第7話 ベイリーさんと石井さん

(わたし、どうしてあの子と一緒に登下校すると言ったのだろう)

 シャルは自室のベッドに座り、考えた。シャルはいつもひとりだった。ひとりでなんでも我慢してきた。我慢すればいずれ通り過ぎるのだ。それでよかったのに。

(樹里。不思議な子。少し強引だけど、嫌な感じがしなかった)

 ベッドから立ち上がり、カーテンを開く。高層マンションからの夜景はきれいだった。樹里はこの光の中のどこに住んでいるのか、思いを馳せる。

「シャル、夕飯の時間よ」

 夫人の声がした。シャルはカーテンを閉め直し、部屋を出た。


 夫人は先に食事を済ませていた。いつもそうだった。娘を愛してはいるが、食事の遅さがどうしても受け入れられない。

「ゆっくりでいいのよ。あなたの食べやすいようにしなさい」

 そう言って夫人はリビングルームでニュースチャンネルを見始めた。30分ほど経っただろうか。娘の様子をうかがうと、彼女は手を止めてぼんやりしているのだった。

「シャル、どうしたの。具合でも悪い?」

「違うの、ママ。ごめんなさい、考えごとをしていたの」

「あら。食べるときは食事に集中しなくては駄目よ。まあ、あなたも年頃だから、色々と考えがあるのでしょうね。料理が冷めてしまっているわ。温め直しましょう」

「今日は、もういい。駄目?」

「今日だけよ。続くようなら、ママ怒るから」

「うん。せっかく作ってくれたのにごめんなさい」

 シャルは夫人に軽くハグをして、また自室にこもった。


 ――石井家。

「母さん、母さん!前に話したクラスメイトいるでしょ、はちみつ色の子。明日一緒に登校するの。もし嫌われなければ、ずっと一緒に登下校できるかも。ねえ、聞いているの、母さん。って、ああ! 私の肉が取られた!」

「姉ちゃんが隙だらけなんだよ、よそ見するな。うめえ」

「人の皿に手を出すとは、なんたる品のなさ。姉ちゃんはこんな弟を持って悲しい。ていうか肉返してよ。あんたの肉……もうない。くそ。母さん。母さんの肉1枚ちょうだい」

「石井家の人間たるもの、肉を奪われるとは嘆かわしい。母さんの肉はあげないよ。父さんの皿から取るのも駄目」

「はあい……」

 樹里は肩を落とした。

「まあいいや。今日はいいことがあったんだから、その分で補填すれば」

「例の可愛いっていう外人さんのこと?」

「そう、今日は痴漢に遭っているのに、泣くまで我慢しているの。誰かが守ってあげなくちゃ」

「ヒーロー願望もいいけど、行きすぎないように。あんたの夢は昔から戦隊ヒーローになることだったね。現実と物語は違うんだから」

「あ」

 なりきりすぎて引かれる。あり得ることだった。

「さて、今日は早く寝て英気を養わなきゃね。どんな暴漢もやっつけてやる」

「さっき言ったこと、ちゃんと理解しているのかね、この子は」

 樹里は食事を終え、お腹がこなれるまでスマートフォンでSNSを見始めた。

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