【前編】絶対にバレてはいけない図書館24時

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 Gate4

 絶対にバレてはいけない図書館24時

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 時は流れ、翌日の18時。

 大学の授業は一回90分、間に10分のインターバルがあり、12時10分から13時までの昼休憩と16時10分から30分までの小休憩を挟んで合計五回の授業が行われる。

 つまり、たった今本日の授業が終了したということだ。


 授業を受けているのはアキ。俺はというと当然授業を受ける権利は持っていないので、今日は図書館に来ているのだった。

 本来、俺は図書館に入る権利だって持ってはいない。

 だが、今の俺にはアキがプレゼントしてくれたタブレットがあった。


『昨晩の内にお前のタブレットを弄ってボクの学生証をコピーした偽造プログラムをインストールしておきました。

 図書館に入る時には個人IDの識別までは行われませんから、そのコピーでも充分バレずに利用できる筈です』


 アキが今朝手渡してくれたタブレットのおかげで、俺とハロウィは何の問題も無く図書館に潜入できている。

 目標は勿論師匠の下へと辿り着くことだが、その前に俺たちは朝から錬金術の基礎知識を本で学習するようアキに言われていた。

 本格的な作戦の開始は授業の終わったアキと合流してからだ。


「とにかく錬金術を使うには、この哲学の卵フラスコって技が使えないことには始まらないらしい」

「アキさんも初めて会った時使ってたよね。丸っこいのがぶわーってなるやつ!」

「普段は体内に留まっている意志の力を身体の外側まで延長して、自分の周囲に外部からの意志干渉を遮断する結界を作り出す技らしい。

 錬金術に対する防御になる他に、普段は自分の体内にしか作用していない意志の力を外界にも広げることで影響を与えられるようになるってのが錬金術の基本概念なんだとよ」

「おにいも自分の体内に影響を与えるのは得意だよね。力を溜めてぴょーんって跳ぶやつとか」

「師匠に仕込まれた錬丹術な。要はあれを身体の外まで広げれば錬金術になるってことか」


 錬丹術は師匠が俺に教えてくれた唯一の技術だった。

 自分の身体を動かそうとする意志をコントロールすることで、普段は三割ほどにセーブされている身体能力のリミッターを外したり、部分的な自己治癒力を高めたりすることが可能となる。

 師匠曰く俺はこの能力で体構造の成長プロセスもコントロールできるとの談で、常人とは筋肉の構造が異なるのだと教えてくれた。

 普通の人間はジャンプで建物数棟を飛び越えられる造りになっていないらしい。


「まあ錬丹術だけでアキたちみたいな錬金術師に勝てるとは到底思えないからな……」


 ここ数日で色んな錬金術を見てきたが、あれは最早御伽噺に出てくる魔法だ。

 俺が常人の倍強い鉄拳で殴るよりも火の玉をぶつけた方が圧倒的に殺傷能力は高い。

 少なくとも周囲と同じレベルの錬金術を身に付けなければ、この実力社会で生き残っていくのは難しいだろう。


「とは言っても自分の意志を身体の外に出すなんてどうやってやればいいんだ?」

「あれかもよ、幽体離脱みたいな感じ」

「死の一歩手前まで自分を追い込んだらできるようになったりするのかねぇ」

「あたしと殴り合いとかやってみる? パワーには自身あるンよ!」

「そんな戦闘民族みたいな修行したくねえなぁ……」


 そういえば、アキはハロウィの実体化を錬金術だと言っていた。

 つまり、俺には既に錬金術を使える素養が備わっているのだ。


「ハロウィ、少し身体を実体化させていいか?」

「ン、いいけど?」


 いつも通りハロウィの腕を実体化させてみる。

 確かに自分ではなくハロウィ、つまり身体の外へと意識を向けてはいるが、これが意志の力を広げるということなのだろうか。


「うーん、どうもそんな感じはしねーんだよなぁ」


 そんな感じで俺なりの研究を行っていると、隣からわざとらしい溜め息が聞こえてきた。


「お前何やってんですか……図書館の中で錬金術の練習は御法度です。バレたらぶん殴られますよ」


 アキだ。今日は初めて会った日と同じく黒のタートルネックインナーの上に背中が大きく開いたベージュのセーター、デニムの半ズボンに黒くて艶のあるニーハイタイツ。その上から白衣を羽織ったスタイルで、頭にはベージュの飛行帽をかぶっていた。

 彼女は帽子の上から頭にはめていたヘッドホンを外し、細い首にかける。


「錬金術の基礎からやってんだけどさ、身体の外に意志の力をもっていく感覚が掴めないんだよな」

「本来なら柔軟な感性を持った初等教育のうちから徐々に力を伸ばしていく分野ですからね。お前は錬丹術だけを今日の今日まで鍛錬し続けてきたせいで自分の意志が体内に留まりやすくなってるのかもしれません」

「あんのバカ師匠……! さては俺をまともな錬金術師にする気なんて無かったんじゃないだろうな」


 ふと、俺はアキが妙に真剣な眼差しで此方を見ていることに気付いた。


「……どうした?」

「いえ。お前の師匠は敢えてお前を育てたんじゃないかなと思いまして」

「な、何だよ。分かりやすく言ってくれよ」

「お前って、良くも悪くもこの世界に対する異物感がすごいんですよ。この世界に定められたルールを尽く蔑ろにして自分の目標を達成しようとしている。この世界に馴染むことを目的じゃなくて単なる手段にしか捉えていないような、そんな生き方です。心当たりはありませんか?」

「言われてみれば……そんな気もするかな」

「お前を見てると少し不安になるんです。目的を達成したら、お前はその先どうするんだろうって。

 普通の人間は、世界の一部として認められることを手段ではなく目的として生きるものなんですよ」


 アキが言いたいのは、それが自分の意志を自分の中だけで完結してしまう――という意味だってことなんだろう。

 確かに、俺は自分の意志を周りに合わせて変えようと思ったことが無かった。

 通すべきは自分のやりたいことで、その妨げになるものは上手くすり抜けるべきだと思う。

 他人の思惑がどんなものであろうと、それが自分の妨げにならないならどうだっていい。


「それって……悪いことなのか?」


 アキは物知りだ。だから聞いておきたかった。


「そんなことはありませんよ」


 即答だった。


「言ったでしょう、お前の師匠は敢えてそういう風に育てたのかもしれないって。

 自分のためだけに動ける人間というのはある意味でとても強いんです。目的が存在する限り、常に最短の道を進む事ができますから」


 そうなのか、と素直に思う。正直実感は無かった。


「だからお前、今ボクと一緒に行動しているじゃないですか。

 もしかしたら自分の師匠に危害を加えるかもしれないと分かっている女と一緒に」


 ああ。勿論忘れたわけでも聞き逃したわけでもない。

 アキが俺と協力するのは、師匠が悪い錬金術師であった場合その場で捕らえるためだ。

 そして、俺は別にそれでもいいと思っている。

 師匠に会って最終試験を達するのが、俺たちの目的なのだから。


「アキってすごいな。本当に何でも知ってるみたいだ」

「知らないことならありますよ。一つ聞いてもいいですか?」


 そんな風に尋ねられたら断れなくなってしまう。


「お前、アーミテイジの最終試験を達成する為に此処へやって来たんですよね。

 じゃあ、何のために最終試験を達成しに来たんですか?」


 彼女に語った、目的のその先――


「俺は死霊秘法書ネクロノミコンを手に入れる。そのために師匠を探しに来たんだ」


 そして俺たちは自由になる。

 それがきっと、この世界に馴染もうと思わない最大の理由だった。

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