第7話

 その待ち合わせ場所と言うのは、遺跡群の外れにある、大きな門が聳えられた先にある遺跡のことのようだ。


 だが、そこを登るとドラゴンに見つかるかもしれないので、山からその建物に入ることになった。


 着いたのは太陽が真上よりも多少傾いた時間だった。日差しが強く、昨日の雨で濡れていた地面も渇いていた。


 途中で馬を下りたランが、木々の隙間から見える、それを見つめた。


 わりと大きい建物だ。ここに来たことはないが、どうやらこの建物は破損が少ないらしい。


 傾斜を下りていくと、狭いが少しだけ拓けた所に出た。木々の枝や葉で隠れている程度のそこは、真ん中に小さな遺跡があった。本当に小さな遺跡だ。だが、それは人一人が入るのがせいぜいのようで、どうやら、人が住むために作られた物ではないらしい。


 その横に見覚えのある馬が、生えている草を食べていた。


「姉さんの馬だな…無事のようだ」


 ランはこっそり胸を撫で下ろす。


 シオンはソウの肩を撫でる。ヒヒッとソウが鳴けば、アオイの馬も呼応するように小さく鳴く。


「これ、なに?」


 センリが小さな遺跡の正面を覗き込む。


「おれは知らないが……シオン、知っているか?」


「たしか…祠といったか」


「ほこら?」


「カミサマという、偉い人を祀って…いや、人じゃなかったかな。とりあえず、神様の家の小さい版、と俺は聞いたが」


「カミサマ? 小さい版? これよりも大きい、カミサマの家があるの?」


「ある。他の遺跡と雰囲気が違う遺跡が、半分くらいそれだと聞いたことあるが…詳しいことは知らん」


 シオンはソウの手綱を離し、遺跡に続く道から顔を覗き、辺りを注意深い目で視線を巡らす。


「ドラゴンは、いないみたいだな」


 数段しかない階段を下り、三人を手招きする。


 降りた所のすぐに、石造りの奇妙な門が立っていて、割と近くに遺跡があって、狭い道になっていた。四角い石が道のように、一定の位置に埋め込まれており、その先には、四角い石ではなく、それを隙間なく合わせて出来た石の道がある。左の道に続いているようだ。


 遺跡は後ろ姿だが、それでも今まで見てきた遺跡とは違う趣をしていた。


 立派な屋根に、壁に埋め込まれているように見える、木の枠。で出来た戸に、右側には、渡り廊下でその遺跡と繋がっているらしい、こじんまりとした遺跡がある。


「こっちだ」


 左側の道の方に行く。ラン達はその後に付いていった。


 空はもちろんこと、四方の警戒も怠らない。


 遺跡の角を曲がると、道の左側に像とその奥に祠が鎮座してあった。


 建物の横を通り過ぎ、改めて見ると、像は一体だけではなく、祠の横にも一体、そしてその横には石碑が置かれていた。


 手前にあった像は、台の上で胡坐を掻き、片手で輪を作り、もう片方も膝の上に乗せ、半円の形を成していた。まるで蜂の巣のような髪型をしており、目は閉じられているように見えるが、よく見ると薄く開けられている。


