【後編】アキ・ホーエンハイムを救いたい
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
Gate:Emethゲートエメス
-IMMORT ALCHEMISTイモウト・アルケミスト-
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
師匠と別れて数分後。
俺たちはエルナショナル大橋へと続く階段を駆け下りていた。
「やべぇ……急がねえとアキが大戦争の片棒担がされちまうぞ……!」
師匠からシヲの研究室の場所を聞いた俺たちはアキを無理やりにでも連れ戻すべく向かっているのだ。
「おにい、暗いンだから足元気をつけてね!」
「分かって……らァ!」
階段を下りて開けた場所に出ると、錬丹術で夜空へと飛び上がって一気に橋まで落下していく。
「よし……頼むぜハロウィ!」
「ンよち!」
空中でハロウィをアゾット剣に変え抜刀すると、
この力の全貌は俺自身まだ理解していない部分が多いが、頭の中で考えたことに関しては大体実現することができた。
着地の際は身体に返ってくる着地の位置エネルギーを空中に霧散させて……てな具合に。
「冷静に考えてみたら中々無茶苦茶な能力だよな」
「あたしのこと、見直しちゃいましたか……ふンす」
ハロウィが鼻を鳴らすと曲刀の反りが胸を張っているように見えてなんとも小癪である。
「このエレベーターに乗ったら行けるらしい」
「なンだか今日はエレベーターに乗ってばっかりだねぇ」
地下というのがより一層不気味で、俺には巨大な生物の腹の中へ入っていく気持ちだった。
何より、この先に待っているのは巨大な化け物より恐ろしい錬金術師なのだから。
最下層について止まったエレベーターが開くと、清潔感のある照明の光と静寂が出迎えてくれる。
「……なんだ、やけに静かだな」
「留守かな……研究室に居るとは限らないよ、おにい」
「そうだな……取り敢えず、一通りは確認してみるか」
真っ先に目を引いたのは間取りの真ん中にあるガラス張りの実験室だ。
内部には大量の長机やよく分からない機械が配置されており、この部屋だけでも相当な費用が掛かっていそうだと邪推してしまう。
「いかん……見物してる場合じゃねえな。とは言えこの部屋から行ける場所が多過ぎて何処から探せばいいか分かんねえぞ」
「待っておにい、なンだかいい匂いがしない?」
ハロウィは元の姿に戻ると、一番右奥に陣取っている部屋へと浮遊していく。
奥に誰かが居ることを見越してゆっくりと扉を開けると、そこには色々な薬品を調合したり食材の調理もこなせそうな部屋へと繋がっていた。
部屋の中央にある大きな台には幾つかの調理器具が置いてあり、確かに誰かの居た痕跡がある。
「おにい……この部屋だ」
ハロウィは匂いを辿ってさらに奥へと続く部屋の扉を指し示す。
「よし。念のため剣になっといてくれハロウィ」
「あい!」
俺はハロウィを構えると、そのまま勢いよく扉を開いて中へと突入した。
その先で、俺は静寂の正体を知る。
部屋の中心には透明なドーム状の揺らぎが
俺は勇気を出して揺らぎの中に手を突っ込んで見るが、振り回した手は何にも触ることなく突き抜けてしまう。
「くそっ……どうなってんだ!」
俺には錬金術の知識はまるで無いが、それでも二人がこの中に居るという予感があった。
だとしたら、俺がやるべきはどうにかしてこの中へ入ることだけだ。
両手を目の前にかざし、
「この変な繭を破いて……内側へ入るんだ!」
眼前に指をかけて引き裂いた次の瞬間、俺の破いた空間の先には澄み渡る青空が広がっていた。
「……は?」
「うそっ!? 本当に入れちゃったよ、おにい!」
原理はさっぱり分からないが、ええいままよと俺はその裂け目へと足を突っ込む。
足場の無い場所へ入っていくのは中々の恐怖心だったが、ここまで来たら引き返す気にもならなかった。
そして、俺たちは蒼穹の下へと投げ出される。さっきまで室内に居たことが信じられない。
どちらが上かも分からない景色の中で、俺は視線の先に身体を投げ出したアキの姿を見つけた。
「――アキッ!!」
咄嗟に空中を蹴り出し、落下していくアキへと追い縋る。
