第15話
その夜。
本拠地であるショウテンガイで、テンポ(部屋のことらしい)の前で夕食を囲んで食べていた。その傍らで、採取した草とニンジンなどの野菜を食べているソウとダイチ。そして、何処からか狩りに出かけていたのか。ゴンベエは鹿に喰らいついていた。
焼き魚が一人一匹ずつに、ヤシの葉の上に乗せられた蜜柑と桃。
量的にはいつもよりかある方だ。
「ドラゴンが退いた? 何もせずに?」
驚愕の声を上げながら、ハカセは桃を齧る。
「あのドラゴンがね…」
やけに真剣な表情で、思考の淵に身を沈めたハカセ。
ユリは、疑わしい目でダイスケを睨んだ。
「それ、本当~?」
「本当だっての! なぁ、アオイ!」
「本当さ」
「アオイお姉さんがそう言うんなら、本当のようね」
「なんだよ、オレの言う事が信じられねぇのか!?」
「だって、ダイスケったらたまに嘘吐くし、大げさに言ったりするじゃない」
あっけらかんと言いのけるユリに、ランは思った。
やけに、アオイの事を信用しているな、と。
いや。信用しているのではない。憧れを抱いているだけだ。
助けてもらって、あのさっぱりして情に厚く豪快なところに、ユリは惹かれているのかもしれない。
「それにしても、変ね。ドラゴンがあっさりと退くなんて。何かあるんじゃない?」
「シオン、分かるかい? アタシはさっぱりだよ」
「俺もさっぱりだ。情報が少ない。ラン、何が気付いた事はあるか?」
「え、いや、別に…」
ぼーっとしていたランは、慌てて答える。シオンはそれに目敏く気付き、ランの顔を覗きこむ。
「どうしたんだ? 手もあまり進んでいないようだが」
「なんともないよ。ただ…暑さに少しやられたみたいだ」
「…たしかに最近は、暑い日が続いているからな。無理はするなよ」
それからは何も言わず、シオンは姿勢を正して、再び焼き魚に齧り付く。
自分の内情を見透かしているのかもしれない。とりあえず、その反応は、今のランにはありたがった。
別に暑さにやられたわけでない。
ただ、気になっていたからだ。
ちらり、とセンリの方を見やる。
センリは、焼き魚を手に取ったまま、ぼーっとしている。心、ここに在らず。まさにそんな感じだ。
昼間の出来事から、こんな調子だ。
いつもより、ぼんやりとしていて、何回呼んでも返事はない。暑さにやられたという感じでもない。
ドラゴンと見つめ合ったあの時から、センリの様子がおかしい。それは火を見るより明らかだった。
あの時、ドラゴンとセンリが見つめ合っていたことを知っているのは、ランしかいないようで、そのことに気付いているのは、おそらくランだけだ。
「で、ハカセ。何か分かったのか?」
「うむ…まだ詳しいことは分かっておらぬ。が」
「が?」
「ファイルの時点で概ね予測はしていたのじゃが、あれはドラゴンの研究をまとめていたものらしいのじゃが…」
「ドラゴンじゃない」
浮かない顔をしたハカセの言葉を遮るように、声が重なる。
その声の主、センリに皆の視線が一斉に集まった。
センリは俯いたまま、繰り返し言う。
「ドラゴンじゃない」
いつもの彼女よりも、やや強めな口調でさらに続けて言う。
「あれは、タクティノス」
「たく…? ドラゴンの名前?」
「なまえ…かな?」
いつも通りの口調に戻った。雰囲気もいつも通り。
その事に安堵した。
先程のセンリは、まるで憑りつかれているようだったから。
「どうして、そう思うんじゃ?」
「おもう…? ただ、タクティノスのほうがしっくりくる、だけ」
「まぁ、分かりやすく、こっちはドラゴンって呼ぶぞい」
「うん…」
センリが黙り込んで、ハカセは先程の続きを言い募った。
「さっきの続きじゃが、どうも納得がいかんのじゃよ」
「納得、というと?」
「ファイルを見ると、ドラゴンを観察して記録したものじゃないみたいなのじゃ。それに…ファイルを見つけた、場所覚えておるか? アオイ、シオン」
「え、かなり大きな遺跡だったね」
「シオンは何か気付いているか?」
シオンは顎に手を添え、その時の事を思い出す。
岩山に囲まれた、大きな遺跡。
そこで、シオンがある事に気付く。
「そういえば、一番近くにあった遺跡街でも、歩いて一日以上掛かる場所にあったな」
「そうじゃ」
ハカセは頷く。
「小さい遺跡なら納得するが、あれは大きすぎる規模じゃった。中にあった機械の残骸と、その他の残骸を見る限り、あれは政府直属の極秘研究施設だったのじゃろうな」
「せいふってなんだぁ?」
「国っていうデカいグループがおってな、その国の管理をやっていたのが、政府という組織なんじゃ。国は小さいものから大きなものまで、色々な国があった。だからか、諍いがよく起きてのじゃよ」
「いさかい?」
「喧嘩じゃよ。その喧嘩が一部だけじゃったら、まだ良かったんじゃが、それが世界中に広まって、戦争が起こった」
センソウ。
その単語で一年前、ランは祖母が言っていた昔話を思い出した。
『その昔、たーくさんの人が大きな喧嘩をしていたらしい。『センソウ』って言ったかな?』
祖母の枯れた、でもすごく暖かみのある声色が鮮明に、鼓膜の奥に蘇る。
『その『センソウ』の途中で現れたのが、『ドラゴン』さ。夏になると、来るあの赤くてでっかい生き物の名前だ』
