【後編】IMMORT×AL×CHEMISTイモウト ト アルケミスト

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 Gate:Emethゲートエメス

 -IMMORT×AL×CHEMISTイモウト・アルケミスト-

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「よし、じゃあ少し今後の作戦を建てるか」


 俺は埃の溜まった部屋を掃除しながらハロウィに向き直る。

 第一の目標は達成されたわけだが、こんなものは前提条件に過ぎない。俺たちがこれからすべきことはまだまだ沢山あるのだ。


「おにい、お腹空かない?」

「めちゃ空く」

「昨日の晩から動きっぱなしだしさ、先ずは栄養補給が必要だと思うな」

「一理ある……」


 問題があるとするならば、今手元に食料が無いことだろうか。

 こうなっては、外に出なくてはならない。当面の物資を確保しなくては。

 現在の時刻はあれから少し経って午前7時。

 この部屋は防音性がしっかりしているのか周囲からの生活音は一切聞こえないが、そろそろ生徒達も活動を始める者が出てくる頃合いだろう。学内施設も幾つか機能し始めると見ていい。


「よし、少し校内を見て回るか。調達に行くぞハロウィ」

「了解でち、おにい!」


 ハロウィは閉じたドアから頭だけを通過させて部屋の外を確認すると、こちら側に残った右手の親指を立てる。

 俺たちは誰にも見られていないことを確認しながらそそくさと寮の外へ出た。


 先ず俺たちを驚かせたのは大通りの活気だ。

 まだ始業前にも関わらず路上は大勢の学生達で溢れかえり、朝食を摂ったり会話に華を咲かせている。

 彼らは制服こそ着ていないものの皆一様に白衣を羽織っており、どうやらあれが制服の代わりであるらしかった。


「まずいよおにい……あたしたちの白衣は」

「こりゃ益々目立つわけにはいかねーな……白衣を調達できればいいんだが」


 白衣を調達できそうな場所。

 心当たりはある。トンネルの中にあった衣服屋だ。

 大通りから離れて建物の裏を通り、俺たちは先程地図を確認した大広場へと向かう。

 円形の大広場は先程まで無かった無数の屋台に囲まれており、察するにここが活気の源であったようだ。

 風に混じって何やら美味そうな匂いも漂ってくる。


 大広場には殆ど遮蔽がないため俺たちは仕方なく衆目の中を走り抜けた。

 生徒が皆食事や会話に夢中になり此方に興味を示さなかったのは不幸中の幸いだろう。


 大広場からエルナショナル大橋方面からへと続く道にあるトンネルへ再び戻ってくると、衣服店には既に明かりがついており店員の姿も見える。


「……よし、行くぜ」


 自動扉を潜って店内に入ると、店内に満ちていた冷房が日射しに暖められた顔をふわりと撫でる。

 首に滲む汗も心地よい冷たさを帯びて俺は思わず目を細めた。


「いらっしゃいませ!」


 カウンターから女性の店員が此方に気付いて近寄ってきた。


「何かお探しですか?」

「えっあっ……は、白衣って売ってまひゅ……?」


「おにい……声が童貞丸出しの雑魚ボイスになってるッ……!」


 俺は妹以外の女と喋るのがあまり得意ではない。相手が美人だと特に。


「あ、レプリカのことですか? それならまだ在庫がございますよ」


 只の白衣にレプリカも何もあるのだろうか。

 とにかく、思っていたよりもすんなりと問題は解決しそうだ。


「紋章はどれになさいます?」

「ふへ、も、紋章……?」

「寮の紋章ですよ。トリスメギストス、アガトダイモン、イアブリードの三つからお選びいただけます」

「じゃ、じゃあトリスメギストスで……」


 俺たちが忍び込んだのはトリスメギストス寮だ。

 見つかるつもりは毛頭ないが、合わせておくに越したことはない。


 そのまま10分程待っていると、店員が袋に包まれた白衣を持ってきてくれた。


「サイズを合わせちゃいますので、一度着てもらってもよろしいですか?」

「あ、はい……」


 言われるがままにスカジャンの上から白衣を身に付ける。

 生地は想像していたよりもしっかりとしていて、それでいて動きづらくない。

 首元にはフードが付いており、これもまた一般的なそれとは違った。


「はい、じゃあささっと大きさ直しますので動かないでくださいねー」


 店員の女性はそう言うと、胸の前で両手を使い三角形を模した印を組んでいく。

 指を動かしたり上下を逆さまにしたり、その動きの意図は皆目分からないが、俺の肩に触れられた手が何らかの力を帯びているのは何となく分かった。

 そして流れ込んだ力が瞬く間に白衣の形状を変えていく。

 小柄な俺には少し大きいと感じていた布地は今や俺専用のオーダーメイドへと変化していた。


「どうです、動きにくかったりはなさいませんか?」

「あっ、スーッ……オレ、白衣、ピッタリ……」


「知性まで少し失われてるよ、おにい……!」


 俺たちは提示された金額を支払うと、まだドキドキと鳴る胸を抑えながら店の外に出る。


「やり遂げたね、おにい! 一人で女と話せたね!」

「ふっ、造作も無かったぜ。これでようやく学園に溶け込めるな」


 となれば、待望の朝食にありつけるというワケだ。


「よし、食堂に行くぞ」

「え、大丈夫……? 人多いンじゃない……?」

「だからこそだ。早い段階で実験しておいた方がいい。今の俺たちが学園の生徒達にどう映るのかをな」


 一番近い食堂は大広場とは反対側の出口からトンネルを抜けた先。

 レッドピッツァという看板が目立つ、文字通り真っ赤な店だった。

 入るとすぐに長い食卓が幾つも並んでおり、既に多くの学生たちで賑わっている。

 食事を購入できる店は奥の壁沿いに広がっており、街でよく見るサンドイッチ屋や色とりどりの総菜が並ぶ店舗まで様々なものがあった。


「ハロウィ、何が食いたい?」

「あたしお肉がいい! 鶏の揚げたヤツ!」

「ジャンクフードは……奥かなぁ」


 一番奥に進むとガラスのショーケースの中に揚げ物や煮込み料理で満たされた容器が大量に並んでおり、比較的安価で販売されている。

 ショーケースの奥では調理員たちが大勢並んでおり、長蛇の列を成す学生たちの注文を手際よく捌いていた。


「B定食お待ちィ!」

「フィッシュアンドチップスお待ちの方ァ――」

「特製煮込みいっちょ上がりだよ!」


 俺の目に留まった特製煮込みなるものは厚い紙で出来た器に筋っぽそうな大きな肉塊と皮付きのポテト、インゲン豆が濃い赤茶色のドロッとした汁で煮込まれており、非常に魅力的だった。

