第4話

「結局、変わらねぇじゃん!!」


 憤りながら、ダイスケは大股で獣道を歩いていた。一歩一歩踏み締める度に、そこにあった草をぐりぐりと捻じる。


 その後ろでセンリが追いかけながらも、微妙な距離を保っていた。


 今日は昨日の天気が嘘のように、太陽が爛々と輝いて、雲はあるが少ない空が眩しい。だが、雨の影響がまだ残っているのか、とても蒸し暑い。


 山の中は木々が影となっており、遺跡群がある所よりは涼しいが、それでも汗が溢れ出て、服が体に張り付いて気持ち悪い。


「こうなったら、いっぱい食料を見つけるぞ、センリ!」


「うん、頑張る」


「で、盗み食いする!」


「それは、ダメ。二人に怒られる」


「言わなきゃ、バレねぇよ」


「この前、怒られた」


「それは、お前がバラしたからだろ!!」


「嘘は良くないって、ユリが言っていた、よ?」


「りんきおうへんっていう言葉知らんのか!! あ、知らないか…」


 罰悪そうに顔を歪めるダイスケだが、センリは気にしておらず、むしろその前にダイスケの言った言葉に興味があるようで。


「りん、おー…?」


「り、ん、き、お、う、へ、ん! 意味は…かーっ!! 説明は苦手なんだよ! 後でランに訊け!」


「うん、訊いてみる」


 その後、センリは忘れないようにか、「りん、き、おーへん」と小さな声で何度も繰り返し呟く。


 ダイスケは、センリに気付かれないよう、溜息をついた。


 疲れる。センリと話すと、疲労感がどんっと来て、どうしようもない。


 センリの事は嫌いでも好きでもない。ただ、動作も口調ものんびりとした彼女は、せっかちなダイスケにとって苛々を増長するものでしかないのだ。


 ランとユリはよく苛々しないものだな、とダイスケは少し羨ましく思った。


「ダイスケ、ダイスケ」


 名を呼ばれ、ダイスケは緩慢に振り向く。


「なんだよ」


「あれ、なに?」


 ダイスケはセンリの視線の先を見やった。少し離れた場所に桃色の色の実がなっている木が一本、生えていた。


「おぉ! 李じゃん!」


「すもも?」


「甘酸っぱくて、美味いんだぜ! いっぱい生っているから、少しくらい食べても、問題ないな!」


 ダイスケは李の木が生えている周りの地面をざくっと見た。ある程度開けた場所だからなのか、太陽の光が燦々と照って、昨日の雨の名残は無さそうだ。


 さっそくダイスケは、李の木に駆け寄って、その勢いに任せて幹に蹴りをかました。


 ぼとぼと、と全部とは行かないが、李が地面に落ちる。


 駆け寄るセンリに背負っていた空の籠を渡し、ダイスケは片腕を回した。


「他のも落とすから、拾えよ」


「わかった、拾う」


 センリが籠を地面に置き李を拾って、籠の中に入れている姿を確認して、ダイスケは木を蹴って揺らす。


 途中、「いたっ」という声も聞こえ、一瞥した。蜜柑が頭の上に落ちたのか頭を擦っていて、大丈夫か、と訊いたら、大丈夫、と帰ってきたので、そのまま続ける。


 全部、落ちたことを確認して、一緒に李を拾う。


「たくさんあるね」


「だな。ちょっと重いから、三つずつ食べるか?」


「盗み食いは良くないって…」


「こういう時はいいんだよ。りんきおうへんだ」


 ほらよ、と出された三つの李を受け取って、センリは不思議そうな顔をして、ダイスケを見つめる。


「こうやって皮を剥くんだよ」


 ダイスケは裂け目に爪を引っ掻け、皮を剥く。甘い匂いが鼻腔を掠め、それと同時にクリーム色の実が姿を現した。水分が多そうで、美味しそうである。その実を齧って、ゆっくりと噛みしめる。甘くて酸っぱい果汁が口の中に広がり、腹が満たされていく。