よく見れば青い空の先は真っ暗な闇が広がっており、俺は本で読んだブラックホールなるものを思い出した。
「死なせて……たまるかッ!」
空を全力で蹴り込んでアキの身体を抱き上げると、俺はその場でブレーキをかけて停止する。
アキはまるで眠っているかのようで、閉じた目の長い睫毛は涙で濡れていた。
「おい、いつまで寝てんだよアキ」
「……へ?」
俺が呼びかけると、彼女はパチッと目を覚ます。
「お前……お前なんですか……?」
「おう、他の誰かだと思うか?」
「バカッ……どうして戻ってきちゃうんですかぁ! 逃げ出せば命だけは助かったかもしれないのに!」
アキは今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。
「へへっ、悪いな。知っての通り俺はバカだからよ」
「知ってます! お前が超バカということはハッキリ言って否めません!」
久し振りに元気そうなアキの声を聞いた俺は安心すると、そのまま左手に握ったハロウィを振り被る。
「お前それ……アゾット剣!?」
「こっから出るぞ! しっかり掴まってろ!」
ハロウィの描いた軌跡はそのまま蒼穹にばっくりと裂け目を作り、俺たちはその中へと飛び込んだ。
そして、身体の全体がそこを通り抜ける頃には元々入ってきた書斎へと戻ってきていたのである。
「いやー、こりゃ不思議体験ってやつだな」
「超アンビリバボーなのはこっちですよ! 何でお前が此処に居るんです!?」
「色々あってよ。アキを連れ戻して――ついでにこれからシヲのやつをぶっ飛ばす!」
シヲの名前を聞くと、アキの顔から途端に血の気が引いていく。
「それは……駄目ですよお前……!」
「心配すんな。俺だってちゃんと強くなったんだぜ?」
「そういうことじゃないんです!」
アキは必死になって声を張り上げる。
俺にはそれがシヲを庇おうとしている風に見えた。
「アキ。さっきまでシヲと一緒に居たんだよな」
「……はい」
「……何があった?」
彼女はその問いに肩をびくっと震わせると、泣きそうな顔にぎこちなく笑みを貼り付けた。
「あ、あれはボクが超悪かったんです! 先生は悪くなくて……ボクが、ボクが先生を怒らせるようなこと言ったから!」
そして、抑えきれない感情に堰を切った涙が彼女の頬を伝った。
「どうしよう……ボク先生に捨てられちゃいました。あの人にだけは認めてもらいたかったのに……!」
それは、今のアキが明かせる唯一の本心。
「じゃあ俺と一緒だな」
「――え……」
「俺もさ、師匠に随分と落胆されちまった。もう二度と会えないんじゃないかって、そんな別れ方でよ」
「……お前は、どうしたんです?」
「最終試験なんて知ったこっちゃねえって、堂々と宣言してやったぜ」
我ながら随分と都合のいい解釈だと思う。
「それはそれとして、お前のことが好きだから勝手に傍に居座ってやるって駄々こねてやった。
誰かに認めて貰わねえと居られないなんて窮屈過ぎんじゃねえか。薄暗い地下室みてえだ。だから俺は決めたんだ。
そのために、俺はシヲをぶっ倒す。
「安心しろ。シヲは俺が救ってやる」
その言葉にアキは優しく微笑んだ。
「お前、憶えてますか? 初めて会った日にボクが幾ら奢ってあげたか」
「え……? いや、悪い……憶えてねぇ」
「ボクは憶えてます。お前がボクの着替えを覗いた時にどんな顔してたのかも、初めて握手した時にどんな体温だったのかも、振る舞ってくれた料理の味も、ご飯を食べてるボクの顔をスケベな顔で見てたことも全部」
「……うるせぃ」
「生まれたからのことは全部憶えてるんです。ボクの場合は音の記憶が特に強くて……時折幻聴になって
それが超苦しくて、声が
思えば、俺の記憶にある彼女はいつもヘッドホンを首から下げていた。
俺が憶えているのなんてそんな程度だ。
「でもね。いつの間にかお前と一緒に居る時は、聞きたくない声が聞こえなくなっていたんです。
――お前の隣に居る時だけは、ボク普通の女の子になっちゃうんですよ」
アキはそう言ってにひっと笑った。
その顔が今まで見てきた中で一番可愛いくて、俺は不思議と胸の辺りがどくどくと速くなる。