 やがて俺の番が回ってきたので、俺は筋肉質な中年男の調理員に特製煮込みとフライドチキンを注文する。

 男は慣れた手つきであらかじめ容器内で温められていた料理を盛り付けると、ショーケース越しに紙の器を渡してくれた。


「坊主、チビの割によく食うな!」

「いっぱい食ってデカくなんだよ!」


 ガハハと笑う男を後に俺は生徒達が並ぶレジへと向かう。

 煮込みとチキンで合わせて600ベルズ。手持ちの硬貨で充分に足りるだろう。


「二点で……600ベルズね」

「ほい、丁度で」


 俺が二枚の硬貨を差し出すと、レジを打っていた男の店員が怪訝な顔を浮かべた。


「おいおい、此処じゃ支払いはオンリーだぜ。混んでんだから」

「え、現金使えねえの……? タブレット……?」


 まずい。タブレットって何だ。

 少なくとも俺はそんなの見たことも聞いたことも無い。


「おいおい持ってないのか? 勘弁してくれよ……」


 もしタブレットが学生にとって必需品なのだとしたら、俺たちは一気に怪しまれてしまう。

 加えて、後列からの視線もかなり痛い。そもそも無銭飲食で捕まる可能性だって――


 進退窮まった俺を救ったのは、顔の横から伸びてきた黒く小さな板と、それを持つ指ぬき手袋に包まれた白くて細い手だった。


「そいつ、ボクの連れなので。これと一括でお願いします」


 俺の後ろに並んでいた美少年は中性的な声でそう言うと、自分の持っていたハンバーガーを精算に加えて小さな板でレジに付いていたパネルに触る。

 パネルからは可愛らしい電子音が鳴り、少年はレジの男から領収書を受け取った。


「ほら、行きますよお前。後が超つかえてますから」


 俺が脇に逸れて道を譲ると、そいつは空いている席を探してつかつかと歩いていく。

 ウルフカットに整えられた薄紫の髪から覗く耳は大量のシルバーピアスで覆われており、俺なんかよりよっぽど素行が悪そうにも見えた。


「よし、ここの席なら空いてますね」


 紫のやつは長卓にの空席を見つけると、左側に腰を下ろした。


「何してるんです、お前も朝食を摂りに来たんでしょう」


 どうやら隣に座れということらしい。

 他人と積極的に関わるのも危険だと思ったが、助けてもらった手前好意を無下にするのも気が引けて俺はその言葉に従った。


「……どうして助けてくれたんだ」

「ありがとう、です」

「は?」

「質問より礼を言うのが先でしょう。お前、ちゃんと義務教育受けてます?」


 ――いいヤツだと思って油断したら。なんて嫌味な野郎だ。


「……ありがとう」

「どういたしまして。お前を助けたのは只の気まぐれですよ。大した意味なんてありません」

「そ、そっか。なあお前――」

「アキです」


 ――こいつ。また人の話を遮りやがって。


「お前とか君とか貴方とか、そういう呼称で呼ばれるの超ムカつくんですよね。愛情が籠ってないと思いません?」

「……アキくんは――」

「敬称も超無理です。何か余所余所しいじゃないですか。勝手にアレンジ加えないでください」

「アキは――」

「お前は何て名前なんです?」


 ――俺にもターンを回せッ!


「ウィルだよ。ウェイトリー家のウィル」

「ウェイトリー……この辺りじゃ聞かない家名ですね。何処から来たんです?」

「名前呼ばねえのかよッ!」

「は? 何で会ったばかりのお前を名前で呼ばなきゃいけないんですか。超馴れ馴れしい」

「お前がさっき――」

「アキ」

「……アキがさっき言ったんだろうが。名前で呼べって」