 その一連を見たセンリが、見よう見真似で皮を剥き始めた。不格好だがなんとか皮が剥け、一口、口に含む。


「おいしい…」


「だろ?」


「栗よりもおいしい」


「あー。あれ、パサパサしてて喉渇くもんな」


「すもも、おいしい…」


 えらく気に入ったのか、そればかり口にして食べ進む。ダイスケは息を吐き捨て、自分も再び李を口に運ぶ。


「蜜柑も探したらあるかもな。桃は…まだだな」


「みかん? もも?」


 センリが手を止め、ダイスケに訊ねた。


「桃は果物で甘酸っぱくて、美味いぞ。蜜柑は桃に比べたら、甘くないけどな。センリは気に入るんじゃねぇか?」


「すももよりも、おいしい?」


「食べてみたら分かるんじゃねぇの?」


「たのしみ」


「そーだな」


 相槌を打ち、辺りを見回す。動物の気配はない。


(まぁ…何かいるんだな、コイツが気付くだろうけど、今はすももに夢中だからな…オレがしっかりしねぇと)


 センリは気配に敏感だ。近くにいる動物の気配を誰よりも先に気付く。自分たちになると、その気配は誰のものが分かるのだ。目も鼻もダイスケよりも優れている。


(鈍いんだか、鋭いんだか)


