【後編】お前が超バカということはハッキリ言って否めません
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Gate:Emethゲートエメス
-IMMORT×AL×CHEMISTイモウト・アルケミスト-
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「……お前、その黒衣がどういう意味を持っているのか本当に知らないんですか?」
アキは額に汗を浮かばせてそう言った。
彼女の表情は、それまで俺のことを小馬鹿にしていた時のそれとは明らかに違う。
なんというか、疑問をぶつけることで俺の本心を探り当てようとしている感じだった。
その必死な姿勢に俺も釣られて身構えてしまう。
「本当に知らねえって。何だよ、持ってると不味い物なのかよ」
「その黒衣は禁忌を犯した錬金術師の白衣が変色した状態なんですよ。それがお前の師匠が残した物と言うのなら、アーミテイジは何かの禁忌を犯したということです」
「……何だよ、その禁忌ってのは」
「いいですか、錬金術師というのは王に仕える者。延いては国家に仕える者です。その技を探究することを認められる代わりに三つの義務を果たさなくてはなりません。禁忌とはそれに背く行為を指します」
アキは皿の上に敷いていたクッキングペーパーを抜き取ると、素早く印を結んで表面に文字を焼き付ける。
◆第一義務――研究成果の報告
◆第二義務――人類の肯定
◆第三義務――世界の存続
「第一義務は超単純です。錬金術師は全ての研究成果を国家に報告しなくてはなりません。国家が全ての錬金術を把握することで未知の錬金術により国家や国民が脅かされることを防いでいるんです。
また、ボク達の住むブレイズベルという国が周辺諸国より抜きんでた力を持っているのも錬金術による恩恵を全て把握し利用することができるからなんですよ、お前」
「じゃあ錬金術師は互いの術を全部知ってるのか? 新しい術を開発しても何だか損だな」
「バカですかお前。報告された術は当然国家によって保護されるんですよ。
他の術師がその術を使用する場合には申請を出してかつ特許使用料を支払わなくてはなりません。ですから優れた術師はこの特許使用料だけで超莫大な財産を築いているんです」
「じゃあ他人の術を勝手に真似て使うのも禁忌ってことか?」
「正解です。お前は中々飲み込みが早いですね」
続いてアキは第二義務の部分に指を向ける。
「人類の肯定……少し抽象的ですが、要は人間という存在を貶めたり絶滅させる行為に錬金術を用いてはならないというルールです。
適用範囲は超広いので一概には言えませんが、錬金術を使用して人間に代わる新たな万物の霊長を生み出したり、全人類を死滅させる錬金術を開発したりするような行いが禁忌に当たります。人間大事にしようってことですよ、お前」
此処まで言ってアキは少し顔を曇らせた。
俺にはその表情が持つ意味はさっぱり分からなかったが、彼女はそれを見透かしたように話を進める。
「最後の義務が世界の存続です。少し第二義務と似通う部分もありますが、同時に相反する部分も兼ね備える難儀な点ですよ。
語弊を恐れずに言えば錬金術で世界を守ろうってことなんですが、これは錬金術の探究を続行するために必要な実験場である世界を維持し続けなければならないという解釈です。
どんなに優れた結果を導く実験であっても、それが世界を崩壊させうるものであれば禁忌と判断されてしまいます」
「人類の肯定と相反するっていうのはどの部分なんだ?」
「超簡単です。世界を存続させるためだったら錬金術で人間ぶっ殺してもいいんですよ。ただしあくまでも世界を存続させるためという大前提かつ人類を滅ぼさないという条件付きですけどね。
此処がよく争点になるわけです。人類を滅ぼさなければ世界が崩壊すると仮定した場合、果たして優先すべきはどちらなのか、と」
「……偉い人達は何て言ってんだ?」
「まだ誰一人として答えなんて出せていませんよ。三大義務を揺るがしうる論題です。下手をすれば探究するだけで禁忌に触れかねませんからね」
錬金術師に課せられた三つの義務。
アキが言うには、師匠はその何れかに抵触し禁忌の領域へと足を踏み入れたのだという。
「分かりませんか? お前にはその答えが」
「そんなの分かるわけねえだろ。俺は錬金術師じゃないんだぞ」
「ボクには何となくですが見えてきましたよ。アーミテイジがダンウィッチで何をやったのかがね」
彼女の態度は挑戦的だった。
何か言いたそうな好奇心を瞳に宿しながらも、何処まで口にしてよいのかを問答で推し量っているような。
「……何を言っても怒らねえよ。言いたいことがあるならはっきりしろ」
「なら答えてあげます。恐らくですが、アーミテイジがやったのは新たな生命の創造ですよ。
それも極めて高次の。言うなれば現生人類を超越しうる存在です。――お前の妹ですよ。ボクの言いたいこと分かりますよね?」
アキの指摘にハロウィが不安げな顔を浮かべる。
「馬鹿言うなよ。ハロウィは俺が生まれた時から一緒だった。俺が師匠に会ったのは十二歳の頃だぜ」
「そうですか。ならお前はいつから妹の身体を錬成できるようになったんです? それも生まれた時からですか?」
「それは……師匠に会ってからだ」
「そうですか。それではお前がアーミテイジに会うまで会話していたのは魂だけの妹ということですよね。
知ってますか? 普通人間には魂を知覚する機能なんて存在しないんですよ。人間は物質というフィルターを介して初めて世界の虚像に触れられる生き物ですからね」
つまりはこう言いたいのだ。――お前の妹は偽物だと。
「……邪魔したな」
俺はこの部屋を諦めることにした。
どうにかして目的を果たすまで居候できないかなどと淡い期待を抱きもしたが、これ以上此処に居るのは苦痛でしかない。
「おにい……」
「気にするなハロウィ、お前のことが見えるのは初めから俺だけだ。今更そんなこと残念にも思わないだろ」
「うン、あたしにはおにいだけいればそれでいいよ」
「ふーん、逃げるんですか」
背後からの声が意に反して俺の足を止めた。
「お前、何しに此処へ来たんです? 錬金術師になりに来たんですよね?」
――何なんだこいつは。どうして俺を呼び止める?
「もう一つ教えてあげますよ。錬金術師とは己の求める真実のためなら禁忌さえ厭わない生き物です。
お前も錬金術師を名乗る気でいるのなら、逃げずに自分たちの真実と向き合ったらどうですか。超簡単なことです、答えは全てお前の師匠が知ってるんですから」
俺は背後を振り返る。
そこには腹が立つほど面白そうな顔をしたアキが此方に手を伸ばして立っていた。
「お前――」
「協力しましょう、ウィルバー・ウェイトリー。ボクとお前の目的は同じです。この出会いが超運命である事はハッキリ言って否めません」
俺はその手を握り返す。
「手を組む前に一つ、聞いておきたいことがある。アキ、お前の目的は何だ?」
「手ならもう組んでると思うんですが……まあいいですよ。ボクの目的はアーミテイジの罪をハッキリとさせることです。
それが償うべきものであれば捕縛しますし、そうでなければ見逃します。術師として当然の行いです。お前も文句は無いでしょう?」
彼女が言い終わるや否や、その細い手をハロウィの実体化した手が掴む。
「きょひぃッ!?」
「よし、決定だ! 俺たち三人で師匠の所に乗り込んで各々の目的を果たす! これからよろしくなアキ!」
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Gate:Emethゲートエメス
-IMMORT×AL×CHEMISTイモウト・アルケミスト-
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かくして俺とハロウィはミスカトニックの錬金術師:アキの下で居候することになった。
トリスメギストス寮の一室は広く、主だった部屋は合計で三つ存在する。
玄関から入ってまっすぐ進んだ先にあるのがリビング。最も大きな部屋で、先程まで議論を交わしていたのも此処である。
キッチンも備え付けてあり、大画面のテレビまで完備されている。
そこから奥へ進むと丁度リビングを二分するように二つの部屋が分かれており、片方が書斎、もう片方が寝室になっていた。
「お前達にはこっちの寝室をあげますよ。ボクは書斎の方で寝るので個室として使って構いません」
「家主なのに書斎で寝るのか……? 体壊すぞ」
「ご心配なく。ボクは昔から書斎で寝るのが習慣なので。それに年頃の男と一緒に寝るなんて危険な真似御免ですから」
「ケッ! お前のことなんて女として見てねぇっつーの」
「何か言いました? 殺しますよお前」
