第3話

 センリの予想通り、雨は再び降り始めた。


 昼降った豪雨に比べれば弱いが、それでも強い雨である。センリ曰く、「朝まで止まないと思う」とのことなので、食料配達は中止になった。


「もう! こう雨が続くと、嫌になっちゃう! あぁ、でも夏になったら、ドラゴン来るし……あぁ、もう! これだからこの時期は大嫌いなのよ!」


「ユリ、落ち着け…気持ちは痛いほど分かるが、家で大声出すな。耳に響く」


 ランが迷惑そうに宥めると、「あ、ごめん」とあっさりと謝り、前に突き出していた片足を引っ込めた。


 ユリは、黒に近い茶色の髪を腰まで伸ばし、白のワンピース(ただし、肩に掛ける紐はない)を身に纏っている。そのワンピースは先日に遺跡で見つかった物で、ユリは一目でそれを気に入って、以降大切に着ている。


「でもよ、たしかにこう雨が続くとよ、イライラするぜ」


 唇を尖らせ、不満げに愚痴を零す少年の名はダイスケという。


 ダイスケは、茶髪でランよりも短く切り取られた髪は、ぼさっとしている。白のTシャツの上には、さらに前と後ろにでかでかと、黒で『7』という奇妙な文様が描かれている、目に眩しい(発色というものらしい)黄緑色のノースリーブを着ている。下は白の半ズボンだ。


「家は風通しとか悪いしよ…梅雨と夏の間だけ、遺跡に移り住みたいぜ」


 ダイスケはそう言って、家の天井を見上げた。


 家といっても、遺跡のような所ではない。小さな洞窟だ。四人だけなら十分な広さ…そして隅のほうに壺と鍋が無造作に転がっている。その横には簡易な棚があり、今はないが、普段そこは食料が置かれている。


 出入口は、一四歳の子供達(センリはおそらく歳は違う)でも、屈まないと入れないくらい狭いものだ。出入口からここまでの道のりもランの身長の二倍はあるので、当然、中まで光は入らない。だから洞窟の中は、古代人の遺産であるランプで照らしている。


 ランプの形状は顔よりの小さいくらいの大きさで、ランプの明りが点く所はガラスで覆われており、上には鍋の蓋にも似た蓋に、下は台座らしき物がぶら下がっており、そこにスイッチがある。


 ランプとやらの仕組みは分からないが、どうやら太陽の光を浴びたらその分だけ使えるらしい。


 そこだけは不便だが、猪や熊といった大型動物は入ってこないし、入って来ても子供なので、安心して寝られるわけだ。


「無理言うな」


 ランが溜息混じりに呟く。


「いくら遺跡が古代人の住居だったとしても、今じゃいつ崩れ落ちるか分からないし、とても人が暮らせる環境じゃない」


「んなことは分かっているよ。あーあ! 不便ったらありゃしねぇ」


 イライラをぶつけるように吐いた後、ダイスケはその場に寝転がって不貞寝し始めた。


 ラン達が言う遺跡、とは古代人が住宅として使用されていた、あるいは何かを生産する際に使用されていたとされる施設の総称である。


 ほとんどの遺跡…特に住居として使われていただろう遺跡は、外も中もボロボロ。屋根が崩れて壁は無いようなものだし、中も水浸しで何かが溶けた後や、中まで蔦や苔などの植物が這っており、とても住めるところではない。地震が起きたりでもしたら、簡単に潰れそうなくらい危険なのだ。


「でも、ドラゴンが来る前に、遺跡でお宝発掘しないと!」


 遺跡は広い平らな土地…しかも木が生えていない土地に密集しており、遺跡と遺跡の間も大分空けている為、森や山に比べて死角がかなりなく、ドラゴンに見つかりやすいのだ。


 夏の間はずっと、ドラゴンはいる。それなのに、夏に隠れる場所がないそこに行くというということは、自殺行為と同じことだ。


「もう大体見てきたと思うが…」


「そうね。それにおばあちゃんの時代もその前の時代も、遺跡にある物を物色したわ。でもね! あたしたちから見れば、使えないって捨てられた物を利用価値があるんじゃないかしら?」