「お前もしかしてバカですか? お前って呼ばれると超ムカつくのはボクの話であってお前のことではないんですが。

 お前がその煮込みを注文してボクがハンバーガーを注文したように、人間というのは違って当たり前の生き物なんです」


 ――何だコイツ。めっちゃ腹立つぞ。


「で、お前はさっきボクに何を言おうとしてたんです?」

「え、俺何か言ったっけ……」


 怒りで脳が沸いたせいでそんなこととっくに忘れてしまっていた。

 何ならさっきまでのやり取りなんて殆ど頭に入ってない。


「まあいいです。とにかくお前、タブレットを忘れたらこの学園じゃ何もできませんよ。出席も取れませんし施設の利用もできませんし、そもそも寮にだって入れません。寮長に連絡してさっさと鍵を開けてもらうことですね」


 アキはもそもそとハンバーガーを口に運ぶと、別れも惜しまずさっさと席を立ってしまう。

 残された俺たちは呆然とその背中を見送っていた。


「なんだアイツ……竜巻みたいな野郎だったな……」

「すっごい綺麗な顔の男の子だったね! あたし見とれちゃった!」


 ハロウィは俺の頭上でまだ温かいチキンにかぶりついている。

 一方の俺はあまり匙が進まなかった。さっきアキが残した言葉が脳内を渦巻いているのだ。


『タブレットを忘れたらこの学園じゃ何もできませんよ』


 白衣が手に入れば安心だと高をくくっていた。

 だが、真に必要なのはタブレット。恐らくはアキが持っていた黒い板の事だ。

 どうにかしてあれを手に入れなければ、俺たちがこの場所で目的を果たすのは難しいに違いない。

 俺は無理矢理特製煮込みを掻っ込むと、一刻を惜しんで腰を上げる。

 筋っぽそうな肉は思っていたよりずっと柔らかかった。


「ハロウィ、一旦寮に戻るぞ。タブレットを手に入れる方法を考えなくちゃおちおち食料を手に入れることすらできやしねえ」

「何処のお店に売ってンだろ……島にはそンな店一軒も無かったよね」


 念のためトンネル内にある文具の店もウインドウ越しに覗いてみたが、どうもそれらしきものは無い。

 最悪なのはタブレットが市販されておらず学生に支給される特別な品であるケースだ。

 この場合、自分が学生である事を偽装するのが極めて難しくなる。

 タブレットが何時何処で必要になるか分からない以上、手に入れるまでは無暗な外出も控えるべきかもしれない。


「とはいえ、こんな所で足止め食ってるわけにはいかねーな……!」


 白衣を手に入れたことで俺はほぼ完全に周囲に溶け込めているといってよかった。

 大通りを堂々と歩いていても誰一人として此方に注目を向ける人物はいない。

 そうして俺たちは無事寮へと戻ってこれた。


「ハロウィ、また頼むぜ」


 妹が扉をすり抜け、何の苦もなく寮の玄関を開ける。

 この手段があったのはタブレットを持たない俺たちにとって本当に幸運だった。


 先行して廊下に誰も居ないことを確認したハロウィに続き、俺は部屋の前へと上がる。

 これから落ち着いて今後の作戦を練り直さなくては。

 ドアノブを捻って扉を開けた俺の顔に奥の窓から差し込む光がちかりと届く。


「…………え?」


 その視界に映っていたのは――少女のような下着を纏ったアキの姿。


『あたしたちがその部屋荒したらバチボコに祟られるンじゃない?』


 真っ白になった頭の中でそんな言葉が響いた気がした。

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