一つ、一つ、あの時祖母が教えてくれた言葉を、糸を辿るように思い出す。
『その『ドラゴン』は、突然『センジョウ』に現れて、口から出る炎で人や『センジョウ』を一瞬で焼き尽くしたという』
たしか、そう自分たちに教えてくれた。
「古代人はその戦争のことを、『第三次世界大戦』と呼んどったそうな」
「第三次?」
「古代人は、過去に二回、世界を巻き込んだ戦争を二回もしているのじゃ。二回目の後は平和を出張し、一旦は均衡を保っていたのじゃが」
ある時、その均衡が、崩れた。
「崩れた関係を戻すのは、難しい。古代人は保ってきた関係を修繕できんまま、悲劇を繰り返してしまったのじゃ」
「そして、とあるセンジョウにドラゴンが突然、現れた…」
「そうじゃ。戦場も人も兵器も全てを焼き尽くし、その後もあらゆる戦場、果てはいくつもの街が壊滅した」
「古代人は、動かなかったの?」
「その頃の政府は、頭が良いが屑だったらしくてのう、解決するどころか、さらに追い込まれたらしいのじゃ」
なるほど。それでハカセは、古代人のことを愚かって言ったのか。
変に納得するラン。ハカセは続けて言葉を紡ぐ。
「追い込まれ、政府が破壊し、国という概念も破壊された。人々は街を捨て、各々自然に散ったのじゃ。中には、集落を興したグループもいたようじゃが、目立ってのう。すぐにドラゴンに破壊されたという。今でも集落はあるらしいがのう。と、言っても地下に、じゃが」
「古代人は、グループで生活することに慣れ過ぎたのさ。人が集まっていないと、力が発揮できない。けど、集まっていたら、ドラゴンに見つかりやすくて、焼き殺される。だから弱いヤツはどんどん死んでいった。強くて、順応力があるヤツが生き残った」
「俺らはその子孫ってことだ」
子孫。
強くて準応力のある人間の子孫だというのに、自分たちの親は死んでいるではないか。
殺されたではないか。事故で死んだではないか。
思っていても、死んでしまう。
それが答えなのだろう。
「さて、話は戻って」
わざとらしい咳払いをして、ハカセはさて、と姿勢を変えた。
「どこまで、話したかのう…」
「政府の極秘研究施設」
「そうじゃったな。そういう政府が極秘に作った研究施設に、例のファイルがあるのが不自然なのじゃ」
「? どういうこと?」
「極秘に作られた研究施設っていうものはな、他の国にバレたらやばい、危ない兵器を開発していることが多いんじゃよ」
実際にあの研究施設は、何かを作っていた跡があった、とハカセは言う。
「兵器の研究資料があるのは、当たり前じゃが、その中に生物であるドラゴンについて研究していた、というのが、解せぬのじゃ」
「…うーん。よく、分からないけど」
「ドラゴンを倒すための兵器を作るために、どのドラゴンの資料があったんじゃないか?」
「そう考えるのが、自然じゃが…」
ランの意見…全体的な事が腑に落ちないハカセが唸り声をあげた。
「やけに『戦争』という言葉が出てくるんじゃ。それに『勝利』という単語もよく出てくるのが…」
二つの単語。『戦争』『勝利』。
その関係性は分からないが、情報が少ないので考えても仕方ない。
「その答えを知るために、解読頑張ってくれ」
「もちろんじゃ」
ハカセは力強く、頷いて見せた。
「さて、ここ一週間、ドラゴンを観察したわけじゃが…そっちの首尾はどうじゃ?」
両手を組み、その上に顎を乗せて、偵察組であるシオンとランを交互に見つめた。
「山の頂上に止まる時間は思っていたより、かなり長い。体が巨大だからな。その分、食べる食糧が多いんだろう」
「じゃろうな」
「夕暮れになると、巣である小さい遺跡街…いや、村だな。そこに行く。一応、ドラゴンが居ない時に、行ったが何もなかったな」
「何も? 糞もなかったのか?」
シオンは頷く。
ドラゴンが巣としている遺跡の村は、ラン達がいた遺跡群よりも、さらに山奥にある。
まず、そこには人間がいない。だからドラゴンもそこで人間を探すこともなく、日が沈む時間までは戻らない。
その時間を狙って、巣の様子を見に行ったのだが、本当に何もなかった。ただドラゴンにより潰れた遺跡の残骸と、残っている遺跡だけで。
「まぁ、光が餌なんじゃから、当たり前かのう…」
「後、止まる場所だが、その場所は決まっているらしいんだ。多分、太陽の光が良く当たる場所だから、と思うんだが」
「なるほどのう…」
「今はこの程度だな。一週間だけだから、さらに偵察すれば、何かが分かるかもしれん」
「じゃ、引き続き、偵察を頼むよ…と、言いたい所じゃが」
「? 何かあるの?」
こういう時のハカセは、碌なことがない。
一週間、共に過ごした中で、学んだことだ。
ユリ自身、どんな顔をしていたか知らないが、ユリの顔を見てハカセが、「そんな怖い顔するな。なに、簡単な事じゃ」と言って茶化した。
「簡単な事?」
「そう。簡単な事じゃ」
ハカセは両手を離して、にんまりと笑った。
その笑顔に、シオンは嫌な予感が胸に過った。
「ちょいと、おつかいに行ってくれぬかのう?」
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