第11話

 月が大分偏ってきた頃。


 一同は、目的地である、遺跡群に辿り着いた。


 そこは、ラン達がいた遺跡群よりもさらに高い遺跡が密集していた。


 大小の遺跡が聳え立っており、なんともない圧迫感がある。


 その遺跡もやはり、所々崩れて壊れているし、蔦やら植物が巻きつかれていた。道にはその瓦礫と、大きな裂け目がある。まだコウソクドウロから降りていないので、どれほどの規模か分からないが、ここから見る限り、大きいものだろう。


「うわぁ! 遺跡がたくさんね!」


「遺跡がこんなにある所って、あるんだな! あの、棒みたいな遺跡ってなんだ?」


「ビルっていうらしいよ。そういえば、あんたらがいた遺跡街には、なかったね」


「おう! 小さいのばっかりで、こんなに多くなかったぜ!」


 新天地に興奮する二人を、やや冷めた目で見つめるランに、シオンが話しかける。


「あっちに、混ざらなくてもいいのか?」


「別に。楽しむ為に来たわけじゃないし」


「少しくらい、ハメを外してもいいと思うが…あそこまでとは言わんが、あまり気を詰めるな」


 ランは頷く。

 雰囲気から発言とか、ランはこの人とは気が合いそうだなと思った。


「ねぇ、ユリ。あれ…」


「わぁ、大きな水溜り! もしかして、あれが海!?」


 ユリが指差した方向に視線を向けて、ユリはより一層はしゃいだ声音で、塀に身を乗り出す。


「そうさ。海しか獲れない魚もあるんだ」


「山に海…食料に困らなさそうね」


「困ったときは…そんなになかったかな」


「それにしても、すごいわ! ねぇ、センリ!」


「……」


「センリ?」


 ユリの呼び声に反応することなく、センリは海を見据えた。


 視線も逸らさず、ずっと。


 まるで、何かに憑りつかれたように。


「センリ…?」


 そんなセンリにユリは、センリの肩を揺する。

 すると、小さく、センリは呟いた。


「おなか、すいた」


 静寂が包む。


 明らかに肩の力を落としたユリが、大仰に溜息をついた。


「セーンーリ~…なんか、びっくりしちゃったじゃない」


「? なんで?」


 本人からすればただ、ボーっとしていただけで、周りの気持ちを知らない。


「なんでって…じぃって、何もないところを見ているなんて、なんか怖いじゃない」


「? 何もなくないよ? 海と空があるよ?」


「たしかに、そうだけど…!」


 また、ユリは盛大に息を吐き捨てた。


 疲れる。いらない精力を奪われそうなので、もういいわ、とセンリの肩を叩く。

 その後、下に続く道で下降し、地面に着く。


「こっちだよ」


「この遺跡群の中に、博士がいるのか?」


「正確には、アタシらの本拠地だ。この遺跡街、この街の中でも中心部だったらしいんだけど、そのまた中心らへんにある」


「それ、ドラゴンに見つからない?」


「こんなに密集しているんだ。良い目くらましになるよ」


「早くしないと、夜が明けるぞ」


「そうだったね。さ! アタシらに付いてきな!」


 ラン達はアオイたちに付いていった。


 かつては、クルマという乗り物専用道路だった道を通っていく。


 地面が裂けて、断層が出来ている。

 遺跡の窓ガラスも全くなく、至る所に崩れた跡が見える。


 道中、鉄柱(かつてはシンゴウキと呼ばれていたものだと、シオンに聞いた)が折れたり、瓦礫が崩れたりと、裸足で歩くには少々危険なところだ。


「どうして、地面が割れているのかしら?」


「昔、大地震で出来たんじゃないかって、聞いたことあるけど…本当の事は知らないね」


 ずっと歩いていくと、見たことのない木が並ぶ、道路まで出てきた。


「見たこともない木…」


「ヤシの木という。俺たちでも、この木はここでしか見たことがない」


 そのヤシの木の道の近くに、巨大な入口みたいなものがあった。それは、口を開き、獲物が入ってくるのを待っているように見える。


「あそこ、昔はショウテンガイっていう所だったってさ」


「しょうてんがい?」


「物々交換してた場所だってさ」


 その入り口に入る。


 天井はガラス張りで、それは珍しく割れていなかった。


 徐々に明るくなってきたので、そこから光が零れ、中を照らしている。


 タイルのような床。壁には、沢山の出入口と窓がずっと続いていた。


 植物も入ってきており、多少の瓦礫もあるが今までの瓦礫に比べて小奇麗だった、


 この姉弟が片付けたのだろうか。


 さらに奥に行ったところに、板張りの壁があった。引き戸式の扉もある。


「ここだよ」


 そう言って、アオイがガラガラ…と戸を開き、中に入る。


 シオンもソウとダイチの手綱を離して中に入り、ラン達も入っていった。

 中は真っ暗だ。


 その時。


 グルルルル…


 唸り声のようなものが聞こえた。


 なんだ、と思った瞬間、白いモノが不規則に揺れるのを確認して、ランは身構える。


 これは…もしかして、獣が喉の奥から声を出している音ではないか?


 外の光が部屋の中に差し込んでくる。


 そして、その全貌が明らかになった。


 ユリの息を呑む音が聞こえた。


 そこにいたのは、ランの胸の辺りまである白く…大きな。


「ねこ…?」


「多分、違えと思う」


 呆けた声でセンリが言った言葉に、多少脱力したダイスケが応える。


 少しだけ緊迫感が和らぐが、ランは目の前にいる獣を睨みつけた。


 白い毛皮には、雷のような黒い紋様が走っている。肉食動物の特徴…正面に付いた目に、口から覗かせる、鋭い牙。これも肉食動物の特徴だ。ぴょんっと立てられた耳に、昔見たことのあるビー玉よりも少し大きくくすんだ青色の目。太く長い尻尾。そして、屈強そうな肩に足…。


 今までに見たことない獣。


 その獣が、己たちに向けて警戒心を顕にして、歯茎を見せて威嚇している。

 今にも襲いかかってきそうだ。


 その時。


「ゴンベエ。そいつらは敵じゃないよ」


 ゴンベエ、と呼ばれた獣はアオイの言葉に、威嚇するのを止め、腰を下ろした。


 まだ少し、警戒しているようだが。


「ご、ゴンベエ?」


「そ。コイツの名前さ。ホワイトタイガーっていう、本当は海よりも、ずっとずぅっと先にある大陸に住んでいる、動物なんだけどね」


「その動物がどうしてここに…?」


「ハカセが言うには、ここから、大分離れた遺跡街に古代人が作った『ドウブツエン』っていう施設があって、そこにいた動物の子孫なんじゃないかってね」


「どうぶつえん?」


「動物を見世物にしていたって聞いたよ。他の大陸から、この大陸にはいない動物を飼っていたんだって」


「ってことは、コイツみたいなのが、ここらへんにもいるって事か!?」


 ダイスケの顔が青くなる。

 その顔が可笑しくて、アオイは豪快に笑った。


「あはは! この子は、赤ん坊の頃、迷ってここまで来たんだ。多分だけど、ここからだと、最低でも一週間以上はかかる所にうじゃうじゃいるんじゃないかな?」


「そ、そうなのか?」


「それにハカセが言うには、人間がいなくなったせいで、適正した環境が無くなって、結構な動物は死んだんじゃないかって言っていたし…ここまでは、来ないと思うんだけどね」


 アオイが顎に手を添えて、説明してくれて、三人は聞いているが、センリはホワイトタイガー…ゴンベエが気になっているようで、じぃっと見つめている。


 その視線に、ゴンベエは一歩後ずさり、両耳を垂れて腰を下げていた。体が震えて、畏怖の籠った瞳でセンリを見据えている。


「おや…? ゴンベエ、どうしたんだい?」


 アオイがゴンベエの喉元を撫でて、宥めようとするがそれでも落ち着かないようだ。


「センリに怯えているようだが…」


「こんなゴンベエ、初めて見たよ」


「そういえば、ソウの時もそうだったよな」


「センリ…野生動物に嫌われる性質なのね…」


「むぅ…」


 センリは珍しく表情を崩し、不服そうな表情を浮かべる。


「はは! お前って、そういう顔もするんだなぁ!」


 珍しい顔を見られたのか面白くて、ダイスケがちゃかす。

 ヒヒッ、と馬の鳴き声が聞こえる。


「そういえば、ゴンベエは肉食系みたいだが、ソウとダイチを食べたりしないか?」


「大丈夫。むしろ仲が良くて、じゃれているくらいだから」


 小さい頃から、一緒にいるからねぇ、とアオイはゴンベエの頭を撫でる。


 ヒヒッ

 ヒンヒンッ


 その鳴き声に、ゴンベエの垂れていた耳がぴくりと揺れ、ぴんっと伸ばした。


 顔も上げ、その声に耳を澄ましているかのように見えた。震えきった体も治まり、竦んでいた足も立たせる。


 おや、とアオイが目を小さく見開き、それを見守る。


 ヒンッ

 ヒヒヒンッ


 馬の鳴き声は続く。まるで、大丈夫だよ、と語りかけてくるように。


 ゴンベエがおそるおそる近寄ってくる。センリの許へ。


 なんでそんなに怖がるんだ、と言いたいくらいに低い腰で歩み寄る白い獣。その先は、女の子なのだから、なんだか不思議な光景だ。


 皆、口を閉ざしてそれを見守っていた。


 センリが中腰になり、片手を伸ばす。


 その指先に鼻をちょんと触れさせ、その後クンクンと匂いを嗅いだ。


 じぃっとセンリの目を見つめ、センリは微笑み返す。


 すると、ゴンベエはその手にすり寄ってきた。


 それだけやって、元の場所に戻るゴンベエ。その目には、先程の怯えはなかった。


「なんていうか…いきなり態度変えすぎだろ…」


 ダイスケがぼやく。


「いいじゃない、仲良くなれて」


「そうだけどよ…なんか釈然しねぇ」


「あら、釈然っていう言葉知っていたのね!」


「そこかいっ!」


「よ、良かったな、センリ」


 センリは、嬉しそうに笑って、うん、と頷いた。


 そこで、ランはある事に気付いた。


 辺りを見渡す。やはりいない。


「シオンはどこだ?」


「シオンなら先に行ったよ」


「先…?」


 改めて、周りを見渡す。


 外装のように木の板で覆われている。壁から生えているように、設置されている長いテーブル。その脇には、古びた背もたれのない椅子が何個もある。そして、壁際に割れたり割れてなかったりの瓶が置かれていた。


 どこを見渡しても、シオンの姿はない。


「こっちだよ。ついてきな」


 机の内側に入るアオイの後についていく。ランはゴンベエを一瞥したが、ゴンベエは玄関の警備をしているらしく、欠伸をして動こうとしない。


「ここから下に降りるんだ」


 奥に下に続く階段があった。

 地下室だ。


 手すりに掴まって、階段を下りていく。ギシ、ギシと足を踏み入れる度に不吉な音がした。階段の折り返し地点まで行くと、足元に橙色の明りが見えてきた。人工の光だ。


 さらに下りて、地下の地面に足を付く。


「推定年齢十四歳が三名と、十六歳が一人。ふむ、人数的には悪くはないのぅ」


 年若い女の声が聞こえ、ランは部屋の奥に視線を向けた。


 部屋の大きさは上の部屋と比べて、やや広い。窓は一つもなかった。クリーム色の壁は、橙色の明りに照らされ、とても優しい色合いになっている。その奥に一つの、少し長めの机があった。


 紙や古代書やらが散乱しているその上に、生首が置かれていた。


「うぉお!?」


「生首がしゃべった!?」


「胴体も付いているのじゃが…」


 その生首…基人間は立ち上がり、胴体を現した。


 若い女性のようだ。白髪のせいで一見、年寄りに見えるが、顔と体つきを見ると若い女性だということが分かる。


 腰まである白髪は、二つに括られている。前髪は黄色い布を巻くことによって、前に落ちないようにしていた。垂れ気味の瞼に目の色は黒。服装は鼠色のTシャツに深い緑色のツナギ、その上に白くて裾が長い上着を着用していた。