 奥にあった像は、台の上で佇んでいた。ゆったりとした服装をしていて、髪がない。


 二体とも、詳しい姿は分からない。長い間、外に曝されていたせいか、風化しており、けっこう削られている。


「ねぇ、これ、なに?」


 センリがそう言って指を指したのは、石で造られた塔だった。センリよりも少し高い。


「それはトウロウだ」


「とーろー?」


「トウロウ。古代人のそのまたの古代人が作った物らしい。そこに穴があるだろ? そこに火を灯して、辺りを明るくするんだ」


「ほうほう…」


「よく知っているな」


「おれのばあさんの受け入りだよ」


「じゃあ、あれは?」


 センリが次に興味が湧いたのは、遺跡の正面にある小さい屋根の下にある、杵のようなものだった。


「ダイスケ、知ってる?」


「知らねぇよ。杵みたいだけど、違ぇみたいだし」


「名は知らないが、オコウというものを焚くものだと、ハカセから聞いたことある。とりあえず、先に進むぞ」


「この中じゃねぇの?」


「その中は狭い。広い所がもう少し奥にある」


 少し行った先にも、同じような遺跡が並んでいた。奥には緩やかな階段があり、さらに奥へと続いている。


「あそこに同じ像が並んでいるな。いーにーさーしーごーろーちー…七体あるな」


「でも、真ん中の違う」


「なんか色も違ぇし、大きさも違うな。形も違う」


「油断するな」


「へいへい」


 階段を下りると、じゃぽじゃぽという、水の音が聞こえてきた。


 視線を巡らすと、左側に屋根付きで、水が溢れている石の桶みたいなものがあった。


「この遺跡だ」


 その遺跡は、たしかに先ほどの遺跡よりも大きい。一見、似たような構造だが、木の色が丸裸だ。


 さらに角を曲がると、砂利の敷かれた庭が広がっている。


 そしてその真ん中に、威圧感のある、草で出来たかのような屋根が聳え立っていた。まるで、迫りくるような迫力だ。


 その下に、大きな鉛と丸太が静かに吊るされていた。


 ちょっとの風じゃ揺れないくらいの、重さはありそうだ。


(たしか…あれみたいな、小さいのが転がっていたな。たしか、カネ、だったかな)


「大きいね」


「あの丸太で、あれを叩くのか…?」


「間違っても、叩くなよ」


「分かってらぁ」


 少し拗ねた様子で唇を尖らし、砂利の意思を蹴りあげるダイスケ。それを真似しようとしたセンリを、片手で止める。


「コイツの真似はしなくてもいい」


「わかった。あ、あそこにも七体、像がある」


「本当だ! でも、さっき見たのとなんか違ぇみたいだな」


「みんな、違う」


「…早く中に入りたいのだが」


 中に入る扉に手を掛け、像に夢中になっている二人に、シオンは半眼で見据える。


 その視線に痛まれなくなったのは、見られている二人ではなくランだった。


「なんか…ごめん」


「いや、お前に言ったわけじゃないんだが」


「なんか、謝りたくなって」


「……お前も苦労するな」


「あはは…ダイスケ、センリ! ドラゴンが来るかもしれない。早く入るぞ!」


「はーい」


「もうちょっと…」


「ダイスケ、ラン、呼んでいる」


「だから、もうちょっとだけだって!」


「ダイスケ! 李の数、減らすぞ!」


 ダイスケは、少し拗ねたらしく唇を尖らせ、わぁったよ、と苛立ちを含んだ声を出し、シオンとランの元に行く。センリもその後についていく。


 シオンは立てつきの悪い扉を開ける。


 埃とカビ臭さが一気に漂ってきて、思わず眉をひそめた。


 目の前には段差に、壁。左に奥に入るための穴がある。


 その穴を潜り抜ける。


 中は広かった。床や壁至る所に穴が開いているが、他の遺跡に比べたら、比較的に崩壊していない。


 部屋の奥には、かつては華やかだっただろう装飾と台座は、すっかり変わり果て、色褪せて蜘蛛が巣を張っている。そしてその真ん中の上…戸棚のような所に、一体の像が端坐していた。


 それは、この遺跡の敷地内に入って、最初に見た像にとてもよく似ている。だが、その像に比べてこの像は、遺跡の中にあったからなのか、外にあったものに比べて風化はしていないようだ。細められた目がこちらを見下ろしているようで、居心地が悪い。


 その像の横には木で作られた段差があり、さらにその横には容器の欠片が散乱していた。恐らく、元々段差の上にあった物が落ちたのだろう。


 そして部屋の真ん中に、大小の二つの人影が向かい合うように座っていた。


「やっと来たかい。遅かったじゃないか」


 大の人影…シオンの姉、アオイだ…は片胡坐を掻き、膝小僧を天井の方に向く感じで座っており、入ってきたこちらを見据える。


「おっそーい! 待ちくたびれたじゃない!」


 ユリは正座を崩さず、頬を膨らませ、甲高く声を荒げた。ドラゴンが焼き払って、もう残っていない遺跡から見つけた棒の先端で、三人を指す。大層ご機嫌が斜めっているようだ。


「ごめん。姉さん、思ったより顔が黒くなっていないね」


「途中に水を汲める所があったろ? そこで洗ってきたのさ」


 シオンの声色が柔らかくなった。身内だからだろう。無事だった安堵もあるが、一緒にいる安堵の方が大きいようだ。


 ぎしぎしと床が歩くたびに軋む。間違えた所に足を踏み締めたら、崩れそうだ。


 二人に歩み寄り、ランは改めてアオイを見る。


 赤茶色の長い髪を白い布で高く結い上げている。白のタンクトップ(お腹…臍は出している)にその上に深い緑色の裾が短い上着に、上着とお揃いの色をしている、かなり短い短パン。


 目は吊り上っていて、色はシオンと同じ青空を切り取ったように青い。


「アンタがランかい? そっちの坊ちゃんと嬢ちゃんがダイスケにセンリだね」


「そうだけど…ユリ、話したのか?」


「えぇ!」


「色々と話してくれたよ。弟から聞いていると思うけど、アタシはアオイさ。今後ともよろしく」


「こちらこそ」


「まぁ、立ったままってものなんだ。とりあえず、座りな」


 シオンはもう既に、アオイの隣に座っている。その隣にダイスケ、ラン、センリ。センリの隣にはユリという、半円を描くように腰を下ろした。


「さて、この土地にいる人間はこれだけかい?」


「ランが言うには、そうらしい」


「そうかい…まぁ、多い方だ」


 前に行ったところは人の跡もなかったしね、とアオイが四人を見回す。

 見られる視線に少し戸惑いながら、ランはおそるおそると手を上げた。


「あの…そろそろ、話してもらっていいか?」


「あぁ、そうだね。弟よ、何処まで話した?」


「生存している人間を探していた、とだけ」


「探している理由は、まだ話していないってことかい。よし、順番に話そうか」


 立てていた足も胡坐を掻いて、アオイは膝小僧に両手を置く。


「アタシらは、ここよりも離れた遺跡街…アンタらが何て呼んでいるか知らないけど、そこから来たんだ」


「ここ以外にも遺跡があるのか!」


「あはははは! 遺跡は古代人の遺産。街は一つとか限らない。昔はたっくさんいたというしね。ここは遺跡が少ない方さ!」


 可笑しそうに豪勢な笑声をあげるアオイ。ランはそんなアオイにどこか既視感を覚えた。


「アタシたちは、とある人に頼まれて、この辺の遺跡街に行って、生存者を探す旅の途中なんだ」


「とある人…? 誰なの?」


「シオン、そのとある人って、さっき言っていた、ハカセっていう人のことか?」


「察しがいいな…そうだ」


「ハカセ…? それ、名前?」


 センリは首を傾げ、不思議そうな顔をする。ユリは目を見開いた。


「へぇ…ハカセっていう人が…」


「ハカセは、本当の名前じゃないみたいだけど…そう名乗っているから、アタシらはそう呼んでいるのさ」


「で、そのハカセが人を集める理由ってなんだ? 聞かされているはずだろ?」


「協力者集めだ」


「協力者…?」


 胡乱な表情を浮かべ、ランは二人を凝視する。


「きょー…?」


「うーん…目的を成し遂げるのに、一緒に行動してくれる人のこと、かしら?」


「ほうほう…きょーりょくしゃ…きょー、りょ、くしゃ? きょーりょ、くしゃ?」


「きょーりょく、しゃ、ね」


 そんなセンリとユリの会話を聞いていたアオイが、ふーん、と呟く。


「変わった子だね」


「ああいう子なんだ。気にしないでくれ」


「あいよ。で、話を戻すんだけど」


「協力者とは一体何の?」


「退治だよ」


 アオイは口端を吊り上げて、不敵そうに笑う。


「ドラゴン退治の協力者さ。アンタら、協力してくれるかい?」


 その声はとても凛としており、迷いもない住み通った言葉に、嘘は乗せていなかった。

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