アキは少しだけ書斎の中を見せてくれたが、内部はよく分からない機械と七色に光る照明が薄暗い空間に満ちて不気味だった。
彼女曰く「超天国であることはハッキリ言って否めない」程理想的な書斎らしい。
「そう言えばお前家事はできますか?」
「ああ。師匠は家のことなんて何もできなかったから掃除洗濯炊事はほぼ全部俺とハロウィでやってたなぁ。それがどうかしたか?」
「だったら家事は全部お前に任せますよ。ボクもできないわけではないですが何分忙しいので。明後日から授業も始まってしまいますしね。
生活費は全部ボクが出してあげますから、その代わりってことでいいでしょう?」
「……まあ、それぐらいならやらせてもらうか」
確かに同年代の女の子に施されっぱなしというのも居心地が良くない。
お互いにとってWINWINな関係でなければ真の共闘とは言えないだろうと俺は思った。
「明日は一緒に街へ出ますよ。この先の生活に必要な物を揃えなくちゃいけませんから。
お前、タブレットも何も持ってないんでしょう? そんなんじゃアーミテイジに会うどころか図書館に入ることさえできませんからね」
アキはそう言うと書斎へと引っ込んでしまった。
この部屋の防音性は極めて高いため扉の前ですら彼女が中で何をしているのかを知ることはできないが、彼女が言うには「勝手に扉を開けたら殺します」とのことらしい。
「あたしならバレないように覗けちゃうよー?」
「いや、やめとけ。誰にだって見られたくないものの一つや二つあるだろ」
暇を潰せそうなものはテレビぐらいしかないので、俺は少し早めだが夕飯の支度に取り掛かる。
とは言っても冷蔵庫の中にあるのは幾つかの缶詰めとマカロニの袋。それに少量のシュレッドチーズのみだった。
鍋にたっぷりの水と一摘まみの塩を入れ、湯を沸かしながら乾燥したマカロニを放り込む。
料理を覚えたのは師匠が壊滅的に家事と縁のない人物だったというのもあるが、彼女に教えられた「錬金術の始まりは台所にある」という言葉の存在が大きい。
まだ錬金術が開拓され始めたばかりの頃は誰もかれもが台所で火を焚き、数多の卑金属をマカロニのように茹でていたそうだ。
俺は料理を楽しいと思う。
誰でも手に入れられる素材から自分にしか出せない味を探究するのは見たことのない景色を探すみたいでワクワクする。
今はまだ何もできないが、これから学ぶ錬金術も同じように楽しいものであればいいなと思った。
「てちてち……」
テレビを見ていたハロウィが近寄ってくる。
可愛い奴め。
「おにい、今日はありがとね」
「何だ急に。礼を言うのは俺の方だぜハロウィ。お前がいなかったら此処まで来れなかったんだからな」
「あたしはね、おにいと一緒だから此処までついて来れたンだよ。憶えてる? 地下室で話した夢のこと」
「ああ。あの日からずっと変わらない。俺たちは自分自身の足で――もっともっと広い世界へ出ていくんだ」
「おにいはあたしに夢を掴むための手をくれたでしょ。だからあたしはおにいが届かない所までこの手を伸ばすよ。おにいが行きたい場所まで辿り着けるように。何処までも一緒に行こうね、おにい」
ハロウィはそう言って可愛く笑う。
この笑顔を守ることが俺にとって一番大事なことだ。
和やかな空気に包まれる俺たちの横で、ぷりぷりとしたマカロニが茹で上がる。
「お、丁度良く出来たか」
フライパンに水を切った熱々のマカロニを掬い入れ、トマト缶とオイル入りのツナ缶を開封してひっくり返す。
熱を入れてぶちゅぶちゅと煮立ってきたトマトスープにチーズを散りばめてよく混ぜ込み調味料で味を調えれば、クリームトマトソースのマカロニが完成だ。
音は遮断できても匂いは防げなかったのか、夕飯の気配に勘付いたアキが部屋から出てくる。
「……これ、お前が作ったんですか」
「あるものだけでパパっとな。腹減ってるか?」
「超空いてます。台パンと絶叫で超絶カロリー消費したので」
木のボウルによそったマカロニをスプーンと一緒に渡してやると、アキは流れるような動きで一口目を運ぶ。
「は……うっま……」
「そうか。いつもはどんな飯食ってんだ?」
「ボクは缶のまま食べる派です。時間が超惜しいので」
「最早料理ですらねぇ……」
「……今初めてお前と出会って良かったと思いましたよ」
アキは恥ずかしそうにそう呟くと、それ以上は何も言わずに匙を進めた。
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