【後編】瞬間、手、繋いで
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Gate:Emethゲートエメス
-IMMORT×AL×CHEMISTイモウト・アルケミスト-
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無事にタブレットを手に入れた俺たちは店の前に見える吹き抜けに沿って並べられた革製のソファへと移動し、そこで少し休息を取ることにした。
「アキ、飲み物どっちがいい?」
「お、気が利きますね。じゃあボクはジンジャエールでお願いします」
ハンバーガーの入った紙袋を椅子に置き、冷房の効いた室内で昼食を開始する。
「中々充実した午前でしたね。午後からは
「おう。ところでこれから買いに行くやつは何に使うんだ?」
「使いませんよ。ぶっちゃけ今のお前にはまだ必要ないものです」
「え……そうなのか?」
「
「ぜんっぜん分からん」
「これはある程度錬金術の基礎を身に付けた術師が装着することで初めて使いこなせるものですから。
ただ、ミスカトニック大学という場所はお前も知る通り錬金術の聖地です。そこに集う生徒たちは当然基礎程度なんてしっかりと修めているわけですよ。つまりはこういった高度な器具も標準装備なんです。着けてないとすぐに怪しまれてしまいますよ、お前」
「馬子にも衣裳ってわけか……」
アキの話を聞きながらナゲットにマスタードソースを浸して頭上に掲げると、頭上を漂っていたハロウィがナゲットを咥えて攫っていく。
「もひもひ……おにいしゅき……」
その様子をアキは興味深げに眺めていた。ハロウィが空を飛ぶことにも随分と慣れてきたようだ。
「お前の妹って超偏食ですよね。健康とか大丈夫なんですか?」
「ハロウィの食事は栄養補給じゃなくて趣味だからなぁ。好きなものだけ食ってても何も食わなくても体に影響は無いらしいぜ」
「何それ……普通に羨ましいんですが。ボクも太らない体質ですが、体調はすこぶる悪くなるんですよね。因みに生理も超重いです」
「何情報なんだ……」
ベーコンとレタス入りのハンバーガーにかぶりつくアキの顔を冷静に眺めていると、俺は一つの事実に気付く。
いや、再認識したと言うべきだろう。彼女は、恐ろしい程に顔が良い。
肌は透き通るという表現が似合って白く、薄紫の髪が好く映える。
うなじや耳の辺りから覗かせる生え際の可愛らしさときたら、眼にできたことを感謝したくなる水準に達していた。
大きな目は長い睫毛で飾られ、薄紫の瞳が瑞々しく浮かんでいる。
未だに他の女に感じるような緊張は無かったが、それでもアキという少女を異性として可愛いと思い始めるようになっていたのだ。
「どうしたんです、ボクの顔に何か付いてますか?」
「ああ、ソースが付いてんぜ。取ってやるからじっとしてろ」
ウェットティッシュで頬に付いたソースを拭ってやると、アキは「ん……」と恥ずかし気に声を出す。
「……なんだかお前って超お兄ちゃんって感じですよね」
「まあ実際兄貴だからな。ハロウィにとっては親みたいなモンかもしれねえけど」
「錬金術師としてはずぶの素人もいいとこですが、人間としては素直に尊敬できる部分もありますよ、お前は。妹を大事にできる兄というのは好ましいものですから」
アキは気まぐれに俺を褒めると、そのまますっと立ち上がった。
「さ、買い物の続きといきますか。サクッと終わらせて歓迎パーティの計画を練りますよ!」
包装紙を片付けて上階へのエレベータに近付いた時、ハロウィが視線をくんっと上げる。
「おにい……何だか嫌な感じがした!」
その忠告が俺の耳に届くや否や、エレベーターの上から真っ赤な火の手が上がる。
「全員動くなァァァァァァァ!!」
男のものと思われるけたたましい声が建物中に鳴り響いた。
ハロウィの反応からして、かなり剣呑な事態が起こっているのだろう。昔からそうしたものを察知するのが早いのだ。
だが、アキは一切の躊躇なくエスカレーターを登っていった。
「おい、危ねえぞッ……!」
一瞬遅れて俺も彼女の背中を追いかける。
「おにい!」
頭上を見上げると、ハロウィが頼もしい顔を此方に向けていた。
「あたしが守るよ!」
「頼むぜハロウィ!」
エスカレーターを登った先には、先程までの日常が嘘ではないかと錯覚する光景が広がっていた。
焦げた大理石の床からは特大の火柱が轟々と上がり、火炎の先が巨大な竜の舌の如く天井を舐めている。
此処からではよく見えないが、犯人はどうやら業火の内側に居るらしかった。
呆然と立ちすくむ俺の横で、アキが胸の前で三度印を結ぶ。
「
指で組んだ三角形の頂点を足元に向けると同時に大理石の床から水が湧き上がり、水の柱となって火炎の壁へと突き立てられる。
その水量は尋常ではなく、火災のレベルに達しつつあった業火を瞬く間に包み込んで鎮火してしまった。
「すっげー……!」
「ふふん、見直しましたか? 水はボクのメイン元素ですから!」
大瀑布が上げる水飛沫の中で彼女は颯爽とドヤ顔をして見せる。
俺たちを追ってきた軍人の中にも此処まで大規模な錬金術ができる者はいなかった。
やはりアキは桁違いの実力者なのだ。
やがて水が霧散して引いていくと、頼みの大爆炎をあっさりと消された気の毒な男が濡れ鼠になって姿を現す。
それは全身に刺青を入れた如何にもという出で立ちだったが、何よりも目を引いたのはその背に負ったボロボロの黒衣だった。
「てめぇ……この俺様を
男は禿頭に髪代わりの真っ赤な炎を灯し、威勢よく吠える。
「お前……禁忌に触れた錬金術師ですか」
アキが指摘すると、男は調子付いてニヤリと笑う。
「そうともよ、俺様は国家に秘密で無数の殺人錬金術を開発した罪で禁忌に触れちまってなァ。
錬金術師としての地位を捨てちまったのは惜しいが、殺人の快楽には何物も替えられねェ! そうだろう!?」
再び男の足元から立ち昇り始めた炎に照らされて、俺は男が黒衣の下に着ているのが軍服である事に気付く。
「あいつは多分錬金大戦で活躍した錬金術師ですよ。近頃問題になっているんです、戦時下に覚えた殺人の衝動を抑えられなくなって凶行に走る錬金術師たちが。
普通の戦闘とは違って錬金術での戦闘は圧倒的な力で非術者を叩き潰すもの……それ故に力を振るう快楽に飲まれやすいのだと錬金犯罪学の権威:モリアーティ教授も言っていました」
アキが説明する前で、男は素早く印を結びだす。
「
床の大理石がぐにゃりと溶けて空中に伸び上がったかと思うと、激しい錬成反応の光を放ちながら変形。
彼の手中で輝く銀色の手斧と化した。
刃にはオカリナのような穴が無数に開いており、そこから火が噴き出して刃全体が白熱する。
「アゾット剣ですか……これは誤算でした」
「剣? どっちかと言うと斧に見えるけど」
「お前が超バカということはハッキリ言って否めませんね。アゾット剣というのは戦闘用錬金術における奥義の一つ――幻想物質である『アゾット銀』を用いて製作された武器全般を指す言葉ですよ。狼男には銀の弾丸が効くなんて聞いたことありませんか?
幻想物質を利用するために通常の錬金術では再現が難しい現象を引き起こすことが可能で、モノによっては破壊力も比になりません」
「よく分かんねえけど滅茶苦茶ヤバい術ってのは分かった!」
刃を警戒して間合いを取る俺たちを尻目に、男は手斧を振り被る。
「ヒャッハァ!」
遥か遠くの位置から振り下ろされた刃から、白い光の一文字が放たれるのを俺は見た。
「二人とも、危ない!」
ハロウィが咄嗟に目の前へと割って入り、腕を交差させてその一閃を受け止める。
「ぐぅっ……!?」
その腕はざっくりと抉られ、傷口から白い破片をばらばらと溢した。
「ハロウィ、大丈夫か!?」
「あたしは平気……それよりもあの武器ヤバいよおにい。斬撃をこの距離まで飛ばしてきてる!」
「斬撃を飛ばす!? そんな漫画みたいなことがあんのか……?」
ハロウィの腕に刻まれた痕跡を見て、アキは額に冷や汗を滲ませる。
「これは推察ですが……恐らくは刃先を高熱でプラズマ化させて形成したプラズマの斬撃を運動制御で飛ばしているんです。具体的な実現方法なんてすぐには思いつかないぐらい高度な術ですよ」
「それをあんな乱暴にポンポン撃てるのがアゾット剣の恐ろしさってやつか……!」
「喰らえァ! ――
手斧を乱雑に振り回し、男は唾を吐くよりも容易くプラズマの刃を連射してくる。
ハロウィが懸命に盾となってくれるが、その防御が数分ともたないことは明白だった。
対するアキは再び印を組むと、拳を構えて腰を低く落とした。
「
突き出した拳と共に放たれたのは水で出来た巨大な拳。
視界を水飛沫で染め上げる程の激流が直線を描いて白熱する斬撃を叩いた。
「水ならプラズマの持つ電気エネルギーを消費して弱めることが可能です! ボクから離れないでください!」
アキは俺の手を握り、錬り出した水の拳で目の前を覆ってプラズマを吸収してくれる。
だがそれも辛うじてのもので、これ以上前に進むのは難しそうだった。
「くそっ……俺には何もできねえのかよ……!」
刹那、吹き抜けの天井から建物中に破砕音が鳴り響いた。
「――よく耐えた。誇り高き学園生!!」
雷鳴の如き声。そして雷光に替わって天より舞い降りた影が吹き抜けに姿を現す。
その手に巨大な馬上槍を構えて。
「穿て――
放たれた槍は回転してミサイルの様相を呈し、暴れる黒錬金術師へと一直線に伸びていく。
「な、何だこりゃ……撃ち落とせ
迎撃のために振られた渾身の一撃は特大の斬撃となって槍を一文字に割くかと思われたが、穂先の手前でその一閃は小さくなり、虚しくも消滅してしまった。
「んなバカなッ――」
断末魔を上げる間を与えず槍の軌跡は男の手を手斧ごと撃ち抜き、掌を原型を留めないまでに破壊する。
続いて男の首を太い腕が掴んで床石へと叩き付け、あっと言う間に失神させて無力化した。
立ち上がったのは軍服風の学ランに身を包んだ大柄な男であった。
少し着崩された学ランの胸元からはパンパンの筋肉がくっきりと浮き出たシャツが覗いており、喧嘩番長じみた雰囲気を放っている。
顎鬚が異様に立派で、体格も相まってゴリラのイメージがよく似合った。
「学園所属謳歌聖徒会風紀委員長のユーゴ―・“エインヘリャル”・ドシェールだ。今回の学園の錬金術師に相応しい献身的な活躍は我々学園生の誇りである。その行為に敬意を表し、これを贈呈しよう」
そう言ってユーゴーは俺たちに一枚の紙を手渡してくる。
「謳歌生徒会生徒会長:ルベド・“フェニックス”・サンジェルマン様より賜りし要望請願書である。学園より表彰されるべき行いをした生徒にはこれが贈られることになっている。何か希望することがあればそれに記入して生徒会室まで持ってくるといい。大抵のことならば叶えてくださる筈だ」
彼は淀みなく説明を終えると、自分が伸した男を担いで吹き抜けから飛び去っていった。
「お騒がせして申し訳なかった。後始末は我々聖徒会に任せて引き続き日常を謳歌してくれたまえ。――健闘を祈る!」
俺たちはそれを見送って、暫くは唖然としていた。
「はっ……そうだ! ハロウィ、ケガは大丈夫か!?」
「うん、もう大分と塞がってきたよ。みんながケガしなくてよかった……!」
幾筋もの斬撃を受けてボロボロだったハロウィの身体は早くも傷が塞がりつつあり、血の一滴さえ零れてはいなかった。
「はぁ〜今回は流石に肝を冷やしました。こういう場面になるとつい自然に身体が動いちゃうんですよね。きっと父さんもこうしたと思いますから」
アキは言い訳でもするように呟くと、此方へ伏目がちな視線を向けてくる。
「……お前たちを巻き込んでしまってすみません。特にお前の妹……ハロウィには命を救ってもらいました。超恩人ということはハッキリ言って否めません」
そして、恥ずかしそうに手を差し出した。
「ハロウィと、握手をさせてくれませんか。無暗に怖がるのはもうこれでやめにしたいんです」
俺がハロウィと目を合わせると、妹は花が咲いた笑顔で頷く。
そして実体化させた手を繋ぐと、二人の少女は互いに微笑んだ。
「これからもおにいをよろしくね、アキさン!」
「ふふっ。ボクにもハロウィの言葉が分かればいいんですけどね」
漸く静けさを取り戻したモールで崩壊した天井から差し込む光は俺たちを暖かく包み、この光景を祝福してくれているようだった。
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