 いや、どちらかといえば鈍いだろう。


 ダイスケはそう納得させ、李を一個完食させた。


 種が大きいので、一個で食べられる量はそんなにない。


「ねぇ、ダイスケ」


 二個目の李の皮を剥いた時、李に夢中だったセンリが唐突に口を開く。


「なんだよ」


「ドラゴンって、そんなに怖いの?」


「センリはドラゴン見たことなかったけな?」


 センリは、うん、と頷く。


 ダイスケは少し考える素振りを見せ、にやりと笑う。


「おっそろしいぞ! 口からでっけぇ炎は出すし、でっかいし!! 人間を見つければ、すっげー追いかけてくるし!」


「どれくらい、大きいの?」


「山ってくらい大きいぞ! 緑色なら、違和感ねぇ!」


「ほうほう…倒せないの?」


「倒せたら、古代人は苦労しないぜ。古代人が太刀打ちできなかった怪物を、今のオレたちが倒せる相手じゃねぇ」


 センリは食べかけの李に視線を戻す。ダイスケはさらに続けて言った。


「話によると、ランの両親、ユリのお父さんはドラゴンに殺されたらしいぞ」


「りょーしん? おとー…?」


「オレも分からねぇけど…いや、ランの両親が俺の両親みたいだったのかな」


 ダイスケは、赤ん坊のころにランの祖母に拾われた。ランも生まれていたので、まるで兄弟のように育てられた。


 ランの両親の事をなんて呼んでいたのか覚えていない。たしか、ランの両親が死んだのが、三歳くらいだったと思う。


 幼かったからなのか、ランの両親の事は覚えていない。ランは断片的に覚えているらしい。


 だが、どっちにしたって、ダイスケは両親と言うものを知らないのだ。


「ダイスケ? どうしたの?」


 センリの声に我に返り、ダイスケは頭を振った。


「なんでもねぇよ。両親っていうのは……えーと…自分を産んでくれた人たちが両親で、男がお父さんで女がお母さんっていうって、ばあちゃんが言ってたけど」


「産んでくれた人…?」


「ばあちゃん曰く、どんな生物にも必ず両親はいるってよ」


「このすももにもいる?」


「生まれてきたんだからいるんじゃねえの?」


「じゃあ…わたしにもいる?」


「いるんじゃねえの? 生きているかどうかは別として」


「おとーさんにおかーさん…生きていたらいいなぁ」


 何故か嬉しそうに笑うセンリにダイスケは違和感を覚えた。

 なんというか。


「センリ、お前ってなんか変わっているな」


「変わっている?」


「なんで笑うんだ? なんていうか、笑うっておかしいなと」


 ダイスケの言っている意味が分からないのか、センリは首を傾げるだけ。


「わたし、笑ったらいけないの?」


「そういうことを、言っているんじゃなくてだな…なんていうか、その…生きていたらいいなって言いながら、そんな風に笑うのは変だよ」


「? だって、おとーさんとおかーさんっていう人がいるかもしれないんだよ? 嬉しいって思ったらダメ?」


「駄目じゃねぇよ。なんていうか…かーっ!! お前と話してると、話のオチが見えねぇ!!」


「おち…? 落ちるの?」


「この話はなしだ! おじゃんだ!」


「おじゃ…ん?」


 訊き返してくるセンリを無視し、ダイスケはイライラをぶつけるように李に齧りついた。


 センリは首を傾げるが、それ以上何も訊く気がないのか、再び李を食べ始めた。


 木々が風に優しく吹かれている音がする。虫の声が聞こえる。


 ダイスケは苛々しながらも、その中で怪しい音がないかどうか、しっかり聞き耳を立てる。


「ねぇ、ランとユリ…何か見つかったかな?」


「知らねぇよ」


 不機嫌さを隠さないで、冷たく言い放った。センリは傷付いたような表情はせず、そうか、と納得した素振りで首を縦に振る。


 その時、センリの顔が不意に上がる。


 辺りを見渡す彼女に気が付き、苛ついた表情を消し真剣な眼差しでダイスケは同じく周りに視線を行き来させる。


「何がいるのか」


「…上」


「上?」


「空」


 ダイスケは木々の間から空を見上げる。

 静かに、彼女は呟いた。


「来る」


 刹那。


 風が止む。

 虫の声が聞こえなくなる。

 大地が唸るように揺れる。

 ごごごご、と鼓膜が破れそうな轟音が山の中に響き渡る。


 ダイスケは思わず、両手で耳を塞いだ。センリは塞がず、ただ空を仰ぐ。

山の奥から強い風の音が聞こえてくる。


こっちに迫ってくる。


この感覚。ダイスケは何度か経験したことがある。


これは…。


「センリ、隠れるぞ!」


 すごい剣幕で、ダイスケはセンリに怒号した。


 センリは、ダイスケの声に気付き振り向いた。


 だが、言われた言葉の意味を理解していないらしく、ただダイスケを見つめるだけ。


 ダイスケはセンリの手を引っ張り、近くの木の根元に駆け寄って、ぴたっと幹に縋り付くように引っ付く。


「息を殺せ。息を止めるんだ」


 二人は空を見上げた。

 強風と共に、空が暗くなる。


 そして。


 雲のように飛んでいる、とても大きくて、クリーム色の蛇の腹が頭上を通り過ぎていく。


 ダイスケは怯えを含んだ表情をして、センリは食い入るようにそれを見つめた。


 それが通り過ぎた後。風が止んでからしばらくして、緊張の解けたのか、ダイスケは幹に背中を預けた。


「ふぅ…なんとか、見つかれずに済んだか…」


 先程まで鳴き止んでいた虫が、息を吹き返したように再び奏で始める。


 空を凝視したまま、センリはダイスケの手を解き、木の下から出た。


「今の…」


「ドラゴンだよ。にしても、今年は来るの早すぎだろ…」


「でも、もうすぐ来るって」


「いつもなら、梅雨が明けて、しばらくした後に来るんだよ」


 まだ食料溜めてねぇのに、と絶望した風に嘆息する。


 いつまでも、こうしているわけにはいかない。ダイスケは、幹から離れて、先ほどの強風で倒れた籠を起き上がらせ、落ちた李を拾う。


 センリの視線はまだ、空から逸らされていない。「ドラゴン…ドラゴン…?」と何やら呟いている。


「おい、お前も手伝えよ!」


「ダイスケ」


「あんだよ」


「ドラゴン…どこに向かったのかな?」


「決まってるだろ、自分の巣………!!」


 ダイスケはハッとドラゴンが去った方角に顔を上げる。


 そういえば。

 この方角は。


 血色の良い顔色が一気に青褪め、籠を背負うと突っ立っているセンリの腕を掴んだ。


「行くぞ!」


「どこに?」


「ドラゴンの後を追うんだよ!」


「どうして?」


「分からないのかよ!」


 ダイスケは怒鳴った。その声色は、焦りと恐怖が滲み出ている。


「ドラゴンが向かった先は、遺跡群…ユリたちがいる場所だ!!」

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