蝉はね、短命に見えるけど、実はそうじゃないんだってさ。だいたい六年間、ずっと土の中で過ごすんだって」


「六年間も?」


「あぁ。でも、外から出てから、死ぬまでは土の中にいた時期に比べたら、すごく短いんだって。オスはメスを呼ぶために、あんな大声を出しているんだ」


 他の虫に比べたら、蝉は一番長生きだが、地上を出る時期は僅か。


 その中で、蝉達は鳴く。


 力一杯に、精一杯に、けど気持ち良さそうに、命尽きるまで鳴き続ける。


「最後まで必死になって、鳴き続ける声は、まるで蝉の魂みたいでさ。蝉が雨のようにたくさん降って鳴いている音は、アタシは嫌いじゃないよ。むしろ、すごく潔くて好きだね」


 蝉の鳴き声は、蝉の魂。その魂が重なって、雨になる。ということか。


 ランはアオイの言葉を、自分風にアレンジして、彼女の横顔を覗き見る。


 赤茶色の髪から覗く、青色の目は空の色を写し取った、水面が太陽の光を受けて輝いているように見えた。


「知っているかい?」


 アオイはランの方に顔を向かせ、片目を閉じた。


「蝉が雨のように鳴いていることを、蝉時雨っていうんだよ」


 蝉時雨。時雨…秋から冬にかけて、降ったり止んだりする小雨のことだ。

 なるほど。それは。


「物は言いようだな」


「言うと思ったよ…」


「けど、良い言葉だ」


 ランは何気なしに、夜風に靡かせている山々を見やった。


 蝉だけではなく、他の虫の声も聞こえてくる。


 かつて、この地も戦場だったという。外の国の国が此処を攻め入ったことがあり、炎に包まれたこともあるかも、とハカセは言った。


 どうして古代人は、この美しい風景を汚せたのだろうか。


 己の過ちを過ちだと、思ってもなかったのだろうか。


 ふと、夜風とはまた違った風が、木々を靡かせていることに気付いた。


「…?」


 おかしい。不自然だ。

 風は同時に、違う方向には吹かない。


「!」


 空に、不自然な黒い点が浮かんでいる。

 それは、だんだんとこちらに向かってきた。


(あれは…)


 間違いない。あれは…。


「ダイスケ、アオイ! 逃げるぞ!」


「え?」


「は?」


「見ろ、ドラゴンだ!!」


 ランはその点の方向に指を向ける。

 だが、ダイスケは、またまたぁ、と冗談を飛ばすように笑った。


「ドラゴンは、夜に行動しなんだろ? だったら居るわけ…」


 と、言いながら、ランが指差した方向に目を向けて…硬直した。


 たしかに、そこには。


 ドラゴンがこちらに向かって、飛んで来ていた。


「…もしかして、バレている?」


「バレているよ!!」


「とりあえず、二人とも、走るよ!」


 アオイの鶴の一声で、二人は駆け出した。


 どこまでも同じ景色であるコウソクドウロは、全力で走っても、遅く感じられる。


「なんで、夜にドラゴンが、いるんだよ!?」


「知るかっ! とりあえず、黙って走れ!」


 荒々しい息遣い。

 コンクリートを蹴る音。

 胸の動悸。


 それだけが聴覚を支配した。


 走る。

 走る。

 走る!


 後ろで、羽ばたく音が聞こえた。

 だが、まだ距離はある。


 走って。

 走って。


 そして、前方に半円型の穴が見えてきた。


「トンネルだ!!あそこに逃げ込むよ!」


 アオイに導かれ、二人はトンネルの中に入り、それでも走って奥まで行って、止まって息を整える。


「これで…はぁ…助かると、いいけど」


「多分、そうは、ふぅ、いかないんじゃないか」


「なん、で、だよ」


 ドラゴンが追いついた。

 爪をトンネルに突っ込んで暴れるが、奥まで来たこちらまでは届かない。


 しかし、それでも爪が暴れ、自分たちを捕えようとしている様子は、見ているだけでおぞましい。


 爪が暴れる度に、埃と剥がれてしまったコンクリートの欠片が、パラパラと落ちる。


 しばらくそうして、ドラゴンは手を引っ込めた。


「へ、ほら…大丈夫じゃないか」


「ダイスケ、安心するのはまだ早い」


 ランが険しい表情で、トンネルの外に映っているドラゴンの首を睨みつけた。


 そして。


 ドラゴンがトンネルの穴に、その巨大な口を向けた。

 嫌な予感がする。


「全員…」


 アオイの掛け声で二人は踵を返し、構えた。


「全力疾走ー!!」


 皆一斉に、勢い付けて地面を蹴り、再び疾走した。

 その数秒後、遅れを取って。


 炎の柱を迸らせた。


 背後から熱気と、轟音が迫ってくる。


 肌に突き刺し、掴まれたところが暑くなる熱風は、その残滓を当たっただけでも、乾燥しそうだ。


 熱い。

 熱い。

 熱い、熱い!


 冷や汗と共に、熱気による汗がぶわっと噴き出る。


「アオイ! たしか、このトンネル、長かったな!?」


「この分だと、そうだろうね!」


「おいおい! どうすりゃいいんだよ!?そこまで体力もつわけ、ねぇし! このままだと、オレら真っ黒焦げにされちまう!」


「分かっているよ、それくらい! アンタも少しは考えな!」


「もう駄目だぁ!」


「どうした、ダイスケ! 諦めるのが早すぎるぞ! 最後まで、諦めるな!」


 とは、言ったものの。

 ランは疾走しながら、辺りを見渡す。


 トンネルの中は暗い。


 クルマという乗り物から排出されたガスのせいと年月が経っているせいで、壁は煤だらけになっているせいで、余計に暗く感じるが、今はドラゴンの炎で辺りが明るく照らされている。


 かつてはランプの役割としていたモノが炎の明りを反射してきらめき、欠けて落ちたコンクリートや、看板の残骸もそこら辺に転がっている。


 自分たちが助かる方法は、トンネルの構造、そしてある物を使わなくてはならない。


 しかし、あるか?


 ドラゴンの炎から逃げられる何かが。


 ランはある、看板が目に入った。


 だいぶ汚れているが、かつては緑色だったと窺える看板。そして、真ん中に描かれ

ている、白い人の絵。


「あれだっ!!」

「あれ!?」


 ランはその看板の前で止まり、その向こうの壁に駆け寄った。


 そこの壁は、他のコンクリートとは明らかに造りが違っていた。


「なんだ、この壁…」


「非常口だ! この向こうに行けたら、助かるかもしれない!」


「なんだって!?」


 ランは非常口の扉だろう、取っ手に手を掛けて、回して、引いたり押したりする。

 だが、扉は開かない。


「早くしろよ! 炎が!」


「分かっている!!だが、扉が錆びてて開かないんだ…っ!」


「な、なんだって!?」


「どきな!」


 ランはアオイに交代する。

 ガチガチと扉を揺れさすが、やっぱり開く気配はない。


「早く、炎があああ!!」

「くそっ! こんな物!!」





 ドラゴンが吐いた炎が、トンネルの向こうの出入口まで噴出する。

 そこから数メートルまで、轟くような炎の嵐は唸り、消え去った。

 余韻を残し、ドラゴンは上半身を起き上がらせ、顧みた後、低飛行のまま飛んで行く。

 その飛ぶ様は、とてもふらふらしており、どこか危なっかしかった。

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