翌、一月三日の朝。


「情報をまとめたいから地図を買おう」というエドガーの提案のもと、アーネストは雑貨屋に足を運んだ。今は、その近くのコーヒーショップで作戦会議をしている。地図の上に攫われた位置を記したが、恣意しい的に思えた。


 メモに書き出したタロットカードの番号は、五から十一まで、攫われた順に並んでいる。次攫われる人間の元には、おそらく十二のカードが届く、ということは分かったのだが。


 正直に言うと、行き詰まっていた。タロットカードに対応する裏の文字に、まったく見当がつかないのだ。


「『Feb』が五番『教皇』で、『Mar』が六番『恋人』、そんで『Sep』が七番『戦車』……」


 幾度目かになる読み上げをエドガーが行う。アーネストは密かに、繋がりなんてないのではないか、と思いだしていた。エドガーに呆れられそうなので、口にはしない。


 エドガーは諦めそうにもないが、実際問題、考えは煮詰まっていた。


「アーネストくん、タロットとホロスコープで俺たちの行く末占ってよ」


 エドガーも、心做し投げやりに見えた。アーネストは残ったカフェラテを飲み干すと、


「ぼくはそういうものは門外漢だ。というか、タロットとホロスコープに関係はあるのか」


 と、遇った。エドガーは少し間を置いて肯定したあと、なにか閃いたのか突如大きな声で叫んだ。アーネストは驚いて、こっそり読んでいた手元の小説を落とした。


「っど、どうしたエドガー」

「突破口が見えた! 書店に行くぞ!」


 今の会話の流れで、どうなったら書肆しょしに足を運ぶことになるのか。仔細を預かり知らぬアーネストは、ただ彼について行くことにした。エドガーはブラックのキリマンジャロを飲み下し、朝の商店街を走った。


 書店の入口を通ると、エドガーは案内図を見て、行かんとしている場所を探しはじめる。恣意的かと思われたエドガーの行動だが、きちんと理論に基づいていたようだ。エドガーは、奥へ、奥へと足を進める。

 そして遽然きょぜん、足を止める。アーネストが見渡すと、どうやら占いのコーナーらしい。


「どうして占いの本なんか」

「いや何、見てろって」


 そう言うとエドガーは、下段にあった分厚い本を取り出した。「Astrology 101占星術入門」──アーネストの人生とは程遠い、占星術の本だ。そういえば、さっき言ったホロスコープは、占星術の道具だった覚えがある。


「アーネストくん、一ドルだって」


 店員へ持っていく中途で、エドガーが告げた。


「……出せと?」


 彼は首肯する。


 別に捜査に金を出すこと自体はやぶさかでないし、手持ちもある。加えて地図を買ったのはエドガーで、合理的に考えるとこれはアーネストの金で、となるだろう。


 それでもこの男の態度では、些か腑に落ちないというか、憤懣ふんまんやるかたない気持ちになってしまう。地図の方が安かった、とか文句を垂れようかとも思ったが、貴族の矜恃がやめておけと囁いた。


 怨嗟ののち、「承知した」と吐き出した。



「占星術ってのは、星の位置で運勢を占う術だ」


 もう結論に繋がったのか、今度の作戦会議は車中で行われた。


「誕生日で、とか色々やり方はあるんだけどな、タロットカードを併用することもあるんだ。タロットカードにもうひとつ意味を持たせるとしたら、これくらいしか思い浮かばない」


 だからさっきタロットとホロスコープでどうとか言っていたのか。相変わらずこの男の知識には驚かされる。


「タロットカードと星の対応表が、どっかに……」


 乱雑にページを送るエドガーと、同じポーズで小説の続きを読む。単純で無名な推理小説で、トリックも「アリバイ工作に使った日付と曜日入のチケットは、六年前のものだった」という平凡なものだ。


「あった!」


 エドガーが機嫌よくそう叫んだ。アーネストは本を閉じて鞄に仕舞い、脚を組んで話を聞く姿勢になった。


「タロットカードの五番から十七番まで、黄道十二宮がめいめい当てはめられてるらしい」


 エドガーから、何も言わずにメモを押し付けられる。被害者のタロットカードと文字をまとめたメモだ。エドガーは恐らく、本の内容とメモを照らし合わせてほしいのだろう。


 目的はわからないが、手段は理解した。アーネストはたどたどしいながらも、それを読み上げる。


「──十一番、『正義』で、『Oct』」


 アーネストは読み終えると、「以上だ」と言ってメモを返す。エドガーは、本に何かを書き込み終わるとそれを受け取る。


「法則性が見えた。裏の月の名は、黄道十二宮の序列に対応している」


 そう言って、本を見せつけてくる。


 アーネストはそのときまで、黄道十二宮も、それに序列があることも、知らなかった。十二星座と何が違うのかわからなかったが、当人からしてみればたぶん何かが違うのだろう。おそらく。


 五番「教皇」に対応するのは、序列二の金牛宮──と、確かに十一番「正義」まで、序列と月が対応している。


「もちろんこの先で解釈の違いが起こる可能性もあるが、参考にはなるだろ」


 となると次に誘拐されるのは、と目線を下へ向ける。十二番「吊るされた男」に対応するのは、エドガー曰く序列十二の双魚宮、らしい。


「だけどな、十二月──Dで始まる奴なんて、このユタ州にも数えきれないほどいるだろ」


 手がかりが二十六分の一になっただけだ、とエドガーは嘆く。


 アーネストはふと、先程まで読んでいた小説のトリックを思い出した。もし「Sep」に意味があるとすれば。


「エドガー、すまない。地図を出してくれないか」

「ん?ああ、うん」


 ──自分の仮説を実証したくてたまらない。エドガーは、きっとこの瞬間が病みつきになってしまったのだろう。


 地図を開いて、名前と照らし合わせる。


 一直線上で等間隔に並んだ「Feb」と「Jun」と「Oct」。偶然とは思えない法則性。


 アーネストは衝動にまかせ、残りの五ヶ月分の点を打った。


「エドガー、これ」


 エドガーの袖を掴んで引き寄せると、彼は気だるげな動きで地図を覗く。


「カレンダーになっている」


 自分の中の仮説は、立証した。唯一想像と違ったのは、


「……あ、ほんとだ」


 というエドガーの間の抜けた反応だった。


 彼のことだから、てっきりオーバーリアクションをするのだとアーネストは思っていた。なんだかやるせない気持ちになって、車の背もたれに身を預けた。


「『Dec』はだいたい、ユタ州のセントジョージア南部だ」


 ぼんやりと地図を見て、アーネストは投げやりに言う。


 エドガーは、「了解、ありがとよ」と、優しく肩を叩く。それは拗ねた子供のお守りのようで、アーネストはあとからじわじわと恥ずかしくなってきた。

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