第12話
それを聞いたハカセは、なるほどのう、と目を細め、口元をまるで猫の口の形のように歪めた。
「形あるもの、いずれは壊れる」
ハカセは体を横に回転する。
「生きとし生けるもの、いずれは死んで土に還る」
ハカセは歩いて、部屋の隅の方にある残骸の許で、しゃがむ。
「また命が生まれ、そして失われる。それが輪廻。これが世の理。運命に逆らおうが、いずれは訪れる安寧。その時まで、いかなる試練があっても、壮絶に抗え。抗うことが人生だ」
「…?」
「わしの先祖が言っていた言葉じゃ」
腰を上げて、踵を返したハカセの手には、土埃の被った、石だった。
その石をハカセは…。
「ふんっ!」
片手で、ボロボロにしてしまった。
「なっ」
ラン、ダイスケ、ユリは言葉を失う。
そんな三人にハカセは、にんまりと笑った。
「そんな驚くことはない。これは元々、脆かったんじゃ。圧力の弱いわしにも、簡単に砕けることが出来るくらいに」
手に残った石の欠片を落とし、残りを手で払う。
「これを元に戻すのは、不可能じゃ。壊すことはこうも簡単じゃが、直すには手間がかかるし、もう二度と戻れないこともある。これは生命にも言える。ドラゴンにも言えることじゃ」
「ドラゴンにも…?」
再びハカセは歩く。机に向かいながら、言い紡いだ。
「そのわしの先祖は、遡ればちょうどドラゴンが現れた時期が、全盛期だったわけじゃが。わしの先祖はその理念の基、ドラゴンを倒す研究をしとったんじゃ。必ず、ドラゴンには弱点がある。倒せる方法があるはずだ、と。研究の成果を自分の子供、そのまた子供が継ぎながら、ずっとずっと続いてきたのじゃ」
「ドラゴンに弱点…?」
眉を顰め、怪訝な顔でランはハカセを見据えた。
弱点? あのドラゴンに?
しかも、ドラゴンは何百年も生きている。だというのに、死ぬというのか?
「鮫っていう生物は知っとるか?」
唐突な問いにランは、一瞬表情を崩すが、すぐに戻し傾げる。
「さめ?」
「鮫というのは、主に海に住んどる魚の事じゃ。種類によっちゃ大人しいのもいるが、中には凶暴な奴もおる。鋭い歯で噛まれれば、手も足も喰われて失ってしまう者もおってのう。古代人も海で鮫に襲われて、命を落とした者がたくさんおったという」
「で」
「だが、鮫に襲われた者の中に無事に生還した者もおる。その中に、返り討ちにして助かった者がいた」
「返り討ちぃ? 古代人がそんなに死んだってことは、強ぇんだろ、そのサメっていう奴」
ダイスケの言葉にハカセは頷く。
「確かに鮫は強い。だが、それは実際にあったことじゃ。どうやって返り討ちしたか分かるかの?」
「分からねぇ!」
「うむ。良い返事じゃ。シオン、少し来てくれ」
「…あぁ」
嫌な予感がするが、行かなくてはどんな仕打ちが待っていることやら。
過去の経験からして、こんな時、ハカセの行動はいつも自分が痛い目に遭うのだ。断っても、その後お仕置きとして、それ以上だろう痛い目に遭わされる。故に、抵抗は出来ない。
シオンは嫌そうな顔をして、博士の許に行く。
ランは驚いた。
無表情だと思っていたが、こういう表情もするんだな、と変に感心してしまった。
「後ろ向け」
言われるままに後ろを向いた瞬間。
「とぉ!」
ハカセがジャンプしたかと思った直後、片手で首を絞められ、もう片手は腰に纏わりついた。
「さて、諸君。これのことを何ていう?」
しれっと話を進めようとするハカセ。身長差がありすぎて、反り返って苦しそうに悶えるシオン。
思わず、ぽかんとしたが、すぐ我に返って慌てて返答した。
「し、絞殺したってことか?」
「そうじゃ。じゃが、人を襲うような鮫は胴体が太い。人のようにはいかん。さて、それなのに、このような方法で退治できたか、分かるか」