アキはそんなことを知ってか知らずか、俺の顔を両手で掴んでそのまま頬にキスをした。
「へぁ……!?」
「ちゃんとボクの所に帰ってきたご褒美をあげました! ほら、ここからはボクがご主人様ですよ!」
その真っ赤に染まった顔は、生涯記憶しておこうと思う。
「お前一人に活躍の場は渡さないって話です! ボクだって先生には言いたいことの一つや二つあるんですから」
「へっ、やっぱりアキはすげー錬金術師だよ。シヲのやつをぶっ飛ばす策でもあんのか?」
「当然です。先ずはさっさとこんな超辛気臭い場所からおさらばしますよ!」
走り出すアキに従って俺たちは一路地上へと向かう。
「先生の持つ固有並行世界――お前の能力があれば破ることが可能と分かりました。つまりは此方の土俵に持ち込んで戦うことができるというわけですよ、お前」
「俺たちの土俵……そりゃ何処だ?」
「ブレイズベル河です!」
エレベーターから出た先には夜の闇が僅かな街灯に照らされて広がっていると共に、ブレイズベル河が湛える水の音が聞こえてくる。
「水……アキが水の錬金術を得意にしてるのは知ってるけどよ。水辺に居ると力が強くなったりすんのか?」
「その理論もあながち間違ってはいませんが、大事なのは錬金術の四大元素に於ける関係性です」
「まァーた話が難しくなってきやがった……」
「簡単な話ですよ。錬金術には『風』『火』『水』『土』の四大元素が存在しているんです。お前もいくつかは見たことあるでしょう?」
確かに土以外の術はアキが間近で使ってみせてくれたから何となくはどんなものか分かる。
「錬金術に於いては『風』と『水』、『火』と『土』がそれぞれ相反する元素とされています。そして錬金術師にはそれぞれに得意な元素というものが決まっていて、逆に相反する元素の術は使えないようになっているんです。
これは潜在的にもう一つ持っている第二の得意元素:サブ元素を鍛えることである程度克服が可能なんですけどね。
先生の得意元素は恐らく『風』。つまりは『水』の元素操作を苦手としている筈なんですよ」
「かなり分かりやすく説明してくれてるのは分かるんだが、それでどうやったらシヲに勝てるのかがいまいち見えてこねえな……」
「結論から言うと、先生の得意とする術は大量の水で無力化できるんです。
錬金術の基本原則に於いては『風』は世界の構築式を、『火』は外部エネルギーを、『水』は分子間力を、『土』は結合エネルギーを操るものだと定義されています。風や火の術は物質を構築するエネルギーには直接作用できないんですよ」
この場所が俺たちに有利な理由は何となく分かったが、俺にはもう一つの疑問が生まれる。
「シヲが火の術を得意にしてるっていうのはどうして分かるんだ? そりゃあ水の術が使えないってんだから、火か土のどっちかをサブ元素にしてるってのは分かるんだけど」
「それは先生が
具体的には構築式を操作して周囲に存在するエネルギーを操る技術で、自分の筋肉で発生させた運動エネルギーを増幅させたり、高度のものになれば自然界のエネルギーを操作して任意の自然現象を引き起こすことも可能になるとされています。因みに先生は空気中に存在する粒子の反作用を操作して空中を歩行していました。極めて高度なレベルの
そう言えば、ユーゴ―も
「つまりユーゴ―より強いってことか……」
「当たり前です。あんなのが先生の相手になるわけないじゃないですか」
「バカ言え、ユーゴ―だって結構強かったからな! ……俺が勝ったけど」
「しっかり負けてんじゃないですか……」
泣くなユーゴ―。お前は強かったよ。
その時、不意に周囲の空気へびりっと緊張感が奔る。
「あ……!」
アキの目線の先。エレベーターの前には、夜闇の中で赤く瞳を光らせるシヲの姿があったのだ。
「どうしてだ……どうしてオマエまでオレの世界を拒む?」
広い屋外に出るや否や肩の棺桶がばしゃりと展開し、巨大な鋼鉄の翼となって開いた。
その姿はまるで死を告げる悪魔そのものだ。
「死を忘れるな――オレの理想郷にすら、それは存在しているのだから!」
そして、世界を底知れぬ悪意が包んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます