fileⅠ final 黒薔薇の弟子Ⅰ

とりあえず病院の中に入り、千葉の病室を一直線に目指す。

だが、病室に入っても、そこにはまだ眠っている千葉がいるだけで愛知の姿は何処にもなかった。

焦って思わず愛知の携帯に掛ける。

「愛知!!今どこいるんだ!!」

「えっ!?有栖!!?ホントに急にいなくなっちゃって心配したんだか…」

「俺のことはいい!今どこにいるのか教えろ!!!早く!!!!」

『わっ、わかったわよ……。今はロビーの自販機で飲み物買ってる。』

「そうか、ロビーだな!!今すぐ行く!!!」

『ちょっと有栖!?』


とりあえず、愛知のいるらしいロビー自販機の近くへと急ぐ。

愛知まで自分のせいで倒れさせてたまるか!!俺のなかでその不安感と危機感がバクバクと心臓を高鳴らせ、額から滝のような汗が溢れ出す。

「はぁっ……はぁっ……無事か……愛知……!!」

「ちょっと有栖!!?すごい汗だよ!大丈夫!?」

「それより愛知!怪我はないか!?呪いとかもないよな!!」

「えぇ…?有栖ったら、飲み物買いに行くぐらいでちょっと大袈裟じゃない?」

「……何もないなら……いいんだ。」

「なにがなんだかわかんないけど、取り敢えず落ち着きなよ。とりあえず有栖が帰ってきた時のために飲み物2本買っといたんだけど、飲む?」

「悪いけど、俺はゆっくりしてる場合じゃ……」

「こんな事だからこそ、でしょ。有栖が何にそんなに必死になってるか、あたしにはさっぱりわかんないけど、今の有栖みたいな緊急事態の時こそ落ち着いて周りを見て、よく考えてみたら探し物は意外と近くにあるかも、なーんてね。」

「落ち着いて、よく考える……。」

「そうそう、特に今の有栖は、なんか余計なことまで自分で背負いすぎてる感じするからさ。ちょっとだけ、肩の重荷を下ろしてみなよ。」

確かに、俺は愛知の言うとおりレッドフードや犯人に関しても自分のせいだと焦りすぎていたのかもしれない。

「……ありがとう愛知。俺、焦ってたみたいだ。」

「わかればよろしい。さっきの有栖ってば事情を知らないアタシから見ても目に見えて焦ってたもん。」

「……それより愛知。この病院の中で怪しい人を見てないか?」

「怪しい人?それってどんな?」

「そうだな……例えば、『黒薔薇』って単語を誰かが呟いているのを聞いたりとかしなかったか?」

「黒薔薇……黒薔薇ねえ……特に怪しい人は見てないな。でも、確かほなちゃんの病室に黒い薔薇が飾られてたけど……それがどうしたの?」

「……それ、ホントか?」

「うん、そうだけど?どうしたの?また冷や汗すごいよ。」

「いや、なんでもない……それより愛知!俺はもう行くけど、ここは危ないから早めに帰れよ!!」

「はいはい、わかったわよー。………頑張りなさいよ。バカ」


俺はとある疑念を胸に、千葉が眠りについている病院にたどり着く。

ドアを軽くノックして、中に入ると相変わらず、千葉は眠りについたままで、病室の花瓶には黒い薔薇が備えられていた。

「……千葉、聞いてくれ。お前を襲った犯人がわかったんだ。」

俺は千葉の眠っているベッドの横に置かれたパイプ椅子に座ると、今回の赤い悪魔事件の概要を淡々と語る。

「お前が呪われた赤い悪魔の噂、信じられないかもしれないけどさ、それは魔術師ってヤツが仕組んだ魔術の一つだったみたいなんだ。信じられないだろ?ただでさえ赤い悪魔でさえ嘘みたいなのに魔術なんて、どんなファンタジーかっつーの。」

「それで、術を掛けた魔術師がこの病院に戻ってきてるってことが俺の知り合いの魔術でわかってさ。気が気じゃなくて急いでこの病室に戻ったら、一応、お前も愛知も無事で安心したよ。」

「でも、おかしいことがあるんだ。魔術師は『この病院』に逃げ込んだはずなのに俺はおろか、お前のお見舞いでずっとこの病室にいたはずの愛知もそんな人は見なかったんだ。」

「だけど、その魔術師が仮に俺を狙ってるなら、千葉を襲ったその次には、千葉と俺、その共通の知り合いの愛知を、そうじゃなくても俺を直接狙うはずだろ?でも愛知も俺も、そんな人物は見かけてもいないし、その『魔術師特有の単語』は聞いてすらいない。」

「それにこの状況、冷静に考えてみたらおかしいことがいくつもあったんだ。なんで、赤い悪魔の噂がとっくに止んだ後にお前は襲われたのか。それに、なんでお前の親族や近しい人間どころか、病院の職員すらも一人もこの病室に来ていないのか。」

「………それに、俺に噂を広めたのは誰なのか。それがとある一つの結論に纏めると、綺麗に点と点が線になるんだ。」 

正直、こんな推理は当たって欲しくない。

自分ですらこんな事は嘘だと思いたい。

正直、こんな辛い思いをするのなら真実なんて知りたく無かった。

「………お前なんだろ。赤い悪魔の噂を流して、レッドフードを差し向けた魔術師は。」

「………」

「答えろよ!千葉!!?」

「ふふっ、アハハハハッ!!」

ソイツはまるで心底面白い事を体験したかのように愉快そうに笑う。

その今までの千葉ほなみという少女とは明らかに違う少年のような笑い声が、俺の推理が当たっていた事を示していた。

・・・・は今まで着けていた呼吸器を軽々しく外し、ベットからも何もないかのように起き上がる。

そして今まで自分達に見せたこと無いような嘲笑うような笑みを浮かべた。

それだけで、俺が今まで顔を会わせてきた筈の千葉ほなみという人間ははどこにもいないことをこれ以上無いほどに痛感させられる。

「……あーあ、バレちゃったァ。」

「………やっぱり、そうなのか。」

「あぁそうだよ!!当たりも当たり、大当たりさ!!!僕は黒薔薇様の弟子で君を狙った魔術師本人だよ!ったく、性別まで偽ってたっつぅのに、こうあっさりバレちゃ張り合いないなぁ。」

「ふざけるな!お前が倒れたとき愛知は泣いてたんだぞ!!それに俺だって……!!」

「さあね、僕にとって興味も憧れも好感も全部黒薔薇様だけに捧げるもの。あの女の事なんて羽虫程度にしか思ったことはない。」

「……お前……!!!」

「だけどキミだけは別さ。キミの中のアレは、あのお方にとっても気に入って戴けるはずさ!!改めまして、僕の名前はダグズディスティレード……キミには僕と一緒に来てもらうぜ。」

少年は悪戯げな笑みを浮かべながら、俺に手を差し伸べる。

だが、俺はその手を払いのけて目の前の敵に向けて堂々と啖呵を切る。

「死んでも嫌だね!!」

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