「とりあえず、シオンを離せ…」
おっとそうじゃった、とぱっと手を離す。
シオンは、反り返った背中を前に折り曲げ、ゲホゲホッと咳を繰り返した。
恨めしそうにハカセを見るが、その視線に気付いているはずのハカセは、あっけらかんとして、話を進めた。
「鮫はな、泳ぎ続けないと、死んじゃうんじゃ」
「え、なら睡眠時間はないの!?」
「泳ぎながら寝るんじゃよ。種類によっちゃ、止まっていても、死なない奴もおるけどな。まぁ、その古代人を襲った鮫は、止まったら死ぬ種類でのう、背後に回って絞めて、動きを封じて返り討ちにしたんじゃよ。普通の古代人でも出来ない偉業だったらしいのう」
「で、それが弱点とどう関係があるんだ?」
「たとえ、凶暴で人を襲っては、命を落としていった奴にも、そういう弱点があるってことじゃ」
「なるほど…ドラゴンにも弱点があるはずっていうのは、そういうことか」
納得した素振りを見せるが、ランはまだ疑っていた。
弱点があったら、古代人が見つかっていたはずだったのではと。
「言っとくが、古代人も万能ではないぞ。万能じゃなく愚かだったから、文明も技術も失われたのじゃ」
根拠と言えばこのくらいかのう、とシオンに背を向けて、とある古代書を手に取った。
「さて、本題じゃ。ドラゴンについて分かったことを言おう」
「それって、もしかして例の古代書?」
「書、というよりファイルじゃな。古代ファイル」
ハカセは古代書…古代ファイルをペラペラと捲りながら、歩き回る。
「まずは、ドラゴンが何故、夜の間は行動しないのか、分かったぞ。後、夏の間しか姿を現さない理由もな」
「理由」
「ドラゴンが食べるもの、知っとるか?」
ランは考える。
そういえば、ドラゴンが何かを捕食する所を見たことない。
「!」
何かが閃いた。
そういえば、そうだ。
ドラゴンは、人間を殺すが、捕食はしない!
そうだ。あんな炎、人間は消し炭になってしまうから、そもそも捕食するためなら炎は出さない。
だったら、なんで、人間を殺すんだ? 理由もなしに?
それだったらまるで、人間を殺すためだけに生きているみたいじゃないか。
「ドラゴンが何かを食べる所、見たことないじゃろ?」
「たしかにないねぇ」
「飛んでいるところと、山の頂上に止まっているところしか、見たことない…」
皆もそういう場面を見たことないらしく、首を傾げた。
「それもその筈じゃ」
ハカセは一旦口を閉ざし、そして間を置いて開く。
「ドラゴンは光合成しておるのじゃ」
「こうごうせい?」
「要は太陽の光を食べているって、事じゃな。植物も光合成して、大きくなっとるよ」
「じゃあ、ドラゴン、あれ以上大きくなるってこと!?」
「安心せい。あれ以上は大きくならんわい。そんなに食べて大きくなるんなら、ネズミは熊サイズになっとるわ」
熊サイズの鼠…見たくないものだ。
「つまり…夜の間は太陽の光がないから、行動しない…ということか」
「そうじゃ。エネルギー源がない夜は、動きたくないじゃろうて」
なるほど。道理で、山の上でジッとしていたわけだ。あれは太陽の光を溜めていた行為だった、というわけか。
「その事を踏まえれば、どうしてドラゴンは渡り鳥みたく、秋には帰り、冬と春にはいないのか。分かるじゃろうて」
「冬になると、光の量が少なくなるから、か」
「でもよ、春は日差しあるぜ?」
「春と夏の間に、梅雨があるだろ。雨が多い時期に太陽の光は期待出来ない」
「おぉ、なるほどな!」
「今、思ったんだけど、四季のことは知っているんじゃな」
ハカセは感心したように呟いた。
「ある程度の知識があって、説明するのが楽じゃ」
「でも、デンキとかコウゴウセイ? とか知らなかったのよ?」