「まぁ、一理あるな」


 ランが同意した途端、ユリはランに詰め寄った。ランの顔を覗き込むように近付き、にこりと笑う。


「でしょ? なら、明日さっそく行きましょ!」


「その前に明日の役割分担だ。食料と水の確保。それから遺跡調査」


「今日はランとセンリが水と食料調達したから…明日はランとあたしで遺跡の調査をしましょう!」


「ずりぃぞ、ユリ! オレも行きたい!」


 ユリは不服そうに目を細め、怒るダイスケに視線を投げた。面倒くさそうな、視線である。


「誰かが水と食料を調達しないと、餓死するわよ?」


「それは分かっている! けどな、オレの意見無視で話進めるのは、納得いかねぇ! なぁ、センリ!」


 急に話を振られたセンリは、膝を抱え、うーんと目を閉じて唸る。


 少し経って、彼女はおもむろに口を開いた。


「どっちでもいいよ」


 本当にどっちでもいい、どうでもいい、という声音にダイスケは肩をわなわな震わせ、そして大声を撒き散らしながら立ち上がった。


「かーっ!! お前のそういう、ゆーゆー…」


「優柔不断?」


「そう! 優柔不断なところが、すっげーイライラするし、ムカつくんだよ!!」


 怒鳴られて驚いたのか、怖いのか、センリはそそくさとランの背中に隠れて、そこからダイスケを窺う。


「ランの後ろに隠れるな! 向かい合って意見しろ!」


「ダイスケ、落ち着け。センリ、センリは別に優柔不断じゃないよな?」


 センリは小さく頷いた。


「うん…本当にどっちでもいい…」


「お前、いつもそうじゃねえかよ! たまには、はっきりしろよ!」


「そう言われても…困る…」


「だー!! そのトロくさい口調もどうにかならねぇのかよ!」


「はっきりした口調のセンリなんて、想像出来ないわ…」


 ユリの言葉にランは、口を閉ざしながら首肯する。ダイスケも黙ったままだ。言われると想像出来ないので、言い返す事が出来ないのだ。


「と、とりあえず! 勝手に決めんな! こういうのは、こーへいにジャッジだって、ばあちゃんが言ってたろ!」


「こーへい? じゃっじ?」


「公平。まぁ、平等ってことだ。ジャッジは…決めることだが、この場合、使い方が違うと思う」


「ふむふむ」


「と、いうわけで! 公平に決める方法、ラン! 考えろ!」


 言いだしっぺの癖に考えるのはおれに押付けか、と少し苛立ったが、いつものことだとその気持ちを押しやる。


「なら、アミダクジだ! これでいいだろ」


「あみだ、くじ?」


「そういえばセンリは、ジャンケンしかしたことなかったわね」


「やりながら説明するから、とりあえず立とうか」


 三人は腰を上げて、着いた砂を手で払う。


 ユリは鍋たちが転がっている場所から、一本のアルミパイプを取り出して、それをランに手渡した。


 ランは大きな四本の線を並ぶように真っ直ぐに描き、その中の二本の下に丸を描きこむ。そしてその四本の線を結ぶように、いくつかの線を描きこんでいく。パッと見、どこに繋がっているのか、分からないように細かく…。


「こんなものか…よし、並んでくれ」


「ならぶ?」


「センリは私の隣に並びましょうか」


 ユリはセンリの手を引いて、線の上に立つ。ランとダイスケも、他の線の上で同じように並んだ。


「これ、丸に着いたやつが遺跡調査組か?」


「あぁ。まず、おれが手本を見せる。センリ、よく見るんだ」


「うん」


 線の上を歩く。分かれ道になると真っ直ぐじゃなく、逸れた道を行って、下へ下って行く。


 左へ。右へ。右へ。左へ…。


 やがて、丸が付いている線まで辿り着いた。


「おれは遺跡調査、か」


「あと一人かよ!」


「よし、センリ。やってみるか?」


「これ…線の上を歩いて、他の線に当たったら、曲がるの…?」


「あぁ」


「うん、頑張る…」


 センリは歩き出して、線の上を歩く。三人はセンリが間違えないが、はらはらした心持ちで見守る。


 何度か間違えかけたが、一応間違えることもなく、センリは終着地点に辿り着いた。


「何もない」


「センリは、水と食料調達だな」


「これで分からなくなったわね…」


「ユリ、負けねぇぞ」


 ダイスケとユリは睨みあい、見えない火花を散らす。

 そんな二人を見て、ランは嘆息する。


「とっとと決めたいから、二人同時に出発してくれ」


「しゅー!」


「ふしゃー!」


「威嚇するな、出発しろ!」

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