「おぬしらがゴンベエと戯れている間に、シオンからおぬしらのこと聞いた…わしがハカセじゃ。よろしく」


 気怠そうな声だ。


 そこに突っ立ってないでこっちに来なさい、と言われ、ラン達は二人がいる場所へ歩み寄る。


 視界の隅には、古代書の山や何かの骨や鉄の棒や鉄板。円盤などが無造作に置かれていた。


「えーと、ハカセ?」


「なんじゃ」


「あれって、どうやって点けるの?」


 ユリが指差した方向は、天井だった。ラン達は指した方向に天井を仰ぐ。


 そこには、家から持ってきたランプ灯よりも大きい物が天井に張り付いていた。


「あれか? あれは蛍光灯といってのう、階段の近くにスイッチあるんじゃが、それで点けておる」


「でも、エネルギーっていうものが必要なんでしょ?」


 ハカセは、ほう、と感心したように息を吐く。


「よく知っているのう。あれは電気という奴で、動いているんじゃ」


「でんき?」


「すごく簡単にいえば、雷をエネルギーに換えとるってことじゃな」


「雷を!?」


「この電気は、わしが古代書を読み解き、人工的に作った物で作っておる」


 その言葉にシオンがぼそりと呟く。


「鼠が作ってくれた電気だろ…」


 実はこの電気、この部屋の向こう側にある

部屋に鼠を飼っており、その鼠たちが筒のような物の中に入れられ、それを鼠たちが回り続けることによって、電気が出来るわけなのだが。


 水も食料もちゃんと与えているし、休ませているので、死亡率は少ないわけなのだが、良心を抉るような感覚がある。


「で、ハカセ。おれたちはドラゴン退治という面目で、ここに来たのだが」


「ふむ。皆よく来てくれたな」


「ハカセ、ドラゴンに関して、何か分かったと言っていたが?」


「まぁ、そう急かすな、シオン。まずは、この子たちが疑問に思っている事を、説明せねば。子供達よ、なんか疑問はないか?」


 即座に手を上げたのは、ダイスケだった。


「質問! 質問!」


「たしか…そっちの坊やはダイスケ、だったけのう。なんじゃ?」


「アオイが海の向こうを渡ったって言ってたけど、どうやって渡ったんだ!?あんなに大きいんじゃ、泳ぐのは無理っぽいし!」


「うむ。それは、古代人の遺産、潜水艦を使ったのじゃ」


「せんすいかん~?」


「水に潜れる乗り物じゃ。それを発掘、修理して、海を渡ったんじゃ。トラブルはあったが、おかげでドラゴンに見つからず、海を渡れたんじゃよ」


 今はまた壊れてしまったが、とハカセは頭の後頭部を掻く。


「他は?」


「はーい! どうしてハカセは、文字を読めるの?」


「わしを育ててくれたじいさんが、文字を知っていてのう。古代書を使って、文字を教えてくれたのじゃよ」


「おじいさん?」


「もう、何年も前に死んだ。他は?」


 センリは一歩出て、博士の服装をじろじろと観察する。その視線に、ハカセは気を害したわけでもないが、首を傾げた。


「おぬし、たしかセンリだったけのう。この服が何か?」


「その白いの、なんていうの?」


「たしかに、ワンピースじゃなさそうよねぇ」


「これか? これは白衣というものじゃ。古代人の学者が着ていたらしいぞ」


「ハクイ…」


 そう呟いて、センリは何やら考え込んでしまった。


「センリ? ハクイがどうかしたか?」


 考え込むことが少ないセンリに違和感を持ちながら、ランは問いかける。


「見たことがあるような…そんな気がする」


「…ユリの服に似ているからじゃなくて?」


「違う、と思う」


「事情は分からんが、そろそろ先に進めても良いかの?」


 ランは軽く手を挙げた。


「あ…その前に一つ、いいか?」


「いいぞ」


「どうして、ドラゴンを倒せると思ったんだ?」


「…と、いうと?」


「普通は、あんなおっかない化け物、倒すことは無理だと諦める。例の古代書を見て、倒せると思っても、それはドラゴンの情報を集めるためと言っていた」


 つまり、古代書を発掘…海を渡る直前に、ドラゴンを倒せる根拠…もしくは理由があったということだ。


「ドラゴンの弱点を知っている風でもないし…出来れば教えてくれないか?」

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