「仕方ないことじゃ。それは、今の時代知らなくて当たり前のことじゃ。ここにおる、アオイとシオンは、わしが出会った頃は四季の名前も、言葉も戦前知らなかったのじゃからな。それに比べたら、知っているほうじゃし、楽な方じゃ」
その時の事を思い出したのか、ハカセはやや疲れた顔を見せた。
よほど、教えるのに苦労したのだろう。
シオンの方はまだ楽だったがアオイが…と何やらブツブツ言い出したが、なんと言えば良いのだろうか。
「ハカセ、他に分かったことは…?」
「今の所はそれだけじゃ。何せ、この大陸じゃない文字じゃし、隠語もある。解読にはまだ時間かかる」
「全部、解けるのか?」
「解くための資料なら、十分にある。時間があれば全部解読出来るぞ」
「本当か?」
「本当じゃ」
ハカセは、古代ファイルを閉じて、ラン達に向き直った。
「で」
「?」
「おぬしたち、本当にドラゴン退治に協力してくれるのか?」
「…」
「ドラゴン退治は、難しい。わしはこの世代で止めたいと思っとるが…年単位で時間は掛かるし、命に関わることじゃ。それでも、付いていくか?」
ハカセは真摯な目で、ラン、センリ、ユリ、ダイスケを貫いた。
答えはもう…。
決まっている。
「もちろんよ! その為に此処に来たんですもの! 乗ってやるわ!」
「その付添のオレが乗らないわけねぇぜ!」
声高々に、ユリとダイスケが宣言した。
「皆が心配だ。おれも乗る」
「わたしは…皆と一緒だったら、いい」
その後に、ランとセンリが静かに、申し出た。
「…なるほどのう。動機はどうあれ、覚悟はあることは、あるか」
古代ファイルを脇に挟み、五人も許に歩む。
「シオンも来い」
なんとか持ち直したシオンは、ハカセの命令にまた、嫌そうな顔をする。
「諸君、円形になれ」
訝しげな顔をしながら、一同は丸い陣形を描いた。
すると、ハカセがその中心に向かって、手を伸ばす。
「諸君、この手に手を重ねるんじゃ。片手で十分じゃ」
言われたまま、手に手を重ねた。
「円陣って知っとるか?」
「えんじん…?」
「古代人の気合の入れ方じゃ。こうやってして、リーダーの「エイエイ」の後に続い
て、オー、あるいは、ファイト、オー、と叫ぶんじゃよ」
「それをやると…?」
「一致団結するという意味もある。この場にぴったりじゃろ?」
「リーダーって誰だよ?」
「多分、この中で一番賢いハカセなんじゃない?」
「いや、わしは情報専門じゃ。決断力も思いやりもない。サポーターという所じゃ」
「でもおれは、このエンジンを知っている、ハカセやるべきだと思う」
「賛成だね」
「同感だ」
ハカセに視線が一斉に向けられる。
しょうがいないのう、と溜息をつかせて、ハカセは真剣な顔になる。
「果敢な勇士達の名の許、今ここに! ドラゴンを退治するチームを結成する!」
ハカセの力強く、腹の底から湧き出た叫びに満ち溢れた叫びが、地下室に木霊する。
肌をざわめかせる、空気。重ねられた掌がどれだけ熱いことか。
その叫びは、ランの体に巡る血潮を熱く、昂るには十分だった。
「我ら、如何なる時でも、屈せず、どんな犠牲を払ってでも、強大な脅威を退けることを此処に誓おう! エイエイ…」
『オォ―――――――!!』
各々声高々に、声を重ねて、腹と喉から出る声を迸った。
一気に空間が変わった気がした。
高揚する。
残響がまだ耳に残り、リピートさせた。
これが一致団結。
これが、チーム!
これなら、やれるかもしれない。
そんな思いがこの場の熱のせいだと知らないランは、純粋にそう思っていた。
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